25話
編入当日の朝。
登校直前になって、シェリーが急に駄々をこね始めた。
「なんでワタクシだけ、お家でお留守番ですの!? ワタクシも学校へ行きたいですわ!! 連れてって下さいまし!!」
「編入試験すら受けてないんだから無理に決まってるだろ。シェリーの手続きもしてやるから、ちょっと待ってろって」
「一人でお留守番なんてイヤですわ!! 今すぐ行きてぇですわ!!」
「ワガママ言うなって……」
地団駄を踏みながら喚き散らすシェリー。
彼女には事前に説明して納得して貰っていたが、俺たちの制服姿を見た瞬間、羨ましくなったらしい。
急についてくると騒ぎ出した。
「なんでわざわざ試験を受ける必要がありますの!? 軍に掛け合って、入学手続きを押し通せば良いではありませんか! そうすれば今すぐ学校に通えますし、そうしましょうよ!」
「そんな事したら、戦争帰りってバレて悪目立ちするだろ。俺は普通の高校生活を送りたいの!」
「凱旋した兵士の発言じゃないですわよ……」
「シェリーも、アタシと同じこと言ってるぅ〜」
人事だと思って、ナタリーがケラケラ笑う。
お前もちょっとは説得しろ。
「気になってたんだけどさぁ〜。凛子ちゃんたち以外の同級生に再会したらどうすんのぉ〜? 戦争帰りってバレるんじゃなぁい〜?」
………………あ。
「ナイスフォローですわ! ナタリーさんの言う通り、遅かれ早かれバレるのですから軍を使っちゃいましょう! そうしましょう!」
その可能性忘れてた。
そう言えば……そうだよなぁ……。
痛い所を突かれて固まっていると、姉さんが代わりに答えてくれた。
「私立の進学校だから、タッ君の通ってた中学校の同級生は少ないと思うよ。私の知る限り、文香ちゃんと、凛子ちゃんと、錬児君くらいじゃないかなぁ」
「お姉ちゃんの同級生は〜? さすがに事情を知ってるんじゃないのぉ〜?」
「確かに私の友達は事情を知ってる人が多いけど、わざわざ言いふらしたりするような人は居ないし、そもそも学年ごとに校舎が違うから、目立ってバレる心配は無いと思うよ」
「ふ〜ん。それなら大丈夫かぁ〜。だってさシェリ〜。諦めろ〜」
ナタリーがそう言うと、シェリーが「ぬがっ!」と変な声を出した。
特徴的な三白眼が >< ←こんな感じになってる。
「うぅぅ……じ、じゃあ! 行ってきますのチューをして下さいまし! それで勘弁してやりますわ!」
「はぁ〜? そんなのダメに決まってんじゃ〜ん! アスファルトでも舐めてろボケェ〜」
「そうだよシェリーちゃん! そんなの認められないよ! 代わりに私がキスしてあげるから、それで我慢しなさい!」
姉さんがシェリーの頭を押さえ、キスをしようと襲い掛かる。
「ちょ、ちょ、ちょ、お姉様! や、やめ……! ワタクシはタカシ君に────」
「タッ君とチューなんて許しません! お姉ちゃんのチューで我慢しなさい!」
「か、勘弁して下さいくださましぃ〜。わ、分かりました! わかりましたから! 素直にお留守番してますから、勘弁して下さいましぃ〜」
ついに泣きが入るシェリー。
姉さんには頭が上がらないのか、素直に引いてくれた。
ナタリーもそうだけど、シェリーも姉さんの言う事はちゃんと聞くんだな。
いつの間に仲良くなったんだろ?
────────────
ネットでレスバでもして時間を潰してますわ……と呟くシェリーを残して、俺たち三人は学校へと向かって歩き出した。
こうやって、穏やかに登校するのは三年ぶりだ……日常に戻って来たことを改めて実感する。
これから先の高校生活に胸を躍らせていると、姉さんから「注意して欲しい事があって……」と話しかけられた。
「嬉しそうにしてる所、悪いんだけどさ…………タッ君の学年に、絶対怒らせちゃいけない人が一人いるから注意してくれる?」
「ん? 怒らせちゃいけない人?」
なんだそれ?
いきなり物騒な話だな。
「雲雀巴っていう女の子が居るんだけど、かなり有名な財閥の御令嬢みたいで、彼女を怒らせると社会的に抹殺されるみたいなんだよね。何かあってからじゃ遅いから、彼女にだけは注意してくれる?」
「大神といい、その雲雀って人といい、姉さんの高校ヤバいヤツ多くない? お腹いっぱいなんだけど」
社会的に殺してくるようなヤツを野放しにするんじゃないよ。
大神の時も思ってたけど、学校側は何やってんの? マジで。
こっちにはナタリーとシェリーっていう、爆弾を抱えてるんだからホントやめて欲しい。
今だって姉さんの話を聞いたナタリーが、悪い顔でニヤニヤ笑ってるし。
「いや〜ん。こわぁ〜い。アタシ絡まれちゃったらどぉしよぉ〜。事前に菓子折り持って、挨拶に行ったほうがいいのかなぁ〜?」
ほれみろ。
関わる気まんまんになってるじゃねぇか、コイツ。
「挨拶に行ってどうすんだよ。ナタリーが行っても怒らせるだけだからやめとけって」
「なんでだよぉ〜。アタシだって挨拶くらい、ちゃんと出来るんだぞぉ〜?」
「どうせ持っていった菓子折りを、相手の顔面に叩きつけて遊ぶつもりなんだろ? 知ってるんだからな」
「するワケねぇだろ……ただの頭おかしいヤツじゃんか……」
よく言うわ。
休戦中シェリーと一緒に、お偉いさんに喧嘩売って遊んでたの知ってるんだからな。
お前らが悪ふざけした所為で、俺が怒られたんだぞ。ゴリラの管理くらい、しっかりしとけって。
「と、とにかく雲雀さんを怒らせちゃダメだからね! 本当にシャレにならないから!」
姉さんが再度注意してくる。
出来る事なら俺も近づきたくない。ナタリーには偉そうなこと言ってるけど、俺だって失言して相手を怒らせる可能性はあるし。
今でこそ仲良くなったが、シェリーとは初対面の時に、俺の発言が原因で殺し合いの喧嘩にまで発展したからな……あ、ナタリーとも殺し合いになった事がある……。
そうやって考えると俺の方がヤバいかも。身を引き締めて、普通に徹しよう。
「分かったよ姉さん。ちなみにその雲雀って人は何組に在籍しているの?」
「え? え、えっと…………ち、ちょっと分からないかも…………」
「そっか……じゃあ、どんな見た目の人? なにか特徴はある?」
「わ、分かんにゃい…………」
「分かってるのは名前だけかぁ……」
って事は、教室でいきなり遭遇って可能性もあるのね。
ひゃー、オラ、ドキドキすっぞ。
「ご、ごめんねタッ君……大神君の件があったから、一年生の事まで気が回らなくて……」
「謝ることは無いよ姉さん。名前だけでも知れて十分」
まぁ、後は先生なり同級生から、情報を仕入れれば大丈夫だろ。
たぶん。
「ナタリー、俺たちの目的はあくまで普通の日常を送ることだから、雲雀って人には関わらないようにしような」
「えぇ〜。面白そうだし、どんなヤツか見てみたいじゃんかよぉ〜」
「どうせロクでもないヤツだから、関わるだけ損だって。それより普通の生活送った方が絶対楽しいよ」
「ん〜……タカスィがそこまで言うなら止めとくぅ〜……」
俺の想いが伝わったのか、彼女は割とすんなり言うことを聞いてくれた。
日本に来てから、だいぶ素直になったな。姉さんのおかげかな?
ナタリーの変貌ぶりに感心していると、彼女が何かに気付いたのか質問してきた。
「もしもさ、その雲雀って女が先にちょっかいかけて来たらどうすんのぉ? 我慢した方がいいのぉ?」
「あー……その可能性は考えて無かったな……」
どうすっかな……と考えていると、姉さんが割って入ってきた。
「も、もしも絡まれたら私に言って! 先生に相談して何とかして貰うから!」
「お姉ちゃんが助けてくれるのぉ〜?」
「勿論だよナタリーちゃん! お姉ちゃんが助けてあげるからね!」
拳をギュッと握って勇気付ける姉さん。
その仕草を見たナタリーが、嬉しそうな顔で姉さんに抱きついた。
「んふふ〜。お姉ちゃんくらいだよぉ〜。アタシの事を心配してくれるのぉ〜。だから好きぃ〜」
「ち、ちょっ……ナタリーちゃん! へ、変な所触らないで! や、やめ!」
クネクネ絡まる二人を眺めつつ、雲雀が絡んできた時のことを考える。
まぁ、今から悲観する必要も無いだろう。
まだ絡まれると決まった訳ではないし、とにかく目立たないようにすれば大丈夫だと思う。
それでも喧嘩を売ってくるなら、その時考えればいいや。
何とかなるだろ。








