12話
夕日で赤く染まったリビングで、出来上がった制服に袖を通したナタリーが、楽しそうにはしゃいでいた。
「ヤバくなぁい? これ、まぢで可愛くなぁい? うへへへへへぇ〜〜」
何度も何度も、俺と姉さんの前でポーズを取るナタリー。
制服姿が相当気に入ったのか、嬉しそうに笑っていた。
軍では可愛い格好なんて出来なかったから、ナタリーの嬉しそうな顔を見ると、高校入学を誘って本当に良かったと思う。
ただ………………。
「姉さん。ナタリーの姿を見てどう思う?」
「すっごく似合って可愛いよ! まるでお人形さんみたい!」
「そうなんだよ……可愛いんだよ……困った事に……」
やっぱり俺の目がバグってるワケじゃなかったのか……。
姉さんも同じことを思ってる以上、素直に認めるしかない。
ナタリーは可愛いのだ。
戦地では生の終着点と勝手にあだ名され、陰で畏怖されてきたナタリー。
軍の屈強な兵士ですら、彼女の前に立つにはオムツが必要になる、と言わしめたナタリー。
休戦中ジョークで、ナタリーと宇宙人どっちが怖い? という質問に、全員がナタリーを選ぶというジョークにならない結果を叩き出したナタリー。
そんなナタリーが制服を着ただけ、たったそれだけで可愛くなってしまったのである。
何かのまやかしを受けたような気分だ。ナタリーの癖に、面妖な術を使ってきやがって……!
「どうよぉ〜タッカスィ〜。可愛いだろぉ〜。惚れ直したかぁ〜? 惚れ直したって言えよぉ〜」
「威張るのは俺の制服姿を見てからにしろ……俺の方が、絶対可愛いんだからね……!」
「素直に褒めなよタッ君……」
ムキになって着替えようとした俺に、姉さんからツッコミが入る。
姉さんのおかげで命拾いしたなナタリー。
今日はこのくらいにしといたるわ(震え声)
「軍の連中が今のナタリーを見たら、ビビるんだろうな……」
思わず呟いた独り言に、ナタリーが反応した。
「みんな、アタシのことゴリラゴリラって言ってバカにしてたもんなぁ〜。こんな可愛いゴリラが居るかっつぅ〜のぉ!」
「シェリーなんて、ナタリーさんよりゴリラさんの方が可愛いです! ゴリラさんが可哀想だぁ! って本気で怒ってたよな」
「うひひひひ! この姿を見たら、アタシよりゴリラの方が可愛いなんて口が裂けても言えないよねぇ〜。アタシのサイキョーにカワイイ制服姿、シェリーに送りつけてやろぉ〜っと。ぷぷぷ〜、悔しがれぇ〜」
新生活に向けて、自分用に買ったスマホを使って自撮りを始めるナタリー。
何枚かパシャパシャと写真を撮った後、喧嘩の火種をせっせとシェリーに送りつけていた。
「シェリーちゃんってよく話題に上がるけど、シェリーちゃんも軍でのお友達なの?」
「軍での戦友だよ。年も近かったから、よく三人でツルんでたんだ」
「シェリーはお友達! ここ重要ぉ! シェリーはあくまで、ただのお友達なんだよぉ〜!」
やけに友達を強調するナタリー。余計な事を姉さんに吹き込もうとしてるのが、目に見えて分かる。
「どういう意味で言ってるんだよ」
「言葉通りだってぇ〜。シェリーはただのお友達で、アタシはタカスィのお・よ・め・さ・ん♡」
「違います。私がタッ君のお・よ・め・さ・ん♡です」
「この手の話をすると、お姉ちゃんが必ずガチ勢になってくるんだよなぁ……」
帰ってきた時はやつれきっていた姉さんも、この一ヶ月ですっかり元気になった。
ナタリーのくだらないジョークにも食い付いていってる。
「そういえば疑問に思ってたんだけど……」
「ん?」
いつもの優しい声色に戻る姉さん。ガチ勢から戻って来たらしい。
「みんな海外のお友達なんだよね……兵士って色んな国から集まってるんでしょ? 会話ってどうしてたの? 通訳?」
「英語が一番使われてたから、みんな英語で喋ってたよ。時と場合によっては中国語とスペイン語を使い分けてたけど」
「え、英語? タ、タッ君、英語喋れるの……?」
「英語と中国、スペイン語は喋れるよ。改造の所為で、記憶力だけは無駄に良くなったからね」
「す、凄くない? 三ヶ国語も喋れるなんて」
「凄くないよ」
「凄いでしょ……謙遜しないでよ……」
「いや……本当に凄くないんだって……特殊生体兵はみんな物覚えが良かったし、ナタリーなんて俺が三日かけて覚える所を、三分で理解するんだから。俺を凄いとか言ってたら、軍の連中に笑われちゃうよ」
編入試験も、俺が必死で公立の勉強してる中、ナタリーは国立高専の勉強してたからな。しかも母国語じゃない日本語で。
コイツを差し置いて凄いって言われても違和感しか感じない。
バカみたいな言動しかしないナタリーだけど、基本的にスペックは俺より高いのだ。
バカだけど。
スマホでシェリーとレスバするナタリーを見て、ナタリーちゃんって凄かったんだ……と姉さんが呟いた。
「あ! いっけない! 伝えるの忘れてた!」
何かを思い出したかのように、姉さんが手を合わせた。
「今日、文香ちゃんがウチに来たんだよ!」
「文香が?」
懐かしい名前を聞いて、生真面目だった女の子を思い出す。
「そう! 大神君が引っ越したから、また一緒に学校へ通おうって誘いに来てくれたんだ!」
「一緒にって事は、文香は姉さんと同じ高校なの?」
「うん!」
へぇ……それじゃあ編入したら、文香と同級生になるのか。
アイツとは幼稚園からの付き合いだから、いよいよもって腐れ縁になる。
「ちなみに、凛子ちゃんと錬児君も同じ高校だよ」
「あの二人も?」
「うん!」
全員同じ高校なんて、運命しか感じない。
嬉しくて思わず口元が緩む。
「変な時期に編入するから不安だったけど、アイツらが同じ学校に居るなら安心だね。一緒のクラスになれるといいな……」
「みんなと仲が良かったもんね」
戦地に行く前は、毎日遊んでいた程だ。
親友は? と聞かれたら、間違いなく三人の名前を挙げるくらいには仲が良かったと思う。
「編入試験も合格したし、明日みんなに会いに行こうかな」
「いいんじゃない? 文香ちゃんたち絶対喜ぶよ」
帰還の報告がてら、明日はアイツらの家を回ろう。
そしてナタリーの事も紹介しよう。
人のいいアイツらの事だ。絶対にナタリーとも友達になってくれる筈だ。
「ナタリー、明日付き合ってくれない? お前の事を紹介したいからさ」
「………………………」
「ナタリー?」
俺の呼びかけには答えず、彼女はスマホの画面を、怪訝そうな顔で眺めていた。
「ナタリーどうした? 面白い顔して」
「いや……シェリーが、よく分かんないこと言ってるんだよね……」
「なんて言ってるの?」
「んー……………」
考え込む仕草をするナタリー。
そのまま、ポイっちょ! と言ってスマホを投げ捨てた。
「面倒くさいし見なかった事にする!」
なんだそれ。
まぁ本人がいいなら、それで良いけど。
どうせ、いつもの喧嘩だろうし。








