14話
錬児は、俺達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りながら見送ってくれた。
再会を心の底から喜んでくれている。
俺にはそれが堪らなく嬉しかった。
「錬児ちゃんってタカスィのこと好きすぎるでしょぉ〜。あれは絶〜対、性的な目でタカスィを見てるよねぇ〜。うっひひぃ〜」
人が感傷に浸ってんのに……このバカは……。
ニヤニヤ笑うナタリーに、軽蔑の視線を向ける。
「お前は、男同士が絡んだらすぐホモに持って行こうとするよな。巣に帰れ」
「仕方ないだろぉ〜。あんな尊いもの見せられたらさぁ〜。妄想しか捗らないんだよぉ〜」
「思うのは自由だけど、口に出すんじゃねえよ。軍の連中が聞いたら引くぞ」
「引くワケねぇじゃ〜ん。軍の男連中は、みんなタカスィのお尻狙ってたんだからぁ〜。ポートマンなんてぇ、ガチで襲おうとしてたんだし〜」
「は? な、なんだよそれ……初耳なんだけど」
予想外のセリフに思わず動揺する。
俺がそんな目で見られてるとは思わなかった。
「生き残ったヤツらは全員、一度はタカスィに命を救われてるからねぇ〜。まぢで惚れてるヤツは多かったよぉ〜。休戦中なんて、タカスィのお尻に幾ら出せる? って話ばっかりしてたしぃ〜」
「命の恩人の尻を狙うんじゃねぇよ……」
俺が着替え始めると、誰も喋らなくなるのはそういう理由だったのか。
とんだサービスショットをしてたようだ。ちくしょう。エロい目で見やがって。金払え。
「タカスィの強さには、性別を超えた魅力があるからねぇ〜」
「強さが魅力に繋がるなら、みんなナタリーにベタ惚れになるだろうが。なんで俺の方に来るんだよ」
「そんなのアタシが知りたいよ……こんなラブリーなナタリーちゃんが、ゴリラ扱いだし……」
しょんぼり不貞腐れるナタリー。
ちょっと可哀想なのでフォローしとく。
「俺はゴリラ好きだぞ」
「お? それは愛の告白と受け取っていいのかな?」
「ゴリラへの愛を、お前が受け取るんじゃねぇよ」
───────────
文香の家が近付いてきた。
外に一人の女性が、せっせと草むしりをしている姿が見える。
「あそこに人が座ってるだろ? あれが文香の母親」
「おぉ〜。じゃあ、アレが文香ちゃんの家になるのかぁ〜」
「頼むから余計な発言はすんなよ…………錬児や姉さんと違って、文香は潔癖で冗談が通じないんだから……」
ナタリーに忠告しつつ、文香のお母さんに近づいた。
のんびりとした顔で草むしりをする姿を見ると、三年前と変わり無さそうで嬉しくなる。
「お久しぶりです。文香は居ますか?」
声をかけると、彼女は薄く笑顔を浮かべながら立ち上がった。
「ん? 文香のお友達かしら? 文香なら────」
そして動きが止まる。
草刈り用の鎌が足元に落ち、手に持っていた雑草は風に舞う。
信じられないモノを見る目。思考が飛んだのか口を半開きになっている。
パチパチと瞬きをして、俺の足先から顔まで視線を動かした彼女は、急に慌て出した。
「ち、ち、ちょっと待っててね! お願いよ! どこにも行っちゃダメだからね! すぐ戻ってくるから!」
何度も引き止めつつ、家の中へと入っていく文香のお母さん。
玄関越しに、叫び声と、間の抜けた声が聞こえてきた。
「ふ、文香ぁぁぁ! お、降りて来なさい! は、早く! 早くぅぅぅ!!!」
「今、手が離せないから後にしてー」
「何言ってるの! いいから早く降りて来なさい!」
「そんなに慌ててどうしたのー?」
「タカシ君! タカシ君が帰って来てるの!」
「………………………」
一瞬静まる家の中。
一拍置いて、ドタンバタンと階段を駈け降りる音が響き渡る。
転げ落ちるような音が近づいてくると、玄関の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは一人の女の子。
七三分けがトレードマークの文香。
三年経った彼女は、すっかり大人びた容姿になっていた。
「……………っ…………!」
目が合う俺たち。
息を呑むように僅かに声を漏らした文香は、両手で口を押さえ、顔を歪ませた。
声にならない嗚咽を漏らし、ゆっくり俺に近づくと、強く、ガッチリと服にしがみついた。
「……ぅ……ぁぁ………タ……ちゃ……タカちゃんっ……!!」
静かに、とても静かに涙を流し始める。
さめざめと泣き続け、絞り出すように、
「お……おかえり……ずっと……待ってたよ……」
帰還を喜ばれた。
小柄な体からは想像もつかないほど、強く掴む文香。
想いの深さ、想いの重さが、服越しから強く伝わって来るのを感じた。
───────────
「すー……はー……すー……はー……お祝いしよう……お祝い……見せたいものも沢山あるし……泊まっていけばいいよ……ね? それがいいよ……」
右腕にガッシリしがみつき、手を絡め合わせ、頬をスリスリしながら、ブツブツ喋る文香。
鼻息で腕の部分がすっごい熱い。熱気で腕がしっとりしてきた。
「ただいま。文香は元気だった?」
「……準備はバッチリしてあるから……タカちゃんは私に任せてくれればいいよ……ね? 大丈夫だから……」
「相変わらずな感じだな。変わってなくて懐かしいよ」
ピシピシ頭をチョップして、現実に戻ってくるよう促す。
文香は、虚な瞳でニタニタ笑うだけで、まだまだ帰ってくる気配は無さそう。
「タカシ君、本当に無事で良かった……本当に……おかえりなさい……」
涙ぐむ文香のお母さんは、ハンカチで何度も何度も顔を拭っていた。
「なんとか生きて戻って来れました。心配させてすみません」
「タカシ君は戦争へ行ったのよっ……! タカシ君が謝ることなんて一つも無いっ……! 謝っちゃダメっ……!」
「それもそうか」
言われてみればそうだな。全部、軍が悪いんだよ軍が。軍が謝りに来い。
「それよりこれからお祝いをしましょう! オバさん、腕によりをかけて料理を振る舞うから! ね? 遅くなるようなら泊まってくれて構わないから! ね?」
笑顔で肩を掴んでくる、文香のお母さん。
嬉しいけど、急に言われてもちょっと困る。
「あー……気持ちはありがたいんですけど、まだ凛子に会ってないんですよね。これから凛子の所へ行くので、また今度じゃダメですか?」
やんわり断ったつもりなのに、目に見えて失望の色に染まっていくお母さん。
焦った顔で縋り付いてきた。
「り、凛子ちゃんに会った後、その後でお祝いしましょう! ね? それならいいよね? ね?」
「え? い、いや……そもそも姉さんに今日泊まる事を言ってないので、夕飯の準備を始めてると思うんですよね……急な話ですし、またにしましょうよ」
「オ、オバさんが、タカシ君のお姉さんに連絡するから! どうかな? それならどうかな?」
「お母さんも強引な所は変わってないっすね……」
ダメよダメ、今日は絶対にお祝いするの、とワガママを言い始める熟女。
このグイグイくる感じ懐かしいわぁ……。
昔、文香に友達が俺しか居なかった頃、「女の子の友達を作ってあげて! お願いよタカシ君!」って詰め寄られた時の事を思い出すわぁ。
「獲物は絶対に逃がさねぇよっていう、強い意志が伝わってくるねぇ〜。昔からこんな感じだったのぉ〜?」
「こんな感じだった」
「愛されてるねぇ〜タカスィ〜」
ヒト事のようにケラケラ笑うナタリーに気付いたのか、文香から冷たい声で質問された。
「タ、タカちゃん……その人は? その人は……だぁれ?」
どこか圧を含む、文香の問い。
潔癖で、冗談を冗談と受け取らない文香を揶揄うのは不味い。
素直に戦友と紹介しようとしたら、ナタリーが身を乗り出して喋り出した。
「アタシ? アタシは四分咲ナタリー」
「四分咲……? え?」
「タカスィの嫁だぁ!!」








