24.5話 番外編 彼らの夕食
「タカスィ〜。お腹空いたぁ〜」
「確かに腹減ったな……」
お腹を擦るナタリーちゃんに、タッ君が応える。
色々あって忘れてたけど、シェリーちゃんの訪問で、私達はお昼ご飯を食べ損なっていた。
時刻は十七時を回ったのに、今日は殆どなにも口にしていない。
「ちょっと早いけど夕ご飯にしない? 私もお腹空いちゃったし」
私の提案に二人が頷く。
「そうだね。シェリーの歓迎会も兼ねて、今日は外へ食べに行こっか」
「イィヤッフォォォォォ!! タッカスィ〜!! お店選び、頼むぜぇ!!」
「また俺が探すのかよ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、スマホでお店を調べ始めるタッ君。
なんだかんだ言ってタッ君はナタリーちゃんに甘い。悪態をつきながらも、彼女のワガママは全て聞いている。
ホント面倒見が良いなぁ。
弟に感心していると、シェリーちゃんがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……ワタクシ日本へ来る為に、なけなしの貯金を切り崩してきましたので、手持ちがスッカラカンなのですが……」
「今日は俺が奢ってやるから金の心配はすん……スッカラカン?」
スマホを操作していたタッ君が、眉を寄せて顔を上げた。
「スッカラカンってどういう意味だよ? まさかゼロってワケじゃないよな?」
「え?」
「先週、国から食費が支給されただろ? 貯金は無いにしても食費くらい残ってるだろ」
「え、えっと……そ、その……」
しどろもどろで口籠る彼女の様子に、タッ君の顔が険しいモノへと変わっていく。
「お前……まさかゼロなのか?」
「ゼ、ゼロじゃありませんわ! 三百円! 三百円残ってます!」
「ほぼゼロじゃねぇか」
そう言って、シェリーちゃんの頭を鷲掴みにするタッ君。呆れ声で叱り始めた。
「お前さぁ、食費にだけは手をつけんなって、何度も言ってきたよな? 俺の話を聞いてなかったのか? 上の空か?」
「い、いえ……ち、ちゃんと聞いておりましたわ……」
「じゃあ何で、その大切な食費が一週間で無くなってんだよ。まさか食費も全部、家の購入資金に充てたとか言わないよな?」
「……………………」
アイアンクロー越しでも分かる。
完全に図星の顔をしていた。
「お前なぁ……」
悪くなっていく雰囲気に、シェリーちゃんが慌て始めた。
「だ、だって、仕方ねぇじゃありませんか! 不動産屋さんが、今すぐ契約しないと他の人が買っちゃうよ? って脅して来たんですから!」
「そんなセールストークに引っ掛かってんじゃねぇよ。頼むから少しは後先考えて行動しろバカ」
「で、でも、良い買い物しましたわよ! お風呂にはジャグジーも付いてましたし!」
「結局手放してんだから、良い買い物もクソもねぇだろ。食費にまで手を付けて、どうやって生活するつもりだったんだよ」
「だ、だってぇ……どうしても欲しかったんだもん……」
「シェリー君さぁ……」
タッ君が目頭を押さえていると、ナタリーちゃんが話に割り込んでいった。
「シェリ〜、今までご飯はどうしてたんだぁ〜? さすがに、カロリーだけは取らないとヤバいだろぉ〜」
「軍に余っておりましたレーションと、くっそ不味いカロリーブロックを食べながら、飢えを凌いでおりましたわ! 意外と何とかなるモノですわね!」
「え? あんな不味いモノ、よく食べてたなぁ。アタシ、アレだけは二度と食べないって心に誓ったのにぃ〜」
「正直に言うと、めちゃんこキツかったですわ!」
えっへん、と慎ましい胸を張って笑うシェリーちゃん。
何となく、この子の性格が分かってきた。
基本的に、ノリと、勢いだけで行動してる。思慮が浅い分、彼女の残念っぷりに拍車がかかる。
タッ君がアイアンクローを解いて、深い溜息を吐きながら頭を撫でた。
「シェリー。これからは、ちゃんと考えて行動しろよ」
「ワタクシ、めちゃんこ考えて行動してるつもりなんですが……」
「考えた結果がそれかよ……」
「いざって時は、タカシ君に一生養って貰いますので大丈夫ですわ。心配しすぎですわよ」
「それ、寄生する相手に言うセリフ? 斬新すぎて、思わずキュンと来たわ」
「えへへ〜。もっと惚れ直しても宜しくてよ?」
シェリーちゃんが嬉しそうに微笑む。
濃いキャラしてるなぁ……。
調子に乗る彼女を眺めながら、私は何となく、そんな事を思った。
───────────
夕ご飯は焼肉に決まった。
不憫な食生活を送っていたシェリーちゃんに、少しでも栄養をつけさせようって事で、焼肉に決まった。
シェリーちゃんも焼肉は初めてのようで、嬉しそうに目を輝かせている。
私も久しぶり。ちょっと楽しみ。
「父さんと母さんは職場から直接、店に向かうって」
「お? 仕事が早く終わるなんて珍しいねぇ〜。皆でご飯食べるのって初めてじゃなぁい?」
「初めてだな。大人数だし、ちょっと予約してくるね」
そう言って、タッ君が席を外した。
同時に、ナタリーちゃんが拳を握りしめる。
「よぉ〜し! 今日こそタカスィママに、アタシとタカスィの婚約を認めさせるぞぉ〜!」
「な、何言ってるのナタリーちゃん! そんなのダメだからね!」
ホント、隙あらば求婚を迫ってくるね……。
彼女には幸せになってもらいたいけど、タッ君だけは渡せない。それだけは譲るつもりない。
「お姉様の言う通りですわ。外堀を埋めていくやり方はフェアじゃありません。淑女なら正々堂々、正面からぶつかっていくのが嗜みですわよ」
「いつも失敗してるシェリーが言っても、説得力がねぇんだよなぁ〜。諺でもあるだろぉ? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ってぇ。先人を倣って考え直せボケぇ〜」
「ナタリーさん。先人を倣うなら、一念天に通ず、という言葉がありましてよ? 周りから攻めていくなんて、かったるい真似しなくても、強い信念さえあれば想いは成就するのですわ。ヘタレはこれだから困る」
「二人とも、なんでそんなに日本の諺に詳しいの……?」
本当に海外の人? 会話だけ聞いてたら日本人としか思えないんだけど……イントネーションも完璧だし……。
暴走するナタリーちゃんを止めに入る。
「あのね、ナタリーちゃん。お母さんはね、そんな甘い女じゃないの。もしもタッ君を狙ってるなんてバレたら、ネチネチとイジメられちゃうよ?」
「え? そ、そうなのぉ〜……」
「そうだよ! だって私が今、その状況に陥ってるもん!」
「えぇ〜……」
お母さんの息子に対する愛し方は異常だ。近づく女は姉ですら許せない、モンスターペアレントと化すくらいだし!
「タカシ君のお母様って、そんなに怖い方なんですの?」
「ん〜……アタシは、人の良いお母さんとしか思わなかったけど……」
「もしかしたらワタクシ……追い出されてしまうかもしれませんね……」
首を傾げるナタリーちゃんに、怯えるシェリーちゃん。
ちょっと脅かしすぎちゃったかな? でも、仕方ない。
お母さんは、本当に厳しい人だから!
────────────
「お、お母様はじめまして! ワ、ワタクシ、シエル・アイスランドと申しま──」
「あなたがシェリーちゃん!? あらやだ〜! 可愛い〜! お人形さんみたい〜!」
「こ、この度は寛大なお心で、居候の許可を頂き、誠にありが──」
「あらあらまぁまぁ〜。これはこれはご丁寧に〜。凄いわねぇ〜。よく出来た子ねぇ〜」
緊張した様子で挨拶するシェリーちゃんに、食い気味で絡んでいく我が母。
何この対応…………。
焼肉屋に到着した私達は、一足先に来ていたお母さん達と合流した。
席に座り、シェリーちゃんの自己紹介が始まると、そのお母さんが嬉しそうに笑い始めたのだ。
意味が分からない。
「お母さん……私に対する態度と全然違うじゃない。ビックリしたんだけど」
「そりゃそうでしょ。タカシのお嫁さんになる子かもしれないのよ? 優しくするのは当たり前でしょ」
「はぁ!? お嫁さん!? 私がタッ君のお嫁さんになるって言った時は、烈火の如く怒ったじゃん!」
「どこの世界に姉弟の結婚を許す母親がいるのよ! いい加減、その不純な考えを直しなさい!」
「不純じゃないよ! 私は本気!」
「バカ言ってんじゃないよ! 丸刈りにするわよ!」
なにそれ? じゃあ、私だけ当たりが強いってこと?
だってナタリーちゃんにもキツイ態度を取ってたじゃ…………いや、取ってないな。
むしろ嬉しそうにしてたわ。
未来のお嫁さんかも、って言って喜んでたわ。
タッ君が帰ってきた喜びで、有耶無耶になって忘れてた。
お母さんは、初めからナタリーちゃんに友好的だったわ。
「タカスィママァ〜。アタシがタカスィを好きって言ったら怒るのぉ〜?」
「怒るワケないじゃない! むしろどんどんやって! 親公認よ!」
「え、え? ど、どんどん?」
「どんどんはどんどんよ! じゃんじゃん間違い起こしちゃって良いからね! その代わり、ちゃんと籍は入れるのよ!」
「母さん……何言ってるんだよ…………」
暴走するお母さんを、タッ君が呆れた様子で止める。
親の言うセリフじゃないでしょ……。
常識のないお母さんに、私は目眩がした。
「今日は俺が奢るからさ、みんな好きなように食べてよ」
「タカシ、お前は何を言ってるんだ」
自己紹介を終え、いざ注文を始めようって時に言ったタッ君のセリフに、お父さんが叱責した。
「高校生に奢ってもらう親が何処にいる。会計は父さんがするから、お前は食事に専念しなさい」
「え? でも俺達、かなり食べるよ? 国から食費も出てるし、ここは俺が──」
「父さんを見くびっているのか? こう見えて父さん、かなり稼いでいるんだ。支払いは父さんに任せなさい」
「本当にいいの?」
「ああ。支給されたお金は、将来の為に貯金すればいい」
「父さん……かっけぇ……」
タッ君が、羨望の眼差しでお父さんを見ている。
お、お父さん、タッ君達の食事量見たこと無いのに、そんなこと言って大丈夫なの?
心配する私と、ドヤ顔の父親を置いて、タッ君が「すいませーん」と注文を始めた。
「あの、こっからここまでの肉を、二十人前ずつお願いします」
店員さんに向かって、メニューの左上から右下へ指をなぞるタッ君。
店員さんと、両親の顔色が変わった。
「に、二十人前ですか……? 二人前じゃなくて……?」
「二十人前で合ってます。ナタリーとシェリーはどうする?」
「アタシは、石焼ビビンバとクッパが食べたぁい! 十個ずつお願ぁ〜い」
「ワタクシはチヂミというモノが気になりますわ。プレーンチヂミ、海鮮チヂミ、チーズチヂミを十皿ずつお願いしますわ」
「え、え……?」
「タ、タカシ……?」
桁違いの注文に戸惑う店員さんと、お父さん。
どう対応していいか分からない、といった様子で店員さんが困惑していると、店長のような人がスッと現れた。
「これはこれは四分咲様。お肉二十人前と、ビビンバ、クッパ、チヂミ、十皿ずつですね。スープやサラダなどは如何なさいますか?」
「んー……それも十皿ずつお願いします。他、なにか頼む?」
そう言って、タッ君がメニューを差し出してきた。
お父さんとお母さんは固まったまま応えない。
代わりに私が応える。
「こっちは適当に摘んで食べるから、好きに注文してもらっていいよ」
「そう? じゃあ一先ず注文は以上で」
「かしこまりました」
店長さんが、頭を下げて退席する。
タッ君達の、食事が始まった。
「うっめぇですわ! その……なんていうか、その……とにかくうっめぇですわ!」
「柔らかぁ〜い! お肉がトロットロで、まぢで美味し〜い!」
「すみませーん。カルビとタン塩、ホルモンを三十人前ずつ追加でお願いしまーす」
凄まじい勢いでお肉を喰らう三人。
大量に運ばれてきたお肉や、料理が、みるみる内に無くなっていく。
さっきから気になってたんだけど、お店の対応がちょっと変だ。店長さんが常に張り付き、嬉しそうに注文を取っている。
そういえば入口に、四分咲様ご来店って、デカデカ書かれてたし……なんなのこれ? 旅館の対応?
「タ、タカシ? そ、そんなに食べて大丈夫なのか? もう既に会計が、十万円近く……」
「心配しなくても大丈夫だよ。まだまだ入るから安心して」
「タカスィ〜、アタシ冷麺食べたぁ〜い」
「ワタクシも食べたいですわ!」
「すいませーん。冷麺、十五皿お願いしまーす」
桁違いの注文に、お父さんの顔が青褪める。
しきりに財布を確認し、小声でお母さんに助けを求めていた。
「か、母さん! どうしよう! 手持ちが全然足りない!」
「カード使えばいいじゃない……知らなかったわ。タカシがこんなに食べるようになってたなんて」
「い、今からでも、タカシにお金を貰うのは不味いかな?」
「そんな情けない真似だけは絶対にしないで! 足りない分は私も払うから、今は堂々と見守ってなさい!」
「はぃ…………」
お母さんの厳しい言葉に、消沈していくお父さん。
見栄なんて張るから……。
縮こまるお父さんを眺めながら、私はお肉を口に運んだ。
一時間後、店長さんが暗い顔で声をかけてきた。
「も、申し訳ございません四分咲様。もう材料が無くなってしまいまして……これ以上、ご注文を受ける事が……ちょっと……」
「え? 食べられないって事ですか?」
「え、えぇ……近隣の系列店にも頼み込んで、材料を分けて貰ったのですが……申し訳ございません……」
「そうですか……」
暗くなるタッ君に比例して、お父さんの顔色が輝いていった。
「タ、タカシ、材料が無いなら仕方ないぞ! 今日はもう、ご馳走様にしよう!」
「んー……まぁ、腹八分目って言うもんね。分かったよ、父さん」
「あれだけ食べて……腹八分目……」
お父さんが、あはは……と乾いた笑いを浮かべている。
尋常じゃない量の料理を食べてたからね。そりゃ、そんな顔にもなるよ。
引き攣るお父さんに、店長さんがスッと伝票を渡してきた。
「こちらがお会計金額になります」
「…………っつ!?」
目を見開き、声にならない声をあげるお父さん。
伝票には数字がいっぱい並んでいるのが、チラッとだけ見えた。
「お父さん、幾らだったの?」
「……………………………」
「お父さん?」
私の問いかけに、お父さんが涙目で応える。
「ひゃ、ひゃくにじゅうまんえん……」








