41話
夕暮れ時、ポートマンに呼び出された俺達は、近くの軍事演習場へ向かって歩いていた。
どうしても話したい事があるらしい。
なんかアイツ、いつもと様子が違ってたんだよな……元気が無いっていうか、なんというか。
しかもナタリーとシェリーも連れて来いって言うし。
何を話したいのか、さっぱり分からん。
「ねぇ〜。ポートマンは、本当にアタシ達を連れて来いって言ったのぉ〜?」
「あぁ。必ず連れて来てくれって言ってた」
「あのポートマンさんが……ナタリーさんを……ねぇ?」
三白眼を細め、不思議そうに首を傾げるシェリー。
とても信じられない、といった様子。
「どうした? そんな険しい顔して」
「ポートマンさんって、ナタリーさんをサイコパス扱いして、怖がってたじゃないですか。ナタリーさんを避け続けた男が、今更、何を話すつもりなのか疑問に思いまして」
「怖がる?」
怖がってるって、ポートマンが、ナタリーをか?
そんなワケねぇだろ。
「なに言ってんだよ。ポートマンは終戦の時に、ナタリーを誘った猛者なんだぞ? 一緒に暮らそうって言ってたヤツが、ナタリーにビビるワケねぇだろ」
「は? 誘う? ワタクシ達以外で、クレイジーナタリーを誘うバカが何処におりますのよ。ぜってぇ聞き間違いですわ」
「シェリ〜。アタシだって、うら若き乙女なんだからなぁ〜。ほどほどにしとけよぉ〜」
ナタリーの瞼が、ピクピクしてる。
やっべ……キレかけてる……フォローせんと。
「いや、マジでポートマンはナタリーを誘ってたんだって。嘘は言ってないから」
「本当ですのぉ?」
俺の言う事が信じられないのか、シェリーがナタリーに視線を移す。
「誘われたっていうかぁ〜『お前は軍に残るよな?』ってな事はポートマンに聞かれたよぉ〜。ま、アタシはタカスィと添い遂げるつもりだったから、残るわけねぇだろボケ、って言い返したけどぉ〜」
「ちょっとナタリーさん!? ワタクシの旦那様と、勝手に添い遂げようとしないで下さいまし! ワタクシなんて、タカシ君と入る墓地と墓石まで予約しておりますのよ!? ナタリーさんと違って、しっかり将来設計をしてるんですからね!」
「だからぁ……無駄遣いするなって言ってんだろバカタレ……」
鳥頭のシェリーにアイアンクローをブチかます。ついでに、バカな事をほざくナタリーにも。
「とにかくポートマンに会って聞いてみようぜ。誰の言っている事が正しいのか、そこで分かるだろ」
「タカスィ〜。もうちょい! もうちょい、右のこめかみを強く押してくれるぅ〜? 最近凝っててさぁ〜」
「あ〜……そこそこ! そこですわ! タカシ君の握力が、一番気持ちえぇんじゃ〜ですわ!」
「これね、アイアンクローっていう必殺技なんだ。マッサージじゃねぇんだよ」
さらに指先に力を込める。
ナタリーとシェリーは、ウットリとした顔で微笑んでいた。
───────────
だだっ広い演習場に到着すると、四人の人影が見えた。
ポートマンだけじゃなく、カーソン姉妹も立っている。
なんだよ、アイツらも日本に来たのか?
相変わらず、肌を見せない黒いドレス姿が、くっそ暑苦しい。本人達は、暑さを感じないんだろうけど。
ってか、あの少年は誰よ? あんな子、見たことないんだけど。
「よぉ、二ヶ月ぶり。元気してた?」
取り敢えず、手を挙げて近付く。
リオ・カーソンが、真っ先に駆け寄って来た。
「元気じゃ無かったっす! じぇんじぇん元気じゃ無かったっすよぉ〜!」
「…………なにその語尾。お前、英語で話してた時は、そんな口調じゃなかっただろ」
一瞬、混乱したじゃねぇか。
もうすぐ三十路になるのに、後輩みたいな喋り方すんなよ。
「エミリーと相談して、個性を出すために口調を変えてみたんすよ! どっすか!?」
「日本語は、色んな表現が出来て楽しいっすね〜」
「リオもエミリーも、そんな喋り方しなくても十分個性的だから……」
ナタリーとシェリーの影に隠れてただけで、二人ともかなり目立ってたんだぞ。もちろん、悪目立ちって意味で。
呆れて苦笑する俺に、少年が近付く。
「おぉ〜タカシ〜。えらいシュッとした制服着とるやんけ。三人とも、すっかり学生さんになったなぁ〜」
幼い見た目に反して、どこか大人びた口調で話す少年。
しかも関西弁だし……マジで誰なんだよコイツ。
「ん? そない見つめてどしたん? 照れるやん」
「型式と名前を言ってくれ。さすがに分かんねぇって」
「お? あのタカシでも、俺の中身が分からんのか。技術班、喜ぶやろなぁ〜」
たははーと嬉しそうに笑ってる。
その姿を見たシェリーが、ポツリと呟いた。
「飛龍さんじゃありませんの?」
「飛龍…………………飛龍!? 嘘だろ!?」
「立ち振る舞いから、そうとしか思えないんですのよ。歩き方や体幹は、個人ごとに癖が出ますからね」
シェリーの言う通り注意深く観察すると、確かに飛龍の癖が、いくつか見て取れた。
元のボディは、スキンヘッドで筋骨隆々な巨漢だったのに……それを、こんなにもまぁ……可愛い姿になっちまって……。
「どや! めっちゃ可愛くなったやろ! 空港でモテモテやったんやぞ!」
「そりゃ、そんなナリしてたらモテるだろ……中身おっさんの癖に……なんでボディ変えたんだ?」
「俺は、カーソン達と違って、もう脳しか残ってへんからなぁ…………どーせならと思って、モテモテボディに変えてもろたんや。ボインボインのお姉ちゃんにも、チヤホヤされたんやで!」
「エロ親父め……つか、さっきから気になってたんだけど、なんで関西弁なんだよ」
「日本のお笑い番組で、日本語の勉強したからや。なんかアカン所ある?」
少年姿をチョイスする、その思考回路がアカンと思います。
どの層狙ってそこに落ち着いたんだよ。ツッコミどころしかねぇんだけど。
「あのさぁ〜。そもそも何でカーソン姉妹と、飛龍が日本に来てんだぁ〜? 観光かぁ〜?」
「観光にしては珍しいメンツですわね」
不思議そうに呟く、ナタリーとシェリー。
その言葉を聞いた、カーソン姉妹と飛龍が、
悲しそうな顔で笑った。
「僕達は別に、観光目的で日本へ来たワケじゃないんだ」
今まで一言も喋らなかったポートマンが、ゆっくりと口を開く。
腕を組み、いつもの飄々とした笑みを消して、真顔で俺達を見つめている。
まるで戦闘前に見せる真剣な表情。茶化したり、フザけたりする雰囲気じゃなくなっていく。
「別の目的があってここまで来たんだ。だからこそ、このメンバーになったんだよ」
「別の目的? なにそれ?」
「それは──────」
そう呟いたポートマンは、俺の隣に立つ、ナタリーとシェリーを指さし、
「君たち二人を、軍に連れ戻す為だ」
静かに、ハッキリと言い放った。








