23話
テーブルを挟んで、シェリーちゃんと向かい合うように座る私達。
こうやって改めて見ると、シェリーちゃんは尋常じゃないくらい、可愛いらしい顔立ちをしている。
いや……可愛いだけじゃ言葉が足りない。神秘的なほど彼女は美しかった。
銀髪のおかっぱに、色素が抜け落ちたような白い肌。小顔の割に大きな三白眼が特徴的。
涙と鼻水で残念な感じになっていなければ、私は間違いなく見惚れていただろう。
ひまわりのような愛くるしい容姿を持つナタリーちゃんとは、方向性の違う美少女だ。
文香ちゃんといい、凛子ちゃんといい、タッ君の周りは美少女率が高くて困る。
困る……。
本当に困るよぉ〜……。
「ほら、これで顔拭けよ」
タッ君がボックスティッシュを投げ渡す。
シェリーちゃんを異性として全く意識していないのか、かなり雑な扱いだ。
こんな美少女相手に、ある意味すごい。
「タカシ君……シェリーは凄く傷ついておりますわ……タカシ君の手で、ワタクシの涙を拭いて下さいまし……」
シェリーちゃんのワガママ発言に、タッ君の顔が心底イヤそうなモノへと変わっていく。
「それくらい自分でしろよ……子供じゃないんだからさぁ」
「良いではありませんか! 少しくらいは優しくしてくれませんと、ワタクシ立ち直れませんのよ! お願いしますわ! はよ!」
「仕方ねぇなぁ……ナタリー、シェリーの顔拭いてやって」
「にしししし。あいよぉ〜」
悪い笑顔を浮かべたナタリーちゃんが、ティッシュを七、八枚引き抜くと、シェリーちゃんの頭を動かないように押さえ込んで、強引に顔を拭い始めた。
「イ、イタッ! イタい! イテぇですわ! な、なんでナタリーさんにやらせますの!? ワタクシはタカシ君に────」
「遠慮すんなよシェリー。アタシとアンタの仲じゃねぇかぁ〜。おらおらおらおらぁ〜」
「イタッ! イタい! イ、イテぇですって! やめろですわぁ!!!」
シェリーちゃんが、ナタリーちゃんの手を叩き落とし、フーッ、フーッと威嚇する。
彼女が再び涙目になった所で、タッ君が本題に戻った。
「一体どうしたんだよ。わざわざ俺んちまで来るなんて、何かあったのか?」
「タカシ君はもっとワタクシに発情しろですわ! 泣いてる美少女が目の前にいるのですから、下心満載で優しくするのが礼儀ですわよ!」
「バカなこと言ってないで、早く俺の質問に答えろよ」
「うぅ〜……優しくして下さいましぃ〜……」
ブツブツ泣き言を言いながら、シェリーちゃんがポツポツと事情を語り始めた。
「終戦後……タカシ君が母国に帰国したと言うお話を聞きましたので……ワタクシ、タカシ君が戻ってきた時の為に、色々と準備してましたの……」
「あのさ、さっきも気になったんだけど、何で俺が、軍に戻る前提の話になってんの?」
不思議そうな顔をするタッ君。全く身に覚えがないといった様子。
「それは、『タカシ君は退役していない。家族に安否の報告をする為に帰国しただけだから、直ぐに戻ってくる』と軍が発表したからですの」
「は? なにそれ? なんでそんな事に……」
「まぁ、今になってみれば理由は分かりますけどね。急にタカシ君が居なくなって、みんな混乱してましたから。タカシは何処に行った! タカシを出せ! って……暴動も起こりそうでしたし、混乱を避けるためには仕方なかったのでしょう」
「みんなには悪い事しちゃったなぁ……ちゃんと説明してから帰ればよかった……」
彼女の話を聞いたタッ君が肩を落とす。
そんな落ち込むタッ君に、ナタリーちゃんがフォローに入った。
「タカスィが気にする必要ないだろぉ〜。別に報告義務なんて無いんだからさぁ〜」
「…………そうかな?」
「そりゃそうだろぉ〜。だって何も言わずに帰っていったヤツなんて、山ほど居たんだからさぁ〜」
「それもそっか」
タッ君ってかなり人望があったのかな? 居なくなっただけで暴動が起こるなんて、相当な事だと思うんだけど。
確か、人類の最終到達点っていう通り名があったみたいだし。
私がそんな事をぼんやり考えていると、シェリーちゃんが話を戻した。
「それで……ワタクシ、一軒家を購入しましたの……大きなお庭がついた、白いお家ですわ……」
「家? すげぇじゃん。随分思い切った事をしたな」
へぇ〜と微笑むタッ君とは裏腹に、シェリーちゃんの顔がどんどん濁っていく。
顔から完全に生気が無くなりきった所で、彼女はポツリと呟いた。
「ワタクシと、タカシ君と、ナタリーさんの三人で暮らす為に、全財産を使って購入しましたの……」
「「「は?」」」
私と、タッ君と、ナタリーちゃんの声が重なった。
シェリーちゃんの声が、嗚咽へと変わっていく。
「デ……デブリとの戦争も終わりましたし……お家があれば、みんなで楽しく暮らしていけると思って、大きなお家を買いましたの……ぐすっ……そ、それなのに……タカスィと高校に通うんだぁ〜、羨ましいだろぉ〜、ってナタリーさんから写真が送られてきて……ぐす……ワケが分からないから、慌てて日本に飛んできましたの……」
「ご、ごめん。急な話でどこから突っ込んでいいか…………そもそも、シェリーは故郷に帰ったんじゃなかったのか? 俺はそう聞いたんだけど」
「…………………え?」
再び溢れ出した涙と鼻水を拭いながら、シェリーちゃんが首を傾げた。
「帰るワケないじゃないですか……ワタクシには身寄りなんてありませんし……誰がそんな事を仰いましたの?」
「総監がそう言ってたんだよ。なぁ? ナタリー」
「言ってたよぉ〜。それが無かったら、シェリーも一緒に日本へ行こうって、誘おうと思ってたんだからぁ〜」
「なっ…………!?」
絶句するシェリーちゃんに、タッ君が当時のことを説明する。
「シェリーは故郷で恋人と幸せに暮らすから、無理に関わるなって…………違うのか?」
「違うに決まってますわよ!! 恋人なんて今まで出来たことねぇですし!! デタラメもいい所ですわ!!」
テーブルをバンバン叩きながら否定する。
彼女は悔しそうに三白眼を細め、怒りを露わにしていた。
「お、おかしいと思ったんですわ……いずれ帰ってくるからその時に聞けばいいって言って、タカシ君の連絡先すら教えてくれませんでしたし……ナタリーさんも、タカシ君が居なくなったタイミングで消えましたし……」
机を叩くだけでは飽き足らず、テーブルに爪を立て、ギリギリとイヤな音を生み出す。
同時に、シェリーちゃんの声に震えが帯び始めた。
「こ、これじゃあワタクシ、ただのおバカさんではありませんかぁ……うぇぇ……せっかく全財産かけて、お家まで購入しましたのにぃ……ぜ、全部無駄になってしまったじゃありませんかぁ……あ、あ、あんまりですわぁ〜……」
なんだろ……しくしく泣いているシェリーちゃんを見てると、すごく気の毒になってくる。
話を聞く限り彼女は全く悪くない。さすがに可哀想だ。
居ても立っても居られず、私は涙と鼻水で汚れた彼女の顔を、ティッシュで拭ってあげた。
「大丈夫? 辛かったね……」
「ぐしゅ……あ、ありがとうございますわ……な、なんて優しい淑女ですの……」
私の手に持ったティッシュに、犬のように顔を擦り付けるシェリーちゃん。
なんていうか……可愛いし、可哀想なんだけど、彼女の行動一つ一つに酷く残念な匂いがする……せっかくの美少女が……。
「総監も、しょ〜もない嘘を吐くよねぇ〜。調べりゃすぐにバレるのにぃ〜」
「シェリーを軍に引き止める為なんだろうけど……さすがに酷すぎて笑えないわ」
そう言ってタッ君が立ち上がると、ポケットからスマホを取り出して彼女に言った。
「シェリーの買った家って幾らしたんだ?」
「え? に、二百五十万ドルですわ」
「二百五十万ドルね。俺の方から軍に掛け合って、買い取って貰うように交渉するよ」
「…………え?」
「あと、父さんと母さんに連絡するから待っててくれる? こっちは多分問題ないと思うけど」
「…………え? そ、それって」
戸惑うシェリーちゃんに、いつもの気の抜けたような声でタッ君が答えた。
「これからシェリーも一緒に暮らそうぜ。あ、生活費は折半だからな。ちゃんと払えよ」
タッ君の言葉に、シェリーちゃんが目を見開く。
涙と鼻水まみれで顔が汚れているのに、満面の笑みになった彼女は、神秘的なほど美しかった。
「タカシくーーーーん!! ちゅきーーーー!!」
飛びつくシェリーちゃんをタッ君が受け止める。
鼻水がついたじゃねぇか、汚ねぇなぁ〜、と毒を吐きながらも、タッ君は優しい顔で笑った。








