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98話


 私をイジメ抜いた悪魔が、取り乱している。


 あのアンが……あの残酷で冷静沈着なアンが……見たことがないくらい取り乱している……。


 姉の私を指さしながら、鬼のような形相でタカシ君に詰め寄っていた。


「じゃあ何!? 私のどこがシエルに負けているって言うの!? 胸すら無いチビのシエルに、私のどこが負けているのか言ってみなさいよ!!」


「あー? お前も巨乳派かぁ? やだやだ! 『おっぱいはデカい方がいい』って偏見を持ってるヤツは、思慮が浅くて本当にイヤ!」


「き、巨乳派? な、何を言っているの四分咲タカシ……私は別に、胸の話をしたいワケじゃ……」


「あのな、おっぱいにおっきいちっちゃいは関係ねぇから! 胸の大きさで女の子の魅力は変わらねぇし! つーか俺は、ちっちゃいおっぱいも、おっきいおっぱいも等しく愛してんだよ!! ガチ勢舐めんなクラァ!!」


「だ、だから私はっ……胸の話を広げるつもりはないっ……」


 怒りながらも、少したじろぐアン。 


 す、凄いですね本当に……あのアンを前にしても、いつものスタンスを貫き通しています……。


 色々と取り乱していて忘れていましたが、タカシ君はああ見えて、常識人の皮を被った頭のおかしい男の子。


 まともな感性がぶっ壊れているのに、何故誘惑されると思い込んでいたのでしょう……ちょっと動揺しすぎちゃいました……。


 そんなことをボンヤリ考えていると、ナタリーさんも会話に混ざっていった。


「あのさぁ、マウント取ってないで、少しはシェリーに感謝しれやぁ。シェリーは、お前の代わりに戦地へ向かったんだからさぁ」


「はぁ? なんでシエル如きに感謝しなくちゃならないの? 下らないこと言わないでくれる?」


「すげぇわぁ。出兵にビビって逃げ出したヤツの発言とは思えねぇわぁ。痛すぎて笑えるぅ〜」


「………………あ? どういう意味?」


「言葉通りだってぇ〜。何一つ現実を理解していないのに、イキってる姿が滑稽だって言ってんのぉ〜。お前がシェリーの上位互換? 寝言は寝て言えやボケぇ」


「…………………………」


 ナタリーさんの安い挑発に引っ掛かるアン。こめかみに、はっきりと青筋が立っているのが分かる。


 これ以上、怒らせない方がいいんじゃ……アンは特殊生体兵になっていますし……。


 一人おどおどしていると、底冷えするような声が響いた。


「容姿や学力を持ち出しても煙に巻かれそうだから、低レベルな貴方の思考に合わせて反論してあげるね。感謝して」


「あ〜?」


「シエルは十一種で、私は十四種混合。三年で十一種しか混合出来なかったシエルとは、比べものにならないほど戦闘能力に差があるの。数値として差が出ている以上、私の方が上位互換でしょ?」


「それ、本気で言ってんのかぁ? 適合率だけで語れるモンじゃねぇだろぉ」


「混合数が戦闘能力に直結するって、軍事機密を見た上で言ってるの。何も知らないと思っているの? バカなの? 死ぬの?」


「お前が言ってるのは、『ただの女子高生が完全武装しただけで、どんな戦場でも生き残れる』って言っているようなモンなんだぞぉ。恥の上塗りすんなってぇ」


「そこまで言うのなら、その体に教えてあげようか? 貴方、混合数は六とか七でしょ? その綺麗な顔、グチャグチャにしてあげる」


「ほぉ〜ん……いいじゃんいいじゃん。わっかりやすいじゃん」


 ナタリーさんから、馴染み深いプレッシャーが放たれる。


 かなりガチで喧嘩をする時に放たれる、ナタリーさんの強烈な圧。


 終戦してから二度目じゃないでしょうか。ここまでの圧を放つのは。


 完全に置いてけぼりを食らっていると、タカシ君が止めに入った。


「勝手に始めようとするなナタリー。あとお前も、ナタリーに喧嘩売るな」


「また私? たかが六程度の混合数でイキっている、この女が悪いんでしょ? ぶっ殺してやるからかかってきなさいって」


「マジか……すげぇな……」


 タカシ君の呆れ顔が、どんどん可哀想なモノを見るような表情へと変わっていく。


 いや……これはもう可哀想っていうより、無知を憐れむ顔だ。世間知らずの視野が狭い少女を、ただただ憐れむ顔。


 まるで聞き分けのない子供を諭すように、唐突に語り始めた。


「リーファ最強種に宇宙空間へ転送されて、待ち構えていたデネブ最強種と戦った『デネブ撤退戦』っていうのがあったんだけど……この戦闘で、当時の生体兵の九割が死んだんだよね。宇宙空間に適応出来る生体兵以外、みんな即死したから」


「え?」


「あと、アリア最強種っていうクソデカい巨人が、水平線を埋め尽くすくらい現れた『湾岸海峡防衛戦』ってのがあるんだけど、たった一体のアリア最強種に国連軍は壊滅させられていたから、バカみたいな数のアリア最強種が現れて、みんな死を覚悟したんだ」


「湾岸海峡防衛戦? なにそれ? その話が一体なんだって言うの?」


「だからぁ……」


 どこか困った様子で、彼は言葉を紡いだ。


「そんなワケの分からない戦場を生き抜いたナタリーに、ぶっ殺すとか言っちゃダメだって。国連軍の中でも、群を抜いて名の知れた兵士なんだぞ?」


「あのさ、私の方が混合数は上なんだよ? 私の方が強いに決まってるじゃん」


「じゃあ俺はどうなるんだよ。こちとら全種混合しているのに、白兵戦じゃ全く勝てる気しないんだぞ。十四くらいで調子に乗るなって」


「…………………………」


「納得出来ないって顔してるね……」


 小さく溜息を吐いて、天を仰ぐ。


 あの感じ……面倒くせぇって思ってますね……あの呆れた顔、私が迷惑をかけた時に、軍で散々見ました。


「何度も言うけど、シェリーはお前に負けていないし、お前はシェリーの代わりにはなれない。だから、そろそろごめんなさいして帰ってくれないかな? シェリーに頭を下げてくれたら、俺はそれでいいから」


「な、なんでそんなことを言うの……私を拒絶するっていうの……?」


「拒絶っていうか……普通のことしか言ってないやん……俺……」


「改造までやったんだよ……あなたの為に……なんでシエルを選ぶの……?」


「求めてないし……つーか、同じ釜の飯を食ってきた戦友と同列になれるワケねぇだろ。マジで何言ってんだお前……」


「こんなのおかしい……ありえない……絶対におかしい……」


 立ち眩みのように、アンがフラフラと体を揺らす。


 相当ショックだったのか顔色も相当悪い。目が血走っている。


「私が初めて好きになった男性なのに……初めて一緒に居たいって思えた男性なのに……負けたの? 私が? シエルに?」


 なんていうか……アンから殺気のようなものが漏れ始めています。ドス黒い、負の感情といいますか。


 それを裏付けるように、彼女はタカシ君を睨みつけた。


「撤回して。今の発言、全て撤回して」


「え?」


「そして今すぐ私を抱き締めて。私以外の女を捨てて、世界で一番愛していると言って」


「こっわ……目がガンギマリやん……」


「拒否は許さないから。断った瞬間、シエルをぶっ殺すし、そこの金髪もぶっ殺す。勿論、後ろの女達もぶっ殺す。友人を肉片に変えたくなかったら、私の言うことを聞いて」


「は?」


 アンの言葉にタカシ君の顔色が変わる。


「仮にも生体兵が、そんなことを言っていいと思ってんの? 冗談にしちゃ笑えないけど」


「冗談に見える? 証拠見せようか?」


「マジで終わってんなお前……そんな脅しで、俺が心変わりするとでも思ってんの?」


「するでしょ。貴方、甘いから」


「どういう人生を歩んだら、お前みたいなヤツが出来上がるんだよ。歪みすぎだわ」


 恐れていたことが現実になる。


 思い通りにいかない状況に、アンが遂に暴走を始めた。


 彼女の物騒な言葉に、息を吞む音が聞こえる。巴さんの「え? ボク、ぶっ殺されるの?」という戸惑いが聞こえる。


「腐ってもシェリーの家族だから、話し合いで穏便に済ませようと思ったのに…………」


「穏便に済ませたいなら今すぐ私を抱き締めてよ!! 早く!!」


「話通じないし、もうナタリーを解き放つわ。ナタリー遊んでやって」


「しゃあっ!! やっとアタシの出番じゃあ!! さぁファイティングすっぞ!! すっぞ!!」


 嬉しそうに、高速でシャドーボクシングを始めるナタリーさん。


 ずっとフラストレーションが溜まっていたからか、ウッキウキでヤル気まんまんになっていた。


 



 私は何をやっているんでしょう。


 タカシ君の陰に隠れて、一体何をやっているんでしょう。


 戦友やお姉様達をぶっ殺すと言われたのに……私は何故、タカシ君の陰に隠れているのでしょう……。


 今日はずっと、みなさんに迷惑をかけっぱなしです。


 私の問題に、みなさんを巻き込んでしまっています。


 私の為に動いてくれた人達を危険に晒してしまっているのに、なぜ私は立ち竦んでいるのでしょうか……。


 このままではまた失ってしまう。


 ここで動かなかったら、また元に戻ってしまう。全てを失った、あの頃のように。


 今、勇気を出さなければ




 私はもう、六花さんに顔向け出来ない。




 気が付いたらナタリーさんを突き飛ばし、アンを思いっきり指差していた。


「ご、ごちゃごちゃうっせぇですわ!! ワタクシが相手になってやりますから、かかってきて下さいまし!!」


「……………………あ? 何? かかって来いって言った? シエルが? 私に?」


「ぶ、ぶ、ぶ、ぶっ殺すって言いましたわよね!? そ、そのやっすい喧嘩、ワタクシが買ってやりますわ!! ワタクシの大切な人達に手を出すんじゃねぇですわぁぁぁぁ!!」


「図に乗ってるね……いいよ……シエルからぶっ殺してやる……」


 過去にないレベルの殺気を向けられ、思わず体がすくんでしまう。


 怖い。


 虐げられた記憶がフラッシュバックしてくる。


 恐ろしい。


 でもそれ以上に、もうタカシ君とナタリーさんに無様な姿を晒したくない。


 これ以上、情けない姿は晒せない。


「トラウマは大丈夫なのか? シェリー」


 震えが止まらない私を見て、心配そうに覗き込むタカシ君。


 なんとか勇気を振り絞って、親指を突き立てた。


「こ、これ以上、身内の恥は晒せませんの!! アイスランド家の恥晒しは、ワタクシの手で粛清しますわ!!」


「無理しなくてもいいのに……なんならナタリーはヤリたがってたぞ?」


「ナタリーさんにはあげませんわ!! アンはワタクシの獲物ですわ!!」


「…………ははは。さすが俺のシェリー。いつもの調子が戻ってきたじゃん」


 私の想いを汲み取ってくれたのか、タカシ君が微笑みを向ける。


 そしてアンに視線を移し、煽るように言い放った。




「お前がシェリーに勝ったら、お前の望み通り身も心も捧げてやるよ。でもシェリーが勝ったら、一生善人として生きろよ? 誰にも迷惑をかけずに、特性を封印して生涯を全うしろ。俺との約束(・・)な」


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 やれ!コロったれ!
突き飛ばされた後に反応ないナタリー怖いな
こう言うのって戦闘場面の引き伸ばしとか無い方が嬉しいかなぁ
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