急転直下!? フルえる世界 試合開始
4万文字超えてやっと持ち前の本領発揮する主人公ぇ・・・
私立水無神楽坂学園 スターティング5
4番 斎乃宮麗胡 3年 身長165(①~③)
5番 彩瀬四季 3年 身長169(①~⑤)
6番 轟静 3年 身長177(④~⑤)
8番 百乃千尋 2年 身長172(③~⑤)
11番 泉奏 2年 身長167(①~③)
アベレージ 身長170.0
県立悠院咲高校 スターティング5
4番 青山翠 3年 身長168(SG)
5番 望月照 3年 身長162(PG)
6番 大谷翔子 2年 身長181(C)
7番 神田陸 3年 身長169(SF)
8番 内藤きらら 3年 身長173(PF)
アベレージ 身長170.6
「いい試合をしましょう」
「ええ──」
試合前にセンターサークル付近で握手を交わす選手たち。
翠の挨拶に、キャプテンの麗胡が冷静に応じる。
「そして、勝つのは私たちです」
宣戦布告とも言える麗胡の発言。
事情を知らない悠院咲の選手たちは、それを額面通りに受け止め、尊大とも思える態度で流す。
県内四強。
その一つである水無学は、それでも四校の中で唯一、全国出場経験がない。
一昨年こそ優勝争いに加わったが、去年はそれもなかった。
水無学の近年の実績や客観的に見た選手の実力が、悠院咲や俊英東ではないもう一つの四強と同等以上であるが故に、四強の一つに数えられているに過ぎない。
唯一無冠の四強の一柱。
それを裏付けるように、県内ベスト5は水無学一名に対し、悠院咲と俊英東は二名ずつ。
尤も、悠院咲、俊英東とも二人目は新人戦からの認定なので、先輩のいる頃からベスト5だった麗胡や翠にもう一人のように有名ではないが。
だから、今年の悠院咲や俊英東は、水無学を強敵と認めながらも下に見ている。
よろしくないのは、何も下に見られるだけではない。
こちらも相手を少なからず上に感じてしまう点は士気に係わるし、試合中の精神的疲労も大きくなる。
今後の水無学のためにも、四強の頂点に立ったという拠り所は欲しい。
当然、三年でもある麗胡や四季、静にとっては高校生活最後の夏でもある。
負けられない──と同時に、勝ってもいけない戦いが始まった。
緊迫した雰囲気の漂う水無学サイド。
悠院咲の多くの者は相手が自分たちだからと思ったが、翠だけは異変を感じ取っていた。
昔から真剣な試合でも、努めて飄々としていた元チームメイト。
試合中でも構わず鳴る軽快な口笛の響きが、今日は何故か足早に鋭く鳴っている。
(四季に限って、あの日だから機嫌が悪い訳じゃないだろうし)
そもそも四季のARとしての土台を作った要因は、女性特有の月の症状が特に軽かったからだった。
日によっては調子を崩すメンバーに代わり、何でもそれなりにこなす四季が空いたポジションを埋める。
そういった役割が、中学時の四季のバスケットだった。
ただ、何でもそれなりに出来たものの、どのポジションに行っても相手より少々分の悪い四季。
いつしか、負けじと力の入り過ぎる自分を抑える術を身につけるようになった。
その術の一つの結果である口笛に、常と違う感情の音色を翠は感じ取ったのだった。
ただ、それが何かしら強い緊張を強いるものではというだけで、それ以上を翠が分かる筈もない。
片や県内最強の司令塔、盾のPG。
片や県内最強のシューター、矛のSG。
互いが一歩も譲らないまま、一進一退の攻防が続く。
翠が生粋のシューターだったなら、そこに繋がる道を麗胡が読んで幾分楽だったに違いない。
だが、翠の強さは、シューターでありながらスリーに拘らない所にある。
寧ろ、スリーを餌にしたツーポイントシュートが得点源なのだ。
かと思えば、スリーも当然のように決めてくる。
そんな翠に苦戦しつつも、試合は前半の終わりに近付く。
ここまで着かず離れずの点差を維持し、三点リードされて迎えた最後の攻撃チャンス。
水無学は静、千尋、奏の三名のスクリーンを利用してトップへと上がった四季が麗胡からパスを貰いステップバックシュート。
これを見事に決め、三点を追加した。
三十二対三十二。
「勝てますね」
翔子は点数では五分の現状で、やりましたねと先輩たちに向けて勝利の微笑を浮かべた。
「このまま狙い通りに行ってくれたらだけどね」
翔子に返したのはPGの照。
水無学のタイムシェアによる戦術は、確かに全員がほぼ全力で動けるメリットがある。
しかし、個々人の実力の差は、そう簡単には埋まらない。
水無学の二つのスターティング5の内、三年生の入らない方はどうしても落ちる。
だから、悠院咲は水無学が三年生を分けるか、もしくは前半後半という大雑把な括りではなくピリオド毎に選手を少しずつ入れ替え、全体を通して実力を均等化すると考えていた。
それが今回も今まで通り、十四番の羽衣を要所で交代するだけで、三年生を分配することもなく単に二つに分けただけだった。
悠院咲にとっては、都合のいい展開となっている。
後半戦、水無学が殆ど一年生になれば、悠院咲の実力を持ってすればどうとでも料理出来る。
「何辛気臭い顔してるのよ」
誰もが悠院咲の勝利をほぼ確信している中、一人怪訝そうな顔つきをしている翠に、陸が気になって問い掛けた。
「ううん。ちょっとね。個人的に気になってることがあるだけ」
「何よ。言ってみなさいよ」
翠の気になることなら放って置くのも怖いので、陸は先を促す。
「うーん、今までの試合見てても思ってたんだけど。ほら、向こうの九番」
「? 九番がどうかした?」
予想外の指摘に、翠の視線を追ってウォーミングアップ中の水無学後半メンバーを見る。
「私なら十番を九番にして、九番を十番かもっと後にするのにって思ってさ」
「あ~、確かに。クイックネスの凄い点取り屋だけど、ちっちゃいからねぇ。七番みたくジャンプ力が凄い訳でもないし。ディフェンスも頑張るいい選手だけど、だからって大きく影響するレベルでもないし」
相手がPFやCなら別だろうが、持ち前のクイックネスでスティールを狙おうにも、相手のボール捌きも上手ければ結果は微々たるものである。
「でしょ。それに、あの十番は去年の中学県ベスト5に入ってる。でも九番にはこれといった噂も実績もない」
この大会を見た限り、去年の中学県ベスト5のメンバーは四強にそれぞれ一人ずつ入っている。
もう一人は、見当たらない上に人付き合いに難があったのか入学先の情報もなく所在不明である。
「気にし過ぎじゃないの? 単に戦術の理解度とかって線も、それを売りにしてる水無学ならありそうだし。現に、四番のいない状況ではほぼ司令塔になってるでしょ?」
麗胡と比べれば拙いが、それでも身体能力のずば抜けた凪巴を腐らせずに活かせている点は素直に評価出来ると思いながら、陸は同意を求めた。
「ん~、だと私も思うんだけど。なんかね、十番や他のメンバーの態度がさ、こう、九番がその番号を貰って当たり前みたいな感じがしてさ。戦術の理解度だけで実力が追いついてなかったら、もっとこう、ギクシャクってほどじゃないけどピリッとしたものがあると思うんだよね」
「そうは言うけど、実際、九番のスキルは十番に劣ってる訳じゃないしおかしくはないんじゃない? ただ、十番が身体能力高い上にインもアウトもこなすから相対的に見劣りするだけで。あの十番を上手くアシスト出来る点は正直凄いと思うよ」
翠に上手く伝わっていなかった点を補足しながら、再度意見を述べる。
もしも陸が教える側に回るとしたら、秀でた身体能力で誤魔化しの利く十番よりも、技術を磨いて視野を広く持った九番を手本にさせるだろう。
翠はアシストも上手いので、そういう部分の評価基準が無意識にデフォルトで高い。
となると、アシストの上手い他は多少秀でている程度の選手は、実際より過小評価されてしまう。
「ん、そう……だね。ごめんごめん。ちょっとナーヴァスになってたみたい」
それ故に生じた矛盾という結果に、陸は胸を撫で下ろした。
ここで翠が気にするような何かがあっては、もしもがあり得ないとも限らない。
「頼むよ点取り屋。後半も期待してるからね」
私立水無神楽坂学園 後半スターティング5
7番 空雅恵理衣 2年 身長159(②~④)
9番 星仲真那花 1年 身長160(①~③)
10番 大王凪巴 1年 身長169(①~⑤)
12番 硲凛 1年 身長189(④~⑤)
13番 鷹子初夢 1年 身長173(②~④)
アベレージ 身長170.0
ハーフタイムの間に、先輩たちの頑張りが報われる形となった。
香澄のアーツに届いた『包囲完了。何時でも制圧可。目標の無事も確認済み』のメッセージ。
これで追い抜いても大丈夫と、真那花たちは嬉しい活力と共にコートへ出る。
しかしながら、意気揚々と攻める真那花のダブルクラッチが二人がかりで連続で防がれ、後半開始早々から悠院咲の連続得点を許してしまう水無学。
だが、その渦中にあって、真那花の口元は笑っていた。
そう──、漸く、漸くだ。
元から県内では強豪校で、且つ戦術に優れる水無学故に、これまで出番の無かったとっておき。
イージーシュートを打てない場面で力を発揮する、シュート決定率を上げることに特化した防げないシュート。
三度、真那花にボールが渡る。
「無駄っ」
悠院咲が覚えの悪い真那花に対し、時間差で跳ぶ二枚重ねの防波堤で迎え撃とうとする。
(ああ全く──その通りだぜ)
真那花の一発目のタイミングに合わせて跳んだ一人目。
それをかわす二発目に合わせて跳んだ二人目。
だが、それら二発は布石に過ぎない。
本当の狙いは──、三発目。
いくら二人がかりでゴール下を固めようと、この三発目は防げない。
放たれたボールがリングを通過する。
「トリプルクラッチ!?」
(ハズレ)
トリプルクラッチの形をしているが、そうではない。
師匠が編み出した、シュート決定率を上げることに特化した防げないシュート。
理論は十分。
されど、時間はそうはいかない。
だから、一どころか零からのスタートだった師匠では技術にムラがあり、その真価を完全には発揮出来なかった。
だが、真那花は小学三年生の頃にその理論を学び、手解きを受けた。
それから七年。
この技術──クイックドロウショットに関して、真那花は最早自分の選手生命が続く内は右に出る者がいないと断言出来る。
それだけ限られた時間を費やした。
それだけ本気で高い目標に取り組んだ。
全ては、このクイックドロウショットで夢の星の一つになるために。
こうなっては止まらない。
自身のドライヴテクに凛と鍛えたピックプレイ、そこへ水無学の戦術が加われば悠院咲相手にゴール下へと辿り着くのは難しくない。
後は、シュート決定率九割を誇るクイックドロウショットを撃つだけでいい。
会場が、静まり返っていた。
とうとうティアドロップ──長身ブロッカーを避けるようにボールをふわりと浮かせて放つシュート──まで混ざり始めたダブルクラッチだけでも称賛に値するのに──。
アンダーハンドは勿論、ある時はオーバーハンド、またある時はベビーフックと、左右の手から多様なトリプルクラッチを何度も放ち、未だにその全てを決めている選手。
ジャンプ力が非凡なのか?
否、そうではない。
だとしたら何故──?
理解不能のショータイム。
まるでそう、夢を見ているようだった。
だが、これは現実である。
脳からの命令を伝える神経系の発達。
これは小学生の時期に最も発達し、十二から十三歳までにおよそ九十五%が確立される。
人間の運動神経は、ここで大きく左右される。
機敏な動きを可能にする瞬発力。
身体の小さい生物の方が、高い傾向にあるのは広く知られている。
世界陸上で百メートルを走る選手の身長がほぼ一定でそれ以上高くないことが、それを証明している。
尤も、某世界一の記録保持者のような大きくて瞬発力も高い例外もいるが、世界に何人といないだろう。
滞空中の二度に亘る切り替えの動作時間に係わる反応速度。
人間の反応速度は通常速くても百三十ミリ秒で、普通は二百ミリ秒前後である。
相手の反応速度も考えれば、ブロックのついたトリプルクラッチがどれ程時間に余裕がないか容易に想像出来るだろう。
練習でも頑張って決定率八割いくかどうかのスリーポイントシュート。
得意なコースのツーポイントシュートなら、鍛練を積めば練習で九割を超えられる。
試合では色々あって半数近く外れるシュート。
ディフェンスをつけた練習云々の前に、前提からディフェンスのプレッシャーがある状況下でのみ撃つシュートを得意にすれば?
そうして考えられたのが、クイックドロウショット。
高身長を良しとするバスケットの流れに反した、低身長故に取得可能な技術。
ジャンプ力が高くなくても、二度に亘る切り替えを可能とする抜け道。
多様な変化を見せる幾重もの選択肢を身につけてプレッシャーを外し、高決定率を生み出す修練。
それは、小さな少女が起こした、バスケットへの革命である。
潜在する選択肢という名の残弾数は、ティアドロップを三発目から省く関係上多少落ちるが、ホルスターに納まっている段階でゆうに百八十発はある。
仮に初弾を見切られたとしても、至近距離からまだ二十発以上撃ち込める。
とても人間が単独で捌ける数ではない。
だから、悠院咲の二人がかりという手は悪くない。
しかしそれも、クイックドロウショットの特性を知っていればの話である。
正直言って、下手にゴール下でクイックドロウショットを止めることに固執するよりも、先に七割程度のシュート決定率となるジャンプシュートなどを打たせてしまった方が傷は浅くて済む。
だが、悠院咲は最初、真那花の左右上下で揺さぶるだけで然程工夫もしていないダブルクラッチを連続で防いでしまった。
それ故に、トリプルクラッチを決められた衝撃による混乱もあって、ゴール下を止めなくてはという考えに縛られているのである。
ゴール下を固めれば、それは当然、相手がアウトサイドでシュートを打たない限り、ゴール下で相手を受けるという状況を生む。
ゴール下に入れば、クイックドロウショットは止められない。
真那花とて猪突猛進ではない。
歩幅に変化を持たせたレイアップやパワーレイアップは勿論、ドノバンステップ──身体を回転させながらボールをキャッチし、進行方向を変えるステップ。続けて片足踏み切りのシュートに持ち込む──にジノビリステップ──ボールをキャッチした後の一歩目で進行方向を変え、二歩目で踏み切ってシュートに持ち込むステップ──と、まともに二人以上のブロックと当たるような真似は避けている。
トントン拍子に増え続ける得点。
真那花の得点ペースに触発されたのか、他のメンバーのシュート決定率も僅かに向上する。
悠院咲の試合前の考えは、決して間違ってはいない。
水無学は麗胡たち三年生がいないとディフェンス力が下がる。
でもそんなことは、彩華たちコーチ陣とて百も承知である。
ディフェンス力を埋められないなら、高いオフェンス力で低いディフェンス力を相殺してしまえばいいのだ。
高決定率を誇る真那花が着々と点を加え、リバウンドに信のおける凛が相手の二次攻撃を防ぐ。
回り始めれば、点差は自ずと開く道理だ。
「いいコンビですね」
顧問であり、この場ではチーフマネージャーでもある更紗が、真那花と凛を見て穏やかに微笑む。
「真那花は置いといて、凛にはまだまだ課題も多い。本当に凄くなるのはもう少し先……ね」
ビッグマン・コーチの撫子は、これからを楽しみにするように選手の動きを見つめた。
そのまま第四ピリオドも半分近くが過ぎ、残り五分ちょっととなる。
「監督。恵理衣先輩が少しオーバーヒートしてます。明日もありますし、交代させましょう」
「そうね。誰がいいかしら?」
香澄の提言を受け、彩華は自分の心当たりを一先ず置いてベンチのメンバーを振り返る。
香澄や撫子も、あえて沈黙した。
「わたくしに、わたくしに行かせて下さい。お願いします監督」
頭を下げる深雪。
今度のそれは、謝罪から先に進めなかったロッカールームのそれとは違う。
「いいわ。行ってその手で取り戻して来なさい」
「はい!」
7番 空雅恵理衣→16番 姫代深雪 1年 身長164(④~⑤)
アベレージ 身長171.0
六十四対五十七。
水無学七点優勢。
とは言え、恵理衣の抜けた穴は小さくなく、争う差は徐々に五点前後、三点前後となって行く。
「ヒィ、ヒィ、フゥ~。ヒィ、ヒィ、フゥ~」
煉香を想う力で一生懸命に走り、ゴール下で幅を利かせる深雪。
しかし、相手は県内四強のレギュラー勢。
例え動かせなくても、上手く深雪の重みを利用して回り込んでチャンスを作る。
(負けられないのに!)
自分が加わってから徐々に詰められる点数に焦る深雪。
それでも深雪に出来ることは限られていて──。
悔しい感情も顕に、深雪は溢れる涙もそのままで懸命に走る。走る。
だが無情にも、深雪のブロックを越えたボールが残り一点差という窮地を招く。
「絶対、負けられ、ないのにっ」
涙を拭って走り出す深雪。
「負けねえよ」
真那花が深雪を盾に、マークマンを離して切り込む。
ヘルプに入るディフェンスをゆったりとしたレッグスルーからの緩急を利用したクロスオーバーで抜き、前と横のブロックをクイックドロウショットで越えた。
これで三点差。
お返しと悠院咲は、背の低い真那花の上を通過する高いパスを見舞う。
「無論──」
だが、その高いパスを凪巴が跳び込んでキャッチ。
返す刀で、全国トップクラスとも言えるスピードからのツードリブルジャンプシュートでリングの真ん中を斬りつける。
「私たちが勝つ」
日本女子百メートル走なら凪巴より速い者は歴代で十人を超えるが、日本女子高校生でなら歴代でも十人といない。
中には凪巴のように、陸上に係わってなくて記録に残ってない者もいるだろうし、いただろうが、それでも──。
大王凪巴という変態淑女な高校一年生のポテンシャルは、更に上を行くだろう。
これで五点差。
これ以上はやれないと、悠院咲が慎重に、そして迅速にボールを運ぶ。
凛のマークを外し、貰ったと翔子がジャンプシュート。
だがそれは、横合いから跳んだ初夢に指を当てられる。
「並のジャンパー相手なら、あたしも結構やるし」
県ベスト5のC相手にも斜めな態度を崩さない初夢。
忘れて貰っては困ると、そのまま翔子を抑える。
リングの上で跳ねたボールが外へ零れた。
汚名返上とばかりに、凛がリバウンドを制する。
「負けにゃい」
噛みながらも真那花へとパスを繋ぐ。
スポットへ走る水無学メンバー。
悠院咲も真那花を止めつつ、急いでゴール前を固める。
「ヒィ、ヒィ、フゥ~」
遅れてスポットに入る深雪。
律儀に逆サイドへそれてから中央へ走って来たために、ワンテンポどころではなく遅い。
しかも一番最後に入って来たのに、一番余裕なく走っているせいか、見て分かるくらいに疲労が半端ない。
この試合、まだ一本も決めていない深雪。
そのせいもあるだろう。
悠院咲の警戒の薄い深雪へ、真那花から完全にフリーのタイミングでパスが入った。
疲労のせいもあり、深雪は一歩後方へよろめいてパスをキャッチした。
ここで打たなければ交代した意味がないと、リングだけを見ながら即座に足を揃え、使命感と罪悪感をバネに跳ぶ。
これが決まれば、深雪が交代した時と同じ七点差。
私も頑張りましたと、胸を張って煉香を迎えられる。
手はボールの方向をコントロール。
足でボールの距離をコントロール。
フォロースルーを忘れずにしっかりと。
大丈夫、深雪の父はプロバスケット選手だ。
その教えを守れば、大事な局面でもきっと入る。
深雪の手を離れ、綺麗に高くアーチを描くボール。
ボールの入射角が九十度に近くなる程、シュートは決まり易い。
基本に忠実なワンハンドシュート。
それを見た真那花が、逸早く駆け出した。
深雪が着地し、ボールもリングを上から下に通過して、テンテンテンテテテと独特のリズムをついて着地する。
審判の両手が、三本指の形で上がった。
「決ま……った?」
「やったな姫♪」
真那花が深雪の肩を叩いてボールマンへのマークに走る。
「ふふ、これで揺るがないな」
凪巴も手の甲をポヨンと深雪の胸に当てて、ディフェンスに向かった。
「やったね」
凛もガッツポーズを送りながら、深雪の後方へ駆けて行く。
「ぼーっとしてないで、ほらディフェンス」
非難するような初夢の口調も、どこか優しくて明るい。
それから一分弱の間、深雪は誇らしげに走り切った。
本人も意図していなかった深雪のスリーから、水無学は悠院咲に二本の得点を許す。
しかし、水無学もピックプレイを警戒し過ぎてショウディフェンスに出た悠院咲の裏をかくスリップで凛が一本決め、初夢が焦る悠院咲相手に上手くファウルを貰い、フリースローを一本決めたことで点差は深雪の交代時と変わらず──。
八十対七十三。
水無学が悠院咲に七点差で勝ち、二年ぶりとなる決勝へ駒を進めた。
──余談だが、その後深雪が目を回して立てなくなるまで、煉香は思う存分高い高いで遊んだという。
まさか、チーム一重い身でありながら試合で打ったスリーシュートよりも高く放り投げられる側になるとは──、夢にも思わなかったに違いない。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・




