48話
赤い受話器のマークをタップして、通話を終える。
すぐに画面が切り替わり、スマホに現在時刻が表示される。
時刻は22時。
事情を説明するだけで、二時間近くかかってしまった。
「凛子も文香も、すっげぇ混乱してたなぁ……」
なに! なんなの!? いったい何が起こっているのぉぉ!? って吠えてたし。
まぁ、友人が、オリヴィアほどの有名人と知り合いだったら仕方ないのか……俺が二人の立場だったら、同じように驚いたと思う。
ただなぁ……話の流れで、ドズ化の説明をしなきゃならなかったのはマズかったよなぁ……。
結局、文香にも改造のことがバレちゃったし……一生隠し通していく作戦が、たった二ヶ月で破綻してしまってるやんけ。
上手くいかねぇなぁ……と項垂れつつ、リビングへと戻る。
姉さん達は、可愛らしいパジャマ姿になっていた。
「あれ? みんな、もう風呂入ったの? 入ってないの俺だけ?」
姉さんの隣に座り、ナタリーとシェリーに向かい合う。
二人は、冷や汗を掻きながら目を泳がせていた。
「ん? どうしたお前ら? なにかあったのか?」
「え? い、いや……あの……そのぉ……」
「えっと……えっとぉ……」
「ん?」
なんだろ? ナタリーとシェリーの様子がおかしい。
まるでイタズラの見つかった、子供のような仕草を取っている。
なんとなくイヤな予感。
「んだよ……お前ら、また何かやらかしたのか?」
「やらかしたっていうかぁ……その場の勢いっていうかぁ……」
「ちょろっと……正妻アピールを……少々……」
「はい?」
なんだよ正妻アピールって。意味分からん。
「マジでなにやらかしたんだよ……今なら怒んないから言ってみろって」
「えっとぉ……ちょっと喋りすぎたっていうかぁ……」
「テンション上がりすぎたと言いますか……」
「は? なに言ってんだお前ら? もうちょっと分かるように説明しろし」
「……………………」
「……………………」
「なんで黙ってんだよ。おい」
「……え、えっとぉ」
「あ、あはは………」
「もういい。姉さんに聞くわ」
はぐらかしてんじゃねぇよ……ったく……。
仕方なく、隣に座る姉さんに視線を移す。
「姉さん、なにかあったの? ナタリーとシェリーが挙動不審に────」
そこまで言って言葉を失った。
姉さん、めっちゃ泣いとるやんけ。
「え?」
「……タ゛……タ゛ッ゛く゛……グス……タ゛ッ゛く゛ん゛!!」
「え?」
ギョっとして固まる俺に、姉さんが抱きついてくる。
そして、わんわんと声を上げて泣き始めた。
「む……無茶……無茶ばっかり……! ひっぐ……この子は……無茶ばっか……! グス……うぇ……うぁーーーん! あーーーん!」
「え? な、なに? どうしたの姉さん!?」
「タ、タッ君は……すごいよぅぅ……うえぇぇん……タッ君は……ほんとぉに凄いよぅぅ……うぇぇぇぇん……」
「えぇぇ…………」
な、なにコレ? なにが起こってんの?
姉さんのスキンシップが、どんどん激しくなっていくし……どさくさに紛れてチュッチュッしてくるし……どうしてこんなに盛り上がってんの?
「なにがあったの? 話についていけないんだけど……」
落ち着かせるように、背中をトントンと叩く。
姉さんは鼻を啜りながら、ポツポツと喋り始めた。
「……グス……いろいろ聞いたんだよぉ……ナタリーちゃんとシェリーちゃんからぁぁぁ……グス……戦地での話を……色々とぉぉぉ……」
「戦地での話……?」
「徴兵直後の三人の馴れ初めとかぁぁぁ……グス……湾岸海峡防衛戦のぉ……アリア最強種との一戦とかぁぁぁぁ……」
「は?」
思わず、ナタリーとシェリーに視線を戻す。
彼女達は、俺の視線を躱すように、サッと顔を背けた。
「お、おいコラ…………こっち見ろよ…………なんで目ぇ逸らしてんだよ…………」
「タカスィが眩しすぎて直視出来ません……」
「イケメンすぎて困る……」
「バカみたいなこと言って誤魔化そうとしてんじゃねぇよ。お前ら、一体どこまで喋ったんだ?」
俺達の馴れ初めって言ったら、徴兵直後の、一番シャレにならない時期の話だ。
倫理や道徳に反した話や、ドズ化の経緯とか絡んでくる。
しかも湾岸海峡防衛戦って、その最たる話じゃねぇか。なんで暴露してんだよバカチン共。変な目で見られるだろ。
T種ティナを使って、姉さんに聞こえないよう、ナタリーとシェリーに交信する。
『まさかとは思うけど、俺が全種混合に踏み切ったキッカケは喋ってないよな? 軍事機密にもなってる、あのクッソ重い話』
『……………………』
『……………………』
『だ、黙るんじゃねぇよ……喋ったって言ってるようなモンじゃんか……』
あれだけ喋んなって言ったのに、このアタマ空っぽ小娘どもは……これ以上、余計なことを喋れないように、その口塞いでやろうか? 俺の唇で。
「タッくぅぅぅん……ひっ……うぇぇ……タ゛ッ゛く゛ぅ゛ぅ゛ん゛……」
「お前ら、どうするつもりなんだよ……姉さん、めっちゃ泣いてるじゃんか……」
今も俺の胸に、ぐりぐりと顔を擦り続ける姉さん。
スーハースーハー深呼吸を繰り返してる所為か、彼女の鼻息で制服がシットリしてきた。
「い、いやぁ……アタシ達も全部暴露するつもりは無かったんだよぉ? ただ、オリヴィアの話をしていたら……その……悔しくなってきちゃって……」
「オリヴィアさんより……ワタクシ達の方が、タカシ君とドラマティックな経験をしたんだぞって……マウントを取りたくなりましたの……」
「おばか…………」
なんだろ……このバカ二人の相手をしていると、すっごい手のかかる子供を相手するような感覚に陥る。
妹がいたらこんな感じになんのかな? 知らんけど。
ナタリーとシェリーに呆れつつ、姉さんを撫でるのを止めて、ゆっくりと彼女を引き剥がした。
「取り敢えずココアでも淹れてくるから、それでも飲んで落ち着いてよ姉さん。これ以上泣いてたら、目がポンポンに腫れちゃうよ?」
「うぅぅ……グス……タ……タッくぅ〜ん……」
「もう終わった話だからさ、あんまり泣かないで。可愛い顔が台無しだよ?」
「か、かわ…………グス…………ぅへ…………グス…………へへへ…………」
未だ涙は止まらないが、姉さんの顔に笑みが浮かぶ。
その表情を見て、ちょっと一安心。
「ココア淹れたら風呂入ってくるから、その間に姉さんのフォローをしてくれよ。くれぐれもこれ以上、余計な事は喋らないようにな」
「えらい無茶振りしますわねぇ……ワタクシ達にフォローなんて繊細なこと、出来るワケねぇでしょ! 買い被りもいい所ですわ!」
「そ〜だそぉ〜だぁ! 買い被りだぁっ! 買い被りやめろぉぉっ!」
「ポンコツすぎんだろテメェら……そんなんだから問題児とか言われんだよ……」
────────────
浴室に入り、やたら柔らかくなった湯船に浸かる。
心地いい温度のお湯が、俺を優しく包み込む。
今日は本当に盛りだくさんだった。
今日のイベントと言えば、期末テストの対策と体力測定だけだった筈なのに、ポートマン達が急に現れ、軍の戦友が荷造りしていると知り、オリヴィアのクッソ迷惑な自爆プレイに巻き込まれた。
なんだこれ? 一気に色々起こりすぎだろ。
「でも……まぁ……悩んでても仕方ないか」
バチャバチャとお湯を顔にかけながら、気持ちを切り替える。
オリヴィアの件はともかく、戦友が日本に来ることについては、実を言うとそれほど心配していない。
常識の無い奴らばっかだけど、なんだかんだ気の良い連中が多かったし、俺が学校でハブにされてる事さえ隠せば、案外平和に暮らせるじゃないか? って考えている。
いま悩んでても仕方ないしな。終わったことより、今後の対策を立てた方が建設的だ。
「ただ……姉さんに色々バレちゃったのはマズイよなぁ……よりによって一番喋っちゃ不味いやつ……」
そう呟きながら、疲れを取るように足を伸ばす。
体をほぐしつつ、彼女が軍に目を付けられないよう、対策を考え始めた。








