49話
翌朝。
私立水蓮寺高校、一年D組。
天乃君は、頭を抱えて机に突っ伏していた。
編入初日から、悪い意味で話題に上がり、悪目立ちを繰り返していた四分咲タカシ。
クラスのリーダー天乃君の反感を買い、ハブへと追い込まれた四分咲タカシ。
誰がどう見ても特徴のない男で、普段ならハブにされたことすら忘れ去られてしまいそうな、四分咲タカシ。
そのタカシの印象が、百八十度変わり始めてしまっていた。
「おはようタカシさん! タカシさんの型式って、なんて言うんだい!? ボクに教えてくれ!!」
「なんだよ巴ちゃん……朝っぱらから……」
「昨日、涅槃の審判から報告があったんだ! キミ達には、各々に型式って言うモノがあるんだってねぇ! それは一体なんなんだい!? ボクに教えてくれよ!!」
「マジでさぁ……どっからそういう情報を仕入れてくるんだよ……マジで……」
「ボクは雲雀家だからね! それが答えさ!」
「答えになってねぇんすよ……」
呆れ声のタカシと、嬉しそうに笑う巴ちゃんが教室に入ってきた。
それを追うように、ナタリーとシェリーも後に続く。
「いや…………ちょっと待てよ…………そういえば自己紹介の時に、型式を使用するって報告書に書いてあったな…………よし! みんな、今から自己紹介を始めるよ! まずはタカシさんからだ! さんはいっ!」
「なんで今さら自己紹介をやらなきゃならないんだよ。型式聞きたいだけだろ」
「分かってるなら勿体ぶってないでさっさと説明しろよ!! 昨日から、気になって気になって眠れなかったんだからな!!」
「知りませんよ……」
ピシピシと、巴ちゃんの頭にチョップをかますタカシ。
その光景を見て、天乃君は目眩がした。
ありえない。
日本御三家の一つ、雲雀家の御令嬢に、どこにでも居そうな陰キャがチョップをかましているのだ。
ありえない。
巴ちゃんは、あんな失礼なことを許す女の子ではなかった。
というか巴ちゃんは、あんな年相応の笑みを浮かべながら、男子生徒に絡む女の子ではなかった。
もっとクールで大人っぽくて、優しいけど何処か危うさのある、そんなミステリアスな女の子の筈だった
それなのに今は、普通の女の子のように満面の笑みを浮かべながら、ベッタリとタカシに絡んでいる。
ワケが分からなかった。
「ナタリー、シェリー。お前らからも巴ちゃんに言ってやってくんない? あんまり俺らの内情に、首ツッコむなって」
「別に型式くらい、教えて差し上げればいいじゃありませんか。減るもんじゃあるまいし」
「タカスィは心配性なんだよぉ〜。基準点の半数がここにいるんだから、ビビる必要なんかねぇってぇ〜」
「別にビビってなんかねぇよ……ただ、ノーマル共に目ぇ付けられたら面倒だなって……」
「そん時はブッ潰せばいいんだよぉ〜。アタシに任せとけぇ〜」
そう言って、嬉しそうな顔でタカシに抱きつくナタリー。
テレビですらお目にかかれないレベルの美少女が、そのへんに転がってそうな陰キャに抱きついている。
意味が分からなかった。
しかも、あの大きな胸と、美しい太ももに挟まれているのに、当のタカシは迷惑そうな顔で「トラブルになるようなことばっか言いやがって……」とかワケの分からん事を呟いている。
おかしいだろ。
もっと鼻の下を伸ばせよ。
ふつう男だったら、もっとデレデレになるだろ。性欲枯れてんのかテメェは。
天乃君は心の中で、何度も何度も悪態を吐いた。
「さっすがナタリーさんとシェリーさん! 話が分かる人で嬉しいよ!」
「それはそうと巴さん。先ほど涅槃の審判とか仰っておりましたが、それは一体なんなんですの? 初めてお聞きする単語なんですけど」
「ね、涅槃の審判は……その……涅槃の審判さ……そ、そ、それ以上でも……それ以下でもないよ……」
「………………なんで動揺してますの?」
キョトンとした表情で首を傾げるシェリー。
不思議そうに呟く彼女を見て、天乃君はあまりの悔しさに奥歯を噛み締めた。
シエル・アイスランドもまた、タカシを追って、水蓮寺高校に編入してきた女の子だった。
白を基調とした神秘的な容姿、チンピラ染みたお嬢様口調、低身長で胸はないけど抜群のスレンダー体型に、男女問わず熱狂的なファンが出来上がるほど、彼女は学年中の関心を攫っていた。
そんな愛されキャラのシェリーが、D組最底辺の陰キャを慕っている。
どう冷静に考えても、意味の分からない状況だった。
天乃君は、美少女に囲まれるタカシを眺めながら、色んな感情がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
天乃君は、二つの大きな問題に直面していた。
一つはタカシをハブにするよう、クラスメイトを嗾けたこと。
元々は馴れ馴れしく接してきたタカシを、軽くハブにして懲らしめる予定だったのに、今じゃ学年中の生徒達に嫌われるようになってしまった。
タカシの一挙手一投足で、悪い噂がどんどん生まれていくのだ。なまじ切っ掛けを作ってしまった天乃君は、ちょっとだけ罪悪感に襲われていた。
そしてもう一つの問題は、ナタリー、シェリー、巴ちゃんの三人が、D組の生徒達を無視し始めた事。
誰が何を話しかけても、露骨に溜め息を吐かれ、睨み返されてしまうのだ。
あからさまに、D組の生徒達を敵視している。
その現実に、天乃君は頭痛で目眩がした。
恐らく彼女達は、タカシがハブにされている状況を怒っているのだろう。
一週間前までは、割りと友好的だったナタリーと巴ちゃんが、この数日で急速に態度が変わってしまったのだ。
考えられる原因は、タカシのハブ以外に思いつかない。だってそれ以外、天乃君達は普通に接してきたから。
「ま……まずい……この状況は……まずいだろ……」
思わず独り言を呟く天乃君。
今はまだ、ナタリー達の怒っている原因をD組生徒達は勘付いてない。だが、いつ事実を知るかは分からない。
もしそうなってしまったら、キッカケを作ってしまった天乃君にヘイトが集まることは間違いないだろう。
もはやタカシをハブにするより、タカシと友達になった方が得することが多いのだ。
大塚錬児や、春椿文香、桔梗原凛子とも繋がりを持てる。
あの誰とも交友関係を築こうとしなかった、水蓮寺高校を代表する美男美女たちとも、繋がりが持てるのだ。
だからこの状況は、天乃君にとって不味い状況だった。
「あの陰キャの所為で……クソっ……あの陰キャさえ転校して来なければ……っ!」
天乃君は、言いようのないストレスを、こっそりタカシにぶつけるのであった。








