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11.5話 番外編 彼らの昼食

読んで頂きありがとうございます。タカシの日常を書いた番外編となります。


「タカスィ〜。今日のお昼ご飯なに食べる〜?」


「ナタリーは何食べたい?」


 俺が聞き返すと、彼女はチッチッチッと指を振った。


「モテる男はねぇ〜、何食べたい? なんて聞き返さずに、何種類かお店の候補を挙げるんだよぉ〜。アタシはただ選ぶだけ、そういう状況にするのがスマートなんだぜぇ〜」


「うっざ………」


 編入試験に受かった翌日、俺とナタリーは制服の仕立てに街へ繰り出していた。


 本当は姉さんも一緒に来る予定だったが、母さんに呼び止められて留守番をしてもらってる。


 久しぶりにナタリーと二人っきりだ。


「あーーっ! アタシのことウザイって言ったぁー! 女の子にそんなこと言っちゃ、イッケないんだぞぉ〜っ! ぷんぷん!」

 

「はいはい。そっすねー。すみませんねー」


「あ、(あし)らうなよぉ〜……初めてのデートなんだから、テンション上げてこうよぉ〜……」


 しょんぼりするナタリー。


 テンション上がったり下がったり、騒がしいヤツだな。


「しゃーねーなぁー……じゃあ、三つ候補挙げるから選んでくれる?」

 

「おっけぇー!」


「ファミレスとラーメンと牛丼。どれが良い?」


「………………………」


 綺麗な顔を歪ませて、汚物を見るような視線を向けてくるナタリー。


 何だよその目は……。


「お前の言った通り候補を挙げただけじゃんか……」


「こんな可愛いナタリーちゃんを連れて、その選択肢はねぇだろ……もっと頭使えよ……」


「めんどくせぇヤツだな」


 要はアレか? SNSとかで自慢出来るような店に行きたいって事か?


 世の婦女子どもが、キュンキュンするような店に。


 無茶言いやがる。


 そんな店、俺が知ってるワケねぇじゃん。


 帰還してまだ二週間だぞ? しかも徴兵される前は中学生だった俺が、女ウケの良い店なんか知るワケねぇじゃん。


 そんな悪態を飲み込みつつ、スマホを取り出しデートウケのする店を調べる。


 ナタリーを一蹴するのは簡単だが、モテない男と思われるのは心外だ。俺にだってプライドはある。


 やる時はやる奴だって事を見せてやろう。


 デートでオススメの店と入力して検索。幾つか候補店が表示された。


「フレンチはどう? オシャレな雰囲気が味わえそうだよ」


「えぇ〜フレンチィ〜? せっかく日本に居るんだから日本食にしようよぉ〜」


「………………じゃあお好み焼きにする? 海鮮とか、焼肉も食べれるみたいだし」


「粉物ぉ〜? アタシ、ガッツリお米と行きたい気分なんだよねぇ〜。粉物は却下ぁ!」


「………………あっ! それなら鰻重(うなじゅう)なんてどう!? これなら米だし、ちょうどいいじゃん!」


「初デートで鰻屋(うなぎや)は無いだろぉ〜。高級店すぎて萎縮しちまうよぉ〜」


「今日は輪にかけてめんどくせぇな」


 調子に乗るナタリーに、アイアンクローをぶちかます。


 彼女は「甘えたい気分なんだよぉ〜、いいだろぉ〜」と嬉しそうに笑った。


「もうお前が好きに選べよ。ワガママ言ってないでさ」


「あのね、タカスィ君。女はワガママな生き物なの。それも可愛くなればなるほど、比例してワガママになっていく生き物なのぉ。これぐらいで()を上げてちゃ男が廃るぜぇ〜」


「無駄に説得力のあること言いやがって……」


 アイアンクローを解いて頭を撫でる。


 悔しいがコイツの言う事にも一理ある。


 どうすっかな…………。


 そこそこリーズナブルで、和食で、米が食べたいかぁ。


 牛丼は却下されたから、それをカツ丼に変えた所でナタリーは納得しないだろう…………うーん。


 虚空を眺め、ぼんやり考え込む。


 後はこれくらいしか無いよなぁ……。


「ナタリー。回転寿司に行ってみる?」


「スシ? スシって職人が握るヤツだろぉ? 高級店は萎縮するって言ってんじゃぁん」


「回転寿しは一皿百円からだぞ。リーズナブルだしデートには最適だ」


 適当な事を言ってナタリーの興味を引く。


「回転ってどういう意味だよぉ〜。スシが回転とか意味が分かんねぇよぉ〜」


「そりゃあ、上へ下へと大回転よ。寿司がグルングルン回ってくるぞ」


「な、なんだよそれぇ……楽しそうじゃんかぁ……」

 

 目をキラキラさせるナタリー。あと一押しだな。


「回転寿司には、天ぷらやハンバーグがネタになってたり、サイドメニューにラーメンなんてモノもあるから、生魚が苦手な人にも入りやすいよ」


「………………ほ、ほぉ〜」


「デザートなんかも充実してて、日本に来たなら一度は行ってみるべき店だね」


「よっしゃ! 行こう! 今日のお昼ご飯は回転スシだぁ!」


 うひゃひゃと笑いながら、俺の手を引くナタリー。


 なんとか納得してくれたようだ。


 嬉しそうに笑う彼女を見て、少しだけ安堵した。


 

───────────





 制服の仕立ても終わり、引き渡しまで時間が出来た俺たちは、予定通り回転寿司へと訪れた。


「どう? 初めて来た感想は?」


「う、嘘じゃ無かったんだ……本当にスシが回ってる……」


 座席から座席へと移動していく寿司を見て、ナタリーが、はぇ〜と呟いた。


「タカスィの事だから、どぉせ適当な事ばかり言ってんだろうなぁ〜、って思ってたのに、まぢでスシが回ってるじゃんかぁ〜。すげぇ、すげぇよぉ〜!」


「ふっふっふ。すごいだろぉ〜」


「日本人の発想やばくね? こんなギャグみたいな事、思いついても普通実行に移さないだろぉ〜」


 楽しそうに、はしゃぐナタリー。


 ここまで喜んでくれたなら、この店を選んで正解だろう。


 俺の男としての威厳は保たれたワケだ。やったぜ。


「それじゃ席に行こっか。ボックス席の八番は……あそこだな」


「うぇ〜い!」


 店員さんから渡された座席表をもとに、指定席へと向かう。


 通された先は六人掛けのテーブルで、窓際の中々良い場所だ。


 早速、座席に腰掛ける。


「うへへへぇ〜〜。楽しみだねタカスィ〜。なっにから食っべよっかなぁ〜」


「……………………………」


「ん? タカスィ〜どしたぁ〜?」


 どしたぁ〜? じゃねぇよ。


 テーブル席なんだから、向かい合って座るべきだろ。


 なんでお前、俺の横に腰掛けてんだよ。おかしいだろ。


「お前……前に座れよ。なんで隣に座ってんだよ」


「アタシ……タカスィのそばを離れたくないの……前になんて座ったら……遠くて寂しいっ……!」


「アホなこと言ってないで前に行けって。二人しか居ないのに、並んで座ってたら目立つだろ」


「目立ってもいいじゃん……寂しいの……タカスィが隣に居ないと……アタシっ……死んじゃうっ……!!」


「そっか。じゃあ寂しくならないように、今日は一緒の風呂に入ろうな。念入りに洗ってやんよ」


「…………さ、さぁって……な、なにから食べようかなぁ〜……」


 俺の言葉を聞き流し、冷や汗を垂らしながらメニューを眺めるナタリー。


 しばらく何も言わずにプレッシャーをかけていたが、彼女はぁぅぁぅ言うだけで一向に動こうとしなかった。


 ウブなコイツが、ここまで言っても席を移らないってことは、どうしても俺の隣に座っていたいらしい。


 仕方ねぇヤツだなぁ……。


「今日だけだからな」


「えへへ〜。さっすがタカスィ〜、愛してるよぉ〜」


「はいはい俺も愛してるよ。それより何から食べる?」


 ナタリーの持ってるメニューを覗き込む。


 定番から旬のネタまで、色んな寿司ネタが載っていた。

 

「アタシ、納豆巻きと、シメサバと、イカが食べたいなぁ〜」


「俺は、ハンバーグと、玉子と、(うなぎ)にしよっと」


「お子ちゃまな舌だなぁ〜、ぷぷぷ〜」


「…………お前が日本食に慣れすぎなんだよ」


 俺の頬をツンツンするナタリーを無視して、タッチパネルを使って注文する。


 レーンに寿司が流れていると言っても、割と早い時間に来たからか、流れる寿司はとても少ない。


 個別に注文していった。


「これってぇ、タッチパネルで注文したら、直接店員ちゃんが持ってくるのかなぁ〜? そしたら回転スシの魅力がちょっと減るよねぇ〜」


「注文した品もレーンに乗って流れてくるみたいだよ。ほら、座席毎に色が分けられてるだろ? この席は黄色だから、黄色の箱の上に乗って運ばれてくるらしい」


「はぇ〜。ちゃんと考えられてますなぁ〜」


 いちいち新鮮な反応をしてくれる。お店の人が聞いたら喜ぶんじゃないかな。


 そうやって待つこと数分。俺たちの頼んだ品が流れて来た。


「おぉ〜、すっごぉ〜い。ホントに流れて来たぁ〜」


「これさぁ……隣り合って座ってると、俺しか寿司を取れなくて、すっげぇ大変なんだけど」


「ウッヒョ〜! おっいしっそぉ〜! いっただっきまぁ〜っす!」


「聞けよ」


 俺のツッコミを無視して早速食べ始めるナタリー。


 シメサバを口に運び「ん〜っ♡」と嬉しそうに(うな)った。


「めっちゃ美味しいじゃ〜ん! サバの臭みをここまで消すなんて、中々良い仕事をしてますなぁ〜」


「お前……本当は日本人じゃないのか? なんで俺より(さば)を食べれるんだよ」


「タカスィも食べてみろってぇ〜。こんな美味しいシメサバ、中々お目にかかれねぇからぁ〜」


「お、俺にはハンバーグがあるから良いっす……」


 そんな会話をしつつ、舌鼓を打つ俺とナタリー。


 ゆっくりと味わいながら、回転寿司を楽しんだ。



────────────



「タカスィ〜、なんか見られてない?」


「見られてるね」


 食べ始めること一時間。


 なんか周囲のお客さんから視線を感じる。


 白人のナタリーが珍しいのかな? わりと目立つ見た目してるもんな……コイツ。


「みんな、ナタリーの事が気になるんじゃない?」


「かぁ〜っ! まいったなぁ〜、アタシの美貌は、ただスシを食べるだけでも滲み出ちゃうのかぁ〜。かぁ〜っ!」

 

「すぐ調子に乗りやがる……」


 バカの発言に呆れつつ、手元にあるカリフォルニアロールを口に運ぶ。


 取り敢えず、これで頼んだモノは一通り食べきった。これからどうしよ。


「どうする? まだ食べる?」


「ん〜……アタシはもういいかなぁ……デザート食べたら、ごちそうさまするぅ〜」


「結構食べたからなぁ。俺もアイス食べて終わりにするかな」


 タッチパネルに手を伸ばし、デザートを注文しようと操作したら周囲がどよめいた。


 す、すげぇ……まだ行くのか!? なんて声も聞こえてくる。 


 なんだこれ?


「なんか悪目立ちしてない? 好奇の目で見られてるっぽいんだけど……」


「確かにぃ〜。すげぇすげぇ! ってなんの話なんだろぉ〜?」


「イヤな感じだな……さっさと食べて帰ろっか」


「そだねぇ〜」


 居心地悪い中、デザートを待つこと数分。


 頼んだ品が運ばれると同時に、俺は会計ボタンを押した。


 すぐに店員さんが現れ、顔を引き攣らせながら皿を数えていく。俺とナタリーは、それを横目に見ながらデザートをムシャムシャ。


 会計用の伝票を渡されると、俺たちは直ぐに席を立った。


 とにかくここから離れたい。店中から視線を集めている。


「まだ見てくるね……早くレジに行こっか。忘れ物すんなよ」


「うぇ〜い」


 レジに向かい、早速お会計。


 ナタリーの分も俺が一緒に立て替えて、素早く精算。


 店員さんからお釣りを受け取り、すぐに店を出た。


 そこでようやく好奇の視線から解放される。


 ふぅ〜。


 美味かった。


 久しぶりに食べた寿司は本当に美味かった。


 注目さえされなかったら、もっと満足感は高かっただろう。それだけが少し残念。


 そんな事を思いつつ、ナタリーに立て替えたお会計を請求する。


「ナタリー、九万ちょうだい。端数は奢ってやるからさ」


「全部奢ってくれよぉ〜。奢ってくれたらチュ〜してやるからさぁ〜」


「九万のチューなんて要らねぇよ。さっさと金出せって」


「ちぇ〜……」


 がま口財布から何枚かお札を取り出すと、ナタリーは渋々といった様子で差し出してきた。


「はい、九万え〜ん」


「ありがと。うん、ちゃんとあるね」


「モテる男だったらなぁ〜、ここはスマートに奢るモンなんだぜぇ〜。最後の最後でやっちまいましたなぁ〜!」


「それ言っとけば、なんでも(まか)り通ると思ってんじゃねぇぞ。こういう事はキッチリやるからな」


「チッ」


 なんで舌打ちしてんだよ。


 今日は散々ワガママに付き合ったんだ。これ以上求めてくんじゃねぇよ。


 ナタリーの頭をピシピシチョップしながら、出来上がったであろう制服を引き取りに戻った。


 





───────────




 退店するカップルを見送った店長は、驚きで手が震えた。


 彼はこの回転寿司店に勤め、今年で二十年勤務するベテランだったが、こんな事は初めての経験だった。


 信じられない。


 何度見ても信じられない。


 お会計金額、189,800円。


 たった二人で、これだけの金額の寿司を食べたのである。


 この金額には、百円以上のサイドメニューや、ドリンク、デザートなども含まれているが、それを踏まえても千皿以上は間違いなく食べている。


 普通に考えてありえない。二人で食べる量じゃない。


 六人がけのテーブルが、皿で埋め尽くされるのは初めて見た。

 

 あのカップルが頼んだ注文の品で、レーンの全てが埋まるなんて前代未聞だった。


 しかも、回転寿司では考えられないくらい高額になった会計を、十代半ばの少年がキャッシュで支払っていったのである。


 上客だ。


 文句なしで上客。間違いなく上客。


 一日の売り上げの三分の一を、あのカップルが支払っていった。


 店長は思う。


 常連にしなければ。


 必ず常連にしなければならない。


 その為にはグループをあげて、あのカップルの動向を追う必要がある。他店に流れるのだけは、絶対に阻止しなければならない。


 店長は早速、盗み撮ったタカシとナタリーの写真を、本部へと転送した。


 目的は、周知と徹底。


 あのカップルが再来店した時の為に、準備に取り掛かった。




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せめてデビットカードでもつくっとけーw 現ナマで20万近く持ち歩くなw
[一言] 回転寿司屋で19万円近く食べて違和感を抱かないなんてタカシも十分麻痺しているな。
[一言] 面白いです 続き楽しみにしています
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