30話
翌朝。
俺が登校すると、クラスメイトが一斉に静まり返った。
相変わらず誤解は解けてないみたいで、軽蔑の視線が凄い。
まさに針の筵。
「ナタリー、分かってるよな? 例の作戦で行くぞ」
「タカスィと友達になってくれたらぁ、おまけでアタシもついてくるよぉ〜作戦……そんなんで上手くいくの?」
「絶対上手くいく! 凛子とは、その作戦を使って友達になったしな! 成功事例はちゃんとあるから大丈夫だ!」
「どんな友達の作り方してんだよ……」
ナタリーが呆れたような声を漏らす。
仕方ないじゃん。もう四の五の言ってる時間無いんだし。
夢にまで見た高校生活を、こんな形で終わらせて堪るか! 絶対なんとかしてやる! 絶対!
取り敢えず、カバンを置きに自分の席に座る。
手早く教科書を机に移していると、一人の女子生徒が近づいてきた。
ボーイッシュのメガネをかけた女の子。
編入初日、やたらと俺を観察してた女子生徒だ。
「おはよう四分咲さん。ちょっといいかい?」
「え、え? お、おはよう! なにかな!?」
「ちょっと君と話がしたくてさ。今時間いいかな?」
中性的な顔立ちから、中性的な声が発せられる。
まさかクラスメイトの方から、話しかけてくれるなんて思わなかった。
二つ返事で了承する。
「も、もちろんさぁ〜! なになに? なにから話す? なんでも聞いて!」
ヤバい! 嬉しい!
敵意は感じないし、この子なら友達になってくれそう!
愛想を振りまく俺に、彼女もニッコリと笑った。
「なんでも? 本当になんでも聞いていいのかい?」
「ああ! どんとこい!」
「じゃあ教えて貰おうかな。この学校に転入する前の、三年間について」
含みを持たせるように笑う少女。
コイツ…………。
「別に…………海外に住んでただけで特に面白い話なんて無いけど」
「そうかい? 戦時中のこのご時世、海外の話は中々聞けないから興味があったんだけど、残念だよ」
「ごめんな。面白エピソードが無くて」
「それじゃあ、サンクトペテルブルクの話をしようか。詳しいよね?」
「……………………………………」
サンクトペテルブルクは、俺が最後に駐屯していた都市だ。
さっきの三年間といい……まさか……。
「詳しくないよ。誰かと勘違いしてないか?」
「おや? しらばくれるつもりかい? ここまで伝えたら、観念してくれると思ったんだけどね」
「俺ら昨日が初対面だろ? キミ、勘違いしてるって」
「ふふふ……証拠が無いから、隠し通せると思ってるんだね。その白々しさ素晴らしいよ」
「だから、勘違────────」
「勘違いじゃないよ。人類の最終到達点さん」
「………………………………………」
この女……俺の素性を完全に知ってやがるな。それもかなり詳しい所まで。
誰だよコイツに軍事機密漏らしたヤツ……。
「そんな怖い顔しないでくれよ。ボクは君と話がしたいだけなんだ」
「話ってなんだよ。みんなの前で、余計な発言だけはやめてくれよな」
「ふふ……それなら場所を移さないかい? 無駄に視線を集めてしまったようだし、そうした方が良いと思うんだけど」
嬉しそうな顔で、クスクス笑う。
確かにこの女の言う通り、会話する俺達をクラスメイトが注目していた。
こんな状態で話を進められるのは困る。場所を変えるのは好都合だ。
「分かった……でも、話し合うのは次の休み時間になってからにしよう。美波ちゃん来たし」
今まさに、ホームルーム始めるよぉ〜、と担任が呑気な顔で入ってきた。
これ以上、悪目立ちなんて出来ない。
そんな俺の提案を、彼女は一蹴した。
「次? 待てるワケ無いじゃないか。今すぐ行くよ」
「え?」
「ボクは昨日からずっと待ってたんだ。これ以上待つことなんて出来ない」
「何言ってんだ?」
ワケの分からないことを呟く女子生徒。
なんだコイツ。急にスイッチ入りやがったな。
「とにかく席に座れって。美波ちゃんに怒られるだろ」
「怒る? このボクを?」
そう呟いた彼女は、美波ちゃんに向かって声をかけた。
「お前、ボクに指図するのか?」
担任を指を差し、お前呼ばわりする。
目上の人に対し無礼極まりない発言だったが、美波ちゃんは震え上がるだけで注意して来なかった。
むしろ、機嫌を伺うような声を出す。
「い、いえ!! わ、わ、わ、私は……そ、そ、そんなつもりで……言ったわけでは……」
「四分咲さんは、お前がボクを怒るって言っているんだ。そうなのか?」
「め、滅相もございません!! 四分咲タカシ!! 変な言いがかりはやめろぉぉ!!」
美波ちゃんが、鬼のような形相で俺を怒鳴りつける。
俺、悪くないのに……。
「私はそのような事は一切致しません! その男子生徒が勝手に言ってるだけです! 本当です!」
「そっか。それならこの後席を外すけど、特に問題は無いよね?」
「はい! 何も問題はございません! 後はお任せ下さい、雲雀様!」
雲雀?
………………え?
「もしかして、雲雀巴さん?」
「おや? ボクの名前をご存知なのかい? 光栄だよ」
ふふ……と笑う雲雀さん。
こいつかぁ〜。姉さんの言ってたヤバいって女。
同じクラスだったんだな。
姉さんの忠告、完全に忘れてたわ。
────────────
来なきゃ良かった。
場所を移すと言って案内された部屋に入ると、屈強な男が十人ほど立っていた。
全員、銃器とナイフを隠し持っているみたいで、明らかにカタギでは無い。
年齢は二十台後半から三十代くらいかな? 立ち振る舞いから、かなり訓練されているのが分かる。
しかも通された部屋は視聴覚室だったようで、多少の物音なら、外に漏れないような防音設備となっていた。
少し騒いだくらいじゃ誰も気付かないだろう。
これ、治外法権になってない?
「ここなら静かに話が出来ると思うんだ。座ってくれよ」
用意された椅子に腰掛けるように促される。
どういうつもりで言ってんだコイツ……ナタリーを連れて来なくて良かった。絶対トラブルになってたと思うし。
「それで? 話ってなに?」
「ふふ……随分素気なくなってしまったね。もっと笑顔になったらどうだい?」
「そう思うなら、俺が普通の高校生活を送れるように手伝ってくれよ」
そう言いながら椅子に腰掛けると、雲雀さんも向かい合うように座った。同時に彼女の周辺を男達が囲う。
アウェイ感ハンパない。
「普通? 不思議に思っていたんだけど、四分咲さんは普通に生きるつもりかい? あれ程の功績をあげたのに、それを隠して生きていくつもりなのかい?」
「そうだよ。将来の為に積立ニーサも始めたしな」
「…………君は何を言っているんだ?」
雲雀さんの目つきが変わっていく。
理解出来ないといった、危ない目つきに。
「君はもっと賞賛されるべきだ。君の功績は、国をあげて賞賛されなければならないんだ! 言っちゃあ何だけど、何でこんな片田舎に暮らしている!? 国は何をしてるんだ!」
「ど、どしたん……いきなり……」
「おかしいじゃないか! デネブ撤退戦なんて、四分咲さんが居なければ間違いなく敗戦していたし、もしそうなっていたら、人類は滅亡していた筈だ! そんな歴戦の英雄を放置ってどういう事なんだよ!」
「お、俺が帰国する時に、関わらないでって国にお願いしたからだよ……」
国から恩赦で食費も貰ってるし、俺としては十分だと思う。
「いや……国が関わってこないって事は……案外……」
俺の話を聞いているのか、いないのか、彼女はブツブツと独り言を呟いていた。
浮き沈みの激しい子だなぁ……。
しばらくすると何かに納得したのか、彼女の顔に笑顔が戻り始めた。
「ボクはね、四分咲君を初めて見た瞬間、雷に撃たれるような衝撃が走ったんだよ。ボクはそれなりに人を見てきたけど、こんな経験は初めてだったんだ」
「そうなんすか」
「だからすぐに調べたんだ! 近衛隊を使ってね。するとビックリ、歴戦の英雄じゃないか! 鳥肌が止まらなかったよ」
「調べた……?」
「特に、DODによる特殊生体兵というのには驚愕したよ。まさかデブリを倒す為に、デブリの細胞を取り込むなんて……人道に反しているね……」
「…………………」
口ぶりの割にどこか嬉しそうな雲雀さん。ウットリとした表情で軍の機密を語り続ける。
なんでこんなに詳しいんだ?
「雲雀さんって軍の関係者なのか?」
「違うよ。どうしてそう思うのかな?」
「逆に聞くけど軍の関係者じゃなくて、どうやってDODの事を知ったんだ? 知りたいと思って調べられるほど簡単な内容じゃないだろ」
「ボクは雲雀家だからね。それが答えさ」
答えになってません。
もっとバカにでも分かるように、噛み砕いて説明してほしい。
「まぁいいや。それより話ってなんだよ?」
面倒臭くなってきたので話を戻す。
別に俺が機密を漏らしたワケじゃないし、なにか問題が起こっても、こっちに飛び火しないだろう。たぶん。
俺の質問に、彼女は目を細め、舌舐めずりをした。
「ボクはね……君のような……おとぎ話のヒーローのような男を、ずっと探してたんだ……」
「そっすか」
「君はね……まさにボクの探し求めていた人だったんだ……驚いたよ……完璧なんだもん……」
「そりゃどうも」
「だからね……逃がさないよ……」
「ん?」
両手で頬を抑えながら、ネットリとした声色で、雲雀さんは言い切った。
「キミは……ボクのモノだぁ……ふふ……ボクのお婿さんになるんだぁ……」








