表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/103

13話

 梅雨時期にしては、珍しく快晴となった翌日。


 俺とナタリーは、錬児(れんじ)の家へ向かって歩いていた。


 本当は姉さんも付いてくる予定だったが、直前になって母さんに呼び止められ、今日も留守番をして貰っている。


 なんでも、大切な話し合いをしなければならないらしい。姉さんは凄く嫌な顔していたけど。


 最近、姉さんと母さんがよく揉めているんだよなぁ。


 制服を買いに行く時も、母さんに呼び止められてたし……なにかトラブルになってるなら、俺にも相談してくれればいいのに。


「あのさぁ〜……アタシ、本当に付いてきて良かったのぉ? 昔の友達に会うんでしょぉ?」


 考え事をしていると、ナタリーに話しかけられた。


「もちろん。ナタリーの事を紹介したいからね」


「そんなに友達作りって重要ぉ〜?」


「編入して俺しか話し相手がいない状況より、錬児達と友達になっておいた方が良いと思うんだよね。六月っていう微妙な時期に編入するし。アイツら人が良いから、ナタリーともすぐ仲良くなれるよ」


「心配してくれんのはありがたいけどさぁ〜……アタシ……もしかしたら空気の読めない発言しちゃうかもしれないよ? せっかくの再会に、水を差すかもしれないし……」


 ん? ナタリーがこんな発言をするなんて珍しいな。


 彼女なりに気を使っているのだろうか? 柄にも無いこと気にしなくていいのに。


 (うつむ)く彼女の頭を、ポンポンと叩いた。


「そんなこと気にするなよ。ナタリーが空気読めないのは、今に始まった事じゃないし」


「で、でも…………」


「失言しても俺がフォローするから気にするなって。俺とお前の仲じゃん」


「ほ、本当? じゃあ、アタシはいつも通りでいいんだね?」


「いいよ。ノビノビしてて」


「へっへっへ…………りょぉ〜かぁ〜い…………」


 ナタリーの顔が汚い笑顔で染まる。言質(げんち)とったと言わんばかりの表情。








 何で気付かなかったんだろう。


 後になって思い返せば、ナタリーの保険だったってすぐ分かる。


 事前にしおらしく謝って、後で怒られなくする保険。


 急に謙虚なったナタリーにもっと疑問を持つべきだった。


 コイツはそんな、殊勝なヤツじゃなかったと。



────────────


 

 

 久しぶりに錬児の家の前に立つと、ちょっと胸に来るモノがある。


 三年前は当たり前のように遊びに来ていた錬児の家。


 暇さえあれば、ゲームをやって、漫画を読んで、中身の無い会話をして、お互い笑い合う、そんな楽しい思い出が甦ってきた。


「なに泣きそうな顔してんだよタカスィ〜。錬児ちゃんとはそんなに仲が良かったのかぁ〜?」


「…………仲が良かったよ。気が合うっていうか、お互い気を使わなくていいっていうか…………今の俺とナタリーみたいな関係かな」


「へ、へぇ…………タ、タカスィがそこまで言うんだ…………で? どんな男なの?」


「カッコいい男だったよ。優しくて、スポーツも勉強も出来て、俺の憧れだったんだ」


「戦場じゃスポーツなんか出来ても役に立たないんだよなぁ〜! 勉強ならアタシの方が出来るしぃ〜! 錬児ちゃんよりアタシの方が凄いんだよなぁ〜!」


「なに張り合ってんだよ」


「だってぇ〜……タカスィが憧れてるなんて言うからさぁ〜……アタシのことも憧れてるって言ってよぉ〜……」


「お前のそういう図々しい所、大好きだよ」


 ナタリーを適当に(あし)らいつつ、錬児の家のインターフォンを押した。


 ピンポンという無機質な音が鳴り響き、待つこと数分。


 玄関のドアがガチャリと開いた。


「どちらさん?」


 体格の良い、爽やかな男の登場。


 錬児だ。


 三年前とは違い、髪が明るく、身長も随分高くなっている。


 俺も身長は結構伸びたつもりだったけど、錬児の成長は俺を優に超えていた。


 女受けの良さそうな見た目になってるし……嫉妬するほどカッコいい。


 寝起きなのか眠そうな顔で、ぼりぼりと頭を掻く錬児は、俺にまだ気付いていない様子。


「誰?」


「相変わらず朝は弱いんだな。昨日夜更かしした? 早く寝ろよ」


「はぁ? いきなりワケ分かんな────」


 錬児の眠そうな顔つきが変わる。


 何かに気付いたかのか目を見開き、魚のように口をパクパクさせた。


「ぁ……ぉ……ぉま……ま、まさか…………」


 ヨロヨロと歩き、俺へと近づいてくる錬児。


 信じられないといった様子で唇を震わせる。


「も…………もしかして…………タ、タカシ……か?」


「ふっふっふ。生きて戻ってきたぜ」


 答え合わせをすると錬児が抱きついてきた。


「タ……タカ……お……おま……タカシィィィ……う、ぅわぁ……ぅわぁぁぁぁぁぁああああ!」


 おいおいと男泣きを始める。


 久しぶりに感じる友人の温もりに、俺も強く抱き返した。







「ぃ……いつ日本に……戻ってきたんだよ」


 散々泣き続けた錬児の目は、ポンポンに腫れていた。 


 こんな顔になっても俺よりイケメン。羨ましい。


「一ヶ月くらい前かな」


「お、おまっ……帰ってたならすぐ声かけろよ!」


 割とマジメに怒る錬児。温厚なコイツがこんな声を出すなんて思わなかった。


「お前なぁ〜……俺、本当に辛かったんだぞ……急にタカシが学校に来なくなって、心配になってお前んち行ったら、徴兵されたってオバさんに言われて……」


 確かに徴兵の令状が届いて、半日後には役人が家に来たっけ。


 当時、別れを惜しむ時間なんて無かった記憶がある。


「文香は泣き叫ぶし、凛子は気絶するし、俺もガキだったから、辛いはずの叔母さんに泣いて食ってかかって……」


「心配させたね……本当にごめん……」


「あ……い、いや……す、すまん! 責めてるワケじゃないんだ! 帰ってたなら、俺の所にすぐ来いよって思っちまって……自己中だった! ホ、ホントにすまん!」


 謝るのは俺の方だ。


 俺が思ってる以上に心配をかけていたらしい。もっと早く報告するべきだった。


 落ち込む俺の様子を見た錬児が、慌てながら話題を変える。


「そ、そういえば、そこの綺麗な金髪のネェちゃんは誰なんだよ? まさかタカシの彼女かぁ?」


「コイツは────」


 俺が答える前に、ナタリーが割って入ってきた。


「アンタ見る目あんじゃ〜ん! 奥さんじゃなくて、彼女っつーのはパンチ足りないけどぉ、まぁ〜褒めて(つか)わすわぁ!」


 満面の笑みで笑いながら、錬児の背中をバンバンと叩く。


 馴れ馴れしいにも程がある。


「え? え? な、なんなんだ?」


「コイツは俺の戦友で─────」


「なかなか見所あるヤツだなぁ〜! ヨシッ! あんた、アタシの舎弟にしてあげる! 喜べぇ〜!」


「落ち着けバカタレ」


 暴走するナタリーに、アイアンクローをぶちかました。




──────────




 ナタリーの紹介を済ませつつ雑談すること数時間、そろそろ次へ向かう時間が差し迫る。


「も、もう…………帰るのか…………?」


 錬児が寂しそうに呟く。さっきまでの明るい顔で喋っていたのが嘘のように悲しそうな顔。


「文香と凛子に、帰ってきた報告をしないといけないからね。これから行ってくるよ」


「そ、そうか…………」


 分かりやすく落ち込む錬児。


 その姿に思わず苦笑する。


「錬児と同じ高校に編入する事が決まったからさ、これから毎日顔を合わせるようになるよ。だからそんな顔するなって」


「お、おう…………」


 一瞬明るくなったが、また悲しそうな顔に戻る。


 別れるのが辛いのだろうか。


「あ、あのさ!」


「うん?」

 

 どうすれば彼を元気付けられるかと悩んでいると、錬児の顔が、泣き笑いのような表情へと変わっていった。


「タカシの好きだった週刊少年誌、俺が毎週欠かさず買い続けてたから、いつでも見に来いよな!」


「え?」


「毎年出てるプロ野球のゲームも好きだったよな! それもちゃんと買ってあるぞ! 今年のは、特にクソゲーだったけど……」


「…………………………」


「タカシしか読んでなかったホラー漫画もちゃんと買ってあるんだぞ! あんなツマンネェのに打ち切りになってねぇんだ。わ、笑えるよな……」


「…………………………」


「だ、だからさ……また、いつでも遊びに来いよ……タカシが来るなら……予定なんて全部キャンセルするから……」


「……………………うん」


「遠慮なんて絶対するなよ……毎日でも、俺は構わないから……」


「ありがとう錬児。嬉しいよ……」


 笑顔が陰り、寂しそうに、本当に寂しそうに俯く錬児。

 

 相変わらず、優しいヤツ……。


 俺はもう一度、錬児を強く抱きしめた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今年クソゲーwww あれか
[一言] 今からでもレンジ君を主人公にしよう(名案
[良い点] 泣くよもう、こんなん泣くだろ! [気になる点] お姉ちゃん今回はなにやったんだwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ