13話
梅雨時期にしては、珍しく快晴となった翌日。
俺とナタリーは、錬児の家へ向かって歩いていた。
本当は姉さんも付いてくる予定だったが、直前になって母さんに呼び止められ、今日も留守番をして貰っている。
なんでも、大切な話し合いをしなければならないらしい。姉さんは凄く嫌な顔していたけど。
最近、姉さんと母さんがよく揉めているんだよなぁ。
制服を買いに行く時も、母さんに呼び止められてたし……なにかトラブルになってるなら、俺にも相談してくれればいいのに。
「あのさぁ〜……アタシ、本当に付いてきて良かったのぉ? 昔の友達に会うんでしょぉ?」
考え事をしていると、ナタリーに話しかけられた。
「もちろん。ナタリーの事を紹介したいからね」
「そんなに友達作りって重要ぉ〜?」
「編入して俺しか話し相手がいない状況より、錬児達と友達になっておいた方が良いと思うんだよね。六月っていう微妙な時期に編入するし。アイツら人が良いから、ナタリーともすぐ仲良くなれるよ」
「心配してくれんのはありがたいけどさぁ〜……アタシ……もしかしたら空気の読めない発言しちゃうかもしれないよ? せっかくの再会に、水を差すかもしれないし……」
ん? ナタリーがこんな発言をするなんて珍しいな。
彼女なりに気を使っているのだろうか? 柄にも無いこと気にしなくていいのに。
俯く彼女の頭を、ポンポンと叩いた。
「そんなこと気にするなよ。ナタリーが空気読めないのは、今に始まった事じゃないし」
「で、でも…………」
「失言しても俺がフォローするから気にするなって。俺とお前の仲じゃん」
「ほ、本当? じゃあ、アタシはいつも通りでいいんだね?」
「いいよ。ノビノビしてて」
「へっへっへ…………りょぉ〜かぁ〜い…………」
ナタリーの顔が汚い笑顔で染まる。言質とったと言わんばかりの表情。
何で気付かなかったんだろう。
後になって思い返せば、ナタリーの保険だったってすぐ分かる。
事前にしおらしく謝って、後で怒られなくする保険。
急に謙虚なったナタリーにもっと疑問を持つべきだった。
コイツはそんな、殊勝なヤツじゃなかったと。
────────────
久しぶりに錬児の家の前に立つと、ちょっと胸に来るモノがある。
三年前は当たり前のように遊びに来ていた錬児の家。
暇さえあれば、ゲームをやって、漫画を読んで、中身の無い会話をして、お互い笑い合う、そんな楽しい思い出が甦ってきた。
「なに泣きそうな顔してんだよタカスィ〜。錬児ちゃんとはそんなに仲が良かったのかぁ〜?」
「…………仲が良かったよ。気が合うっていうか、お互い気を使わなくていいっていうか…………今の俺とナタリーみたいな関係かな」
「へ、へぇ…………タ、タカスィがそこまで言うんだ…………で? どんな男なの?」
「カッコいい男だったよ。優しくて、スポーツも勉強も出来て、俺の憧れだったんだ」
「戦場じゃスポーツなんか出来ても役に立たないんだよなぁ〜! 勉強ならアタシの方が出来るしぃ〜! 錬児ちゃんよりアタシの方が凄いんだよなぁ〜!」
「なに張り合ってんだよ」
「だってぇ〜……タカスィが憧れてるなんて言うからさぁ〜……アタシのことも憧れてるって言ってよぉ〜……」
「お前のそういう図々しい所、大好きだよ」
ナタリーを適当に遇らいつつ、錬児の家のインターフォンを押した。
ピンポンという無機質な音が鳴り響き、待つこと数分。
玄関のドアがガチャリと開いた。
「どちらさん?」
体格の良い、爽やかな男の登場。
錬児だ。
三年前とは違い、髪が明るく、身長も随分高くなっている。
俺も身長は結構伸びたつもりだったけど、錬児の成長は俺を優に超えていた。
女受けの良さそうな見た目になってるし……嫉妬するほどカッコいい。
寝起きなのか眠そうな顔で、ぼりぼりと頭を掻く錬児は、俺にまだ気付いていない様子。
「誰?」
「相変わらず朝は弱いんだな。昨日夜更かしした? 早く寝ろよ」
「はぁ? いきなりワケ分かんな────」
錬児の眠そうな顔つきが変わる。
何かに気付いたかのか目を見開き、魚のように口をパクパクさせた。
「ぁ……ぉ……ぉま……ま、まさか…………」
ヨロヨロと歩き、俺へと近づいてくる錬児。
信じられないといった様子で唇を震わせる。
「も…………もしかして…………タ、タカシ……か?」
「ふっふっふ。生きて戻ってきたぜ」
答え合わせをすると錬児が抱きついてきた。
「タ……タカ……お……おま……タカシィィィ……う、ぅわぁ……ぅわぁぁぁぁぁぁああああ!」
おいおいと男泣きを始める。
久しぶりに感じる友人の温もりに、俺も強く抱き返した。
「ぃ……いつ日本に……戻ってきたんだよ」
散々泣き続けた錬児の目は、ポンポンに腫れていた。
こんな顔になっても俺よりイケメン。羨ましい。
「一ヶ月くらい前かな」
「お、おまっ……帰ってたならすぐ声かけろよ!」
割とマジメに怒る錬児。温厚なコイツがこんな声を出すなんて思わなかった。
「お前なぁ〜……俺、本当に辛かったんだぞ……急にタカシが学校に来なくなって、心配になってお前んち行ったら、徴兵されたってオバさんに言われて……」
確かに徴兵の令状が届いて、半日後には役人が家に来たっけ。
当時、別れを惜しむ時間なんて無かった記憶がある。
「文香は泣き叫ぶし、凛子は気絶するし、俺もガキだったから、辛いはずの叔母さんに泣いて食ってかかって……」
「心配させたね……本当にごめん……」
「あ……い、いや……す、すまん! 責めてるワケじゃないんだ! 帰ってたなら、俺の所にすぐ来いよって思っちまって……自己中だった! ホ、ホントにすまん!」
謝るのは俺の方だ。
俺が思ってる以上に心配をかけていたらしい。もっと早く報告するべきだった。
落ち込む俺の様子を見た錬児が、慌てながら話題を変える。
「そ、そういえば、そこの綺麗な金髪のネェちゃんは誰なんだよ? まさかタカシの彼女かぁ?」
「コイツは────」
俺が答える前に、ナタリーが割って入ってきた。
「アンタ見る目あんじゃ〜ん! 奥さんじゃなくて、彼女っつーのはパンチ足りないけどぉ、まぁ〜褒めて遣わすわぁ!」
満面の笑みで笑いながら、錬児の背中をバンバンと叩く。
馴れ馴れしいにも程がある。
「え? え? な、なんなんだ?」
「コイツは俺の戦友で─────」
「なかなか見所あるヤツだなぁ〜! ヨシッ! あんた、アタシの舎弟にしてあげる! 喜べぇ〜!」
「落ち着けバカタレ」
暴走するナタリーに、アイアンクローをぶちかました。
──────────
ナタリーの紹介を済ませつつ雑談すること数時間、そろそろ次へ向かう時間が差し迫る。
「も、もう…………帰るのか…………?」
錬児が寂しそうに呟く。さっきまでの明るい顔で喋っていたのが嘘のように悲しそうな顔。
「文香と凛子に、帰ってきた報告をしないといけないからね。これから行ってくるよ」
「そ、そうか…………」
分かりやすく落ち込む錬児。
その姿に思わず苦笑する。
「錬児と同じ高校に編入する事が決まったからさ、これから毎日顔を合わせるようになるよ。だからそんな顔するなって」
「お、おう…………」
一瞬明るくなったが、また悲しそうな顔に戻る。
別れるのが辛いのだろうか。
「あ、あのさ!」
「うん?」
どうすれば彼を元気付けられるかと悩んでいると、錬児の顔が、泣き笑いのような表情へと変わっていった。
「タカシの好きだった週刊少年誌、俺が毎週欠かさず買い続けてたから、いつでも見に来いよな!」
「え?」
「毎年出てるプロ野球のゲームも好きだったよな! それもちゃんと買ってあるぞ! 今年のは、特にクソゲーだったけど……」
「…………………………」
「タカシしか読んでなかったホラー漫画もちゃんと買ってあるんだぞ! あんなツマンネェのに打ち切りになってねぇんだ。わ、笑えるよな……」
「…………………………」
「だ、だからさ……また、いつでも遊びに来いよ……タカシが来るなら……予定なんて全部キャンセルするから……」
「……………………うん」
「遠慮なんて絶対するなよ……毎日でも、俺は構わないから……」
「ありがとう錬児。嬉しいよ……」
笑顔が陰り、寂しそうに、本当に寂しそうに俯く錬児。
相変わらず、優しいヤツ……。
俺はもう一度、錬児を強く抱きしめた。








