18話
凛子の家に到着すると、タイミング良く凛子が外に出てきた。
久しぶりに見た彼女は、顔色が悪く、暗い顔をしている。
なんだか様子がおかしい。風邪か?
「アレが凛子ちゃん? 大丈夫? なんか死にそうな顔してるけどぉ」
「死にそうな顔してるな。フラついてるし」
ヨタヨタと歩き始める凛子に近づいて、声をかけた。
「大丈夫か? そんなにフラフラしてたら事故に遭うよ」
「……ぇ? ぁ……はい。大丈夫です……心配して頂いてありがとうございます……」
「凛子ちゃん、タカスィに気付いてなくなぁい?」
ナタリーが凛子の顔を指差す。
確かに、虚な瞳で虚空を眺めて、心ここに在らずといった感じだ。目の焦点が俺に合ってない。
「お〜い。凛子〜。大丈夫かぁ〜?」
凛子の顔の前で手を振る。彼女は口を半開きにしてボーッとしていた。
「完全に放心状態になってるねぇ〜。ここまで反応が無いと、イタズラしてもバレないかもぉ〜。チューしちゃおっかなぁ〜」
「おいコラ待てナタリー。凛子にイタズラなんて許さんぞ。俺が先にチューするんだからな!」
「キモイこと言ってんじゃないわよ! バカタカシ!」
凛子に頭をぶっ叩かれた。
なんかすっごい懐かしい感じ。三年前はよく叩かれてたなぁ〜。
「なんだ元気じゃん」
「そりゃ、いきなり唇奪われそうになったら元気にもなるわよ! アタシの唇はタカシ限────」
そこまで喋って、凛子が固まる。
ようやく俺に気付いたようだ。
「…………え? タ、タカシ……? な、なんで生きてるの……? 死んだんじゃなかったの……?」
「さすが凛子。久しぶりに会った友人に投げかける言葉じゃないよね。キュンキュンくるぜ」
これよこれ。
このキッツイのが凛子ちゃんよ。
変わらない反応に嬉しくなってくる。
恐らく、すっごい気持ち悪い笑顔を浮かべてるであろう俺に、ナタリーがニヤニヤ笑いながら揶揄ってきた。
「タカスィって、相変わらずキツイ女が好きだよねぇ〜」
「超好き。個人的にはもっとキツくてもいい」
「ただのドMじゃん」
アハハと笑い合っている俺達に、凛子が戸惑った様子で聞いてきた。
「タ、タカシ……ほ、本当に……タカシ……? じ、じゃあ……さっきの電話は……?」
訳が分からないといった様子で、涙を流す凛子。
…………うーん。
なんだろ、やっぱり様子がおかしい。
再会を喜ぶとか、生きている事が信じられないとか、そういう感じじゃないっぽい。
俺は、取り乱す凛子を落ち着かせるように、彼女の背中を摩った。
──────────
「日本兵の生き残り? 本当にそう言ったの?」
「う、うん……確かにそう言ってたわ」
宥めること数分。
落ち着きを取り戻した凛子が、事情を話してくれた。
なんでも、戦争から帰ってきたという日本兵に、凛子は脅されているらしい。
ついさっき連絡が入ったそうだ。
「日本兵の生き残りってぇ、何人居たっけえ〜?」
「俺を含めて三人だな」
「その中の誰かが、凛子ちゃんを脅してきてるって事ぉ?」
「あの二人がそんな事するかなぁ? 帰還した喜びで、露出狂になったとかなら分かるんだけど」
「確かにぃ〜。みんなアホだったもんねぇ〜」
ナタリーも俺と同じように首を傾げている。
どう考えても電話をしてきたヤツが、嘘を言っているとしか思えなかった。
「タ、タカシ? そ、その綺麗な人は誰?」
凛子が、俺とナタリーを交互に見ながら戸惑っている。
そういえば紹介してなかったな。
「ナタリー。挨拶」
「よろもぉ〜。アタシはナタリー・ターフェアイト・ピンクスターって言いまぁ〜す。タカスィとは軍で知り合って、毎朝二人で朝日を迎える、そんな関係をしてまぁ〜っす」
「え、えぇぇぇぇ!? ど、どんな関係なのよ!!」
「今は止めとこうなナタリー。凛子の問題が済んでからにしよう」
とにかく、殺すと脅して来ているヤツをなんとかしないといけない。
凛子と遊ぶのはその後だ。
「あんまり気にする必要無いんじゃなぁい〜? どう考えても、帰還兵なんて嘘だと思うしぃ〜」
「だよなぁ……警察に言った方が早いか……」
軍の連中が相手なら俺らが行くけど、一般人が暴走してるだけなら国家権力に任せた方がいい。
さすがに手加減出来んし。
「け、警察? 恩赦がどうのこうので、警察に言ってもムダだって言ってたけど……」
「大丈夫だよぉ〜。そいつら帰還兵って嘘を吐いているだけだからさぁ〜。人質がいる以上、警察に任せた方が無難だってぇ〜」
「そ、そっか……そ、そうだよね!」
ナタリーの一言で、急に元気になる凛子。
俺達の楽観思考が移ったのか、ブツブツと文句を言い始めた。
「お、おかしいと思ったのよ……恩赦だから好き勝手出来るとか言ってさ! デブリとかDODって、ワケの分からない事も言ってたし! 変な映像送ってくるから動揺しちゃったじゃないのよ! バカ!」
ん?
今、なんて言った?
「凛子。デブリとDODって…………誰から聞いた?」
「え? 電話の男が言ってたわよ」
「……………………」
「……………………」
「ど、どうしたの? 二人とも怖い顔して………」
デブリは宇宙人の正式名称。
DODは身体改造を意味する、デブリ・オーバードーズの略。
両方とも、一般公表されていない、軍事機密だった。
凛子に電話をかけてきた男は、軍の関係者である可能性が高い。
デブリはともかく、DODは改造された兵士しか使わない隠語だ。
ってことは、日本兵の生き残りって話も濃厚になってくる。
正直、信じられない。
「凛子。電話してきたヤツってどんな声してた?」
「え? えっと……成人した男の人のような、低めの声だった」
低い声。
パッと思いつくのは龍一さんだけど、あの人は妻子持ちだった筈。
帰還が決まった時も、家族と連絡を取り合って泣いて喜んでたから……あの人が、家族を置いて犯罪行為に走るとは思えない。
じゃあ他に、男の日本兵が居るかって言われたら居ないんだよなぁ……仮に居たとしても、日常を渇望していたヤツらが、こんな事をするとは考え辛い。
脅してきた連中が、兵士を騙っているとしか思えなかった。
でも……DOD発言……うーん……。
考え込む俺に、ナタリーが話しかけてきた。
「アタシ達の知らない生体兵士が居たのかなぁ?」
「それは無いだろ。ドズ化した兵士は必ず最前線に送られるし、日本兵なら、俺が知らないなんて事はありえないよ」
「でもさ、アタシ達の部隊で、DODなんて言い回しするヤツ居なかったでしょ? 他の部隊じゃないのぉ?」
「………………そういやそうだな」
ディーオーディーなんて言い辛いから、オーバードーズをモジって、ドズった、ドズった、って言い回しをしてた。
俺の知る限り、DODと言うヤツなんて居なかった気がする。
「ね、ねぇ……二人ともどうしたの? DODとか、生体兵士って何の話?」
凛子が不安そうな顔で聞いてくる。
不穏な気配を察したのか、手をギュッと握りしめていた。
凛子には説明しないと不味いよな……思いっきり巻き込まれてるワケだし。
「今の状況を簡単に説明すると、凛子に電話をかけてきた連中は、本当に兵士である可能性が高いんだよね。軍事機密のDODを知ってるんだから」
「DODって何なの……?」
「DODっていうのは、兵士を兵器に改造するって意味だよ」
「……………………へ、兵器? か、改造?」
「体を機械に変えたり、薬品を使って宇宙人に対抗出来るように改造するって事」
「…………え? う、嘘でしょ? 信じられないんだけど……」
「そうなんだよ……信じられない。日本兵の生き残りは全員知ってるけど、こんな事する人達じゃない筈なんだ。それなのに日本兵って……」
「え? い、いや……そっちの信じられないじゃなくて……」
「ん?」
「え?」
「話噛み合ってないじゃぁ〜ん」
俺達を指差しながら、ケラケラ笑うナタリー。
コイツだけ緊張感が全く無いな。
「とにかく凛子の事務所に行ってみよっか。今そいつら居るんでしょ?」
色々考えても仕方ない。直接会って確認した方が早いかも。
「呼び出しされてるから居るとは思うけど……まさかタカシが行くつもり!? 警察は!?」
険しい表情で、凛子が俺を止める。
「ここで悩むより、そいつらに直接会って確認した方が早いと思うんだよね。軍が関係してるなら警察に連絡しても無駄だろうし。あ、俺達だけで行くから、凛子は留守番しててくれる?」
「タ、タカシが行く必要ないじゃないのよ! ダメよ! 絶対にダメ!」
姉さんの時も思ったけど、凛子も自分の事より人の事を心配するよな。
見た目で勘違いされやすいけど、本当に優しい子だ。
「大丈夫だよ。俺達に任せて」
「だから大丈夫じゃないでしょ! 絶対にダメ! ダメだからね!」
「大丈夫だって。俺達も改造されてるんだから」
「…………………え?」
俺の言葉に、凛子の顔が驚きの色に染まった。








