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90.5話 彼女と御令嬢

番外編です。


 不貞腐れるナタリーに見送られながら、タカシが凛子の家へと向かって歩き出した頃。


 シェリーと巴ちゃんは、バズっていると話題になっている喫茶店で向かい合っていた。


 彼女達が集まったのは他でもない。シェリーちゃんねるの方向性について語り合うつもりだった。


 巴ちゃんから渡されたルーズリーフを眺めながら、銀髪三白眼の少女が眉をひそめる。


「次の動画は、この内容で撮影しますの?」


「そうだよ! この内容の動画なら、更に登録者が爆増すると思うんだ! かかる費用はボクが全額負担するから、この内容で撮ろう!」


「うーん……」


 紙面を流し読みしながら、どこか難所を示すシェリー。


 それもその筈、その紙面には『高く積み上げた瓦をチョップで粉砕する動画』とか、『レスラー相手に腕相撲で百人抜きする動画』とか書かれているのだ。


 完全に巴ちゃんの趣味。巴ちゃんが見たいだけの動画。


「これって面白くなりますの? ワタクシにはよく分からないジャンルと言いますか……」


「間違いなく面白いから! ボクが保証する!」


「視聴者ポカーンってなりません? 特にレスラー相手に腕相撲なんて、撮れ高があるのか疑問ですわ……」


「大丈夫大丈夫! シェリーさんのような可愛いらしい女の子が、普通に腕相撲してくれるだけで撮れ高になるから! 安心してくれ!」


「まぁ……巴さんがそこまで仰るなら……」


 その言葉を聞いて、巴ちゃんが思わずほくそ笑む。


 目論み通りだと、心の中でガッツポーズを繰り広げる。


 シェリーはタカシほど、『普通』というモノにこだわっていない。


 華奢な女子高生(シェリー)が、レスラーをねじ伏せることに疑問すら抱いていないのだ。


 むしろ『撮れ高があるのか?』と、気を揉んでいるくらい。この感性なら、巴ちゃんの望む動画をバンバン撮ってくれるだろう。


 彼女はある意味、巴ちゃんのベストパートナーだったのだ。


 溢れ出る(よだれ)を拭っていると、シェリーがちょこんと手を挙げる。


「それはそれとして、巴さんに見てほしいモノがありますの」


「ん? なんだい?」


「実はワタクシ、ちゃんねるの立ち上げにあたり、事前に何本か動画を撮っておりましたの」


「へぇ」


「ワタクシ的には自信作だったのですが……タカシ君とナタリーさんに却下をくらってしまいまして……何がダメだったのか、さっぱりかんかんですの……」


「どんな動画なんだい? 見せてくれよ」


「こちらですわ」


 そう言ってシェリーがスマホを操作し、動画を再生する。


 十数秒再生されたあたりで、巴ちゃんの顔色が変わっていった。


「こ、こ……これ……い、一体……」


「こちらはマトリョーシカって題名ですわ。ほら! この再生されていく腕の部分とか、マトリョーシカっぽく見えません!? くひひ……な、何度見ても面白ぇですわ……くひひひひひひひひ!!」


「……………………」


 スマホには、右腕を大きな鉈のようなものに変化させたシェリーが、まな板の上に置かれた自身の左腕を切断していく動画が流れていた。


 一切の躊躇なく、血しぶきの飛び散る中、ニコニコと笑う姿はまさに狂気そのもの。


 中二病として、それなりにグロ耐性のある巴ちゃんですら、目を背けたくなる光景がそこにあった。


「この他にも、断崖絶壁からヒモ無しバンジーをかました動画もございますの! ほら! これですわ!」


「え、え!? こんな高い場所から飛んで……ひぃぃ……て、手足がちぎれ……」


「こーんな面白動画がボツだなんて……タカシ君とナタリーさんは、笑いってモンを分かってねぇですわ……ったく……頭のおかしい基準点(ポインターズ)はこれだから困りますわ……」


「あ…………う、うぅ…………」


「軍では大好評だったんですのよ? ワタクシが一発芸をかますたび、みーんな固唾をのんで見守ってくれましたから! 巴さんだって、面白いって思いますでしょ!?」


「……………………」


「ちなみにですねぇ~。ぐちゃぐちゃになるコツは、アリアの特性を極限まで抑えることですわぁ。特性をとことん抑えることで、簡単にぐちゃぐちゃになれますのぉ。クレイジーゴリラには絶対に不可能な芸当ですわぁ~」


 自撮りグロ動画を指差しながら、上機嫌で笑うシェリー。


 あまりにも平常運転すぎて、思わず巴ちゃんは尋ねてしまった。


「こ、これって……編集じゃないよね……?」


「編集? 編集なんて使ってないですわ。そもそも、ワタクシは動画編集なんて出来ませんし」


「そ、そっか……そうだよね……」


「巴さんもおかしなことを仰りますわね。あははーですわ」


「あ、あはは…………」


 巴ちゃんは理解していたつもりだった。


 近衛隊からの調査報告書を見て、分かっていたつもりでいた。


 その認識が甘かったことに気付く。


 残念でバカな部分に隠れがちだが、シェリーは国連軍の中でも名の知れた生体兵。


 凄まじい再生能力を誇り、体力の続く限り戦い続けられるという継戦能力の高さから、調査部隊の隊長として生き抜いた猛者なのだ。


 伊達に死への分岐点(ダーニングポイント)という物騒な名前で呼ばれていない。問題児(プロブレムチルド)のゾンビ担当は、どこまでも常識が欠如していた。


「お金が貯まりましたら『暴走ダンプとぶつかり稽古』という動画も撮りたいですわね!」


「あ……う、うん……いいんじゃないかな? エキサイティングで……」


「くひひ! やっぱり巴さんとは気が合いますわ! バストサイズも似たようなモンですし!」


「そ、そうかな……それはどうも……」


「やはりここは、エンジェルバスト同盟を交わすしかありませんわね! 巴すぁん! ワタクシとずっとてぇてぇでお願いしますわ!」


「あ、はい……」




───────────




 繰り返し見せつけられるグロ動画に辟易した巴ちゃんが、話題を変える。


「この再生も特性の一つなのかい?」


「そうですわ。B種ベヨネッタの特性ですわ」


「じゃあこっちの腕を鉈に変化させてるのは?」


「こちらはD種デネブの特性ですわね。体を液体金属のように変えられますので、かなり使い勝手のいい特性ですわ」


「なんていうか……すごく簡単に教えてくれるね。タカシさんは絶対に教えてくれなかったのに」


「………………あ」


 やっべ……といった様子で青褪めるシェリー。


 両手でピースを作り、はさみのようにチョキチョキ動かす。


「あの……えっと……今のはその……オフレコってことで……」


「慌てなくても大丈夫だよ。他言はしないし、タカシさんにも言わないから」


「た、助かりますわ。タカシ君に怒られるのだけは勘弁ですから……」


 ほっと胸を撫で下ろすシェリー。


 その姿を見た巴ちゃんが不思議に思う。


「君はあまり軍事機密を気にしないんだね。特性が明るみになると不味いんじゃないのかい?」


「不味いですわ。タカシ君に怒られてしまいますからね!」


「いや、そうじゃなくて……国連軍に目をつけられるんじゃないの? ボクはタカシさんからそう聞いたんだけど」


「軍? あー……そういう解釈ですか……」


 シェリーが頬をポリポリと掻きながら天を仰ぐ。


 そして『まぁ……これくらいなら言っちまっても……』と呟いて、巴ちゃんの疑問に答えた。


「ワタクシは別に、機密なんてどうだっていいんですの。ぶっちゃけ、全部暴露してもいいくらいですわ」


「え? そうなの?」


「タカシ君が普通の生活を送りたいと仰ったから、喋らないようにしているだけですわ。機密を守ると言うより、タカシ君の意思を尊重してますの」


「そんなこと軽々しく口にして大丈夫なの? 国連軍から制裁とか課せられるんじゃ……」


「制裁? ………………ふっ」


 制裁と聞いて、少し噴き出すシェリー。


 含み笑いを浮かべながら、彼女は会話を続けた。


「そんなこと考えたことすらありませんでしたわ。巴さんの想像力は素晴らしいですわね」


「いや……普通真っ先に思うことじゃ……」


「どちらにしても、タカシ君が普通に暮らしたいと仰っている間は、軍事機密を守ってやりますわ。口が滑ることもありますが、出来るだけ頑張りますわ」


 国連軍という存在を、歯牙にもかけないようにシェリーが微笑む。


 その優しく笑みを浮かべる姿は、いつもの残念臭が完全に消え去っていた。


「身寄りを無くし、この世に希望なんてモノは無いと諦めきっていたワタクシに、生きる素晴らしさと平和を与えてくれたのです……タカシ君には幸せになってほしいですわ。幸せの中で笑うタカシ君を、しわくちゃになるまで隣りで見守っていたいですわ」


 頬を赤く染め、想い人について語る。


 普段見せない艶っぽいその表情に、巴ちゃんが思わず口を挟む。


「キミは普通に喋っていると、本当に印象が変わるよね。ガチで美少女じゃないか」


「軍でもよく言われましたわ。喋らなければ、シェリーは人間っぽく見えるって」


「あはは。なんだそれ。そこは喋らなければ可愛いって褒めるところじゃないのかい?」


「ワタクシとナタリーさんは、特に色々言われてきましたからね。本当にタカシ君くらいですわ。ワタクシ達をゾンビやゴリラってバカにしないのは」


「あははははは」


 銀髪のおかっぱに大きな三白眼。色素が抜け落ちたような白い肌と、スレンダーな体型が相まって、絶世の美少女と言っても過言ではない容姿。


 タカシのことを語る度、はにかむように笑う少女は、ただ綺麗だった。


 そんな彼女を前に、巴ちゃんが至極当たり前の指摘をする。


「じゃあ、タカシさんにゾンビって思われないよう、このグロ動画は削除しようよ」


「え? なんでですの? ヤですわ」


「こんなの投稿したら速攻で垢バンされるじゃないか。だからこの動画は削除しようよ」


「と、巴さんも却下しますの? ワタクシの爆笑最強動画を……」


「どういう感性をしてたら、これを見て爆笑出来るんだよ……やばすぎだろ……」


「ここの首がねじ切れるところとか、爆笑モンじゃないですか! ほら! ちゃんと見てくださいまし!! ほらっ!!」


「そんなことばっかりやってるから、ゾンビって言われるんだよ!! あーもうっ!! キミは本当に素が出ると残念になるよねぇぇぇ!! もぉぉぉぉぉ!!」



ここまでお付き合い頂きありがとうございます。


皆様に二点、ご報告がございます。


まず一つ目ですが、なんと原作4巻の制作が決定しました!

厳しい業界なので4巻は難しいんだろうなぁ……と思っていたのですが、続刊が決定して本当に驚愕しております。マジでびびりました。


そしてもう一つは、『次にくるライトノベル』と、コミックシーモア様の『電子コミック大賞』にタカシ君がノミネートされました!


数多ある賞に応募しても、ほぼ一次で落とされていたこの作品が初めてノミネートされました。感無量やでぇ……。


もしよろしければ特設サイトを見ていって下さい。コミックシーモア様では一巻が無料解放されており、電子特典も閲覧可能となっています。


一巻の電子特典はおすすめなので。


これも全て、応援して下さった皆様のおかげです。購入された方には、本当に頭が上がりません。


引き続き面白い作品になるよう、寝る間を惜しんで頑張ります。

それではまた ノシ


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― 新着の感想 ―
コミックから入り、とても面白かったので原作も一気買いしてしまいました。周りにも勧めてます。これからも楽しみにしています。四巻も楽しみに待ってます。
コミカライズから入ったけど原作も好きなのでもっと書いてください♡
まぁとんでも問題児3人に制裁なんてしようもんなら軍が壊滅するレベルのダメージを受けるだろうからなぁ。しかもそれだけのダメージを軍が受けても問題児3人は制圧出来ないだろうし。
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