100話 失った彼女のエピローグ
ここまでお読み下さりありがとうございます。
「ご、ごめんシエル……わ、私が悪かった……許してほしい……」
「あのさぁ……そこはシエルお姉ちゃんだろ。呼び捨てにしてんじゃねぇよ」
「シ、シエルお姉ちゃん……ごめん……」
「あとさぁ…………ただ謝ればいいってもんちゃうぞ。しっかり相手の目を見て、申し訳ない顔をするのが謝罪の鉄則だ。やってみろ」
「こ、こう……? ちゃんと出来てる……?」
「んー……まだまだだな。もっと精進しろ」
「いつも思うんだけどさぁ~、タカスィが絡むと着地点がおかしな所に行くよなぁ~。シェリーと和解させるつもりなのかぁ〜?」
………………な、何が起こっているのでしょう?
タカシ君にオバドラを強制解除されて、約数分。
徐々に正常な思考が戻ってくると、ワケの分からない状況になっていました。
あのアンが……さっきまでぶっ殺すと吠えていたアンが……まるで子供のように怯えているのです。
動揺する私を置いて、タカシ君とナタリーさんの会話が続いた。
「和解するかどうかは、シェリーが決めることだろ。俺はただ、コイツに謝罪させたいだけ」
「ドズってる件はどうすんだぁ? 野放しにするつもりかぁ?」
「一応、総監には報告しとくよ。X種ヒメナで牙を抜いてるし、M種マールで位置情報を捕捉できるから軍に任せちゃって大丈夫だろ。あとはノーマルタイプのゴードン総帥が懲戒喰らえば、それでおしまいだな」
「タカスィは甘ちゃんだねぇ。関わったヤツ全員、破滅するまで追い込めばいいのにぃ」
「こんなヤツらに時間を割きたくねぇんだよ。コイツがどうなろうが興味ねぇし、シェリーに謝ってくれたらそれで十分だって」
二人の会話から、どうやらアンは降伏したっぽいです。
ヒメナの特性が発動したってことは、そういうことなんでしょう。
私が思っている程、アンは脅威じゃなかったってことですか……様子見で放った、たった一度のオバドラで降伏したのですから……。
ぼんやりと思考を巡らせていると、タカシ君に頭をポンと撫でられた。
「それでもまぁ、お前が許せないって言うんだったら、話は別なんだけどな」
その声色から、優しさが消える。
「シェリーが望むなら、ナタリーの言うように徹底的に追い込むけど、どうする? コイツは勿論、コイツの両親にも地獄を見せるけど」
滅多に見せない、タカシ君の冷酷な一面。
興味が無いと言いつつも、本気で怒っていることが伝わってくる。
彼のこういう、サッパリした優しさが堪らなく好きです。心配はするけど無闇に一線を越えない、その優しさが。
私はタカシ君に微笑み返した。
「そこまでされなくても結構ですわ。これ以上、みなさんに迷惑はかけられませんし」
「別に迷惑だとは思ってないけど……」
「ただ……アンと話をさせてもらてもいいですか?」
「話? いいよ」
そう呟いたタカシ君が、一歩隣にズレる。
私は気持ちを落ち着かせて、アンと向かい合った。
やっぱり、彼女の前に立つのは恐ろしい。私のトラウマは、一生消えることは無いのでしょう。
アンはビクッと体を揺らして、視線を逸らした。
「ご、ごめん……これからは心を入れ替えることにする……もうバカなことはしない……本当にごめん……」
「え、えっと……謝らなくても結構ですわ……ここまで来ると、謝罪になんの意味も持ちませんし……」
「本当にごめん……ゆ、許して……」
「あの……もう謝罪は結構なので、一つだけ約束をしてくれませんか?」
「や、約束……?」
「え、えっとですね……」
一呼吸置いて、言葉を続けた。
「もう二度と、ワタクシの前に現れないで下さいまし。ワタクシは勿論、タカシ君の前にも、ワタクシのお友達の前にも」
「……………………」
「両親にも伝えて下さいまし。これさえ守ってくれましたら、ワタクシからは何も干渉しませんので……」
「……………………」
アンの表情が、拍子抜けしたモノへと変わっていく。
怯えるアンにとっては、渡り船だったのかもしれません。考える素振りもなく、大きく頷いてくれました。
「わ、分かったよ……もう二度と、シエルの前には現れない。約束する……」
「ありがとうございます……それではもう、お帰りになられて結構ですわ……」
「う、うん……それじゃあ消えるね……」
「ええ……さようなら……」
踵を返し、走り去っていくアン。
彼女の姿が小さくなるにつれ、なんとも言えない複雑な気分に襲われる。
忌々しい過去から決別されるような、これでもう私は、完全に天涯孤独になるというか。
本当に何一つ楽しくない一日でした。勝手に現れて、好き勝手なこと言われて、受け止めたくなかった現実を突きつけられて。
小さく溜息を吐いて、天を仰ぐ。
日本の蒸し暑い風が、我関せずといった具合に吹き抜ける。
夕陽に染まる茜空は、私の憂いを写す鏡のようだった。
────────
アンが走り去ってから、更に数分が経った頃。
凛子さんとお姉様が、息を切らしながら駆け寄ってきた。
オバドラを使ったことで失念しておりましたが、3kmほど移動していたみたいです。凛子さんが、一生懸命呼吸を整えています。
「シ、シェリーさん……はぁはぁ……なんか……凄いことになってたけど……はぁはぁ……体は大丈夫なの?」
「あ、頭ぁぁぁ!? ゴホッゴホッ!! 頭は大丈夫なのぉぉぉ!?」
咳き込むお姉様が、私を頭を撫でまわし、泣き出しそうな顔で覗き込んでくる。
相変わらず凄い人達ですね……私のオバドラを見ているのに、態度が変わるどころか心配してくれるなんて……。
さすがタカシ君の関係者というだけあります。ズレてると思う以上に、優しさで泣きそうになります。
なんとか涙を堪えて、努めて明るく笑った。
「大丈夫ですわ! タカシ君がユンファで残機を分けてくれましたので、ワタクシ自身の負担はあまり──」
「ユンファ……残機……何よそれ?」
「もしかして、この前言ってたフィルムが関係しているの?」
「え、えっと……すみません……失言でしたわ……忘れて下さいまし……」
テヘヘと笑いながら、話を逸らそうと視線を逸らす。
遅れて到着した巴さんに、思いっきり肩を掴まれた。
「ぜぇぜぇ……わ、忘れ……られない……ゲッホゲッホ!! お、教えて……ぜぇぜぇ……くれな……ゴッホゴッホ!!」
「と、巴さん……大丈夫ですの……? 顔色が悪すぎですが……」
「ボク……ぜぇぜぇ……運動は得意じゃなくて……ゴホッゴホッ!! こ、こんなに走ったのは久しぶりで……ぜぇぜぇ……それより固……有戦闘なんちゃらとか……ユンファっていうのを……ゲフンゲフン!!」
「巴さんも相変わらずですわね……ほら、息を整えて下さいまし」
巴さんも巴さんで、やっぱりどこかおかしい。
でも、このおかしさに救われる。
少しだけ憂鬱な気持ちが晴れていくように感じました。
────────
全てが終わり、私達も軍事演習場をあとにしようとした頃。
最後尾を歩く私に、タカシ君が近付いてきた。
隣を歩きながら、まるで独り言のように呟く。
「辛いよな」
「え?」
「いくらクソだっつっても、家族との縁が切れるのは辛いよな」
「え、え……? えっと……」
「失い続けたから、これ以上、失うのは辛いよな。例えそれが、どんな形のモノであっても」
「……………………」
心臓を強く叩かれたような感覚に陥る。
図星を貫かれたような、衝撃が走り抜ける。
母が亡くなった時から、ずっと割り切れなかった心のしこり。
天涯孤独になることを恐れ、未練がましく引きずっていた私の想いを、完全に見抜かれてしまっていた。
唇を噛み締めると、タカシ君に頭を撫でられた。
「だから、今日から俺がお前のお母さんになるよ」
「………………え?」
「父親が恋しい時はお父さんになるし、妹と遊びたかったら妹になる。勿論、姉でもいいし、兄や弟でもいい」
「……………………」
「俺がずっと傍に居るから。例えどんなことがあっても、何が起ころうとも」
「……………………」
どこか照れ臭そうに、はにかむタカシ君。
そんな私達の会話に、ナタリーさんも混ざってきた。
「じゃあアタシはお姉ちゃんポジなぁ〜。シェリーの残念な失敗は、お姉ちゃんが尻拭いしなきゃいけないからねぇ〜」
「ちょっとナタリーちゃん! そこはお姉ちゃんの席だよ! シェリーちゃんはお姉ちゃんの妹なんだからね!」
お姉様が私に抱きついてくる。
視界がどんどん、滲んでいく。
「シェリーさんの残念っぷりは、姉の一人や二人じゃ足りないでしょ。私もシェリーさんのお姉ちゃんになるわ」
「ふっふーん! ボクもシェリーさんのお姉ちゃんになるよ! ボクの方が、胸がおっきいからね!」
ツッコミどころ満載な凛子さんと巴さんも混ざってくる。
『そこまで残念じゃねぇですわ!』とか、『AとAAはそこまで変わらねぇですわ!』とツッコミたいのに、言葉が出てこない。
大粒の涙が溢れ始める。
拭っても拭っても、止まってくれない。
まさか今日という一日が、こういう着地点に行き着くとは思いませんでした。失い続けた私の人生に、失えないモノが与えられるとは考えてもいませんでした。
溢れ出る感情が、頬を伝って流れ落ちる。
声にならない嗚咽も漏れ始める。
まるで子供のようにすすり泣く私を見て、タカシ君が笑みを浮かべながら、大きく背伸びした。
「それじゃあ、家族みんなで美味しいモノでも食べに行こっか。シェリー、何が食べたい?」
八章完結となります。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。また、沢山の温かい応援を下さり感謝申し上げます。
ご祝儀ポイントやご祝儀ブックマークもありがとうございます。本当に読者の皆様が温かくて、私は五大陸一の幸せ者だと再確認しました。
百話まで執筆出来たのは、皆様のおかげでございます。感謝の言葉もございません。
今後も本作を楽しんで頂けるよう、頑張っていきたいと思います。宜しくお願いします。
最後にちょろっと宣伝をさせて下さい。
明日、原作三巻が発売されます!
千草みのり先生の挿絵や、敏腕編集者様の手腕で、素晴らしい出来栄えに仕上がっておりますので、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、百話という長丁場、お付き合い頂きありがとうございました。
また、ブックマーク、感想、評価、原作の購入についてもありがとうございます。涙がちょちょぎれて止まりません。
今後は番外編を少し交えながら、最終部を少しずつ投稿出来ればなと考えております。ある程度纏まりましたら投稿しますので、その際は宜しくお願いします。
それではまた。(^o^)ノシ








