33話 三章エピローグ
「タカシさん……ち、ちょっと……いいかな?」
五分ほど遅れて、教室に入ってきた巴ちゃん。
虚な顔で、軽く息を切らしながら、紅潮した顔をしている。
凄いなこの子……アレを見たのに、まだ俺に話しかけて来る勇気があるのか。
下手したら軍のノーマル連中より度胸あるんじゃないか? 本当に凄い。
「あ? んだぁ?」
驚く俺を差し置いて、ナタリーがメンチを切りながら答える。
同時に、強烈な殺気が巴ちゃんに向かって放たれた。かなり機嫌が悪い。
「タカシに絡んでくんじゃねぇよ。消すぞコラ」
「ごめんねナタリーさん。少しだけでいいから、彼と話をさせてくれないかな?」
「………………………」
言い返されると思ってなかったのか、ナタリーが怪訝そうな顔をした。
軍の屈強な男達ですら震え上がるナタリーのプレッシャー。
それを淡々と返したんだ。この子、やっぱりすごい。
「話ってなに?」
感心してても仕方ないので、巴ちゃんと向き合う
俺を怖がっているのか、彼女の呼吸は荒い。
「ボクね……はぁはぁ……は、初めてだった……さっきの体験……はぁはぁ……あ、あんなの……は、初めてだったんだ……」
「そりゃあ……そうだろうね」
「お、驚きで震えが止まらなかったよ……はぁはぁ……衝撃で電流が走った……エ、エクスタシーを感じたんだ……」
「ん?」
「凄いよタカシさぁん……やっぱりぃ……ボクの見る目に間違いはなかったんだぁ……うふ……うふふ……」
「巴ちゃん?」
両手を頬に当てながらクネクネと動く巴ちゃんが、粘り気のある熱っぽい視線を向けてくる。
なんだこれ?
巴ちゃんが悦んでいるようにしか見えない。蕩けた顔で、俺を見つめてくる。
怖がってるんじゃなかったのか?
「タカスィ……この女に何やったの? すっげぇ気持ち悪い動きしてるんだけどぉ……」
「シェリーが良くやってた、弾しか出ないロシアンルーレットをやっただけ……」
「それやって、何でこんな感じになんの? 理解出来ないんだけどぉ」
「俺もだよ……この反応は予想外だわ……」
ドン引きする俺達に、悦びの舞を踊る巴ちゃん。
彼女の奇行は、そのまましばらくの間続いた。
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巴ちゃんは、昔からファンタジーやSFに憧れていたそうだ。
特にバトル物の漫画やアニメは大好物のようで、超能力とか超常現象とか、そういう類いには目がないらしい。
そんな巴ちゃんだからこそ、俺の見せた常識外れの行動は、彼女のストライクゾーンをぶち抜いたようだ。
さっきまでの怯えていた様子は、恐怖で震えていたワケではなく、ただ単に気持ち良くなって、痙攣してただけだったみたい。
そんなん分かるわけねぇじゃん。とんでもない性癖してんな。
「ナタリーさんにも特殊能力があるのかい?」
「あるにはあるけど、アタシのはかなりピーキーな能力だから、日常生活で使う機会はまず無いんだよねぇ〜。無闇に使うと危険だからさぁ〜」
「おっふぅ……そういう話大好きだよ……もっと詳しく聞かせて欲しいな」
「巴ちゃんも面白い性格してるねぇ〜。こんな話、楽しそうに聞くヤツ初めて見たよぉ〜」
ナタリーと巴ちゃんが和やかに会話をしている。
さっきまでとは打って変わって穏やかな雰囲気。
ドズった兵士に近付くノーマルなんて、軍には一人も居なかったから、巴ちゃんの存在は新鮮だった。
ナタリーも嬉しそうにケラケラ笑っている。
彼女とは案外、良い友人関係になれるかもしれない。俺らの素性を知って、尚、関わろうとしてくれるんだし。
雨降って地固まる。
ナタリーと巴ちゃんの笑い合う姿を見て、そんな気持ちになった。
と、ここで終われば良い話で済むんだけど……そんなに上手くいかないのが人生。
想定外の問題が発生した。
実は巴ちゃん、クラスメイトから相当慕われていたらしい。
雲雀家という絶大な権力を持ちながら、同級生には優しかった巴ちゃん。
大神がまだこの学校に居た頃、アイツの子分がD組にちょっかいをかけてきた時も、彼女が雲雀家の力を使って退けていたそうだ。
姉さんの言っていた社会的に抹殺って噂は、そこから来てるらしい。
普段は大人しく、権力を笠に着ない、本ばかり読んでいる優しい女の子。
そんなクールでカッコいい優しい彼女が、俺と一緒に席を外し、戻ってきたらこのバグり様。
クラスメイトからは、俺が巴ちゃんを壊したって風に捉えられてしまった。
不可抗力なのに……。
お陰様で、俺に対する同級生の評価は、取り返しのつかない所まで落ちてしまった。
あはははは。あはははは。
はぁ…………。
「そんな暗い顔してどうしたんだよぉ〜。タカスィ〜」
「そうだよ。せっかく仲良くなったんだ。もっと笑いなよ」
ふざけんじゃねぇぞ。このバカども。
俺の友達百人計画が台無しじゃねぇか。半分は俺が悪いにしても、もう半分はお前らが悪いんだぞ。
少しは慰めろ。
「友達百人で食べたかったんだよ……富士山の上でオニギリを……ぱっくんぱっくんって……」
「それなら大丈夫じゃないか。あの歌詞、一人ハブにされているし」
「あぁ〜確かにぃ〜。百一人で食べなきゃおかしいもんねぇ〜。なるほどぉ〜」
「そのハブにされてるのがタカシ君ってワケですね。歌詞通りですわ」
「ふざけんじゃねぇぞ……テメェら……」
人事だと思って、いけしゃあしゃあと……絶対友達作って見返してやる。絶対!
D組での俺の評価は地に落ちたけど、他のクラスはまだ大丈夫だと思う。
錬児に協力してもらって、A組から落として行くのが定石か?
そうやってB、Cと攻めてって、最終的にDに戻ってくるのがいいんじゃないのか?
幸い、文香と凛子も居るし、ナタリーと巴ちゃんにも協力させればいい。
これなら……行けるか?
「まぁ〜、巴ちゃんと友達になったんだから、そんなに悲観しなくてもいいと思うんだけどねぇ〜。ゼロじゃないんだしぃ」
「そうだよタカシさん。友達は量より質だよ。ボクが百人分になってあげるさ。ゆくゆくは友達以上を考えているけどね……」
「ワタクシもいますし、慌てる必要はありませんわ」
「ちょっと待てや」
俯いてた頭を上げて、ソイツの方へ顔を向ける。
銀髪でおかっぱの、特徴的な三白眼のバカに、アイアンクローをぶちかました。
「お前、なんで学校に居るんだよ」
「え?」
シェリーが可愛らしく、コクンっと首を傾げた。








