34話
「ごめんね、菫ちゃん。付き合わせちゃって」
「良いに決まってんぢゃん! 花梨の頼みなら、あーし、いくらでも付き合うよ!」
お昼休み、私と友人の菫ちゃんは一年生の教室に向かって歩いていた。
わざわざ校舎を跨いでまで向かう目的はただ一つ、タッ君の悪い噂を払拭する為だ。
今朝、初めてその噂を聞いた時、私は耳を疑った。
タッ君が白人美少女を性奴隷にしてる? タッ君が? あのタッ君が!? ありえないでしょ!
そこはお姉ちゃんを性奴隷に────ゲフンゲフン。根も葉もない噂を流すなんて許せない!
やっぱり、お母さんとお父さんのお説教なんて無視して、昨日のうちにタッ君の学校生活について聞いておくべきだった。
そうすれば昨日の時点で、事の成り行きに気づくことが出来たんだ。
それをお母さんが「あんたの腐った性根を治すのが先決でしょ!」って怒るもんだから……全く……。
「まぢ酷い話だし! 戦争から帰ってきたっていうのに、こんな仕打ちありえない! あーし、ビシッと言っちゃうからね!」
隣を歩く菫ちゃんが吠える。
派手なピンクの髪に、濃いめの化粧、沢山のピアスを付けた彼女の怒る姿は、中々威圧感があった。
「あ…………す、菫ちゃん! 言ってなかったんだけど、弟は戦争帰りってことを隠してるから、そこだけはバラさないようにしてくれる?」
「そうなん? なんで隠してん?」
「悪目立ちするのが嫌なんだって」
「もう悪目立ちしてんぢゃん」
「いや……まぁ……そうなんだけど……」
正論すぎて、思わず頷いちゃった。ツッコミが鋭すぎる。
私が引き攣っているのに気付いたのか、菫ちゃんは安心させるようにニッコリと笑った。
「ま、花梨がそう言うなら言わないよ! 年上として、注意だけにしといちゃる!」
「うん……しといちゃって……」
フンス、フンスと鼻息を荒げる菫ちゃん。
変わってないなぁ……。
サバサバした彼女とは、この学校に入学してからの付き合いになる。
見た目の割に正義感が強く、彼女の明るさに、私はかなり救われてきた。弟と別れ、落ち込んでいた時に慰めてくれたり、大神君から守ってくれたり、色々と。
不登校になってからも、菫ちゃんだけは私を気にかけて、毎日のように連絡をくれた。
凄く、カッコいい女の子なのだ。
菫ちゃん、イケメン好きだから、今度、錬児君を紹介してあげようかな?
いや、ダメか……錬児君、年下だし……年上でお金持ちじゃないと、菫ちゃんはイヤって言うだろう。
ま、そんな面食いな菫ちゃんだからこそ、タッ君に近付けても安心出来るんだけどね。これ以上、美少女のライバルなんて増やしたくないし。
私がそんな事を考えていると、菫ちゃんが思い出したかのように質問してきた。
「そういえば聞いてなかったんだけど、弟さんの名前なんて言うん?」
「あれ? 言ってなかったっけ? タカシだよ。四分咲タカシ」
「……………………たかし?」
そう呟いた菫ちゃんは、ポカンとした顔で立ち止まった。
「ん? 菫ちゃん、どうしたの?」
「タカシ…………タカシ君…………」
「菫ちゃん?」
親友のサバサバオーラが急速に失われていく。代わりに、どんどん艶っぽい空気が生まれていく。
菫ちゃんは動揺しているのか、急に慌てだした。
「まさか……い、いや! 違う、違うから! 名前が一緒なだけ……一緒なだけだから! 期待しちゃ駄目……駄目よ私!」
「す、菫ちゃん? どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」
「期待して違ったら……また辛くなっちゃう……また、胸が苦しくなっちゃう……」
「え? な、なに……一体どうしたの?」
「でも……もし……もしも、あのタカシ君だとしたら……私……私は……」
苦しそうに胸を掴み、何かに耐えるように瞳を閉じる菫ちゃん。
なにこれ?
親友の変貌に、私は戸惑うことしか出来なかった。
───────────
一年D組に到着。
教室の前に訪れた私達は、入り口付近から中を覗き込んだ。
昼休みが始まったばかりという事もあって、教室内には多くの生徒が残っている。
噂の真相を確かめるには、絶好のタイミングだ。
私、行っちゃうよ!
腕捲くりして乗り込もうとする私を、菫ちゃんが慌てて止めてきた。
「ま、待って花梨! まだ心の準備が……」
「菫ちゃん、さっきからどうしちゃったの? みんなの前に出るのが急に怖くなっちゃった?」
「ち、ちが……そんなのは別に平気なんだけど……」
「じゃあ行こうよ」
「ま、待って! せめて事前に教えて! お、弟さん! 弟さんは何処に座ってるの!?」
「タッ君の場所? タッ君なら…………」
菫ちゃんから視線を外し、教室内を見渡すと、割と近い位置にタッ君の立ってる姿が見えた。
目頭を押さえながら、銀髪でオカッパの女の子にアイアンクローをかましている。
あれってシェリーちゃん? なんで彼女がここに居るんだろ……。
私が疑問に思っていると、タッ君の呆れ声が聞こえてきた。
「じゃあ話を整理するけど、シェリーがここに居るのは────」
「もちろん! 編入したからですわ!」
「手続きしてないのに、ここにいる理由って────」
「そんなもん、この学校の教師を買収したからに決まってますわよ!」
「そ、その金はどうやって用意────」
「今朝、ガーネット総監から入金が確認されましたので、そこから見繕いましたわ!」
「頭痛くなってきた…………」
深い溜息を吐くタッ君に変わって、ナタリーちゃんが割って入った。
いつもケラケラ笑っている彼女にしては珍しく、苦虫を噛み潰すような顔をしている。
「シ、シェリー……無駄遣いするなって、この前、タカスィに怒られたばっかじゃん……何やってんだよぉ……」
「え? 無駄遣いじゃねぇですわよ。こうやって高校生活を送れるのですから!」
「食事はどうするつもりなんだよぉ……」
「生態維持出来るカロリーさえ取れれば、食事なんて何でも良いですわ。カロリーブロックも大量にパクってきましたし、最悪、安価で高カロリーのモノを摂取すれば、節約なんて幾らでも出来ますからね!」
「いや……終戦したんだし、もうちょっとマシなモノ食べようよ……」
どうやらシェリーちゃんが、持ち前のノリと勢いで、水蓮寺高校に編入してきたらしい。
話振りから、財力を駆使して乗り込んで来たようだ。
いくら買収したからって、僅か半日で編入出来るものなの? 一体、どんな手を使ったんだろう……。
「お前さぁ……金は大切に扱えって、何度も何度も言ってきたよな? なんで後先考えずに使うんだよ……」
「お金は天下の回りものですわよ! 使ってナンボの代物ですわ!」
「使い方にもよるだろバカタレ。なんだよ買収って。褒められた使い方じゃねぇし、そもそもただの裏口入学になってるじゃねぇか」
「人聞き悪いですわねぇ〜。一応、明後日くらいに編入試験を受ける予定ですのよ? 条件として、そこで合格ラインに達しなければ退学になるという話になってますので、決して裏口入学ではありません! 言うなればフライング入学ですわ!」
「次から次へと減らず口をペラペラと……」
アイアンクローを解いて、ピシピシとシェリーちゃんの頭をチョップするタッ君。
彼女は、全く反省してなかった。
「二人とも、口ではなんだかんだ言ってますが、実は嬉しいんじゃありませんか? ワタクシの登場に!」
それどころか、ドヤ顔で、慎ましい胸を張りあげる。
その姿を見たタッ君は、もう一度、深いため息を吐いた。
「もうどうでもいいや……それよりお前の着ている制服、サイズ合ってないんじゃないか? 上着ブカブカじゃん」
「制服だけは間に合わなかったので、ナタリーさんのをお借りしましたの。確かにちょっと大きいんですよねぇ……」
「シェリー胸ちっちぇもんなぁ〜」
「うっせぇ」
楽しそうに談笑を始める三人。どうやら話は纏まったみたい。
私は覗き込むのを止めて、菫ちゃんに視線を戻した。
「あそこで女の子に囲まれてるのが、弟のタッ君だよ」
「……………………」
「菫ちゃん?」
彼女は私の言葉に反応しなかった。
ただ真っ直ぐとタッ君を眺め、乙女のように瞳を潤わせている。
ここに来て、ようやく私は気付いた。
彼女の異変に、ようやく見当がついた。
菫ちゃん……もしかしてタッ君に惚れてる……?








