50話
「……………………へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で、私を見つめる菫ちゃん。
信じられないのか、信じたくないのか、彼女は口をアワアワさせていった。
「え? え? う、うそ? 嘘だよね? じ、冗談だよね? 花梨?」
「嘘でも冗談でもないよ……菫ちゃん……」
「ま、またまたぁ〜。そうやって、あーしをビビらそうとしてるんだよね? ね? そうでしょ? そうだよね?」
「そうじゃないよ……残念ながら、そうじゃないんだよ……」
「も、もう! 笑えない冗談ばかり言って! いい加減、あーしも怒っちゃうよ? ね? だからホントのこと言って? ね?」
「……………………はぁ」
「まぢの話なのぉ……?」
菫ちゃんの大きな瞳に、涙が溜まっていく。
相当動揺しているのか、長い爪で机をガリガリと引っ掻きながら、頭を抱えて呻き始めた。
「う、嘘でしょぉ……? 絶対……なにかの間違いだって思ってたのにぃぃぃ……」
「菫ちゃんの気持ちは痛いほど分かるよ……私も初めて知った時は、そんな感じになったから……」
「いやいやいや! 納得出来ねぇし! なんでこんなことになってるん!?」
菫ちゃんは顔をガバッと上げて、悲痛な声で喚いた。
「なんでオリヴィア・ステージアが、タカシ君に惚れてるん!?」
───────────
普段、テレビやニュースを見ない菫ちゃんが、国際的歌姫の奇行を知ったのは、お昼休みに入った頃だった。
話題にするクラスメイトの会話を耳にしたのだろう。慌てた様子で、私の下に駆け寄ってきた。
そして一頻り事実確認を済ませると、彼女は昨日の私のように、半ベソを掻き始めたのだ。
「なんなんこれぇ……国際的歌姫が惚れてるとか……なんなんこれぇ……なんなんこれぇぇぇぇぇ……」
呪詛のように呟く菫ちゃんを、軽く宥める。
「まぁ……相手が、オリヴィア・ステージアだけならまだ良かったんだけどね。正直、今はそれどころの話じゃないっていうか……」
「ねぇ……もしかしてタカシ君って、とんでもない人なのかな……? あの時も、メチャクチャかっこ良かったし」
ん?
あの時?
「あの時って、なんの話?」
「ほら、前に説明したぢゃん。あーしもタカシ君に助けられた事があるって」
「あー…………」
そういえば言ってたっけ。
菫ちゃんも、タッ君に危ない所を助けられたことがあるって。
なんでもモデル事務所を襲撃してきた、暴漢達から救ってもらったとか、なんとか。
「あの時のタカシ君、メチャクチャ強かったから、もしかしたら、あーしが思ってる以上にとんでもない人なのかなって……」
「とんでもない人……かも。うん……とんでもない人になってるかも」
「えぇぇ……は、半分ジョークでゆったのに……どういう事なん……?」
引き攣る菫ちゃんに、簡単に説明を始める。
「えっとね……私も昨日聞いた話なんだけど、タッ君って国連軍……いや、今は国連復興軍って言ったかな? そこで凄く有名な兵士だったみたいなんだよね」
「有名? どう有名だったん?」
「せ、世界を救った英雄って称えられているくらい、有名だったみたい……」
「ほぇ?」
私の言葉に、ポカンとする菫ちゃん。
脳の処理が追いつかないのか、目をパチパチとさせていた。
「これも昨日聞いた話なんだけど、タッ君に命を救われた人って、世界中に数億人は存在しているみたいなんだよね。数千人がインベーダーに攫われた時も、離陸する宇宙船に単身で乗り込んでったって逸話もあるし。そういうのが諸々あって、今度戦地で、タッ君の偉人像を建てるって話も検討されてるみたい────ってなんだこれ!? 自分で喋ってて意味分かんないんですけどぉ!!」
「え? な、なに? なんの話? 漫画?」
「タッ君の話だよぉぉぉ!!」
「えぇぇ………………」
菫ちゃんが信じられないような顔になっていく。
相当動揺しているのか、声に震えが混じり始めた。
「ち、ちょっと待ってよ……タカシ君って高校生だよ……? こ、高校生が世界を救ったとか……ち、中学生の妄想じゃあるまいし……」
「わ、私だって信じられないよ……自分の弟が、世界を救った英雄とか……」
「そ、その話ってホントの話なん? 誰から聞いたん?」
「タッ君と同じ、帰還兵の女の子だけど……」
「その子たちが、ちょっと盛って喋ってるんじゃないん? ほら、大げさに話をすれば、盛り上がるーみたいな!」
「仮に、彼女たちが大げさに喋ってたとして、オリヴィア・ステージアの言動はどう説明するの? インタビューでも、ヒーローヒーローって騒いでたじゃん……」
「ぁ…………ぅ、うぅ…………」
私のツッコミに、言葉が詰まる菫ちゃん。
高まっていく信憑性に、彼女は更に慌てだした。
「そ、その話がホントなら、なんでタカシ君は日本で話題になってないん!? おかしいっしょ!!」
「それは、タッ君が日本政府にお願いしたかららしいよ。普通の生活を送りたいから、戦場から帰還したことは伏せてくれって」
「えぇぇ……なにそれぇ……謙虚すぎるでしょぉ……」
「昔から、目立つことが嫌いな子だったからね……」
あは……あはは……と変な笑いが込み上げてくる。
ただの兵士だと思ってたのに、世界的な英雄になってるんだもん。
菫ちゃんの気持ちが痛いほど分かる……私だって未だピンと来ないし……。
私がぼんやりそんな事を考えていると、菫ちゃんの顔付きが変わった。
何かを思い出したかのように、ハッとした感じになってる。
「どうしたの菫ちゃん?」
「そ、そういえば……あの時、軍のオジさんが現れて、めっちゃ号泣してたんだった……」
「え?」
「いや……あーしがタカシ君に助けてもらった時、軍からやたら階級の高そうなオジさんが来て、タカシ君に土下座して謝ってたんだよね……『この度は、本当に申し訳ございませんでしたぁ! このまま四分咲副兵長を帰らせてしまっては、国際的な問題に発展してしまいますっ!』って……」
「え?」
「あの時は何を言っているのか分からなかったけど、もし、タカシ君が世界的な英雄になってるとしたら、辻褄があってくるなぁ〜って……」
どんどん外堀を埋められていく、私と菫ちゃん。
自分達の愛した人が、遥か高みにいることを思い知らされた。
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「ラ、ライバル多くねぇ〜……? ただでさえ、花梨と凛子が相手でキツイっていうのに、国際的歌姫が恋のライバルとか、まぢでウケるんですけどぉ〜……」
突っ伏して、イジイジと机を指でなぞる菫ちゃん。
んー……もしかしてタッ君を狙ってるのが、その三人だけって思っているのかな?
ふふ……認識が甘すぎるなぁ……もうそんなレベルの話じゃないのに。
私は落ち込む彼女に、優しく声をかけた。
「菫ちゃん。私たちだけじゃないよ」
「え?」
「タッ君のことが好きなのは、私たちだけじゃないんだよ」
「え?」
「凛子ちゃんの他にも、バブみの化身と呼ばれる、母性の塊のような幼馴染や、タッ君と生死を共にしてきた白人美少女の帰還兵、日本御三家の一つ、雲雀家の御令嬢も、タッ君の事が大好きで狙ってるんだよ」
「え? え?」
「しかもね、さっき説明した通り、タッ君って世界を救った英雄って称えられてるから、弟に憧れてる人は世界中に存在するの」
「え? そ、それって…………」
「要はね、世界レベルなの。タッ君を狙ってる人は、世界中に存在するの」
昨日からの悩みの種を、親友の菫ちゃんへブチかます。
さぁ! 一緒に頭を悩ませよう!
「え、えっと……タ、タカシ君を狙ってる女が沢山いるってこと……?」
「違うよ菫ちゃん。老若男女問わず沢山いるの。どっちかっていったら、男性の方がタッ君を狙ってる人が多いんだって」
「なんなんそれ!! なんなんそれぇぇぇ!!」








