36話
その日の放課後。
大塚錬児は、近所のファミレスに来るよう肉食乙女達に呼び出されていた。
どうしても相談に乗って欲しい事があると言われ、半ば強制的に誘われた。
彼は今日、タカシを誘ってバッセンにでも行こうと考えていたが、文香と凛子も大切な友人。
予定を変えて、集合場所へと向かった。
ファミレスに到着した錬児が店内を見渡すと、店の奥に、文香と凛子の座っている姿が見えた。
二人とも思い詰めたような顔をして、無言で俯いている。
相当思い悩んでいるのか顔色も悪い。
彼はすぐさま座席に向かい、明るく二人に声をかけた。
「そんな暗い顔してどうした? 大好きなタカシが心配するぞ」
軽口を叩きつつ、適当な席に腰掛ける。
文香も凛子も、錬児の言葉には反応せず、俯いたまま動かない。
「お、おい? お前らマジでどうしたんだよ? 何かあったのか?」
「錬児君……私達は今、もの凄いピンチに襲われてるの……本当ならこんなこと頼みたくないんだけど、もう四の五の言ってられる状況じゃなくて……」
凛子が神妙な面持ちで呟く。
ピンチという言葉に、錬児は顔をしかめた。
「どうした? 誰かに脅されてんのか?」
「ううん……脅しとか、そういうワケじゃないんだけど……」
「じゃあなんだよ?」
「…………聞いてくれる?」
「聞きたくなかったらここには来ねぇよ。ほら、早く言ってみろって」
そう告げると、凛子の暗かった顔に笑顔が戻り始めた。
「さすがイケメンね! それでこそ私達の幼馴染だわ!」
「そんなのいいから早く言えって」
「タカシの寝込みを襲いたいの。知恵を貸して」
「は?」
一瞬固まる錬児。何を言っているのか分からなかった。
「ご、ごめん……上手く聞き取れなかったわ……もう一回言ってくれるか?」
「タカシとぐっちょんぐっちょんの関係になりたいの。協力しなさい」
「聞き間違いじゃなかったかぁ~……そっかぁ〜……」
目頭を押さえ天を仰ぎ、彼は思った。
脳にボウフラでも湧いてんじゃねぇのかコイツ。
ドン引きする錬児に、今度は文香が話しかける。
「ちなみに、錬児君に拒否権は無いからね。全身全霊、私達をサポートするんだよ」
「なんでだよ……なんで俺がそんな事────」
「あなたのせいで、『私の好きな人は錬児君』ってタカちゃんが勘違いしたんだよ? それくらい協力してよ」
「……………………………」
言葉に詰まる錬児。辿々しく反論する。
「い、いや……ア、アレは俺の所為じゃねぇじゃん……ク、クラスの連中が勝手に勘違いしたんだから……」
「そうだね。噂を流したのはクラスメイトだから、錬児君は悪くないよね。でもさ、キッカケを作ったのは誰?」
「……………………………」
「そうだね。錬児君だね」
冷ややかな視線を向けられる。
錬児はもう、反論出来なかった。
事の発端はタカシが徴兵されるニ年ほど前。錬児がまだ小学生の頃。
彼はタカシと意気投合した。
一緒に遊ぶ事が楽しくて、文香が居ようがお構いなしに声をかけまくった。
勿論そんな事をすれば、タカシ大好き文香ちゃんも黙っていない。
二人は顔を合わせる度に、タカシを取り合って喧嘩した。
たぶんそれが原因だったのだろう。
毎日じゃれ合う姿を見たクラスメイトの間に、一つの噂が流れ始めた。
文香と錬児はツンデレだ。
お互い、相手の事が気になっちゃうから喧嘩しちゃうんだ。
二人は実は、相思相愛なのだ、と。
「正直ね、クラスメイトにどう思われようが、私は別にどうでも良かったの。タカちゃんさえ居れば、他に何もいらなかったから」
「お、おう……」
「でもね、タカちゃんもあの噂を信じちゃったの……あのクッソくだらない噂を……分かるか錬児……あの時の私の気持ちがぁぁぁ……」
「わ、分かったよ……手伝うから……手伝わせてくれ……」
文香の口調が荒くなっていくのを察した錬児は、消え入るような声で了承した。
タカシの徴兵で有耶無耶になってたが、彼自身、実はかなり責任を感じていた。
「でもさぁ……寝込みを襲うのは止めようぜ……さすがにそんな事は手伝えねぇよ……」
「冗談に決まってるじゃない。やるワケないでしょ」
「嘘こけ」
お前らがタカシを襲う準備をしていたのは知っているんだからな……と心の中で悪態をつく。
結婚届を偽装したり、隠し撮り用の高性能なカメラを所持していたり。
「とにかく、タカシの周りに美少女が増え続けている現状をなんとかしなければならないの!」
「今日だけで、シエルさん、雲雀様、芦原先輩が増えたもんね……すっごい噂になってたし……」
「ってか菫さん、何で一年の教室に行ってんのよ……なにか対策打っとけば良かった……ちくしょお……」
「ぅぅぅ……私にはタカちゃんしか居ないのにぃ……生まれた時からずっと一緒だったのにぃ……」
ぶつぶつと呪詛のような文句を呟く肉食乙女達。相変わらずタカシに対する執着心が凄まじい。
「それで、俺は何を協力すればいいんだ?」
いつまでも負のオーラを浴びてても仕方ないので、錬児は話を元に戻した。
「そうねぇ……なんだかんだ言っても、やっぱり幼馴染が一番だな! ってタカシに思わせる方法はないかしら? こう……私達を見直すような!」
「出来れば、タカちゃんが私にキューンッてするようなイベントも組み込んで欲しいな。ドキドキさせたいの」
「幼馴染が一番で……タカシがキュンキュンするようなイベントねぇ……」
腕を組み、うーん……と悩む錬児。
そのまま悩むこと数分。彼は口を開いた。
「海……とかどうよ? タカシ泳ぐの好きだったし」
「海? 海に行ったら、タカちゃんキュンキュンするの?」
首を傾げる文香に、錬児が話を続ける。
「いや、昨日のタカシを見て思ったんだけど、アイツ、楽しむ事にすげぇ必死になってないか?」
「楽しむ事に必死っていうか………タカちゃん、学校生活を一秒たりとも無駄に出来ない、って感じで動いてるよね。友達作りだってそう。沢山友達が出来れば、それだけ楽しくなるって真顔で言ってたし」
「そういえば、ナイターのチケットもクラス全員分用意してたわね。もしかして、本気で全員と仲良くなるつもりだったのかしら?」
ホント、友達作りヘタクソねぇ……と凛子が薄く笑う。
タカシだけに見せる、優しい笑みで。
「だからさぁ、友達作りはともかく、タカシを楽しませれば喜ぶんじゃねぇの? 俺達なら、タカシの好きだった遊びとか知ってるし、そういうのを企画してやったら『やっぱり幼馴染と一緒に居るのが一番楽しい』って思うんじゃないか?」
「それで海かぁ……なるほど……」
「海に行ったら水着にもなれる。お前らの成長したわがままボディを見せれば、いくらタカシだってキュンキュンすると思うんだよ。たぶん」
錬児の一言で、乙女達の顔つきが変わる。
彼女達は、そこいらの女子生徒では到底及ばない程の、殺傷能力の高いボディを持っていた。
その武器を、決してイヤらしくなく、かつ、大胆にアピールすることが出来るのだ。
素晴らしいアイデア。
これなら、ナタリーやシェリーにも十分対抗出来る。
「それに、タカシ水着持ってないと思うから、買いに行くって口実でデートにも誘えるじゃん。自然な感じで」
「……………………」
「……………………」
「金貯めて、泊まりで計画ってのもアリだな。寝込みを襲うのはアレだけど、もしかしたらタカシの方がその気になる可能性もあるし」
「天才かコイツ……」
「さすがイケメン……ポップコーンのようにアイデアを出してくる……」
恐れ慄く、凛子と文香。
タカシ以外、恋愛経験ゼロのクソ雑魚乙女には、逆立ちしても出てこない発想だった。
「錬児君の提案採用! さっそく何処の海に行くか作戦会議しよっか! えへへ〜……タカちゃん待っててねぇ〜……」
「お金のことは私に任せなさい! こう見えて、かなり稼いでるからね! 費用なんて度外視で考えるわよ!」
方向性が決まったからか、文香と凛子の声に張りが戻る。
「錬児君も一緒に考えてよね! まだ帰っちゃ駄目だから!」
「そうよ! まだまだ付き合ってもらうんだからね!」
「はいはい……そういや気になってたんだけど、お前ら協力するようになったんだな」
錬児の質問に、顔を見合わせる文香と凛子。
仕方ないじゃん……と呟いた凛子が、彼の質問に答えた。
「だって……タカシとナタリーさん、ビックリするくらい仲が良いじゃない……あんなの見せられたら、そりゃ焦るわよ……」
「あぁ……あの二人、めちゃくちゃ仲良いよな」
「私達で争ってる場合じゃないのよ……協力して、タカシの意識を幼馴染に戻さないと……」
くっ! と唸る凛子。
確かに錬児の目から見ても、タカシとナタリーは気を許し合っているように見えた。
恋愛感情を持っているかと言われたら微妙な感じだったが、信頼しきっているのは確かだ。
「まぁ、なんかあったら俺に相談しろよ。どうせくっつくなら、俺はお前らにくっついて欲しいって思ってるし」
なんだかんだ言って、付き合いの長い三人。
文香と凛子の片思いを何年も見てきた錬児は、幼馴染の味方だった。
「さすが錬児君……聖人かな?」
「あんたはホントに良い奴ねぇ……決めた! 錬児君の彼女も海に誘いなさい! お礼も兼ねて、私が奢ってあげるわ!」
「え? いいのか?」
「もちろんよ! 千恵さんとも久しぶりに会いたいし、ちょうどいいわ!」
ビシッと錬児を指差す凛子。拒否権は無いわよ、といった顔をしていた。
「千恵、すっげぇ喜ぶと思うぞ……アイツ、お前らのこと大好きだし」
「せっかくだから千恵ちゃんもここに呼んだら? 一緒に計画しようよ」
「それもそうだな」
そう言って錬児は、スマホを取り出し、操作した。








