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39話


 ──雲雀家近衛隊 第四号 調査報告書──





 ナタリー・ターフェアイト・ピンクスターは国連軍、統合特殊コマンド・第2陸戦部隊に所属の特殊生体兵。


 生の終着点(エンドポイント)という通り名があり、かなり有名な存在。


 彼女は軍で唯一、A種アリアの細胞を百回以上投与に成功した兵士で、高い戦闘能力と人知を超えた身体能力を持っている。


 素手でデブリを引きちぎって行く様は、ゴリラを彷彿させるらしい。


 後述するアイスランドと共に、高すぎる戦闘能力と、難のある性格から、軍では四人いる要注意人物の一人として登録されていた。





 シエル・アイスランドは国連軍、統合特殊コマンド・第3調査部隊に所属する特殊生体兵。


 彼女もまた死への分岐点(ターニングポイント)という通り名があり、ピンクスターに負けず劣らず名の知れた兵士であった。


 デブリの細胞を十一種取り込んだ女で、十種以上の混合は彼女を含め三人しかいないらしい。


 高い再生能力を持っており、半身吹き飛ばされても直ぐに再生出来る事から、ゾンビの生まれ変わりでは? と(ささや)く兵士もいた。


 彼女の取り込んだ細胞は全て戦闘に特化した細胞のようで、ピンクスターと同様、高い戦闘能力を誇る。




 

 四分咲タカシは国連軍、統合特殊コマンド・第1支援部隊に所属の特殊生体兵。


 通称、人類の最終到達点(アライバルポイント)


 軍で唯一、ピンクスターとアイスランドを、上から押さえつけられる存在で、その事から二人に匹敵する戦闘能力を持っていると推測される。






 今回、新たに判明した情報は以上。


 やはり四分咲タカシの情報だけ、入手難易度が異常に高い。


 未だ、どの程度改造され、どういった力を持っているか一切不明。


 恐らく彼の情報は、軍の最高機密にランクされていると思われる。

 


───────────




 巴ちゃんは三日前、この調査報告書を手にした時から楽しみに待っていた。


 彼らがその身体能力を、十分に発揮する機会を、それはもう楽しみにして待っていた。


 人知を超えた身体能力? それに匹敵するほどの戦闘能力?


 重度の中二病を患う巴ちゃんの、好奇心を(くすぐ)るには十分な内容だった。


 タカシ達なら漫画やアニメで、何度も見たシチュエーションを再現してくれるかもしれない。


 妄想の中で繰り返した「あれ? この程度の事で何を驚いているの?」とか、「あれ? また何かやっちゃいましたか?」といったセリフを言ってくれるかもしれない。


 想像するだけで巴ちゃんの胸は高鳴っていく。


 彼女はアニメのイキりシーンが、大好きだった。





 だからこそ、この展開には納得出来なかった。


「何やってるんだよ! 真面目にやれ!」


「真面目にやってるわ! この半年間で、一番真面目にやったわ!」


 またなんか言い出したよこの子……って感じの迷惑そうな顔になっていくタカシ。


 その顔を見た巴ちゃんが、さらに吠える。


「なんだその顔は!? そんな顔はボクがしたいよ! 許さないぞ!」


「何をそんなに怒ってるんだよ……意味分かんないって……」


「ボール投げも、走り幅跳びも、全部普通の結果だったじゃないか! しかも最高点の足切りラインをほんの少しだけ超えるように調整して! もっと本気出せよ!」


「…………アレが俺らの全力だしー。アレ以上の結果は無理だしー」


「トボけるんじゃない!! キミ達が手を抜いてる事くらいボクには分かるんだからな!!」

 

 巴ちゃんが拳をブンブン振って、タカシに抗議する。


 図星を突かれたタカシは、更に迷惑そうな顔になった。


「お、大声で叫ぶなって巴ちゃん……美波ちゃんにバレたらどうするんだよ……」


「じゃあ本気出しなよ! そして世界記録をバンバン塗り替えて、周囲の度肝を抜いて、『なんでそんなに驚いているんだろう……俺のタイムが遅すぎるって事か?』ってイキり散らかしてくれ! さぁ!」


「イヤです」


「なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 膝から崩れ落ちる巴ちゃん。悔しそうにグラウンドをドンドン叩く。


「本気出せよぉ……イキってくれよぉ……うぇぇぇん……」


 そして、さめざめと泣き始める。


 流石にこれには、ナタリーとシェリーも苦笑い。


「ひ、雲雀様!? 一体どうされたのですか!? 雲雀様!?」


 美波ちゃんも慌てて駆け寄ってくる。


 必死で(なだ)める担任を無視して、巴ちゃんはしばらく、子供のように泣き続けた。






───────────



「あほぉ……ぐす……タカシさんの、あ゛ほ゛ぉ゛〜゛……」


 グランドでの測定を済ませたタカシ達は、体育館へと場所を移動した。


 握力計や背筋計などを使用するのに、どうしても場所を移動しなければならなかった。


「ボクの楽しみを奪いやがってぇ……ぐす……タカシさんのぉ……あ゛ほ゛ぉ゛〜゛……」


「そんな呪い殺すような声を出さないでよ……勘弁して……」


「勘弁してやるから、今からでもイキってくれよぉ〜……『俺、何かやっちゃいましたか?』って調子に乗ってくれよぉ〜……」


「ヤダって言ってんだろ……みんなに見られてるから、そろそろ立直ってくれ……」


 巴ちゃんが半べそを掻いている所為で、卓球をしていたD組のクラスメイトから視線を集めていた。

 

 雲雀家の御令嬢が泣いている姿は、注目を集めるに十分な出来事だった。


「また変な誤解されるんだろうなぁ……鬼のような形相でコッチ見てるし……はぁ……」


「そんな落ち込むなよタカスィ〜。あとでこのラブリーなナタリーちゃんが、チューしてやっからさぁ〜。元気だせよぉ〜」


「仕方ねぇですわねぇ〜。今夜、ワタクシのダイナマイトバストで慰めてあげますわ。たんと泣いて下さいまし」


「ワーイ。ヤッター。タノシミー」


 抑揚の無い声で応えるタカシ。


 適当な慰めを適当に流しつつ、彼らは握力や背筋の測定を始めた。


 そのタイミングでタカシが、思い出したかのように話題を変える。

 

「そういやお前らに聞きたい事あったんだ」


「ん〜? な〜に〜?」


「なんですの?」


「何でクラスの奴らを無視してんの?」


 ニコニコ笑いながら握力計を握り締めるナタリー、中腰で背筋計に跨がるシェリー、体育座りで半べそをかく巴ちゃん。


 彼女達の動きが止まる。


「タカスィ〜。その話、誰から聞いたぁ〜?」


「誰だっていいじゃん。否定しないってことは無視してるんだな?」


「別に無視してるワケじゃないんだけどねぇ。ただ、会話する気にならないっていうかさぁ」


「同じことじゃん。みんなナタリーと仲良くなりたいって言ってるのに、なんで無視するんだよ?」


「アタシは別に、仲良くなりたくねぇんだよなぁ」


 無表情で、握力計を握り締めるナタリー。


 その表情から、彼女の機嫌は悪い、という事が見て取れた。


「シェリーもか?」


「ええ。ナタリーさんと同意見ですわ」


「なんか理由あんの?」


「勿論ありますわ。タカシ君には教えませんが」


「は? なんだよそれ? 教えろよ。せっかく高校生活送ってんだから────」


 そこまで口を開き、タカシは言葉に詰まった。


 シェリーもかなり苛立っているのだ。それも軍に居た頃のように、激しく。


「ま、ナタリーさんや、シェリーさんが怒るのも無理ないね。ボクも彼らには腹が立ってるし」


「タカシ君経由で、理由を探ろうとしてる所も気に入りませんわ。マジでクソですわね」


「一度や二度なら冗談で流してやったのに、この一週間ずっとだもんなぁ〜。さすがにムカついてくるわぁ〜」


 ブツブツと文句を言う三人。


 握られた握力計や、背筋計が、ギチギチとイヤな音をあげ始めた。


「お、おい! 機械! 機械壊れる!」


 止める間もなく、バゴォンッという破裂音が響き渡る。


 無意識の内に力を込めていたのか、握力計の持ち手は握り潰され、背筋計の鎖は引き千切られてしまった。


 ナタリーとシェリーが青褪(あおざ)める。


「ど、どうしようタカシ! 壊しちゃった!」


「誤魔化せ! 美波ちゃんに落として壊しちゃったって言って誤魔化すんだ!」


「タ、タカシ君! 背筋計に最高数値が出ちゃってますわ! どうしましょう!?」


「俺が美波ちゃんに、弁償するって言って時間を稼ぐから、その間に画面叩き割っとけ! 絶対にバレるんじゃねぇぞ!」


「すごいよキミ達! すごい! さぁ言ってくれ! 『あれ? 何かやっちゃいましたか?』ってイキり散らかしてくれ!」


「巴ちゃんはちょっと黙ってようね! お願いだから!」


 慌てふためく三人に、歓喜の表情を浮かべる中二病。


 巴ちゃんの夢が一つ叶った。


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― 新着の感想 ―
[一言]  巴ちゃん可愛くて困る。立ち位置もムーヴも絶対勝ちヒロインにならなそうだけど可愛いから困る。  この設定で幼馴染みでも戦友でもないない子とくっついたら最早詐欺では!? と思うけど巴ちゃん推し…
[一言] 更新されてるのに気付いて速攻ここまで読んだけど最高すぎだろ
[良い点] 絶対にイキらない帰還兵vs絶対にイキって欲しい中二病のアツい戦い うーんこれはバトル小説(混乱) [一言] 結局お約束を守るゴリラとゾンビ大好きです
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