16話
人の力とは思えない暴力を見せつけ、笑い声をあげる男達。
私を脅す、理不尽な外道達。
戦地から帰ってきたという奴らの言葉に、私は絶句した。
──────日本兵の生き残りは俺達だけだ。
じ、じゃあ……死んだってこと……?
心が壊れていくのを感じる。
心の支えが崩れていく。
タ、タカシは……戦争で……死んじゃったの……?
──────────
「凛子。お願いがあるんだけど」
「何よ……」
教室の隅で本を読む私に、一組の男女が声をかけてきた。
素朴な見た目の男子と、その背中に隠れるように怯える女子。
小学二年生になって一ヶ月。
同じクラスだけど、全く関わった事の無い二人が、一体何の用だろう。
「あのさ、俺と友達になってくれない?」
「は?」
唐突な提案に、思わず二度見する私。
茶化しているの?
私の身長は、他の生徒より頭二つ大きい。
彫りの深い顔立ちも相まって、誰も近寄らない威圧感のある見た目をしている。
その上、怖いデカ女と陰口された所為で、キツい事しか言えなくなった酷い性格。
そんな私と友達になりたい? 嘘をつくな。
バカにされてると思い、頭に来た私は、彼の提案を冷たく退けた。
「いやよ。何でアンタなんかと友達にならなきゃならないの? それに凛子って馴れ馴れしく呼ばないで。キモイから」
「俺と友達になると良いことがあるぞ」
「は、はぁ? な、何があるのよ…………」
酷く拒絶したのに怒るわけでもなく、ふっふっふっと笑う少年。
彼は、後ろに隠れる少女を突き出した。
「今なら、この可愛い文香が付いてくる! どうだ!」
「ぅ……うぇぇ……よ、よろしくお願いしますぅぅぅ……」
口をあわあわさせて、直立不動になる文香さん。
緊張した面持ちで私を見下ろしている。
少年に脅されているのだろうか。目に涙が溜まっていた。
「俺はともかく、文香とは友達になりたいだろ!? コイツすっげぇ良いヤツなんだからな!」
「な、なんなのアナタ? 文香さんをダシに使って恥ずかしくないの? 男として情けなくないワケ!?」
「それだけ凛子と友達になりたいんだよぉ! いいから黙って頷けって! 文香がどうなってもいいのかぁ!?」
「ぅぇぇ……ぉ、お願いしますぅぅぅ……」
「くっ……! ゆ、許せないわ! 文香さんを人質にするなんて!」
「可哀想だろぉ〜? お前しか文香を救ってやれないんだからなぁ〜。へっへっへ。さぁ〜俺と友達になろ〜やぁ〜」
「このっ…………! げ、外道めぇ…………!」
ニタニタ笑う男の子に、私は殺気を込めて睨みつけた。
絶対に許せない。こんな大人しそうな少女を餌にするなんて。
こんなバカと友達になんてなりたくなかったが、文香さんを助けるため、私は渋々、提案を飲み込んだ。
これがタカシとの初めての出会い。
第一印象は最悪だった。
────────────
あの強引な勧誘から一ヶ月。
タカシと文香さんの関係は、私の思っていたものと全く違っていた。
文香さんは脅されていたワケではなく、タカシとは凄く仲の良い関係らしい。
今回、私に声をかけてきたのも、文香さんのお母さんが、タカシに友達作りを強引にお願いした所から始まったそうだ。
なら普通に声をかけて来なさいよ! と言いかけたが、ただ単に友達になろうと言われても、素直じゃない自分は首を縦に振らなかったと思い、仕方なく文句を飲み込んだ。
多分、ああいう強引なやり方で誘ってくれないと、私はずっと一人のままだったと思う。
そういう意味では……まぁ……感謝してる。
私を友達相手に選んだ理由は、よく分かんないけど。
文香さんは穏やかな人だった。
ちょっとタカシに依存気味だけど、優しくて真面目な人。
タカシはよく分からないヤツだった。
掴み所が無く飄々として、何も考えてなさそうな、よく分からないヤツ。
文香さんが、なぜコイツにベッタリしているのか理由が分からなかった。
彼女は勉強も出来るし、運動神経も高い。
ちょっとオドオドしてるけど、キツい性格の私よりコミュニケーション能力もある。タカシ以外で友達が居なかったとは思えないくらいだった。
文香さんの容姿でこれだけ喋れれば、もっと人気があってもいいと思うのに。
その時、私は二人の関係が不思議でしょうがなかった。
その時は。
───────────
タカシと出会って一年、文香さんに何故、友達が居ないのか分かった。
簡単な話だった。
出来ないんじゃない。作る気がない。
文香さんは、タカシ以外友達を作ろうとしていなかった。
そりゃ友達が居ないワケだ。
その理由も驚いたもので、タカシと一秒でも長く一緒に居たいかららしい。
ちょっと依存している、とかいうレベルじゃなかった。
文香さんは本物だ。
出会った頃の私だったら、ドン引きしていたと思う。
気持ち悪くて疎遠になったかもしれない。
でも一年経った今、私がそれを知って思った事は、
『…………私もタカシを独り占めしたい』
だった。
文香さんの気持ちが、すごく理解出来た。
だってタカシは、よく分かんないくらい優しかったから。
アイツくらいだと思う。
未だにキツい口調が治らない私と、笑顔で付き合ってくれるのは。
照れ隠しで言った、バカとかキモいという暴言を、嬉しそうに笑って聞き流すのはタカシくらいだろう。
そのくせ私が困ってる時は、必ず助けてくれる。
デカ女とバカにされた時は、タカシが真っ先に怒った程だ。
その上、話も合う。
タカシは聞き上手なのか、凄く話し易い。
休日、会話だけで一日時間を潰せるのは、タカシが相手じゃなきゃ無理だ。
それほど一緒に居て、楽で、優しくて、楽しいヤツ。
自分の親以外で、ここまで素を出せるのはタカシだけだった。
小学三年生、それも精神年齢の幼い男子とは思えない程、訳の分からない包容力を持っている。
渡したくない。
多分、ここまで相性の良い友達は、もう出会えないと思うから。
だから、誰にも渡したくない。
例えそれが文香さんでも。
タカシは…………私のものだ。
───────────
小学校も高学年になると、私と文香さんは二つの問題にぶち当たった。
一つは、周囲の接し方が変わり始めた事。
私の身長は、ただ成長が早かっただけのようで、四年生を過ぎたあたりから年相応の平均身長に近づいていった。
その所為で威圧感が無くなったのか、綺麗とか可愛いとか言われ始めるようになる。
文香さんも成長した事で、顔立ちの可愛らしさが目立つようになり、彼女にも人が集まるようになった。
要は、私達は注目されるようになったのだ。
正直、迷惑でしかなかった。
今更手のひらを返されても嬉しくないし、何より私達に人が集まる事によって、タカシとの時間が奪われるのが辛かった。
もう一つの問題は、タカシが錬児君と友達になった事。
二人はウマが合ったのか、いつも一緒に居るようになった。
男同士で遊ぶのは楽しいのか、二人でプロ野球について喋ったり、ゲームの話で盛り上がる姿を見て、私にもそんな顔しなさいよ! と猛烈に嫉妬したものだ。
なにより錬児君がタカシと友達になる事で、私と二人っきりになる時間が減ったのがキツかった。
本当にキツかった。
私の相手をしろよ……。
大体、タカシもタカシだ。
隣にこんな可愛い女の子が居るのに、私を置いて遊び回るなんてありえない。
タカシはもっと私に執着するべきだ。しなきゃならないんだ。
私の事だけ考えていればいいんだ……タカシは、ホントバカなんだから……。
この頃から、私は如何に振り向いて貰えるか考え始めるようになる。
タカシに私の魅力が伝わっていないなら、伝えなければならない。
あわよくば、タカシが私を惚れるように仕向けなければならない。
高嶺の花。
それくらい夢中にさせなければならない。
私は必死で考え、考えに考えた結果、
モデルを始めた。








