28話
放課後。
終業を知らせるチャイムが鳴り響くと、教室の扉が凄まじい勢いで開かれた。
「タカシ!! 居るのは分かってるんだからね!! 出てらっしゃい!! 許さないんだから!!」
「タカちゃ〜ん……どぉいう事なのぉ〜……」
怒号と共に現れたのは、二人の女子生徒。
カバンに教科書を詰めるタカシを見つけるや否や、素早い動きで近づいていく。
「アンタ聞いたわよ!! ナタリーさんと爛れた関係なんですってね!! この前聞いた話と違うじゃない!!」
真っ先にタカシに詰め寄ったのは、抜群のプロポーションを持つ、桔梗原凛子。
女の理想と比喩される体系と、ハーフのような顔立ちから、日本を代表するトップモデルになった女の子。
十代、二十代の女性から絶大な人気を誇っており、彼女の姿をメディアで見ない日は無い。
水蓮寺高校でも、彼女に憧れる女子生徒は多く、容姿や化粧を真似する生徒は後を絶たない。
そんなみんなの憧れ凛子ちゃんが、その辺に居そうな男子高校生に必死な表情で絡んでいる。
女子生徒の間に、嫉妬の嵐が舞った。
「いや、誤解だって。どんな噂を聞いたか知らないけど、ナタリーのバカが余計なことを言ったせいで、こうなっただけだから」
「じゃあナタリーさんを性奴隷にしてるって噂は嘘なのね!! 信じていいのね!!」
「編入して初日だぞ……どんな噂が流れてんだよ……」
頭の悪い噂話に、こめかみを押さえるタカシ。
「タ、タカちゃん……わ、私は、タカちゃんの事を信じてたよ! 絶対そんな事する人じゃないって!」
慰めるようにタカシの腕にしがみつくのは、春椿文香。
彼女は誰が見ても、この子絶対優しいだろ……と思わせるほど、母性に溢れる容姿をしていた。
低身長なのに豊満な胸は、彼女の母性をさらに加速させる。
男子生徒にとって文香の胸は、性の暴力と言っても過言ではない。
そのけしからん胸に、タカシの腕が飲み込まれていた。
男子生徒の間に、嫉妬の嵐が舞った。
「さすが文香。文香は凛子と違って、ちゃんと俺の事を信じてくれてたんだね。好き! 結婚して!」
「文香さんもタカシの事を疑ってたわよ。タカちゃん許さない! って吠えてたし」
「ちょっ!? 凛子ちゃん!? シーッ!!」
「もう俺には錬児だけだわ……錬児と結婚する……」
しょんぼり肩を落とすタカシに、D組の天使ナタリーが抱きついた。
「そんな落ち込むなよタカスィ〜。アタシが慰めてやるからさぁ〜」
「諸悪の根源が何言ってやがる……口を慎めバカタレ……」
「全部アタシの所為じゃねぇだろぉ〜。アタシが色々言う前から、みんなタカスィに当たりが強かったじゃんかよぉ〜」
「………………そうなんすよ」
なんでだろうね……と落ち込むタカシ。
その姿を見た凛子が、ネットリとした表情へと変わっていった。
「これは作戦会議が必要ね! タカシ! 私の家にいらっしゃい! 夜通し相談に乗ってあげるわ!」
凛子の発言に、文香の顔色も変わる。獲物を狙うような顔つきだ。
「何言ってるの凛子ちゃん。タカちゃんは今夜、私の家に泊まるんだよ? お母さんも待ってるし……色々と準備だって出来てるんだから……」
「文香さんこそ何言ってるの? 私は一度、おあずけを食らってるのよ? これ以上、辛抱なんてしたら、ストレスで胃に穴が空くわ!」
「二人とも欲望に忠実だねぇ〜」
ケラケラ笑うナタリーに抱きつかれたまま、タカシがポツリと呟く。
「今日は錬児とナイターに行くから、また今度にしてよ」
「「そんなのダメに決まってるでしょ!」」
「アタシもナイターに連れてけぇ〜」
文香と凛子が怒り、ナタリーがタカシに絡みつく。
どこにでも居そうな男子生徒を、美少女達が取り囲み、奪い合っている。
錬児が合流するまでの間、嫉妬の視線を一身に浴びながら、タカシは揉みくちゃにされていた。
──────────
「凛子も文香も諦めろって。今日は俺が、タカシに誘われたんだからさ」
「くっ…………!」
「ぐぎぎ…………」
誇らしげにニヤつく錬児に、凛子と文香が悔しがる。
忌々しげに睨みつける様は、女の子のしていい顔じゃなかった。
「錬児君。悪いことは言わないから、そのチケット寄越しなさい。こっちは人生がかかってるのよ」
「もちろん、タダとは言わないよ……二倍……いや、三倍の金額で買い取るから……」
「私は五倍で買い取るわ」
「じゃあ七倍…………」
「必死すぎだろお前ら……」
ドン引きする錬児に、競りを始める肉食女子。
二千五百円のチケットが、ちょっとしたブランド品を買えるくらいの金額に変わっていった。
「あ、あの……大塚君って、まさか四分咲と知り合いなのか?」
当たり前のように居座る錬児達に、天乃君が近づいた。
「知り合い? 知り合いじゃねぇよ」
「だ、だよね! あんなヤツと知り合いじゃ……」
「タカシは一番の親友だ。そんな安っぽい関係じゃねぇよ」
「…………………………」
錬児の言葉に、天乃君が絶句する。
桔梗原凛子も、春椿文香も、大塚錬児も、水蓮寺高校を代表する美男美女だった。
天乃君もイケメンとして、それなりに名は通っていたが、所詮、校内限定。
周辺高校にまで認知され、ファンクラブがあるような錬児達とはワケが違う。
まさにトップカースト。
そんな連中が、どこにでも居そうなタカシを親友として扱っている。
タカシを無視するように指示してきた天乃君にとって、それはとても不味い事だった。
「昔からの付き合いだし、たぶん俺が、タカシと一番仲が良いんだろうなぁ……」
「聞き捨てならないよ。錬児君」
ポツリと呟く錬児の一言に、文香が競りを止めて反論する。
「タカちゃんと、ずっと一緒にいたのは私なんだよ? 半生を共に歩いた私を差し置いて、よくそんな事が言えるよね。一番は間違いなく私だから」
「時間が全てじゃないわよ。文香さん」
一番と聞いて、凛子も参戦した。
「誰よりも濃い時間を過ごしたのは私よ。どれだけ長い時間を過ごしたかより、どんな時を送ったのか、それが大事なのよ」
「それなら、タカスィと一番濃密な時間を過ごしたのは、アタシだからなぁ〜」
凛子の自論に、ナタリーまでも乱入してくる。
「アタシはこの三年間で、タカスィが居なきゃ熟睡出来ない体になっちまったんだからなぁ〜。完全にタカスィ依存症よぉ〜」
「誤解されるような言い方すんな」
タカシがナタリーの頭に、アイアンクローをぶちかました。
錬児も、文香も、凛子も、あまつさえナタリーまでもが、タカシを中心に集まってくる。
もし天乃君の行った事がバレたら、彼らは間違いなく怒るだろう。
何故だが分からないが、話しぶりからタカシの事を大切にしているのが分かる。
天乃君は生きた心地がしなかった。
「あのさ。みんなに聞きたいんだけど、お前らから見て、俺に変な所ってある? 友達が全く出来ないんだよね」
イヤなタイミングで、一番話題にして欲しくない質問をするタカシ。
天乃君の焦りは止まらない。
「友達? 友達なんて出来なくてもいいじゃない。私が居るんだから」
「そうだよタカちゃん。私がず〜っと一緒に居るから、新たに友達なんて作る必要無いよぉ」
「これ以上、タカシとの時間を奪われたら堪ったものじゃないし、ちょうどいいわね」
「相変わらず束縛が激しいな……お前ら……」
錬児がドン引きする。
なんとか会話に混ざろうとしていた天乃君も、二人の発言に驚いた。
「それよりタカちゃん! 今日のナイターのチケットってもう無いの?」
「あるなら寄越しなさい! 言い値で買い取るから!」
「まだ何枚か余ってるけど……あれ? 二人ともプロ野球見るようになったの?」
「勿論! タカちゃんがよく見てたから、私達も見るようになったんだよ! すっごく詳しくなったんだからね!」
「選手毎の年俸まで頭に入ってるくらいよ! 解説なら任せなさい!」
「ガチ勢じゃん……」
はぇ〜、と感心するタカシに、本気でぶつかる肉食女子。
重すぎる乙女たちのおかげで、天乃君の行為は有耶無耶になった。
カラオケも有耶無耶になった。








