表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/103

24.5話 番外編 彼らの夕食


「タカスィ〜。お腹空いたぁ〜」


「確かに腹減ったな……」


 お腹を擦るナタリーちゃんに、タッ君が応える。


 色々あって忘れてたけど、シェリーちゃんの訪問で、私達はお昼ご飯を食べ損なっていた。


 時刻は十七時を回ったのに、今日は殆どなにも口にしていない。


「ちょっと早いけど夕ご飯にしない? 私もお腹空いちゃったし」


 私の提案に二人が頷く。


「そうだね。シェリーの歓迎会も兼ねて、今日は外へ食べに行こっか」


「イィヤッフォォォォォ!! タッカスィ〜!! お店選び、頼むぜぇ!!」


「また俺が探すのかよ……」


 ぶつぶつ文句を言いながら、スマホでお店を調べ始めるタッ君。


 なんだかんだ言ってタッ君はナタリーちゃんに甘い。悪態をつきながらも、彼女のワガママは全て聞いている。


 ホント面倒見が良いなぁ。


 弟に感心していると、シェリーちゃんがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……ワタクシ日本へ来る為に、なけなしの貯金を切り崩してきましたので、手持ちがスッカラカンなのですが……」


「今日は俺が奢ってやるから金の心配はすん……スッカラカン?」


 スマホを操作していたタッ君が、眉を寄せて顔を上げた。


「スッカラカンってどういう意味だよ? まさかゼロってワケじゃないよな?」


「え?」


「先週、国から食費が支給されただろ? 貯金は無いにしても食費くらい残ってるだろ」


「え、えっと……そ、その……」


 しどろもどろで口籠る彼女の様子に、タッ君の顔が険しいモノへと変わっていく。


「お前……まさかゼロなのか?」


「ゼ、ゼロじゃありませんわ! 三百円! 三百円残ってます!」


「ほぼゼロじゃねぇか」


 そう言って、シェリーちゃんの頭を鷲掴みにするタッ君。呆れ声で叱り始めた。


「お前さぁ、食費にだけは手をつけんなって、何度も言ってきたよな? 俺の話を聞いてなかったのか? 上の空か?」


「い、いえ……ち、ちゃんと聞いておりましたわ……」


「じゃあ何で、その大切な食費が一週間で無くなってんだよ。まさか食費も全部、家の購入資金に充てたとか言わないよな?」


「……………………」 


 アイアンクロー越しでも分かる。


 完全に図星の顔をしていた。


「お前なぁ……」


 悪くなっていく雰囲気に、シェリーちゃんが慌て始めた。


「だ、だって、仕方ねぇじゃありませんか! 不動産屋さんが、今すぐ契約しないと他の人が買っちゃうよ? って脅して来たんですから!」


「そんなセールストークに引っ掛かってんじゃねぇよ。頼むから少しは後先考えて行動しろバカ」


「で、でも、良い買い物しましたわよ! お風呂にはジャグジーも付いてましたし!」


「結局手放してんだから、良い買い物もクソもねぇだろ。食費にまで手を付けて、どうやって生活するつもりだったんだよ」


「だ、だってぇ……どうしても欲しかったんだもん……」


「シェリー君さぁ……」


 タッ君が目頭を押さえていると、ナタリーちゃんが話に割り込んでいった。


「シェリ〜、今までご飯はどうしてたんだぁ〜? さすがに、カロリーだけは取らないとヤバいだろぉ〜」


「軍に余っておりましたレーションと、くっそ不味いカロリーブロックを食べながら、飢えを凌いでおりましたわ! 意外と何とかなるモノですわね!」


「え? あんな不味いモノ、よく食べてたなぁ。アタシ、アレだけは二度と食べないって心に誓ったのにぃ〜」


「正直に言うと、めちゃんこキツかったですわ!」


 えっへん、と慎ましい胸を張って笑うシェリーちゃん。


 何となく、この子の性格が分かってきた。


 基本的に、ノリと、勢いだけで行動してる。思慮が浅い分、彼女の残念っぷりに拍車がかかる。


 タッ君がアイアンクローを解いて、深い溜息を吐きながら頭を撫でた。


「シェリー。これからは、ちゃんと考えて行動しろよ」


「ワタクシ、めちゃんこ考えて行動してるつもりなんですが……」


「考えた結果がそれかよ……」


「いざって時は、タカシ君に一生養って貰いますので大丈夫ですわ。心配しすぎですわよ」


「それ、寄生する相手に言うセリフ? 斬新すぎて、思わずキュンと来たわ」


「えへへ〜。もっと惚れ直しても(よろ)しくてよ?」


 シェリーちゃんが嬉しそうに微笑む。


 濃いキャラしてるなぁ……。


 調子に乗る彼女を眺めながら、私は何となく、そんな事を思った。



───────────



 夕ご飯は焼肉に決まった。


 不憫な食生活を送っていたシェリーちゃんに、少しでも栄養をつけさせようって事で、焼肉に決まった。


 シェリーちゃんも焼肉は初めてのようで、嬉しそうに目を輝かせている。


 私も久しぶり。ちょっと楽しみ。


「父さんと母さんは職場から直接、店に向かうって」


「お? 仕事が早く終わるなんて珍しいねぇ〜。皆でご飯食べるのって初めてじゃなぁい?」


「初めてだな。大人数だし、ちょっと予約してくるね」


 そう言って、タッ君が席を外した。


 同時に、ナタリーちゃんが拳を握りしめる。


「よぉ〜し! 今日こそタカスィママに、アタシとタカスィの婚約を認めさせるぞぉ〜!」


「な、何言ってるのナタリーちゃん! そんなのダメだからね!」


 ホント、隙あらば求婚を迫ってくるね……。


 彼女には幸せになってもらいたいけど、タッ君だけは渡せない。それだけは譲るつもりない。


「お姉様の言う通りですわ。外堀を埋めていくやり方はフェアじゃありません。淑女なら正々堂々、正面からぶつかっていくのが(たしな)みですわよ」


「いつも失敗してるシェリーが言っても、説得力がねぇんだよなぁ〜。(ことわざ)でもあるだろぉ? (しょう)()んと(ほっ)すれば()ず馬を()よ、ってぇ。先人を(なら)って考え直せボケぇ〜」


「ナタリーさん。先人を倣うなら、一念(いちねん)(てん)(つう)ず、という言葉がありましてよ? 周りから攻めていくなんて、かったるい真似しなくても、強い信念さえあれば想いは成就するのですわ。ヘタレはこれだから困る」


「二人とも、なんでそんなに日本の(ことわざ)に詳しいの……?」


 本当に海外の人? 会話だけ聞いてたら日本人としか思えないんだけど……イントネーションも完璧だし……。


 暴走するナタリーちゃんを止めに入る。


「あのね、ナタリーちゃん。お母さんはね、そんな甘い女じゃないの。もしもタッ君を狙ってるなんてバレたら、ネチネチとイジメられちゃうよ?」


「え? そ、そうなのぉ〜……」


「そうだよ! だって私が今、その状況に陥ってるもん!」


「えぇ〜……」


 お母さんの息子に対する愛し方は異常だ。近づく女は姉ですら許せない、モンスターペアレントと化すくらいだし!


「タカシ君のお母様って、そんなに怖い方なんですの?」


「ん〜……アタシは、人の良いお母さんとしか思わなかったけど……」


「もしかしたらワタクシ……追い出されてしまうかもしれませんね……」


 首を傾げるナタリーちゃんに、怯えるシェリーちゃん。


 ちょっと脅かしすぎちゃったかな? でも、仕方ない。


 お母さんは、本当に厳しい人だから!




────────────



「お、お母様はじめまして! ワ、ワタクシ、シエル・アイスランドと申しま──」


「あなたがシェリーちゃん!? あらやだ〜! 可愛い〜! お人形さんみたい〜!」

 

「こ、この度は寛大なお心で、居候の許可を頂き、誠にありが──」


「あらあらまぁまぁ〜。これはこれはご丁寧に〜。凄いわねぇ〜。よく出来た子ねぇ〜」


 緊張した様子で挨拶するシェリーちゃんに、食い気味で絡んでいく我が母。


 何この対応…………。


 焼肉屋に到着した私達は、一足先に来ていたお母さん達と合流した。


 席に座り、シェリーちゃんの自己紹介が始まると、そのお母さんが嬉しそうに笑い始めたのだ。


 意味が分からない。


「お母さん……私に対する態度と全然違うじゃない。ビックリしたんだけど」


「そりゃそうでしょ。タカシのお嫁さんになる子かもしれないのよ? 優しくするのは当たり前でしょ」


「はぁ!? お嫁さん!? 私がタッ君のお嫁さんになるって言った時は、烈火の如く怒ったじゃん!」


「どこの世界に姉弟の結婚を許す母親がいるのよ! いい加減、その不純な考えを直しなさい!」


「不純じゃないよ! 私は本気!」


「バカ言ってんじゃないよ! 丸刈りにするわよ!」


 なにそれ? じゃあ、私だけ当たりが強いってこと?


 だってナタリーちゃんにもキツイ態度を取ってたじゃ…………いや、取ってないな。


 むしろ嬉しそうにしてたわ。


 未来のお嫁さんかも、って言って喜んでたわ。


 タッ君が帰ってきた喜びで、有耶無耶になって忘れてた。


 お母さんは、初めからナタリーちゃんに友好的だったわ。


「タカスィママァ〜。アタシがタカスィを好きって言ったら怒るのぉ〜?」


「怒るワケないじゃない! むしろどんどんやって! 親公認よ!」


「え、え? ど、どんどん?」


「どんどんはどんどんよ! じゃんじゃん間違い起こしちゃって良いからね! その代わり、ちゃんと籍は入れるのよ!」


「母さん……何言ってるんだよ…………」


 暴走するお母さんを、タッ君が呆れた様子で止める。


 親の言うセリフじゃないでしょ……。


 常識のないお母さんに、私は目眩がした。






「今日は俺が奢るからさ、みんな好きなように食べてよ」


「タカシ、お前は何を言ってるんだ」


 自己紹介を終え、いざ注文を始めようって時に言ったタッ君のセリフに、お父さんが叱責した。


「高校生に奢ってもらう親が何処にいる。会計は父さんがするから、お前は食事に専念しなさい」


「え? でも俺達、かなり食べるよ? 国から食費も出てるし、ここは俺が──」


「父さんを見くびっているのか? こう見えて父さん、かなり稼いでいるんだ。支払いは父さんに任せなさい」


「本当にいいの?」


「ああ。支給されたお金は、将来の為に貯金すればいい」


「父さん……かっけぇ……」


 タッ君が、羨望の眼差しでお父さんを見ている。


 お、お父さん、タッ君達の食事量見たこと無いのに、そんなこと言って大丈夫なの?


 心配する私と、ドヤ顔の父親を置いて、タッ君が「すいませーん」と注文を始めた。


「あの、こっからここまでの肉を、二十人前ずつお願いします」


 店員さんに向かって、メニューの左上から右下へ指をなぞるタッ君。


 店員さんと、両親の顔色が変わった。


「に、二十人前ですか……? 二人前じゃなくて……?」


「二十人前で合ってます。ナタリーとシェリーはどうする?」


「アタシは、石焼ビビンバとクッパが食べたぁい! 十個ずつお願ぁ〜い」 


「ワタクシはチヂミというモノが気になりますわ。プレーンチヂミ、海鮮チヂミ、チーズチヂミを十皿ずつお願いしますわ」


「え、え……?」


「タ、タカシ……?」


 桁違いの注文に戸惑う店員さんと、お父さん。


 どう対応していいか分からない、といった様子で店員さんが困惑していると、店長のような人がスッと現れた。


「これはこれは四分咲様。お肉二十人前と、ビビンバ、クッパ、チヂミ、十皿ずつですね。スープやサラダなどは如何なさいますか?」


「んー……それも十皿ずつお願いします。他、なにか頼む?」


 そう言って、タッ君がメニューを差し出してきた。


 お父さんとお母さんは固まったまま応えない。


 代わりに私が応える。


「こっちは適当に摘んで食べるから、好きに注文してもらっていいよ」


「そう? じゃあ一先(ひとま)ず注文は以上で」


「かしこまりました」


 店長さんが、頭を下げて退席する。


 タッ君達の、食事が始まった。






「うっめぇですわ! その……なんていうか、その……とにかくうっめぇですわ!」


「柔らかぁ〜い! お肉がトロットロで、まぢで美味し〜い!」

 

「すみませーん。カルビとタン塩、ホルモンを三十人前ずつ追加でお願いしまーす」


 凄まじい勢いでお肉を喰らう三人。


 大量に運ばれてきたお肉や、料理が、みるみる内に無くなっていく。


 さっきから気になってたんだけど、お店の対応がちょっと変だ。店長さんが常に張り付き、嬉しそうに注文を取っている。


 そういえば入口に、四分咲様ご来店って、デカデカ書かれてたし……なんなのこれ? 旅館の対応?


「タ、タカシ? そ、そんなに食べて大丈夫なのか? もう既に会計が、十万円近く……」


「心配しなくても大丈夫だよ。まだまだ入るから安心して」


「タカスィ〜、アタシ冷麺食べたぁ〜い」


「ワタクシも食べたいですわ!」


「すいませーん。冷麺、十五皿お願いしまーす」


 桁違いの注文に、お父さんの顔が青褪(あおざ)める。


 しきりに財布を確認し、小声でお母さんに助けを求めていた。


「か、母さん! どうしよう! 手持ちが全然足りない!」


「カード使えばいいじゃない……知らなかったわ。タカシがこんなに食べるようになってたなんて」

 

「い、今からでも、タカシにお金を貰うのは不味いかな?」


「そんな情けない真似だけは絶対にしないで! 足りない分は私も払うから、今は堂々と見守ってなさい!」


「はぃ…………」


 お母さんの厳しい言葉に、消沈していくお父さん。


 見栄なんて張るから……。


 縮こまるお父さんを眺めながら、私はお肉を口に運んだ。





 一時間後、店長さんが暗い顔で声をかけてきた。


「も、申し訳ございません四分咲様。もう材料が無くなってしまいまして……これ以上、ご注文を受ける事が……ちょっと……」


「え? 食べられないって事ですか?」


「え、えぇ……近隣の系列店にも頼み込んで、材料を分けて貰ったのですが……申し訳ございません……」


「そうですか……」


 暗くなるタッ君に比例して、お父さんの顔色が輝いていった。


「タ、タカシ、材料が無いなら仕方ないぞ! 今日はもう、ご馳走様にしよう!」


「んー……まぁ、腹八分目って言うもんね。分かったよ、父さん」

 

「あれだけ食べて……腹八分目……」


 お父さんが、あはは……と乾いた笑いを浮かべている。


 尋常じゃない量の料理を食べてたからね。そりゃ、そんな顔にもなるよ。


 引き攣るお父さんに、店長さんがスッと伝票を渡してきた。


「こちらがお会計金額になります」


「…………っつ!?」


 目を見開き、声にならない声をあげるお父さん。


 伝票には数字がいっぱい並んでいるのが、チラッとだけ見えた。


「お父さん、幾らだったの?」


「……………………………」


「お父さん?」


 私の問いかけに、お父さんが涙目で応える。


「ひゃ、ひゃくにじゅうまんえん……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 三億円とは別にこの食費を全部出しているなら納得ですわw 毎回ここまでじゃないとはいえ、100万×30日×12カ月×50年? 食費で180億とは…これはヤヴァイ。
[一言] 一食120万円で1日3食食べたら、2億5000万円(シェリーの全財産)が二ヶ月ちょっとですっからかんやで…。 やっぱり地球救ったにしては報酬少なすぎる気がするな…。(改造のせいで大食いな訳だ…
[一言] お昼の弁当、どんな大きさなんだろう…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ