26話
私立水蓮寺高校、一年D組。
ホームルームまでの僅かな時間、クラスメイトの話題は、時期外れの転入生について持ちきりだった。
「お、おい! 今日だったよな! 転校生が来るの!」
「今日だぞ! 俺なんて、この日の為に翻訳アプリをダウンロードしたんだからな!」
「帰国子女の男の子と、留学生の女の子が来るんだもんねぇ〜。どんな人なんだろ〜」
「噂だと、女の子の方はかなり可愛いらしいよ。担任の美波ちゃんが言ってた!」
「あーーー! すっげぇ楽しみ! 早く来ないかなぁ!」
興奮するD組の生徒たち。
今日は二人の転入生が初めて登校する日。一人でも興奮するのに、なんと二人も入って来る。
しかも女の子の方は、担任の美波ちゃん曰く「あんな可愛い子見たこと無いわ……」と唸るレベルの美少女らしい。
生徒達の期待値はどんどん高まっていった。
「でも、そんなに可愛い子が来たら、天乃君取られちゃうんじゃない?」
「えー!? やだやだぁ! 天乃君だけは取られちゃヤダ〜」
「絶対ウチらで阻止しようね! 天乃君はみんなの天乃君なんだから!」
「うん!」
転校生を喜ぶ反面、天乃君という少年を奪われる事に、恐怖する女子生徒。
もしも転校生と天乃君が付き合ったら……考えただけで脳が破壊されていく。
「あ、天乃く〜ん。天乃君は、転校生の事をどう思ってるぅ〜?」
不安になった女子生徒が、猫撫で声で天乃君に擦り寄る。
ここで天乃君が、凄く気になってるよ、とか答えようモノなら、転校生が来るのを楽しみにしてる場合じゃない。
今すぐ作戦会議が必要だ。女子全員で、ガチなヤツを。
そんな事を考える女子生徒に、天乃君が淡々とした口調で答えた。
「別に。むしろ、なんでみんな騒いでんの?」
「え? だ、だって凄く可愛い女の子が来るんだよ? 楽しみじゃないの?」
「D組は可愛い女の子しか居ないじゃないか。今更一人増えた所で、何も変わらないでしょ」
「も、もぉ〜……天乃君ったらぁ〜……」
可愛いと言われ、まんざらでもない様子の女子生徒。
学年で三本の指に入るイケメンに褒められたのだ。
嬉しくない筈がない。
「可愛い女の子だって! それって私の事も含まれてるって事だよね!」
「天乃君ったら、本当にお上手なんだからぁ〜」
周囲で聞き耳を立てていた女子生徒も、嬉しそうに笑う。
短い言葉で彼女達の心をガッチリ掴んだ天乃君。
さすがイケメン。周囲でお猿さんのように騒ぐ男子とはワケが違う。
天乃君の評価が、また一つ上がった。
そんな羨望の視線に囲まれる中、天乃君は転校生の事を心待ちにしていた。
口では興味ないと言いつつも、彼の頭は転校生の事でいっぱいだった。
なんせ相手は白人の美少女。
イケメンの天乃君を持ってしても、今まで関わった事の無い相手。
彼の手に力が入る。意気込みを表すように、強く拳を握りしめる。
絶対誰にも渡さない。
必ず自分の女にしてやる。
イケメンは既に、臨戦態勢に入っていた。
数分後。
教室の扉が開かれ、担任の美波ちゃんが現れた。
「みんなぁー。転入生を連れてきたよー」
彼女につられるように、金髪の少女と、どこにでも居そうな少年が後に続く。
教卓まで歩いた二人がD組の生徒に向かい合うと、騒々しかった教室は水を打ったように静まり返った。
見惚れてしまったのだ。
転入生の女の子に。
彼女は、人形と見間違えるほど整った顔立ちをしていた。
例えるなら、まるで美しい子猫を擬人化したような、現実離れした容姿。
体つきも細身の割に起伏が激しく、完璧なプロポーションをしている。
長い金髪は二つ結びに結われており、体つきの割にどこか幼い印象。
第二ボタンまで胸を開けていたり、ワイシャツがスカートから出ていたりと、ダラシない格好をしているが、彼女の姿はまるで芸術品のように美しかった。
まさに美少女。
誰が見てもそう思う少女が、そこに立っていた。
「じゃー、二人とも自己紹介してくれる?」
固まる生徒に気付かないまま、担任の美波ちゃんが自己紹介を進める。
彼女の指示に、少女が一歩、前へ出た。
「ちょり〜す。ナッタリーちゃんでぇ〜す。みんなぁ〜、よろよろぉ〜」
ニッコリ笑って、手を振るナタリー。
近寄り難いほどの美しさを持つ彼女から、親しみやすい声が発せられる。
そのギャップに、教室内から大歓声があがった。
「うおおおおおおお!! かわいいいいいい!!」
「きゃーーーーー!! お人形さんみたいーーーー!! 好きーーーーー!!」
「天使じゃああああ!! 天使が舞い降りたあああああ!!」
「ナタリーちゃーーーーん!! こっち!! こっち向いてぇぇぇ!!」
まるで芸能人を見つけたファンのように騒ぐ生徒達。
それに嬉しそうに答えるナタリー。
みんな、夢中で騒いでいた。
だから、気付かなかった。
ナタリーの隣で「タッカスィちゃんでーす。みんなー、よろよろー」と自己紹介する、素朴な男子生徒のことを。
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「ナ、ナタリーちゃんって、どこの国から留学してきたの!?」
「うふふ〜。ひみつぅ〜」
「ナタリーちゃんって、すっごく日本語が上手だよね! イントネーションも完璧だし!」
「だろぉ〜? 日本語は頑張って勉強したんだぞぉ〜。完璧だろぉ〜」
「可愛くて頭良いなんて最強じゃん! ナタリーちゃん凄すぎ!」
「み、みんな、凄く褒めてくれるね……こんなに褒められたの、初めてなんだけど……」
頭を掻きながら、たははーと笑うナタリー。
彼女につられて、周囲の生徒も和やかに笑う。
休み時間。
ナタリーの周辺にはD組の生徒が群がっていた。みんな自分に興味を引こうと、矢継ぎ早に質問を投げかけている。
まるで蜜に集まる蟻のよう。彼女には、それだけの魅力が宿っていた。
そんな中、イケメン天乃君は自分の席に座ったまま、その様子を遠巻きに眺めていた。
今、あの輪に混ざるのは得策では無い、そう考え様子見に徹していたのである。
人の印象は、第一印象で大きく決まる。
一度与えた印象は中々払拭できない。失敗すれば、この先挽回するのに大きく時間がかかってしまう。
今、あそこで群がっている男どもに混ざっては、その第一印象がぼやけてしまうのだ。
だからこそ、天乃君は話しかけるタイミングを慎重に伺っていた。
伺っていたのだが…………。
「俺、四分咲タカシ。君の名前なんていうの? 野球好き?」
天乃君は、四分咲タカシという、もう一人の転校生に絡まれていた。
「天乃京介……って、なんで俺の所に来るんだよ……他あたれ」
「ほか? 天乃以外で話が出来るのって、あそこで本を読んでる女の子しか居ないじゃん。それ以外みんな、ナタリーの方に行ってるし」
馴れ馴れしくイケメンに話しかけるタカシ。
転入生だから心細い、という考えが全く無いのか、グイグイ天乃君に絡んでいく。
「やっぱ男同士、イケメン同士、仲良くなりたいじゃん! 俺と友達になろうぜ!」
「今すぐトイレ行って、自分のツラ拝んで来いよ。イケメンなんて二度と口に出来なくなるから」
「天乃も言うねぇ〜。いいぞぉいいぞぉ〜」
冷たく遇らっているのに、嬉しそうに笑うタカシ。
その姿を見て、徐々に苛立ちを覚える。
「ってかよぉ……なんで俺のこと呼び捨てにしてるワケ? 舐めてんの?」
「…………あ。ご、ごめん。前にいた場所だと敬称つける習慣がなくて……次からは気をつけるよ」
タカシが頭を掻きながら、すまんすまんと呟いた。
軽いノリのタカシに、天乃君の苛立ちは続く。
「それよりさ! 今日友達が出来たら一緒に行こうと思って、プレゼントを持ってきてるんだよね! 天乃君にあげるよ!」
既に友達気取りのタカシが、懐からチケットを取り出した。
表紙には、外野指定席と書かれている。
「これね、今日のナイターのチケット。放課後一緒に行かない!?」
「行かねぇよ、ボケ」
差し出されたチケットをビリビリに破く天乃君。
タカシの顔が、絶望の色に染まっていった。
「マジかよ天乃君……今日の先発は防御率1.82の怪物大重と、同じく防御率2.12のエース岩隈が投手を勤める、ファン垂涎の一戦なんだぞ……間違いなく投手戦になると思うのに……なんてことを……」
悲しそうに、ブツブツと聞いてもいない事を呟くタカシ。
被害者ヅラが気に入らなかったのか、天乃君がついにキレた。
「お前さ、喧嘩売ってんだろ」
「え? 喧嘩? なんでそうなんの?」
「お前みたいなインキャが、俺に話しかけること自体、喧嘩売ってんだよ」
おかげで、ナタリーに声をかけるタイミングを完全に逃してしまっていた。
正直に言うと、天乃君はそれが一番ムカついていた。
「いんきゃ…………?」
言っている意味が分からないのか、首を傾げるタカシ。
そんなタカシに、天乃君が吐き捨てる。
「後悔しろ……カスが」
そう言って、スマホを取り出した彼は、メッセージアプリを立ち上げた。
大半のクラスメイトが参加するグループに、天乃君が素早く指示を飛ばした。
四分咲タカシを無視しろ、と。








