42話
「連れ戻す? なんで? シェリーがカロリーブロックを、大量にパクったからか?」
「違うよ。そんな理由じゃない」
「じゃあ、戻らなきゃならない理由ってなに?」
「ごめん、それは話せないんだ……ただ、二人を連れて帰らないと、大変な事になる……」
そう言って、俯くポートマン。
大変な事になるって言われても……それを説明してくれないと、話にならないんだけど。
「なんで説明出来ないんだよ? 何も説明が無いままじゃ、コイツら納得しないと思うけど」
「どんな事情があっても、アタシは軍に戻るつもりねぇぞぉ〜」
「ナタリーさんの言う通りですわ。寝言は寝てほざきやがれ」
「ほれみろ」
ナタリーとシェリーが断固拒否する。
まぁ、これに関しては仕方ないと思う。俺だって、軍に戻って来いって言われても、絶対断るし。
「僕も、本当に申し訳ないと思っている……だけど、今はどうしても説明出来ないんだ……軍に戻ったら説明するから、黙ってついてきてくれないか?」
「だ〜か〜ら〜、嫌だっつってんだろボケェ〜。何度も言わせんなカス〜。その高い鼻っ面、叩き潰すぞコラァ〜」
「百兆持って来い。そしたら考えてあげますわ」
「き、君たちは……本当にっ!!」
苦々しい表情で、ナタリーとシェリーを睨み付ける。
くっ! っとか唸ってるけど、説明しないポートマンが悪いんだぞ。
雰囲気が悪くなってきたので、質問を変える。
「ちなみに、何日くらい軍に戻ればいいんだ? 三日?」
「き、期間は……い、い……」
「一日?」
「一生…………」
「バカじゃねぇの? いくらなんでも無理に決まってんだろ」
もう、ただの徴兵と変わんねぇじゃん。
「お前さぁ……自分で言ってて無理があるって思わないのか? なんの説明も無くて、そんな話に乗るヤツ居ねぇだろ」
「そ、そこをなんとか……」
「そこをなんとかって言うなら、ちゃんと説明しろよ。話だけは聞いてやるから」
「説明は……出来ない……」
「そっか。もういい。話になんねぇし帰るぞ二人とも」
付き合ってられるか。
俯くポートマンを無視して、帰り支度を始める俺達。
そのタイミングで、カーソン姉妹の右腕が、ガコンッガコンッと音を上げ、黒い巨大な砲身へと姿を変えていった。
「ちょっと待つっす。帰っちゃダメっす」
「ついでに動かないで下さいっす」
そのまま砲口をこちらに向け、中腰で構えるカーソン姉妹。動かないようにと威嚇する。
この場から離れる事を許してくれないらしい。正気か?
「へぇ……アンタら、アタシ達を脅すつもりなんだ……根性あんじゃん……」
ナタリーが、人差し指でこめかみをトントン叩きながら前に出る。
最近じゃ比較的穏やかになっていた彼女も、カーソン姉妹の行動で、スイッチが入ってしまったらしい。
完全にブチ切れていらっしゃいますわ……。
「ナタリーちゃん。落ち着いて」
「落ち着けるワケねぇだろ……タカシに砲口向けたんだぞ? アイツらグッチャングッチャンに──」
「すぐ怒るなってー。俺なら大丈夫だからさー。よしよし」
「……………………………」
優しく頭を撫でつつ、彼女をあやす。
尋常じゃない殺気を放ちつつも、ナタリーは俺の言うことを聞いてくれたのか、飛び掛かるような事はなかった。
……………………なんだかなぁ。
なんか、すげぇ悲しい気分になってくる。
なんでこんな事になるんだろう。
ただ平凡に生きて、平凡に暮らして、平凡に日々を積み重ねたいだけなのに、何でこうなっちゃうんだろう。
ナタリーとシェリーなんて、ここ最近、すごく良く笑うようになった。軍に居た頃を思い返すと、考えられないくらい穏やかになっている。
何も問題は起こしていない。
ナタリーも、シェリーも、俺も、ただ日常を噛み締めたいだけなのに。
ただ、それだけなのに、その、ささやかな日常を送ることすら許してくれない。
ポートマン達にも、事情があるのはなんとなく分かった。伊達や酔狂で、こんな事をする連中じゃないって事も知ってる。
だからこそ、なんの説明や、相談も無いことが悲しかった。
正直に言うと、それが一番悲しかった。
「なぁ? そこまでする必要あんの? 理由すら話さず、俺達と敵対する事が、お前たちのやりたい事なの?」
ナタリーの頭を撫でながら、カーソン姉妹に声をかける。
彼女達は砲口を向けたまま、何も反応しない。
「あのさ、俺はお前たちのことが大好きだよ。この三年間、俺が正気を保ってられたのは、お前たちのおかげだからね」
俺の言葉に、彼女達の無表情だった顔が、僅かに歪む。
突き付けた砲身も、震えを帯び始める。
「クソみたいな日常だったけど、良い思い出もあったよね。“君が大切なんだ。私達は、君の幸せを何よりも祈ってるよ”って、お前らが言ってくれた時は、元気モリモリになったし」
どんどん険しくなる、カーソン姉妹の表情。
泣き出しそうな顔で、歯を食いしばっている。
「リオもエミリーも、そう言ってくれたじゃん……あの時のセリフは嘘だったのか?」
「「嘘じゃ無いっ!」」
悲鳴に近い、彼女達の叫び。
絞り出すような震え声で、二人は喚き始めた。
「リオだって! タッチャンの事を大切に思ってるんすよ! リオがいま生きているのは、タッチャンのおかげなんだから!」
「エミリーだって、タッチャンが大好きっす! エミリーの心が壊れなかったのは、タッチャンのおかげなんすから!」
「そう言ってくれるなら、理由を説明してくれ。頼むよ」
「「それは…………」」
言葉に詰まり、視線を泳がす。
その様子を見た飛龍が、話に割り込んできた。
「あー……ちょっとええか?」
「なに?」
バツの悪そうに、頭をボリボリ掻く飛龍。
少しの間、何かを悩むように黙っていた彼は、急に太々しい態度になった。
「あのな、カーソン達やポートマンにも、事情っつうもんがあるんや。ちょっとは汲み取ってやりーや」
「その事情を説明しろって言ってんだよ。何度言えば分かるんだバカ」
「話せへん事情があるんや! 普通ここまで言ったら、想像つくやろ!」
射殺すように、飛龍が俺を睨み付ける。
なんで逆ギレしてんだよ。
「俺かて、こんなんやりたないわ。でもな、やらんとアカンねん。分かってくれや……」
「はぁ? 分かってくれって言われ────」
そこまで言って、言葉に詰まった。
まぁ無いだろうと、無意識の内に思い込んでたけど……まさか。
「…………もしかして、これって軍の命令なのか?」
俺の質問に、飛龍が俯き、消え入るような声で呟いた。
「言えへん……言うとるやろが……」








