5話
タッ君が帰ってきて、今日で五日経った。
私の高校に編入する為に、今日もナタリーちゃんと一緒に勉強をしている。
編入試験までの期間はたった二週間しか無く、勉強出来る時間は圧倒的に少ない。
それなのに、タッ君とナタリーちゃんが三年間の学力を取り戻す為に取った行動は、私にとって全く理解の出来ないものだった。
普通理解出来る?
中学三年間で学ぶ勉強を、デパートの書籍コーナーで本を読むだけで済まそうとする二人に。
塾とか通う訳ではなく、売ってる参考書を読むだけで、私の高校へ入ろうとする二人に!
いやいやいや! 何やってんのよ!
本を読むだけで編入試験に合格出来る程、私の通ってる高校は偏差値低く無いんだよ!?
むしろ県内では高い方なんだから! せっかくタッ君と学校へ通えるかもって思ったのに、これじゃぬか喜びになっちゃうじゃん!
そうツッコんだ私が勉強を教えようとしても、タッ君もナタリーちゃんも、それじゃ間に合わないからいいっすって言って、やんわり断わってくる始末……。
どうしても、二人で立ち読みをしたいらしい。
なんなのよもう……自分達の世界作っちゃってさ……。
本屋さんに備え付けられているベンチに腰掛けて、一心不乱に本を読み漁る二人を眺める。
ただ……もう六時間はああやってるんだよね……。
この五日間、開店から閉店までの時間、ずっと立ち読みをしてる二人。
集中力だけで言えばかなりのものだ。あんまり褒められた行動ではないけど。
そんな事を考えていると、ナタリーちゃんが読んでいた本を棚に戻し、大きく背伸びした。
そして、タッ君に一言声をかけたかと思うと、私の方へ向かって来る。
「お姉ちゃ〜ん。勉強終わったからお店見て周ろうぜぇ〜」
「………………え?」
満面の笑みで私の手を引くナタリーちゃん。彼女も華奢な身体をしてるのに、軽々と私を引き寄せた。
「いつまでもアタシ達の勉強に付き合わせるのは忍び無いからさぁ〜。服買いに行こうよぉ〜服ぅ〜」
屈託の無い笑顔に胸が痛くなる。二人の仲を邪魔しようと付いて来たのに、そんな事を言われたら罪悪感が湧いてしょうがない。
「べ、勉強は大丈夫なの?」
「問題無いよぉ〜。完璧に仕上がったからぁ〜」
「ほ、ほんとに?」
本しか読んで無いのに、この自信は何処から来るのだろう。
世の受験生を舐めてるとしか思えないんだけど。
「うへへ〜〜。お姉ちゃんは、居候のアタシの事も、ちゃーんと心配してくれるんだよねぇ。だから好きぃ〜」
無邪気に喜ぶナタリーちゃんを見て、思わずドキッとする。同性なのに惚れかけた。
白人特有の、人形のような整った顔で笑いかけるのはやめてほしい。その上、人懐っこいなんて反則すぎる。
ただでさえナタリーちゃんの姿は人目につくのに、コロコロ笑う姿はまさに天使としか言えないじゃん。
ほら、今も周りの人達が私たちの事を────────
「ん? どったのお姉ちゃ〜ん」
固まる私に、ナタリーちゃんが不審がる。
彼女の問いに、私は答える事が出来なかった。
答えられなかった。
それどころじゃなかった。
私の視線の先に、会いたくないと、ずっと避け続けた男がいる。
絶対に関わりたくなかった男。
その男が、注目を集める私達を見ていたのだ。
嫌悪感の固まりのような笑みを浮かべながら、その男は私に向かって大声をあげる。
「よぉ〜四分咲ぃ〜…………何で俺の電話に出ねぇんだよぉ!!!」
最悪な男に見つかった。
恐怖に震え、思わずナタリーちゃんの腕を強く掴んだ。
────────────
大神天河。
私の通っている高校で、この男を知らない生徒は居ない。
大人顔負けの高身長に、筋骨隆々な身体。異常発達した筋力は、プロの格闘家すら簡単に半殺しに出来るらしい。
それに踏まえ人格は破綻しているので、事あるごとにトラブルを起こす。
人の悲しむ姿、苦しむ姿が何よりも好きらしく、彼の手によって何人もの生徒が登校拒否になった。
しかも両親は地元では有名な名士らしく、多少の問題は揉み消せる程の権力者なので、教師ですら止める事が出来ない。
やりたい放題の暴君。
私達の世代の癌。
それが大神君だった。
「四分咲ぃ!! お前、俺の話聞いてんのか!? よぉ!? おぉぉ!?」
威圧するように肩を揺らし近づいてくる悪魔に、私は立ちすくむ事しか出来なかった。
恐怖で視界が涙で滲む。心臓が締め付けられる。
私は、この男にずっと付け纏われていたのだ。
「今から車回すからよぉ! 今日こそ俺に付いて来────」
大神君の手が私に触れようとした瞬間、ナタリーちゃんに抱き寄せられた。
「Don't touch me」
凛とした声が響く。
私はその言葉を誰が発しているか分からなかった。
「なんだぁテメェ……四分咲の後で、お前も壊してやろうかぁ!?」
「What? Do you want to die?」
「あぁ!? んだぁ!? 生意気そうなツラしやがって……決めたわ。お前もメチャクチャに犯してやるからな!!」
「OK . I'll kill you! 」
そこで初めて、ナタリーちゃんが私を庇うように喋っている事に気付いた。
凛とした声の主はナタリーちゃん。
普段聞く事のない声色に驚いていると、彼女を止めるように、後ろから軽くチョップが入る。
「お前……なに殺気出してんだよ……」
どうやらタッ君も勉強を終えて戻ってきたらしい。
どんどん人が増える状況に、大神君の顔が険しくなる。
「タッカスィ!! アタシ悪く無いよ!! 悪いのはコイツ!! この肉ダルマが生意気なんだよぉ〜!!」
「一般人に迷惑かけんじゃねぇよ……」
「迷惑かけてんのはコイツだよぉ〜! お姉ちゃんに付き纏ってるっぽいしぃ〜」
「姉さんに?」
そう言って、大神君をマジマジと見るタッ君。
次の瞬間、とんでもない事を言い出した。
「この人、姉さんの彼氏?」
「違うよ!!!!」
思わず大声をあげる。
こんなヤツ絶対ヤダよ! 私はタッ君一筋なんだから!
「ご、ごめん……てっきり姉さんの彼氏が、ナタリーにちょっかい掛けて怒らせたのかと思ったよ……ナタリー短気だし……」
「タカスィのアタシに対する見方が分かるよねぇ……」
タッ君とナタリーちゃんが話し合う姿を、大神君が興味深そうに眺める。
なんなのその顔……悪巧みするような……。
一抹の不安を感じていると、大神君が、タッ君に話しかけた。
「お前、四分咲の弟か? 確か戦争に行ってたとかいう……」
「ん? そうですけど……よく知ってますね」
「へぇ…………」
ニタリと笑った彼は、そのまま何も言わずに立ち去った。
「なにあの人? なんであんなピチピチのシャツ着てんの? チクビ透けてるじゃん」
「知らなぁ〜い。バカだから自分のサイズすら分からないんじゃなぁ〜い?」
「ち、ちょっと二人とも! シーッ!」
大神君の怖さを知らない二人を慌てて止める。
幸い、聞こえてなかったから良かったものの、もし耳に入っていたら、命に関わったかもしれない。
あの外道なら、絶対許さないだろう。
でも、なんであっさり立ち去ったんだ?
大神君の執着心からして、大きなトラブルになると思ってたのに……。
不思議に思っていたが、その時は一先ずやり過ごせた事に安堵した。
せっかく帰ってきたタッ君たちに、危害が加わらなくてホッとした。
一時間後、一通のショートメールが届くまでは。
【お前の弟を殺されたくなかったら俺の家に来い】








