40話
喫茶店に、四人の外国人が座っていた。
片田舎の喫茶店にしては珍しい、美男美女の外国人。
優雅にお茶を啜る様は、まるで映画のワンシーンのよう。誰が見てもそう思うほど、彼らは美しかった。
「もうじきっすかね……」
「もうじきっすよ……姉様……」
髪型以外、瓜二つの女が呟く。
時期的には初夏というのに、彼女達は、黒いロングドレスを身に纏い、肌の全てを覆い隠していた。
二人とも暑さを感じないのか、涼しげな顔で囁いている。
「もう四時になるんやな……そろそろ始めた方がエエんちゃうの?」
どこか違和感のある関西弁で、二人の会話に混ざる少年。
女性達とは違い、半袖、半ズボンにキャップという、夏らしい格好をしていた。
しかし、その見た目に反して、少年からはあどけなさを感じない。どう見ても十代前半なのに、誰よりも大人びた空気を纏っている。
そんな少年の言葉に、今度は長身の男が応えた。
「そうだね……そろそろ始めようか……みんな。準備と覚悟は出来てる?」
まるで、少女漫画から飛び出した白馬の王子のような男。
同性が聞いても惚れ惚れする声色に、二人の女と、少年が頷いた。
「「大丈夫っす」」
「大丈夫や。待ってる時間で、よーさん覚悟決めたさかい」
「そっか………………よし」
長身の男が立ち上がり、凛とした声で言い放つ。
「それじゃあ行こうか。生の終着点と死への分岐点を連れ戻しに」
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割と簡単に誤魔化せた。
華奢なナタリーとシェリーが、力に任せて計測器を壊したなんて思わなかったのか、美波ちゃんはあっさりと俺の言葉を信じてくれた。
疑い深い性格だったら、間違いなく疑われてただろう。美波ちゃんの人の良さに救われる。
ちなみに壊した握力計と背筋計は、巴ちゃんが弁償してくれた。
いいモノを見せてくれたお礼とか言って、半ば強引に美波ちゃんへ札束を渡していた。
アレの何が面白かったんだろう……最近の御令嬢が考えることはよく分からんね……。
それとは別に、ちょっと考えなきゃならない事も出てきた。
ナタリーと、シェリーと、巴ちゃんが、天乃君達を無視している。
アイツらの言い分だと、クラスメイトに何かされたっぽい……ただ、それが何なのかよく分からない。
この一週間、俺はアイツらとずっと一緒にいた。それこそ一緒に居ない時間の方が少ないくらい、傍にいた。
だからこそ分かる。クラスメイト達は、ナタリー達に嫌がらせなんてしていない。
むしろずっと友好的だった。
皆からチヤホヤされてたのに……何で怒ってんだろ?
理由が分かんない以上、無視するなって注意も出来ないし……どうしたもんかね?
残りの授業時間、ずっと考えた。一生懸命、考え続けた。
結局、解決策は出なかった。
放課後。
終令のチャイムが鳴り響くと、教室の扉がバンッと開かれた。
「タカシは居るかしら! 出てらっしゃい! アンタの幼馴染が来たわよ!」
「タッカちゃーん。いるー?」
ズカズカと乱入してきたのは、凛子と文香。
クラスメイトの注目なんて何のその。堂々とした立ち振る舞いに惚れ惚れする。
漢らしいっす。
「いるよ。いま帰る準備してるから、ちょっと待ってて」
「支度しながらでいいから教えなさい。アンタ週末ヒマ?」
「週末?」
「水着買いに行こうと思ってるのよ。タカシ、持ってないでしょ?」
「水着……」
水着なら確か、三年前に買ったヤツが……いや、無理か。俺も結構身長伸びたし、サイズ合わなくなってるかも。
「持ってないね」
「じゃあ買いに行くわよ! プロの私が、タカシに似合う水着を選んであげちゃうんだから!」
「お、おぉ〜……ありがと。でも何で水着?」
俺の疑問に、文香が応える。
「あのね! 今度、海へ行こうって計画してるんだ! タカちゃん好きだったでしょ?」
「うん」
「だから、その為の準備しようって思って! どうかな?」
「海…………」
思い返してみればこの三年間、海なんて移動か海戦の時しか目にしなかった。
色々あって忘れてたけど、日本に戻ったら、絶対海へ行こうとか思ってたっけ。
叶うじゃん。
あの時の夢が叶うじゃん!
「もちろん行くよ! 海なんて久しぶりだから、マジで楽しみ!」
「決まりだね。じゃあ水着買いに行こ! タカちゃんも、私達に似合う水着を選んでね!」
「任せろ! 男タカシ、全力で頑張るぜ!」
俺がそう告げると、文香と凛子が顔を見合わせて、ネチャッと笑い合った。
作戦通り……そんな顔をしている。
「文香ちゃ〜ん。もしかして、海へ行くって言ったぁ〜?」
会話に混ざるように、文香に抱きつくナタリー。
文香と凛子の、ネチャッとした顔が凍る。
「ぇ、え? い、いや……あの……そ、その……」
「アタシも水着選び手伝うからさぁ〜、連れてってくれなぁ〜い? たのまぁ〜」
「ぁ……えっと……」
なんで目配せしてんだろ?
二人の顔が、作戦通りって顔から『しまった! やべぇ!』って表情になってる。
「あ、あのねナタリーさん……海は……あの……私達だけで……」
「凛子ちゃんの水着も選んであげるよぉ〜。二人ともスタイル良いから、なんでも似合うと思うけどぉ〜」
「…………………あ……あの」
「えへへ〜。海なんて久しぶりだなぁ〜。楽しみぃ〜」
「…………………え、えっと」
嬉しそうに小躍りするナタリーを見て、苦い表情を浮かべる凛子。
くっ……とか、うぅ……とか一頻り呟いた彼女は、やがて何かを決心したのか、腕を組んで、高らかに吠えた。
「勿論よナタリーさん! 一緒に行くわよ! ついてきなさい!」
「やったぁ〜」
「えぇ!? ちょっ!? 凛子ちゃん!?」
凛子の宣言に、文香が詰め寄る。
「ナタリーちゃんがついて来ちゃったら、打ち合わせした作戦が……」
「作戦なんて変更よ文香さん! 私、こんなに喜ぶナタリーさんを断れない!」
「ま、まぁ……私も断れないけど……」
「一番の目的はタカシを楽しませる事だし、また次の機会に考えればいいわ!」
「はは……それもそっか……」
そう言って、文香が微笑む。
よく分かんないけど、話はまとまったみたい。文香と凛子の雰囲気が和らいでる。
「あ、あの……ワタクシも海に行きたいのですが……」
「もちろんだよシェリーちゃん! 一緒に行こ!」
「ボ、ボクもいいかな……?」
「もちろんですよ雲雀様! みんなで楽しみましょう!」
「ボ、ボクの事は巴って呼んで……様も要らないから……」
自称陰キャ共と、楽しく話をする幼馴染達。
クラスメイトとは拗れてしまってるけど、文香と凛子とは仲良くやっているようだ。笑い合う彼女達を見ていると安心する。
ホント紹介しといて良かった。俺の幼馴染はやっぱり人が良い。
ダイナミックなジェスチャーを使って喜ぶ、シェリーに苦笑していると、
脳に信号が入った。
『あー、あー、テス、テス……』
頭の中に、男の声が響く。
耳から聴こえるのではなく、頭の中に直接入る声。例えるなら、テレパシーのような感覚。
これってT種ティナだよな? 軍を離れ、もう二度と経験することは無いと思ってたのに……誰が使ってるんだろ?
『よし……聞こえるかな? タカシ君、聞こえていたら返事をしてくれ』
聞き覚えのある男の声。でも、誰が喋ってるのか、いまいちピンと来ない。
英語じゃなくて日本語だからか? 違和感が凄まじいんだけど。
『誰? 型式と名前を言ってよ』
『え……? ち、ちょっと待ってくれ! 僕の声、忘れちゃったの? え? 悲しいんだけど……』
『………………』
『だ、黙らないでくれ……僕はずっと、タカシ君の傍にいたじゃないか……』
爽やかボイスなのに、ネットリとした口調……ひとりの男が思い浮かぶ。
『あー…………日本語で話しかけてくるから、誰か分からなかったじゃねぇか。英語で喋れよタコスケ』
『け、結構な言い草だね……頑張って覚えたのに……』
軍を離れて二ヶ月。
まだそんなに期間は空いてないけど、久しぶりに聞く戦友の声に、少し嬉しくなった。
『ようポートマン。元気してた?』








