19話
事務所へ向かうタクシーの後部座席で、強引についてきた私は、頭を抱えて蹲っていた。
ワケがわからない。
理解が全く追いつかない。
いきなり変な男から電話で脅されて、タカシが死んだと言われてショックを受けてたら、タカシが急に現れて、改造されたとカミングアウトされた。
なにこれ? どんな状況なワケ?
タカシが帰ってきた事を喜ぶ暇もないし、喜ぶタイミングも完全に逃してしまった。
そもそも改造ってなに? タカシの体は大丈夫なの?
隣に座るタカシの手を取り、モミモミと腕に変な所が無いか触診する。
特に変わりはない普通の手だった。
「凛子の爪って凄く可愛くなってるな。なにこれ? 春を意識してんの?」
「ま、まぁ……ちょっとは……」
掌を揉む私のネイルを見て、呑気に話し始めるタカシ。
なんでコイツ、こんなに緊張感が無いのだろう。
「ねぇ……ホントに私達だけで大丈夫なの? 今からでも警察に────」
「ナタリー見てみろって。凛子の爪、すっげぇ可愛いぞ」
私の言葉を遮って、助手席に座るナタリーさんにタカシが声をかける。
振り返った彼女は身を乗り出し、私の指を見て、ほえ〜と唸った。
「ホント〜だぁ〜。咲きかけの桜が描かれて可愛いぃ〜」
「ナタリーも凛子に教わって、やって貰えばいいじゃん。これから夏だし、夏を意識した色にしようぜ」
「アタシ、こういうのやった事ないんだよねぇ〜。凛子ちゃぁん。これって、このままお風呂に入ってもいいのぉ〜?」
「ちゃんと対策すれば、お風呂に入っても問題ないわよ…………って! 今はそんな話してる場合じゃないでしょ!」
能天気な会話を始める二人を止める。
「なんで二人とも、そんなに落ち着いていられるのよ! これから危ない目に遭うかもしれないのよ!?」
私の言葉に、タカシとナタリーさんがキョトンとした。
何この顔……まるで私が、変なこと言ってるみたいじゃない……。
戸惑う私に、ナタリーさんが応える。
「凛子ちゃん、心配しなくても大丈夫だよぉ〜。ただ話し合いに行くだけだからさぁ〜。な〜んも危ない事なんてないよぉ〜」
「な、何を根拠にそんな事言えるの……? 相手が話し合いに応じなかったらどうするの!」
「相手が話し合いに応じないって事は、絶対無いよぉ〜」
「だ、だからなんで……」
「安心してぇ〜。軍の関係者なら、絶対、絶対、応じるからぁ〜」
「……………………………」
薄く笑うナタリーさん。
人形のような可愛らしい顔立ちで笑っているのに、何故か寒気が走った。
なんだろこの感覚……まるで、凄く偉い人を前にしたようなプレッシャー……。
「到着したみたいだし、とにかく行ってみよっか」
気がつくと、タカシの言う通り、タクシーは事務所の前に止まっていた。
呆然とする私を置いて、タカシが代金を支払う。
「運転手さん。領収書切ってもらっていいですか? 宛名は無しでいいんで」
「タカスィ〜。領収書なんて貰ってどうすんのぉ〜?」
「軍に請求するんだよ。こんなに迷惑かけられてるんだから当然の権利だね」
「あ、なるほどぉ〜。おっちょこちょいのタカスィにしては中々やるじゃ〜ん」
「だろぉ? こちとら日々成長してんだよ」
どこまでも緊張感のない二人。
私がおかしいのか? っていう錯覚に陥り始めていた。
────────────
事務所に到着したタカシとナタリーさんは、間髪入れずに中へと入っていった。
危険な目に遭うという認識が無いのか、躊躇も戸惑いも無く進んでいく。作戦とか打ち合わせとか全く無い。
二人の後ろを慌てて追いかけると、ナタリーさんが大広間の扉を開けて、一言呟く。
「見っけ。ここに居たよぉ〜」
ナタリーさんの後に続いて、タカシと私も中に入ると、複数の男達がこちらを睨みつけていた。
床には大量の酒瓶と、事務員が倒れている。麗子さんも隅の方で倒れていた。
男達の隣には、泣きながらお酌をする同期の菫さんの姿。恐怖で手は震え、しゃっくりをあげている。
凄惨な光景に、思わず息を呑んだ。
「お? 桔梗原凛子じゃ〜ん。おっせぇよ! もう少し遅かったらコイツら死んでたぞ」
「なんか仲間連れてきてるな…………凛子ぉぉぉ勝手なマネしていいと思ってんのかぁぁぁ?」
「よく見ると、金髪の白人は可愛いぞ。いいじゃんいいじゃん。アイツは凛子と一緒にオモチャにしよう」
「男を連れてきたのが腹が立つな……男は殺すか…………」
次々と声を上げる男達。
彼らの脅すような言葉に、もの凄く不安になっていく。
「タカスィ〜。見覚えある?」
「無い……ってか、六人も居るんだな」
「全員機械兵で、特殊生体兵はゼロだねぇ」
「ドズ化されてるのは間違いないのか」
タカシとナタリーさんは、男達を見て、ブツブツと何かを話している。
話し合いになるとか言ってたのに、全然そんな雰囲気じゃ無いんだけど……。
「俺、凛子よりこっちの白人がタイプだわ。お嬢ちゃん、お名前教えてくれるかなぁ? へへへ……」
舌舐めずりしながら、一人の中年がナタリーさんに近づいていく。
粘り気のある視線に嫌悪感を覚えた。
「アタシに言ってるのぉ?」
「そうだよぉ〜。おじさん、君が好きなんだぁ〜。一緒に楽しい事しようよぉ〜」
「ホントにアタシに言ってるんだ…………ふふ…………あははははは!」
急に大声で笑うナタリーさんに、その場の空気が凍った。
本当に、本当に嬉しそうに笑うナタリーさん。
脅すつもりで近づいてきた男も、彼女の様子に戸惑っていた。
「タカスィ〜聞いたぁ〜? アタシに言ってるんだってぇ〜。ぷぷぷ〜」
「…………そういう事ね……はぁ」
傍観していたタカシが、何かに気付いたのか呆れた様な声を漏らす。
「お前ら戦争に参加してないのに、よく偉そうにしてられるな」
「あ、あ゛ぁ゛! な、何でテメェ……そんな事を!」
「当ててやろうか? お前らが徴兵されたのって先々月だろ? それで翌月終戦したから、改造だけ施されて戦争には参加せずにそのまま帰ってきたんじゃないのか?」
「な、何でそんなことわかるんだよ!!」
「俺も帰還兵なんだから分かるに決まってるじゃん」
ど、どういう事なんだろう。
「タ、タカシ、何か分かったの? 話が見えないんだけど……」
私の問いかけに、タカシがため息を吐きながら答えてくれた。
「コイツらって徴兵されたのは間違いないんだけど、戦地には行かずに、そのまま帰ってきたんだよ」
「な、なんで……そんな事が分かるの……?」
「日本が選抜による徴兵制度を取っているのは知ってるよね?」
「う……うん……」
「アイツらって六人居るだろ? 日本って二ヶ月に一度、六人ずつ選出するからアイツらの人数と合うし、DODを知ってる割にナタリーを知らない所から、そうとしか考えられない」
確かに、男達の人数を確認すると六人居た。
「四月に徴兵されて、改造している間に終戦したからそのまま帰還したって流れだろうな。ナタリー相手に、よくもまぁあんな態度取れるよ……」
「アタシは新鮮な反応で嬉しかったけどねぇ〜」
「お前を知らない時点でモグリなんだよなぁ……」
要は、タカシ達と、あの男達は面識がないって事?
じ、じゃあ話し合いで解決出来なくなるんじゃ……。
私の予想は的中したようで、男達から次々と怒声があがった。
「あ゛ぁ゛!? だったら何だって言うんだぁ!! こっちは体をDODされてんだゴラァ!! 好き勝手する権利はあるんだよぉぉ!!」
「ねぇよそんなもん。俺だって体をドズられたんだ。その程度のことで一々騒がれてたら、こっちが迷惑するんだよ。しかも凛子を標的にしやがって……」
淡々と言い返すタカシ。
珍しく苛立っているのか口調がかなり冷たい。昔、私に向かってデカ女と罵った同級生に、怒った時のような声だ。
「舐めてんじゃねぇぞクソガキ! 俺達は人類の為に戦争へ向かったんだ! 今の平和は、俺達のおかげで成り立ってるんだ! 英雄なんだよ俺達は! 英雄に尽くすのは当たり前だろうが!」
「は? 戦闘もしてねぇのに、よくそんなクソみたいな発言出来るな。今からでも戦地に行って、体張って来いよバカタレ」
煽るような言葉に、男達の顔色が変わる。
みんな一様に、タカシの事を睨みつけていた。
「英雄っていうのは、戦争で散っていった兵士達の事を言うんだよ……お前らがバカみたいな真似をすると、兵士全体の評判が落ちるんだ……死んでいった英雄が、報われなくなるんだよ!!」
タカシの語気が荒くなり、顔色も変わる。
見たことが無い……こんなに怒ったタカシは……。
「知るかボケ! くそガキがイキってんじゃねぇぞコラ!!」
「イキる? こっちは必死になって生き残ろうとしてきたんだ! 生きるに決まってるだろうが!! ふざけんじゃねぇぞ!!」
「ひゃっひゃっひゃっ。タカスィ〜、会話が噛み合ってねぇってぇ〜」
呑気なナタリーさんの声が響く。
彼女の顔は、言葉とは裏腹に笑っていなかった。
「アンタらもう止めとけってぇ〜。同じ生体兵の誼で忠告するけど、今すぐタカスィに土下座で謝って自首しなよぉ〜。後悔するよぉ〜」
「するワケねぇだろ! ガキが大人に舐めた口利きやがって……ぶっ殺してやる!」
「そっか。じゃあ後悔しろ」
ナタリーさんの口調も変わる。
空気が一気に冷たくなっていくように感じた。
男達が立ち上がり、ポケットから武器のような物を取り出す。
血走った目で、今にも襲い掛かろうとしていた。
「タカシ、フィルム纏う?」
「必要ねぇよ……こんなヤツら。ナタリーは右の三人を頼む」
「了解。生死は?」
「…………殺さないでやって。腐っても同じ兵士だし」
「優しいねぇ……了解」
タカシとナタリーさんも迎え撃とうとしていた。
話し合いは、どこへ行っちゃったの……?








