31話
「四分咲さんには、これからボクの家に来てもらうよ。父様や母様に紹介したいからね」
「展開早くない? 話についていけないんだけど」
「何を言ってるんだい。君はもう雲雀家の人間なんだよ? もっと堂々としてなきゃダメ」
「雲雀さん、人の話聞いてる?」
「雲雀さんなんて余所余所しい呼び方はやめて、巴と呼んでほしいな。ボクもタカシさんと呼ぶから」
「聞いてないね。巴ちゃん」
あれから数十分、巴ちゃんは完全に出来上がっていた。
彼女の中では俺が既にお婿さんになっているようで、妄想の新婚生活を嬉しそうに語っている。
好意を寄せてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと段階ってモノを踏んでほしい。
置いてけぼり感ハンパないし。
「うふふふ……タカシさぁん……さっそく役所へ行って籍を入れようねぇ〜。今日はまだまだやる事が沢山あるから……早く動かないとぉ……」
人の都合とか全く考えてないな。
いい加減にして欲しい。
「悪いんだけどさ、他あたってくれない? 俺、お前とは結婚出来ないし」
「え…………? どういう意味……だい……?」
それまでの和やかな空気が、急速に失われていく。
彼女の瞳も、どんよりとした濁った色に変わっていく。
明らかに雰囲気の変わった巴ちゃんが、俺に詰め寄ってきた。
「ごめん、聞こえなかったよ。もう一度ぉ!! ボクにぃ!! 今言ったセリフをぉぉぉ!! ハッキリと言ってくれないかなぁぁぁぁぁ!!!!」
語尾が上がり、恫喝に近い声で脅す。不機嫌を全面に出した巴ちゃんは、なかなか貫禄があった。
俺も負けじと大声を張り上げる。
「悪いんだけどさぁ!! 他ぁ!! 当たってくれないかなぁ!! 俺ぇぇ!! お前とはぁぁぁ!! 結婚出来ないしぃぃぃぃ!!!」
「……なっ!? ほ、ホントにハッキリ言いやがったな!? ゆ、許さないぞ!!」
「自分で言えって言ったじゃん……」
ハトが豆鉄砲を喰らったような顔で吠える巴ちゃん。
思い通りにならない事に腹が立つのか、ドンドンと地団駄を踏み鳴らす。
「分かってるのか!? ボクは雲雀家の長女、雲雀巴なんだぞ!! 日本御三家の一つで、御三家の中でも圧倒的な資産を持ち、私設の武装兵団『涅槃の審判』の所持を、国で唯一認められた一族なんだ!! そんなボクの言う事が聞けないって言うのか!?」
「え? 武装兵団から聞き取れなかった。もっかい言ってくれる?」
「私設の武装兵団『涅槃の審判』を所持しているんだよ! ボクを敵に────」
「ねはんのしんぱん? よく分かんねぇな……もっかい頼む!」
「し、私設の武装兵団『ね、ね、涅槃の……ゴニョゴニョ』……」
「なに? ねはん? ねはんってどういう意味? どういう漢字で書くんだ?」
「やかましいわぁっ!! 今はそこを掘り下げる時じゃないだろぉ!!」
「なに恥ずかしがってるんだよ……」
顔を真っ赤にしながら、頭をガリガリと掻き毟る巴ちゃん。
フーッフーッと落ち着かせるように、深呼吸をしていた。
「すんません……あなた達が、『ねはんのしんぱん』なんですか? カッコいい名前っすね。名前の由来とかあるんですか?」
「ボクの近衛隊に勝手に話しかけるなぁぁぁ!! 馴れ馴れしいだるぉぉぉぉぉ!! やめるぉぉぉぉぉぉ!!」
「いえ……その名前はお嬢が勝手に名付けただけなので……名前の由来まではちょっと……」
「テメェも律儀に答えてんじゃねぇよぉぉぉ!! バカタレかぁぁぁぁぁ!!」
巴ちゃんが絶叫しながら、SPの体をポカポカ叩く。
ここが視聴覚室で良かった……こんなに騒いでたら、周りのクラスに迷惑がかかったと思うし。
半泣きで暴れる巴ちゃんを、ぼんやりと眺め続けた。
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「涅槃──煩悩が消え、本能が解放され、心のやすらぎを得た状態……この状態で審判を下す武装兵……かっけぇ……」
「だ、だろ!? 近衛隊なんて名前カッコ悪いから、一週間かけて考えたんだぞ! 凄いだろ!」
「凄いよ……だって、色んな解釈出来るもん……この武装兵の手によって、煩悩が消えるって風にも捉えられるし……巴ちゃん天才じゃね? 普通こんな言い回し思いつかないだろ」
「え、えへへ〜……他にも色々考えたんだよ! 黄昏の十字軍とか、飛天の陽炎とか────って違うわぁぁっっ!!」
スマホで単語を調べる俺に、巴ちゃんがムキーッと両手を突き上げる。
さっきまでのクールで怪しい感じは消え、年相応の可愛い仕草。
随分雰囲気が変わったな。この子。
「ボクはタカシさんと結婚するんだよ! 今はこんな話をしてる場合じゃないだろ!」
「えぇ〜……巴ちゃんと、もっとこの話をしてたかったのにぃ……」
「じゃあボクと結婚しろよぉ!! その後、いっぱい語り合ってあげるからぁ!!」
やたらと求婚してくる……こんなにストレートにアプローチしてもらえるのは嬉しいけど、さすがに答えられない。
「悪いんだけどさぁ。さっきも言った通り結婚は出来ないんだよ。巴ちゃんの気持ちは嬉しいけど。ごめんな」
「………ぁ……ぅ……な、なんでだ!? 他に女でも居るのか!?」
「そうだよ」
「…………っつ!? だ、誰だ!? そ、そいつは一体誰なんだよ!?」
「ナタリーとシェリー」
「……………………」
巴ちゃんが真顔で俺を見つめる。
睨みつけるような上目遣いで、歯を食いしばりながら、真っ直ぐと。
「ボクは嫉妬深い女だよ。そこまでハッキリ言われたら、猛烈に嫉妬しちゃう……それこそ、殺したくなるくらいに……」
底冷えのするような声で呟く。冗談で言っていない、本気の声。
心の底から嫉妬している、そんな顔つきだった。
「『涅槃の審判』も使っちゃうかも。そしたらナタリーさん、死んじゃうかもね……いいの……? ボクを選ばなかったら、君の好きな人、死んじゃうかもしれないんだよ?」
これは俺を脅しているのか?
俺らの素性を知ってる筈なのに……この子、なにを考えてんだろ。
取り敢えず忠告する。
「無理だよ」
「え?」
「返り討ちにされて、皆殺しにされるだけだから止めとけって」
「は?」
俺の言葉を聞いた巴ちゃんが、ポカンとした顔になる。
「ど、どういう意味だよ!」
「どういう意味も何も、ナタリーとシェリーを襲うつもりなんだろ? 人の手でどうこう出来るような相手じゃないし、襲ってきた相手を生きて帰すほど甘い連中じゃないから、やめとけって」
アイツらを簡単に殺せるんだったら、生の終着点とか、死への分岐点なんて、物騒な通り名が付くワケがない。
今でこそ、姉さんのおかげで丸くなってるけど、元々異常なくらい好戦的なヤツらだ。
アイツらが人間に殺される所なんて、想像つかない。
「う、嘘だ! 嘘を言って、ボクに襲わせないようにしてるんだろ! 知ってるんだからな!」
「襲わせないようにはしてるけど、嘘はついてないよ。アイツらを襲ったりしたら、間違いなく皆殺しにされるだろうし、首謀者の巴ちゃんも絶対に殺されるよ」
「………………………」
「知ってる? ナタリーの前に立つにはオムツが必要になるって、軍のむさ苦しい男達が言ってんだよ? シェリーだって一見まともそうな感じに見えるけど、一度でも敵と見なした相手には、どこまでも残酷になれるヤツだし」
「………………………」
「巴ちゃんは死なせたくないんだ。だから諦めろって」
納得いかないのか、ギリギリと歯軋りをする巴ちゃん。
「で、でも……ボクの近衛隊なら……多分……倒せる……」
「無理だよ。無理無理」
「や、やってみなきゃ分からないだろぉ!! 君は、ボクがやっと見つけた、ボクの理想なんだぁぁぁ!! 諦め切れるかぁぁぁ!!」
半泣きで、半狂乱になる巴ちゃん。納得出来ないと言って顔をブンブン振り回す。
うーん……言葉だけじゃ納得しなさそうだな……かと言って本当に襲って来られても困るし…………。
やるしかないか。
仕方なく椅子から立ち上がり、出入口へと向かう。
すぐに後ろから声があがった。
「ど、どこに行くんだ!! まだ話は終わって────」
「別に、どこにも行かないけど」
そう言って、出入口のカギを閉める。
これでもう、この部屋に誰も入ってくる事は出来ない。
「カ、カギなんて閉めてどうするつもりだ?」
俺の行動に、巴ちゃんの声が僅かに震える。気持ち、後退りをしているようにも見える。
そんな彼女を安心させるように、笑って声をかけた。
「ナタリーとシェリーって、戦闘力だけなら俺より高いんだよね。たぶん俺がアイツらに勝てるのって、十回やって一回くらいじゃないかな」
「………………………」
「だから少なくとも俺を殺せないようじゃ、ナタリー達を殺せないってワケ」
「………な、何をするつもり?」
怯える巴ちゃん。
緊張が走るSPさん達。
彼女を守るように、臨戦態勢に入った。
なんか勘違いしてない? まぁいいや。
「それがどういう意味か教えてあげるよ」








