37 話
巴ちゃんぶっ壊れ事件と、シェリーの乱入から、一週間が経過した。
この間は特にトラブルは無く、穏やかな日常を送ることが出来た。
一週間も経てば教室内も落ち着きを取り戻し、俺の立ち位置なんかも決まってくる。
陰キャで外道。それが今の立ち位置だった。
「ヘーイ! タッカスィ! これ見てみろよぉ〜。凛子ちゃんにやってもらったんだぁ〜」
掌を開き、両手の甲を向けるナタリー。
彼女の爪には、色鮮やかなネイルが可愛らしく装飾されていた。
「お? すっげぇ可愛くなったじゃん。このキラキラした石なに? 宝石?」
「ストーンっていう、ネイルパーツみたいだよぉ〜。どうだぁ〜。可愛いだろぉ〜」
ピカピカ光る爪を見せつけ、ナタリーがニヤニヤ笑う。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。こんなに機嫌の良いナタリーを見てると、こっちも嬉しくなる。
「タカシ君! ワタクシも便乗しましたわ! 見て下さいまし! どやっ!」
シェリーもナタリーと同じように、両手を開く。
彼女の爪も、美しい色で着色され、可愛らしいストーンが施されていた。
「なんだよ……シェリーもめちゃくちゃ可愛くなってんじゃん……」
「でしょー!? ネイルして制服に着替えるだけで、こんなにも可愛いくなりましたのよ!? めちゃんこ可愛くありませんか!?」
満面の笑みで、ぴょんぴょんジャンプするシェリー。
お洒落をすることが楽しいのか、物凄く上機嫌。
コイツもよく笑うようになったなぁ……軍に居た頃の超不機嫌なシェリーは、何処にも見当たらない。
最近思うんだけど、二人とも、めっちゃ輝いてないか?
陽キャにしか見えないんだけど。
俺も陽キャになりたい。
「俺も凛子にネイルしてもらおっかなぁ……お前達に負けないくらい、すっげぇ可愛い、プリティなヤツを……」
「何言ってるんだよ……歴戦の英雄が、ネイルなんてしないでくれ……」
巴ちゃんが引き攣った顔になる。
英雄とかどうでもええねん。それより俺は、陽キャになりたい。
「だってさぁ……俺って陰キャらしいし、ネイルでもして可愛く変身すれば、陽キャになれるかもしれないだろ? 巴ちゃんだってそう思うでしょ?」
「思わない。君のカッコいいイメージが崩れるから、ぜ・っ・た・い・止・め・て!」
眼鏡の奥の眉を寄せて、口を尖らせる巴ちゃん。
ネイル駄目か……いい案だと思ったのに……。
「タカスィ〜、インキャってな〜にぃ〜?」
「陰キャってのは、友達居ないヤツって意味のスラング。陽キャはその反対」
「ふ〜ん……初めて聞いたぁ〜……」
「俺もこの前、初めて知った」
天乃君に言われた時に。
その時は白熱電灯の略かと思ったけど。
「陰キャとか陽キャとか、どうでもいいじゃんタカスィ〜。アタシだって巴ちゃん以外、まともな友達は増えてないんだからさぁ〜」
「それを言いましたら、ワタクシだって同じですわよ。ワタクシも陰キャですわね」
「ボクだってそうさ。君達はボクが初めて出来た友人になるんだよ? タカシさんの言葉を借りるなら、ボクも陰キャになってしまうね」
ケラケラ笑いながら、陰キャアピールする三人。
そういや……コイツらがクラスメイトと話している所、最近見てないな。
錬児達とは普通に喋ってるから、他にも友達がいると思ってたのに。
意外だ。
「まぁ、陰キャは陰キャ同士、四人で楽しくやって行きましょ〜や〜。うぇ〜い」
「基準点改め、インキャーズに改名ですわね。うぇーいですわ」
「ぅ……ぅぇ……うぇ〜い……」
熱いグータッチを交わす、ナタリーとシェリー。
それに遅れて、恥ずかしそうに和に混ざる巴ちゃん。
陰キャってこんなノリするんだっけ? 巴ちゃん、戸惑ってんじゃん。
「ほらほら〜、タカスィも一緒にやるよぉ〜。うぇ〜い!」
「そうですわ! タカシ君も混ざって下さいまし! うぇーいですわ!」
「ボ、ボクだってやったんだからな! タカシさんも、ちゃんとやれよ!」
「はいはい……うぇ〜〜い」
訳も分からないまま、言われるがままに拳を突き出す。
陽キャになる見通しは全くつかないけど、これはこれで、なんとなく楽しかった。
────────────
次の授業は体育。
教室には男子生徒が残り、ジャージに着替え始めていた。
俺も彼らを習って、早速着替えを始める。
編入してから、始めて受ける体育の授業。
編入組の俺達は体力テストを受けていないので、今日は個別に測定を始めるらしい。
後で、ナタリーやシェリーと打ち合わせしておかなきゃな……何も考えないで挑んだら、問題しか起きないだろうし……。
そんな事を考えながら着替えを進めていると、複数の男子生徒に囲まれた。
皆一様に恐い顔。
天乃君もいるじゃん。
「な、なぁ四分咲……ちょっといいか……?」
その天乃君に、険しい声で話しかけられる。
一体どうしたんだろ……編入初日以来、全く話しかけて来なかったのに。
「俺は大丈夫だよ。なにかあったの?」
「なにかあったの? じゃねぇんだよ! 調子に乗ってんじゃねぇぞコラァ!」
天乃君の隣に立つ、坊主頭の男子生徒が怒鳴り声を上げた。
めっちゃ上目遣いで、俺を睨んでくる。
「なんでそんなに怒ってるんだよ……毎回思うんだけど、俺、お前らに何かやったか? やってないだろ?」
「やってるからキレてんだろーが! 自覚ねぇのかよ! ぶっ殺すぞ!」
「ま、まあまあ……落ち着けよ志村……」
天乃君が、志村と呼ばれた男を宥めた。
半ば興奮気味の志村君も、天乃君には頭が上がらないのか徐々に落ち着きを取り戻す。
さすがイケメン。俺もイケメンになりたい。
「あ、あのさ四分咲……お前、ナタリーさん達に何か言ったか?」
俺が感心していると、天乃君が話を戻した。
「ん? 何かってなに?」
「例えば……俺らに関わるな、とか。話しかけられても無視しろ、とか」
「はい?」
どゆこと?
「言ってる意味が、よく分からないんだけど」
「しらばっくれてんじゃねぇぞコラ! お前が余計な事を言ったから、ナタリーさん達の態度が変わったんだろうが!!」
「変わった? どう変わったの?」
「トボけてんのかテメェェェェ!!! コロすぞコラァァァァ!!!」
俺の胸ぐらを掴み、激高する志村君。
怒ってないで質問に答えろよ……全く。
「志村きゅん♡ 怒鳴ってばかりじゃモテないぞ? お・ち・つ・い・て♡」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!??」
可愛く注意したのに、さらに激高する志村君。
天乃君が、必死になって止める。
「志村やめろって! 話にならないから少し離れててくれ!」
「だってこの陰キャがっ……!!」
「取り敢えずこの場は俺に任せてくれよ! 頼むから!」
「わ、分かったよ……くそったれ!!」
志村君が俺の机を蹴り飛ばし、睨みつけながら離れていく。
そこまで怒んなくてもいいのに……可愛くなかったか?
天乃君と志村君を交互に眺めながら、ちょっとだけ卑屈な気持ちに襲われた。
────────────
「ナタリー達が無視をする……?」
「そうなんだ……ちなみに俺達だけじゃないぞ? 女子も全員、無視されている……」
どうやら、ナタリー、シェリー、巴ちゃんの三人が、クラスメイト全員を無視しているらしい。
いくら話しかけても、露骨に睨み返されるそうだ。
「だからお前が、ナタリーさん達に無視するよう頼んだんじゃないかって……」
「そんなこと言ってないから……」
すぐ俺の所為にするの止めてくれないかな? 俺、何もしてないし。
「じ、じゃあ……なんで俺達は無視されているんだ?」
「さぁ? 分からん」
首を傾げながら、着替えを進める俺。
上半身ハダカになって、体操袋からジャージを取り出す。
「四分咲……お前なにか知ってんだろ? 教えてくれよ……」
「いや、マジで分かんないんだって。虫の居所でも悪かったんじゃないの?」
「お前とは普通に喋ってるじゃないか……おかしいだろ……」
「…………そういやそうか」
「四分咲の方から聞いて貰えないか? 何で俺達を無視をするのか。俺達はナタリーさんと仲……良く……な……り……………え?」
俯いていた天乃君が顔を上げると、俺のチクビを見て絶句した。
目を見開き、釘付けになっている。
「お、おま……お……ど……どんっ……!!」
「そ、そんな熱心に見ないでよ……恥ずかしいでしょ! えっち!」
呂律が回らない天乃君。周囲を囲む男子生徒も、俺のチクビに釘付け。
みんな見すぎじゃね? スケベか? どうしようもねぇ野郎共だな!
「やっべぇ……ここに居たら、性に盛った変態共に襲われちゃうかも……」
「襲うワケねぇだろ!! くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ!!」
「じゃあ俺のチクビ見んなよ」
「そ、それは……」
言葉に詰まる天乃君達。
悔しそうに俺を睨みつけ、絞り出すような声を上げた。
「お、お前の体……おかしいだろ……どれだけ鍛え上げたら、そんな体になるんだ……」
俺の腹筋を指差す、天乃君。
恐れ慄くように一言だけ、そう呟いた。








