44話
リオとエミリーが、夜空の彼方へ、爆発音と共に高速で飛んでいった。
通称ソニックと呼ばれる、反重力なんちゃらを用いた高速移動術。
遠距離狙撃を得意とする特殊機械兵のカーソン姉妹は、あっという間にその姿を消した。
その間、僅か数秒。
その間、僅か数瞬。
その僅かな時間で、
ナタリーとシェリーは、ポートマンと飛龍を無力化させていた。
「ぅ…………ぁ…………ぁ…………」
「あかん…………秒殺されてもた…………」
苦痛に蠢くポートマンと、どこか諦めた様子の飛龍。
体の半分近く欠損した二人は、土の上に転がっていた。
恐らく二人は、反応すら出来なかったと思う。
それくらい本気を出したナタリーとシェリーは、ヤバい動きをしてたし。
「よっわ! くっそ弱ぇですわ! その程度でよくイキがってましたわねぇ〜! ザコ過ぎてお話になりませんわ!!!」
「あんだけ喧嘩売ってたから、もうちょい頑張ると思ってたのに…………」
煽るシェリーと、呆れるナタリー。
体に纏っていたフィルムを解いて、ポートマンと飛龍を踏みつける。
「や、やめろナタリー! い、いま傷口を踏みつけられると……体の再生が……!」
「ほらほら〜。死ぬ気で再生しないと、まぢで死んじまうぞぉ〜。ザ〜コザ〜コ」
「キャハハハハハハハ! 飛龍さぁ〜ん。脳みそコネコネタイムのぉ〜、始まり始まりですわよぉ〜?」
「は、はぁ!? やめーや! マジで洒落にならんって!」
サイコパスってきたな。
久しぶりに本気で動いたからか、ナタリーとシェリーが楽しそうにハシャいでいた。
取り敢えず遊ぶ二人を放置して、十メートルほど距離を取るように跳躍する。
近距離、中距離しか戦闘できないアイツらより、超遠距離から陽電子砲をパなしてくるカーソン姉妹の方が、遥かにタチが悪い。
飛んでいった夜空の彼方を眺め、瞳を凝らす。
「お前ら遊んどってええんか! まだカーソン達が残っとるんやぞ! アイツらの陽電子砲は──」
「タカシ君が居るのですから、大丈夫に決まってるじゃありませんか。時間稼ぎをしても無駄ですわよ、飛龍さん」
「いくらタカシでも、成層圏まで離れたカーソン達を落とすことなんて出来ひんやろ! だ、だから、陽電子砲に備えて防御対策を……」
「は? 何を仰ってますの? このクソザコ野郎」
可愛らしく首を傾げるシェリーに、ナタリーがポートマンを踏みつけながら答える。
「たぶん、タカスィの特性を知らないんじゃねぇの〜? タカスィの全能力を知ってるのってぇ、アタシ達を除いたら、総監と翠くらいしか居ないんだしぃ〜」
「知らないって事あります? タカシ君、戦場でじゃんじゃん使ってたじゃありませんか」
「傍目から見ただけじゃ、どういう能力か分かんないと思うよぉ〜。ルッカとか、その筆頭だしぃ〜」
「あぁ〜……確かに解説が無いと、何されているか分からない、意味不明な能力ですものね……」
「ど、どういう事や……?」
ナタリー達の会話を聞き流しつつ、しばらく夜空を眺め続ける。
相当距離を取っているのか、カーソン姉妹の姿が全然見えてこない。
んー……正攻法で行こうと思ったけど、これはちょっと無理っぽいかも。
特性……使うかぁ……。
『リオ、エミリー。聞こえる? ポートマンと飛龍、もうやられちゃったよ』
『はぁ!? 雑魚すぎじゃねぇっすか!?』
『クソの役にも立たねぇ連中っすね! 足手まといも良いところっすわ!』
T種ティナを使って、カーソン姉妹と交信する。
声色から、二人の苛立ちが読み取れた。
『ポートマンと飛龍がやられちゃった以上、お前達に勝ち目なんて無いだろ。諦めて降りてくれば?』
『なに言ってるんすか! エミリーも、姉様も、あと二分で陽電子砲のチャージが完了するんすよ? いくらタッチャンでも、ここまでお膳立てされたエミリーの陽電子砲には、勝てないっすからね!』
『あと二分、俺が大人しく待ってると思う?』
『待つも何も、これだけ距離を取ってたら何も出来ないじゃないっすか! へへーんだ!』
まぁ、普通の生体兵なら何も出来ないわな。
普通の生体兵なら。
『あのさ、お前らを見失っちゃったから、俺に分かるように合図送ってくれない?』
『はい〜? 送るワケないじゃないっすか! 何を馬鹿なことを……』
『いいじゃん。送ってよ』
『送らねぇっすよ! 何でわざわざ不利になるような────』
『Send a signal』
L種ルッカを使って命令すると、夜空にチカチカと、光の点滅が見えた。
あそこか…………。
『な、な!? 何でっすか!? か、体が勝手に!?』
『エ、エミリー! なんかヤバい感じがするっす! 取り敢えず、この場を離れるべきっす!』
『わ、分かったっす姉様!』
A種アリアの身体強化で、視力を超強化する。
逃げようとする、カーソン姉妹の姿を捉える事が出来た。
俺はそのまま、掴み取るような動きで、両手を前に突き出す。
『え!? あ、あれ!? なに!? なんなんすかコレェ!?』
『ね、姉様! おかしいっす! 砲身が、全然動かないっす! まるで空間に固定されてるみたいに!』
『リオの砲身もっすよ! ど、どうなってんすか!?』
二人の戸惑う声が聞こえてきた。
そりゃ戸惑うか。俺が逆の立場なら、絶対ビビるだろうし。
ちゃっちゃとネタばらしをする。
『それね、俺が原因。どこにも逃げられないように、お前らの砲身を掴んでるんだよ。どう? びっくりした?』
『え? えぇぇぇぇ!? こ、これ、タッチャンの能力なんすか!?』
『そう。O種オトヒメの特性。目視できる範囲なら、どんなに距離が離れていても、相手の体に触れる事が出来るの。射程とか関係なくなるのが、一番のメリットかな』
『え、えぇぇ…………』
絶句するリオの声が聞こえてくる。
目の前に誰も居ないのに、体に触られる事が怖いのだろう。振り払おうと必死に抵抗している。
『じゃあ、今からこの砲身、握り潰すね。これが無くなったら、お前ら何も出来なくなるし』
『ち、ち、ちょっ!? や、やめ、やめて!!』
『タ、タッチャン!? や、やめるっす!!』
懇願する二人を無視して、指先に力を込めると、僅かな抵抗を残して、あっさりと砲身が破壊された。
これでもう、カーソン姉妹は何も出来ない。
特殊機械兵は、一つ一つの武装は強いんだけど、それが無くなったら何も出来なくなるのが弱点なんだよな。
ま、どうでもいっか。
『ほら、もう降りて来いよ。これ以上、抵抗なんて出来ないんだし』
『………………』
『………………』
『まだやるって言うなら、反重力なんとかをぶっ壊して物理的に叩き落とすけど、どうする?』
『お、降りる! 降りるっすよぉぉぉ!』
『降参! 降参っす!』
慌てふためくカーソン姉妹。
これで、全員無力化したな。
纏っていたフィルムを解いて、ナタリーとシェリーに声をかける。
「終わったよ。リオもエミリーも降参したから、コッチに戻ってくるって」
「は、はぁ!? な、何でや! タカシ、何もしとらんかったやん!」
「しとるんだよなぁ……これで」
傍から見れば、無言で空を眺めて、拳を握り締めただけに見えるんだろうな。
化け物って言われるから、こういう戦い方はあまりやりたくなかったんだけど……まぁ仕方ないか。
「カーソン姉妹は本当にやる気があるのか? 全く……使えない女だ……」
「ポートマン。それ、カーソン姉妹に絶対言うんじゃねぇぞ。秒殺されたお前が言ったら、アイツらブチ切れると思うし」
地べたに這いつくばりながら、悪態をつくポートマン。
ホント、女に厳しいヤツで困る。
ポートマンに呆れつつ、リオとエミリーの到着を待った。








