態度のデカい異端者。最胸VS最強
しょーもない理由によるアクションバトル、でも本気
全てにおける最強は存在しない。
凪巴の武道の先生でもある、祖父の教えだ。
何かしらの最強であっても、方向の違う強さには負けてしまう。
祖父に例えるなら、武において比類なき強さを持っていても、惚れた祖母には武を使えずに敗れるし、走りの得意な者と運動会のルール上で競っては敗れるといった具合である。
だが、運動会のルールのように、ある範囲に定められた中でなら最強であり続けることは可能だ。
中学生、それも近隣を含めた七府県内という枠組みにおいて、凪巴は最強だった。
最近では、最強の変態という、ちょっと不名誉な感じになっていたが──。
しかし、それも小学生の頃、後先考えずに純粋な暴力で対抗して面倒なことになった経験から、仕方なく趣味と実益を考えてあんなことやこんなことで相手の意志を揉み砕いていたからである。
愉しめることは愉しめるが、実に面倒な話だった。
凪巴は、一介のスポーツに勤しむ少女だ。
それがちょっとおせっかいを焼いていじめっ子から助けた可愛い女の子が、少々有名な家柄の子だったために話に尾ひれが加わって拡がったのが運の尽き。
あちこちの自称最強や、レディースのトップやらが凪巴の意図しない所で噂になった生意気な少女像を倒しにやって来る始末。
結構な頻度で多対一を迫られ、負けん気を感情任せに発揮したせいもあるだろう。
気付けば襲名する気もない、迫力や意気込みは感じる頭の悪そうな二つ名が増え、それを求めてまた『よくもまあこれだけいるものだ』と苦笑いを隠せないくらいどこぞの誰それがやって来る悪循環。
(私の青春時代、ヤンキールートまっしぐらではないか?)
だが、そんな平日休日関係なしに相手の都合だけで挑まれることよりも何よりも、凪巴を辟易とさせていたこと。それは──
(こんなに人がいて、誰も私の持つ最強を砕けないのか)
──つまらない。
家以外で過ごす日常が、酷く色褪せて見えた。
全国に出れば、恐らく違ってくるだろう。
ただ、凪巴が欲しいのは遠くの宿敵ではなく、近場の親友だった。
凪巴という最強をまるで感じさせない、そんな凪巴という小さな枠組みの外にある存在。
己の世界を拡げてくれるような友との出逢いを、凪巴は心底欲していた。
学年が変わった春。
クラスが変わっても、凪巴にしてみれば何の風変わりも見えない教室。
担任の教師が編入生を紹介すると告げても、それは変わらなかった。
そこに、僅かに光が差し込む。
教師に呼ばれた少女が教室に入った途端、凪巴は目を疑った。
「如月香澄です。よろしく」
本人の美貌もさることながら、凪巴は勿論、教室中の男女の目線を釘付けにして止まない圧倒的なボリューム。
皆の視線が集まる中、凪巴は颯爽と席を立ち、香澄の前に立った。
「ど、どうした大王?」
担任の教師が、半ばこの後を予想しながら声を掛ける。
「私は大王凪巴だ。編入したばかりでは慣れないこともあるだろう。何でも遠慮なく頼るといい」
その担任の問いには応えず、至ってまともな言葉の羅列を述べる凪巴が握手を求める。
「ありがとう。優しいのね」
「無論だ」
香澄が握手に応じる。
そこで終わっていれば、生徒が自主的に編入生の案内その他を買って出たことを、担任も堂々と職員室で美談に出来たのだが──。
握手をしていない方の凪巴の手が、何の躊躇いも無くそれこそ自然の摂理とばかりに、サッと下から標的を掴みに襲いかかった。
やっぱりと、周りが思ったのも束の間。
ドテンと、気付けば凪巴は教室の床に仰向けに倒されていた。
「な──」
投げられた。
認識が追いつくと同時、即座に足払い気味に回転しながら立ち上がった凪巴は、それもスッとかわして何事もなかったかのように微笑む香澄に向かい、武の技術も取り入れて手を伸ばす。
素人目には達人の域の攻防が、時に鋭い風切り音を放ちながら一分近く繰り返された。
円運動を軸に途切れることなく暴風の如く荒れ狂う凪巴と、ヒットアンドアウェイを防御用にしたような捌くそしてかわすを繰り返し、暴風の只中にありながら舞踊の如く静謐を刻む香澄。
拳から肘の流れのまま体勢を下げ、遠心力で舞う長髪が夜の帳の如く相手の視界を惑わしながら下払いの回し蹴り、更に体勢を上げる勢いをつけて相手の方へ跳びつつ斜め軸の空中縦回転蹴りという、触る前に仕留めにいった四連撃をかわされた凪巴が一歩多く距離を離して訪れた休息の間に、ごくりと、周囲の者たちが唾を飲み込む。
かつて、女性同士、胸を揉むか揉まれるかというしょーもない理由で、これ程見応えのある攻防があっただろうか──。いや、ない。
何かしら真っ当な武芸の嗜みがある者でも、禁じ手として除外され易い肘や、死角となる頭上から繰り出される蹴りへの対応は難しい。
特に空中縦回転蹴りなど、多くの場合、サッカーやセパタクローに馴染みがなければ可能性として考えもしないだろう。
肩で息を繰り返して明らかに疲弊している凪巴と、呼吸も乱さずに澄ました表情で微笑む香澄。
普通に考えれば、有利なのは凪巴である。
別に相手を倒す必要はなく、ただ胸に触って一揉みすれば、凪巴の気は満たせなくとも勝利条件は満たせるのだから。
しかも香澄の胸のボリュームは、前にも下にも本人の肘辺りまである。
普通に考えれば、防ぐには非常に困難と言わざるを得ない。
つまり異常なのだ。
スピード、テクニック、パワー、フレキシビリティ、フォーカストゥ。
そのどれもが、凪巴を軽く上回っている。
凪巴の攻撃をただ捌いてかわすだけなら、まだ理解出来る。
いくら七府県内における同年代最強の凪巴といえど、自分に次ぐ強者と比べて桁が違うなんて自惚れは持っていない。
中には、力技や技術、勘に経験を駆使して凪巴の攻撃をなんとか防げる者もいるだろう。
比べて、香澄は凪巴の攻撃を力に頼ることも、苦心することも、運に助けられることも、危な気もなく楽に防ぎ切った。
まるで、触れて捌く選択肢を選べる攻撃があって楽ねとでも言わんばかりに──。
信じられなかった。
手を出してこうして対峙していても、肌で強さというものを感じない少女。
子どもから大人まで幅広い相手と鍛練した武道や、同年代から少し上までの相手とのマジバトルで磨かれた凪巴の経験則が、香澄の胸を簡単に揉めるという判断を下す。
それなのに実際は手も足も出ない異常さ。
戦慄した。
人外とも思っていた祖父を超えていると、凪巴は感じた。
祖父と香澄の強さには、通じるものがある。
普段は歳相応に威厳があるだけの祖父。
しかし、いざ組み手となれば、その気迫は虎でも臆するのではないかという程に凄まじい。
本当に強いものは隠すのも上手いとよく言われるが、そうではないと凪巴は思っている。
本当に強いものは、そもそも本気を出す必要がないのだ。
だから、普段から強さを露見させる必要もない。
一方、弱いものは格好や見栄えから強い自分を作りたがる。
それは本当は自分が強くないことを知っているからであり、もっと強くなりたい欲求が色濃いということでもある。
祖父であれば、普段はその強さ故に自然体で、組み手となればより強い自分を求めて気迫を込めるといった具合だ。
では、香澄はどうだろうか?
普段は暴力的な強さをこれっぽっちも感じない外見や雰囲気。
凪巴と対峙しても、まるで習い事を始めたばかりの子どもを見守るような態度。
対決の場にあって、香澄は祖父とは逆に自分の力を努めて引き出さないようにしている。
否、それすらも凪巴の側から見た事象に過ぎないのだろう。
先程凪巴は、本当に強いものは、そもそも本気を出す必要がないと論じたが、それにはもう一つの意味があった。
弱いものでは、強いものの姿を精確に捉えられない。
凪巴にとっては祖父が把握出来る最上であり、そこまでの強さや、そこに至るに似た道筋であれば概ね見当がつく。
残念ながら、そこから下された香澄の強さは全く的外れで、輪郭を掴んでいた筈が髪の毛一本掴めなかった。
故に、嫌でも理解せざるを得ない。
大王凪巴と如月香澄の間には、真実、素人と達人程の差があると。
「ふふ、はは、アハハハハ」
突然、額に片手を当て声を上げて愉快そうに笑い出した凪巴。
周囲が、壊れたかと疑う程に笑い続ける。
実際、凪巴は砕かれていた。
砕かれると露ほども予想しなかった相手には、初めて砕かれた。
それも、これ以上ないくらい見事に。
(この大王凪巴が、代補佐が素人に成り下がるとは……)
代補佐とは、凪巴の習う武道の役職の一つで、一番低い位の指南役である。
心技体の何かが足りずに、実力だけを取れば師範代クラスという場合も多い。
上から順に、総代、師範、老師、師範代、代補佐で位分けされる指南役。
代補佐は立場としては師範代見習いといった感じだが、それでも一級品の実力者であることに変わりはない。
中学生だろうと女だろうと、代補佐は代補佐。
総代や師範の位にあっても、身体が弱るなどの理由で資格なしと判断されれば、老師という位で劣る名誉職へと回される厳しい世界。
その中で、他のスポーツに手を出しながらこの齢で代補佐まで至った。
正しく、凪巴は非凡である。
その凪巴の日常に色が戻り、笑いも止まった。
「なあ香澄。いきなりだが、バスケットに興味はないか?」
望外の出逢い。
「そうね。バスケットに興味はないけど、基礎技術は一通り学んだこともあるしルールくらいは知ってるわ」
この日、ワンマンチームにプレイヤーとして超プロ級の参謀が加わる。
人を誘っておきながら、正確に言えば、この時点の凪巴にはバスケットに確固とした思い入れもなく、今後も長いこと続けるかは本人にも分からなかった。
しかし、体育の百メートル走で足の速さを見込まれ、日本一を目指さないかと陸上部に誘われた際──
「確かに凪巴なら走りで日本一を狙えるでしょう。ただし、凪巴のパフォーマンスじゃせいぜい日本人女性初の十一秒切りが限界よ。それじゃ、アジア一にもなれはしないわ。その点、バスケットなら世界一を狙えるだけの素質がある。いいえ、私と一緒なら必ず世界の玉座に辿り着くわ。どうするの凪巴? あなたは、日本一の女で満足出来るかしら?」
静かに割って入った香澄の放ったこの言葉が、凪巴の今後を左右する確固とした思い入れとなる。
こうして、女子バスケット界では無名の中学が、県内ベスト4をもぎ取るダークホースとなった。
「さて、逃がした魚の大きさはどれくらいかな」
今日の決勝の相手は『走れ!!』というスローガンを掲げている私立俊英東学園高等学校。
凪巴が推薦試験を受けたものの、合格を目前にして技術外の理由で落ちた高校である。
(走れ!! か……。なるほど、私には縁がない筈だ)
香澄が凪巴の抱えていた問題を凪巴にとって多少不本意な形とは言え片付けてくれたので、香澄と出逢ってからの凪巴は、多少の名残は時折付き纏うものの、ヤンキールートから外れていた。
「試合映像見た感じじゃ、凪巴にとってはそうでもないんじゃないの?」
初夢が凪巴目線で答える。
俊英東の戦術は、選手個人個人に合わせた多彩な攻撃である。
単に、チームオフェンスのパターンが多いということではない。
特徴は、PGの多さ。
最低でも五名のPGを入れて、コンビプレイを軸としたオフェンスや個々のPGに沿ったチェンジングディフェンスを展開する。
点取り屋にとっては、普通のチームに比べてより自分を中心に展開してくれるありがたい戦術だ。
だが、逆に考えれば、自分を上手く演出出来るPGがいなければ宝の持ち腐れになりかねない。
そして、今までの映像を見た感じではPGならともかく、Fとしての凪巴とコンビを組んで切磋琢磨出来そうな選手は見当たらなかった。
その上、凪巴が気にしそうな巨乳の娘も一人しかいなかった。
「ふむ、やはり真那花と逢って水無学に入ったことは僥倖だったか。ふふ」
水無学には戦術眼に優れた麗胡や、クイックネスの抜群な真那花がいる。
その上、凪巴の食指を揺さぶるDを超える巨峰が五つ。
「あわわわわ。真那花ちゃん真那花ちゃん。テテレビ局が来てるよ」
「あ~ホントだ。でもま、ローカルだし選手でインタビュー受けるとしたらキャプテンの麗胡先輩くらいだろ。試合映像撮られるのはいつものことじゃんリンリン。リラックスリラックス♪」
AやCの一年生二人は、眼を怪しく光らせる変態の側でも普段と変わらないが──。
「……」
EやHの一年生二人は、そそくさと凪巴と距離を取る。
香澄が居れば防波堤に出来るのだが、今はコーチ陣に加わって話をしている所だった。
「おや、あれは──」
遠目に凪巴の食指を揺さぶりそうな女性が目に留まった。
「俊英東のヘッドコーチだね。頼むから揉まないでね凪巴ちゃん。絶対に」
千尋が厳重に釘を刺す。
「心配は無用です千尋先輩。あんな偽物は一度で十分」
「え」
サッと千尋の顔から血の気が引いた。
「そういや凪ぃが俊英東の推薦テスト失格になったのって、あの人の胸揉んだ後だったな。にしても偽物だったのか」
そんな千尋を見かねて、すぐさま助け舟を出す真那花。
「うむ。豊胸手術ならまだしも、虚乳は私の求める美ではない。三つも割り増しなどせず、素直に本当の自分を晒せばいいものを。私の守備範囲でなくとも惹かれる者はいるだろうに」
「ぷぷ、三つですか。それは涙ぐましい努力ですね」
優姫が黒い笑顔で同情する。
彩華の呼び掛けで応援兼スカウティングに来ていた翠たちと話していた三年生メンバーも集まり、いよいよ県大会決勝戦が始まる。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・




