15話
ナタリーの妄言で、文香の顔色が変わる。
顔を真っ赤にして、眉間に皺が寄っていく。
生真面目で潔癖の文香が、怒りに染まっていくのが分かる。
不純な男女交際は、文香の最も嫌う所。
こうなっては遅いから、冗談は言うなって言っておいたのに……。
「ナタリー君よぉ……やってしまいましたなぁ……」
目的はナタリーと友達になってもらう事なのに、どうしてくれるの? これ?
呆れる俺の様子を見て、ナタリーがニヤニヤ笑う。
「アタシ言ったよね? 空気読めないこと言うかもって。ちゃ〜んと事前に謝ったじゃ〜ん」
「俺言ったよね? 冗談が通じないから絶対言うなって。ちゃーんと事前に言ったじゃーん」
俺の反論なんてどこ吹く風。彼女は知らんも〜んと、イタズラっぽく笑った。
コイツのこの顔……分かってやってるな……。
「アタシという者がありながら、他の女とイチャコラするから悪いんだよぉ〜。修羅場と化せぇ〜」
「イチャコラ……?」
俺と文香の関係を言ってるのか?
何言ってんだこのバカ。
「それにタカスィだって言ってたでしょ〜? 失言しても、俺がフォローするってぇ〜。男らしくフォロー頼むわぁ〜。たのまぁ〜」
「お前……そういうこと言うんだな……俺の優しさを踏みにじるような……」
「アタシ悪くないも〜ん。むしろタカスィがいけないんだからぁ〜。他の女にうつつを抜かすからぁ〜」
「だから、うつつを抜かすってなんだよ。そもそも文香は────」
「モテる男は辛いですなぁ〜。ひゃっひゃっひゃっひゃ」
「………………お前が始めたことだからな。覚悟しろよ」
分かったよ。
徹底的にやってやる。
俺のやり方で、文香を説き伏せてやるよ。
「タカちゃん……嫁ってどういう事……? 説明してくれる……?」
虚な表情で、俺に詰め寄る文香。
不純な交際をしていると思っているのか、軽蔑と失望に染まった表情をしていた。
「説明もなにも、ナタリーの言う通りだから」
「どういうこと……?」
下手に否定したら、話は拗れるだけ。
なら俺がする事は、たった一つ。
「俺とナタリーは、結婚を前提とした、真剣な交際をしてるんだよ」
「ふぇ!?」
「ん?」
素っ頓狂な声を上げる文香に、ポカンとするナタリー。
予想外のセリフだったのか、二人とも目が点になった。
「ちょ、ちょ、ちょ、タ、タカシ!? そこは否定する所だよぉ! ひ、否定する所ぉ!」
慌てて止めに入るナタリーは、目に見えて動揺していた。
「見苦しく言い訳しろよぉ〜! なんで開き直るんだよぉ〜!」
「なに言ってるんだよナタリー。俺はお前のことを本気で愛しているし、将来設計もバッチリしてるから」
「ぁ……あぅ……ぅぅぅ……」
普段のナタリーなら冷静に言い返してくるだろう。俺の意図を理解して、余計に話が拗れるように。
しかし、今のナタリーにそんな余裕はない。
コイツこう見えて、結構ウブだから!
普段はおっさんみたいな発言する割に、いざ自分が揶揄われると、一気にポンコツになるのだ!
「う……嘘……嘘だ……タ、タカちゃん……何かの間違いだよね?」
「間違いで合ってるよ文香ちゃん! アタシが悪ふざけで言った事に、タカシが悪ノリしてるだけ! ぜんぶ嘘! 冗談! だから安心して!」
「冗談ではありません。俺とナタリーは、ぐっちょんぐっちょんの関係です」
「タカシはバカじゃないのかなぁ!? なんでそこまで吹っ切れたアホになれるのよぉ!!」
相当恥ずかしいのか、ナタリーのジェスチャーが激しくなっていく。
ちょっと楽しくなってきた。
「え? え? ど、どっちの言ってることが正しいの…………?」
「ア、アタシ! アタシの言ってることが正しい! アタシがタカシを困らせようと、冗談言ったことが原因なの! 全部嘘だから!」
「同棲してるけどな」
「ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
顔が真っ赤になっていくナタリー。
目もぐるぐる回り、余裕がなくなっていくのが分かる。
「同棲じゃない! 居候! アタシはただの居候だからぁ!」
「同じ部屋で寝泊まりしてます」
「タカシィィィィ!! お願い!! もう黙って!!」
アワアワするナタリーが髪を弄り始めた。必死に言葉を探す姿が微笑ましい。
「ア、アタシ、故郷が消滅しちゃって行く所無かったから! それでタカシの家に住まわせてもらってるの! それだけ! ホントそれだけだから!」
「え…………あ…………そ、そういう事なんだ……」
「十代の若い男女…………同じ部屋で一か月…………勿論、何も起きない筈がなく…………」
「タカシてめぇ!!! いい加減にしろよぉぉぉぉ!!! お姉ちゃんも一緒に寝てるだろうがぁぁぁ!!!」
強めの掌底を肩にぶちかましてくる。
お前、俺だから良いものの、普通の人間だったら今ので肩抉れてたぞ。
鼻で笑う俺に、瞳を充血させながら悔しがるナタリー。
そして、もうやだぁ……と言って、彼女はしゃがみ込んだ。
耳まで真っ赤にして恥ずかしがるナタリー。
いい加減な気持ちで喧嘩売るからそうなるんだ。反省しろ。
「よく分からないけど……分かった事はあるよ」
そう言って、しゃがみ込むナタリーを支える文香。
「タカちゃんがナタリーちゃんを弄んでるってね!」
「ふみかちゃ〜ん……」
抱き合うナタリーと文香。
なんでそうなるの?
俺は愛の告白しかしてないのに。
「お、お祝いは?」
文香のお母さんの、戸惑う声が響いた。
───────────
なんやかんやあったが、文香の怒りは、俺がナタリーを弄んでるという、謎の勘違いをした事によって解消した。
しかも同情心からか、ナタリーとはかなり打ち解けた模様。
文香と友達になるという当初の予定を考えれば、かなりいい結果となった。
「タカスィの所為で……酷い目にあったよぉ〜……」
「なんで俺の所為なんだよ」
有耶無耶になった所で文香と別れ、凛子の家に向かう最中、ナタリーが恨めしそうな目で睨んできた。
「アタシはただ、昼間やってるドラマみたいな、ドロドロな修羅場が見たかっただけなのにぃ〜」
「ああいうのって、痴情のもつれが原因なんじゃないの? 俺と文香じゃ、そんな修羅場にはならないから」
何か勘違いしてんだよな。コイツ。
「え〜? 文香ちゃんってタカスィのこと好きじゃないのぉ〜?」
「何を見てそう思ったのかは知らないけど、文香は錬児の事が好きなんだぞ」
「え? それはタカスィの思い違いでしょ〜? 女の目から見て、アレはタカスィに恋してる顔だったけどぉ」
「思い違いじゃねぇよ。だってそう言われたんだから」
あ、なんか凄い普通の学生みたいな会話。
これって恋バナじゃん。
俺、まだこんな会話が出来るんだな。やっばい。嬉しい。
新鮮な気持ちでニヤニヤしていると、納得のいかない様子のナタリーが抗議をしてきた。
「じゃあ再会した時の、文香ちゃんのあの顔は何だったんだよぉ〜。完全にメスの顔だったじゃん」
「なんだよメスの顔って……そんな顔してねぇだろ」
「してたよぉ〜……文香ちゃん、完全にアヘってたじゃんかよぉ〜……」
納得できねぇよぉ〜と呻くナタリー。
凄い言葉使ってくるな……俺のピュアな気持ちが……。
「また適当なことを言われても困るから先に言っておくけど、次に会う凛子は、俺の事を絶対に恋愛対象として見ていないからな。なんせモデルをやってるんだから」
「別にモデルをやってようが、やってまいが、関係ないだろぉ〜」
「カリスマモデルが、その辺に居そうな男子生徒に惚れるワケないだろ。恐れ多いわ」
ナタリーは知らないかもしれないけど、凛子ってめちゃくちゃ人気あるんだからな。
普通の一般男子なら、カリスマモデルとの交際なんて夢に見ないんだよ。
馬鹿なことばかり言う、ナタリーの頭を揉みしだいた。
うー、うー、呻きながら、彼女はポツリと呟く。
「じゃあオリヴィアはどうなるんだよぉ〜……アイツなんて、世界の歌姫じゃんか……」








