43話
国連軍に所属する生体兵の間で、よく交わされていた言葉があった。
自分がどの程度改造され、どういった力を持っているか、簡潔に表現出来る便利な言葉。
機械兵なのか、生体兵なのか、はたまた特殊機械兵なのか、特殊生体兵なのか、一発で分かるやりとり。
通称『型式』を名乗る事で、簡潔に相手に伝えることが出来た。
元々は本部に、自分の改造具合を簡潔に報告する為に考えられたモノだったが、使い勝手の良さに、自己紹介や、開戦前の点呼確認にも使用されるようになった。
終戦直前にもなってくると、戦場へ向かう際に、鼓舞する目的で使われるようにもなる。
必然的に、戦闘前で口上する『型式』は、命を賭して戦闘に臨む、そんな意味を持つようになっていった。
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「ワタクシとナタリーさんを、軍に連れ戻してどうするつもりなんですの? ワタクシはともかく、ナタリーさんを戻すメリットなんて、何も無いと思いますが……」
「………………そんなん軍に戻ってから、自分の目で確かめればええやん。俺に聞くなや」
「えらい喧嘩腰ですわねぇ…………ねぇ飛龍さん。これって本当に軍の命令なんですの? こんな意味不明な軍の指示に、貴方達が従うなんて考えられないので────」
「ペチャパイは黙っとれ。今、タカシと会話しとるんやから」
「…………………あ゛?」
被せ気味で放つ飛龍の一言に、シェリーの顔色が変わる。
彼女の前で、決して口に出してはいけない禁忌の言葉。ペチャパイ。
ナタリー以上に怒らせると不味い奴が、キレた。
「ペチャパイ……? ワタクシの……ダイナマイトバストがペチャパイ……? 言い直せよ……言い直せやゴラァァァァ!!!」
ブチ切れるシェリーに、飛龍が冷ややかに返す。
「何がダイナマイトバストやねん。言っとって虚しくならんのか?」
「あ゛ぁ゛!? このくらいのバストサイズが一番綺麗なんじゃボケェ!! デカけりゃいいってもんじゃありませんし!! 土下座で謝罪して自害しろやぁぁぁ!!」
「日本には、大は小を兼ねるって言葉があるやん。生まれながらの負け犬は黙っとり」
「…………もういいですわ。お前の脳みそを弄って、巨乳が視界に入る度に、死にたくなる程の群発頭痛を引き起こす体に変えてあげますわね……死に晒せカス野郎……」
シェリーが首をコキコキと鳴らしながら、両手の指を刃物のように形状変化させる。
慌てて彼女を抱き締め、優しく頭を撫でた。
「シ、シェリー! アイツの言う事なんて、いちいち気にすんなよ! シェリーの魅力は胸じゃねぇだろ!?」
「…………じゃあ何がありますの? ワタクシの魅力を仰って下さいまし」
「魅力? そんなの可愛くて、バカで、仲間思いな所に決まってんじゃん! それに、小さい胸の方が好き、って男も沢山いるんだぞ? 気にすんなよ!」
「…………タカシ君はどうなんですの? ちっちゃいバスト、お好きですか?」
「超好き」
「…………………も、もぉ〜……相変わらずタカシ君は、ワタクシの事が大好きマンで困りますわぁ〜」
嬉しそうに、頬を両手で押さえながら喜ぶシェリー。
指を元に戻せよ。危ねぇだろうが。
「タカスィ……ア、アタシのおっぱいは嫌いなのぉ……?」
自分の大きな胸に手を当て、しょんぼりするナタリー。
なにヘコんでんだよ……このタイミングで……。
「好きに決まってんだろ……」
「だ、だってぇ〜……小さい方が好きだって……」
「小さくて“も”って意味で言ったんだよ。おっぱい嫌いな男なんて居ねぇから」
なんで胸の話になってんだろ……話がどんどん脱線していってる気がする。
バストサイズで悩む乙女達の相手をしていると、ポートマンと飛龍の口論が聞こえてきた。
「飛龍! なんでそんな揉めるような事ばかり言うんだ! これじゃ話し合いが……」
「はぁ? わざわざ悪役買ってやっとんのに、なんやその言い草」
「喧嘩になるだけだろ! ちゃんと話し合えば……」
「お前はアタマ空っぽ太郎か? 事情は言いません、でも今の生活は捨てて軍に戻って来て下さい、お願いします…………こんなんで基準点が納得するワケないやろ! どうせ力尽くで連れ戻す事になるんやから、いつまでも現実逃避すんのやめーや!」
「し、しかし……」
「俺にだってなぁ……絶対に譲れんモンがあるんや……大切なモンを守る為やったら……なんだってやったるぞ……」
やっぱり、なんか事情があるっぽい。
少なくとも、俺たち相手に武力行使を考える程度には、追い詰められている。
「なぁ。お前ら、軍の誰かに脅されてんのか?」
「…………仮に脅されてると言ったら、君達は全て諦めて、僕の指示に従ってくれるのかい?」
「従うワケねぇだろ。脅迫してくるヤツをぶっ潰して、地獄見せればいいじゃん。そっちの方が遥かに楽だし、そういう話なら手伝うぞ?」
「………………………」
俺の言葉に、ポートマンが呆れ顔になる。
なんだよその、常識ねぇなぁ……って表情。心外なんだけど。
「タカシ君……世の中にはね、思い通りにならない事が沢山あるんだよ?」
「そう? 俺は大体なんとかなると思ってるけど。思わない?」
「いや……タカシ君なら……なんとかなるのか……」
「惑わされんなや」
飛龍も呆れた顔で呟き、溜息を吐く。
「なぁタカシ。タカシが思っとるより、今の状況ってホンマやばいんや。そんな簡単に解決出来るんやったら、ここには来んって」
「なんだよそれ……意味分か──」
「それにやで、例え俺らを追い返しても、軍から次々刺客が送られてくるだけや。ええの? タカシ、普通の生活を送りたいって、ずっと言うとったやん。そんな日常が始まってホンマにええの?」
喧嘩腰の癖に、俺を心配する飛龍。隙あらば過保護に接してくるから、どうしても憎めない。
彼から視線を外し、暗くなり始める空を見上げた。
なんつーか…………。
状況も、事情も、相変わらずワケ分かんないけど、切羽詰まっているというのだけは十分伝わった。
生死を共にし、背中を預けてきた戦友だ。
思い悩む姿を見てしまうと、どうにかして助けてやりたいって思っちゃう。でも、理由を説明してくれないから、何もすることが出来ない。
かといって、奴らの要望を聞いて、ナタリーとシェリーを軍に送り返すなんて事は、無理だ。
それだけは、絶対に許されない。俺が認めない。
こんな事をいちいち悩むより、アイツらの事情を聞いて、問題解決してやるのが、一番手っ取り早いと思うんだけどなぁ……。
「なぁ……もうゲロって楽になっちまえよ。俺が助けてやっからさ……」
「説明は出来ない……黙って従ってくれ……」
「………………」
無理矢理、聞くかぁ……。
「もうさ、シンプルに行こうぜ」
大きく背伸びをして、軽く屈伸をする。
付き合いの深いナタリーとシェリーは、俺の仕草で直ぐに悟った。
「お前らに、譲れない事情があるのは何となく分かった。でもさ、だからと言って、黙って従うなんて事は出来ないんだよ」
首を回しながらストレッチを続ける。
それに合わせて、ナタリーとシェリーが、歪な笑顔を浮かべ始めた。
「知ってると思うけど、俺は、このバカ共を幸せにしなきゃならない義務がある。コイツらに命を救われた俺に出来る、唯一の恩返しがそれだからな」
膨れ上がる彼女達の殺気に、ポートマン達も、ようやく気付き始めた。
「ナタリーとシェリーが軍に戻りたくないと言ってる以上、例えどんな事情があっても、俺はお前らの要望は聞けないし、聞くつもりもない。だからさ、飛龍の言う通りだと思うんだよね」
一通り体をほぐした俺は、向かい合う戦友達に言い放つ。
「力尽く? いいじゃん。ガチンコバトルを始めようぜ。お互い譲る気は無いんだから、負けた方が、勝った方の言うことを聞く。これが一番分かりやすくて、手っ取り早いよな」
空気が、良い感じに冷たくなっていく。
緊張感が、高まっていくのが分かる。
ポートマンも、飛龍も、カーソン姉妹も、全く余裕の無い、真剣な表情へと変わっていた。
「お前らが勝ったら、ナタリーとシェリーだけじゃなく、俺も軍に戻ってやるよ。でもな、俺らが勝ったら事情は全て説明してもらう。後悔しないように、ちゃんと殺すつもりでかかってこいよ? コッチも全力で行くから」
そう言って、体の内側から、デブリの細胞を、体の表面に展開し保護する。
フィルムと呼ばれる、特殊生体兵の切り札。
ナタリーとシェリーの喧嘩を止める以外で、人間相手に使うのは初めて。ちょっと新鮮。
俺がフィルムを纏うと同時に、ナタリーとシェリーも、フィルムを展開する。
体中にデブリの細胞が覆いつくされたタイミングで、彼女達は呟いた。
「混合十一種・Y種特殊生体兵、シエル・アイスランド。準備完了ですわ」
「混合六種・A超種特殊生体兵、ナタリー・ターフェアイト・ピンクスター。準備完了」
俺の気持ちを汲み取ったのか、型式を口上する二人。
命を賭けて、戦闘へ臨む。
その覚悟を、彼女達は見せてくれた。
ポートマン達も慌てて戦闘態勢に入っていく。
俺も遅れないように、大きく深呼吸して、名乗りをあげる。
「混合全種・絶種特殊生体兵、四分咲タカシ。戦闘準備────完了」
俺が型式を告げ終わると同時に、
爆発音と共に、砂埃が舞う。
俺たち身内同士の、ガチンコバトルが始まった。








