急転直下!? フルえる世界
クリスマスに失恋話。ま、まあギャグ風味だしセーフに・・・え、笑えない?
最初は、小学四年生の時だった。
「友達としてならいいけど、彼女としては好みじゃないし無理」
和洋中の料理を習いながら美味しく頂いていたためか、当時から割とぽっちゃりしていた深雪。
この時は、ぎりぎり四十キロ台。
仲良しグループ内の男の子に初めての告白をするも、きっぱりと断られる。
初恋は終わり、悲しみを埋めるようにもきゅもきゅ食べた。
「ごめん。他に好きな子いるから」
同じピアノ教室で習っていた、線の細い美少年に今度こそはと時機を見て告白。
その卒業式で、二度目の恋と別れる。
七十キロがそこまで見えていた春。
祝いと慰めで、泣きながらあぐあぐ食べた。
「悪いけど、デブじゃ俺につりあわないからさ」
憧れの先輩に、勇気を出して告白するも撃沈。
これ以上太らないよう自制していた夏。
結局『顔が良くて運動が出来ても、外面だけですね』と、言ってて悲しくなりながら、怒りを発散するようにバクバク食べた。
「これから受験もあるし、そんな暇ないんだ。まあ、君が僕と同じく将来東大に入った後なら少しは考えてもいい」
今までの教訓を活かし、卒業式よりうんと早い夏に、知的眼鏡の同級生に狙いを定めるも体よく断られる。
まだ八十キロ台だったのに、どうせ私なんてと自棄になって、涙を振り払いながら次から次へとガブガブ呑むように食べた。
そして高校生となった春。
そこには九十キロを突破した、恋を求めるヘヴィ級乙女がいた。
ことここに至っては、胸だけで三キロ以上あろうと言い訳にはならない。
「このままでは、嫁の貰い手がいなくなってしまいます」
だからと言って、CMであるような一月で十何キロと痩せるトレーニングなど、深雪の体力は勿論、精神力も持ちそうに無い。
(運動部にでも入りましょうか?)
全国優勝を目指すという女子バスケット部。
正直その助けにはならないだろうが、それだけの練習をするのなら確実に痩せられそうと考えた。
深雪はプロバスケット選手である父から、幼少時に手解きを受けている。
父の稼ぎが多くないので家では母が強く、深雪はすぐに料理やピアノといった女の子らしい習い事に専念することになったが、頭や身体からバスケが消えた訳ではない。
完全に門外漢という訳ではないし、授業でバスケットをした経験上、ドリブルはともかくセットシュートだけなら上手い自信もあった。
バスケをすることに母はあまりいい顔をしないだろうが、それはあくまで娘の深雪がバスケをすることにであって、父のプレイするバスケそのものには好意的である。
(いいかもしれませんね)
年頃の女友達の多くは父親を毛嫌いする傾向にあるが、深雪はそうでもない。
家では確かに多少だらしない父。
だが幸いなことに、父の真剣な仕事姿を家の中や外を問わず母の隣で見る機会も多かったので、プラスマイナスで言えばプラスの感情の方が強かった。
だから、父親の好む話題を提供することになろうとも、特に問題はないと判断した。
母親も深雪の体重には気を遣っているし、ダイエットのためと言えば何とかなるだろう。
仮入部や入部見学が始まる初日。
深雪は流石に強豪校なだけあって、一年生から出来そうな人たちが集っていると感じた。
長身の少女は別だが、他の娘は如何にも自信がありそうである。
軽く自己紹介することになり、一番手は端にいた深雪となった。
失恋ばかりでヤケ食いした結果太った身体を、両思いの恋がしたいので痩せるよう精一杯励むことや、子どもの頃にバスケを手習い程度には学んだことを話す。
「四連続で恋に敗れたわたくしが、恋に恋しているとは自分でも思っています。それでもわたくしは──ぇ、きゃあああああ!」
自己紹介中に、あろうことか胸を揉まれた深雪。
「ヘヴィ級なだけにHカップか。いや惜しい。ダイエットした暁にはこの弾力や絶景が薄れると思うとますます手と眼が離せない。おお──、時よ止まれ。谷間は美しい」
しかも揉む手は、深雪が叫んだ後も遠慮せずに侵略してくる。
「はぁ、その辺にしときなさい凪巴」
「ん? 何だ香澄。今私は目の前の霊峰の眺めと歩みを満喫している最中で暇ではないのだがんっ」
密着した深雪と凪巴の僅かな隙間に腕を差し込み、掌で瞬く間に顎を打ち抜いた香澄のおかげで、糸の切れた人形のように力の抜け落ちた凪巴から脱する深雪。
立ち直した凪巴が、場を取り繕うように淑女然として自己紹介を始めたことで、深雪の出番は終わりを迎えた。
(心配は尽きませんが、頑張りましょう)
前回の試合から六日後の、土曜日の朝。
送迎バスの前に集まった水無学メンバーの表情は、総じてやる気に満ちていた。
「おはようございます香澄さん」
「おはよう深雪」
部内では、血はあっても涙のない鬼コーチとしてすっかり恐れられるようになった香澄。
しかし、深雪にとっては一番の安全地帯でもあり、話し相手でもある。
そも、香澄の行うトレーニングメニューは、余裕のある人間に対してしか行われない。
しかも、練習終了後は香澄の側からそういったものを振ることもない。
つまり、通常の練習メニューで一杯一杯の深雪が追加メニューを受けることはなく、終了後はダイエットなどの相談にも乗ってくれるので、恐れる理由がないのである。
それに、巨乳の悩みは巨乳同士の方が話し易い。
一年では凪巴や初夢、二年では優姫に奏、三年では静と、部内には他にも豊かな者がいることはいるが──。
凪巴は変態なので論外。
雰囲気が斜に構えている初夢や、基本無口な上に二年も先輩である静には少し相談し難い。
優姫は思考が黒いので、下手に情報を回すと危険そうに感じる。
奏は雰囲気や性格で見れば話し易いが、なにぶん部を掛け持ちしているので毎日いる訳ではない。
そんな中、変態淑女の魔の手から救ってくれた好感度も手伝って、香澄と話す流れとなった。
見た目はクールな香澄だが、話してみると包容力もあって凄く心地よいことに気付く深雪。
少し本格的な料理の話が、共通の話題になるのも嬉しい誤算となる。
親しくなるのに、時間は掛からなかった。
「ふふふ、おはよう深雪」
「! まぁ、おはようございます煉香ちゃん」
今日は香澄の妹の煉香も一緒だった。
どうにも普段の煉香は影が薄いのか、いつも気付くのが遅れる深雪である。
(凄く目立つ子なのに、どうしてでしょう?)
深雪も小学生に間違えたくらいに背は低いが、独特のファッションに加え、病弱と思える程に白い肌と暗く燃える紅い瞳、深い銀髪という悪い意味で人目を引く姿。
それでも、深雪も含めて多くの人間が出会いの対応で後手に回る。
嬉しそうに香澄と手を繋いでいる煉香。
結局深雪は、香澄を視界に納めた挨拶の時にその手がどうなっていたかを思い出すことは出来なかった。
「珍しい……というよりは初めてですね。煉香ちゃんが練習以外を見に来るのは」
「だって、今日は四強同士の対決でしょう。漸く面白くなって来る所じゃない」
煉香がクスクスと嗤う。
煉香の言うように、今日の五回戦は二つとも順当に勝ち上がった四強同士の対決である。
水無学の相手は、去年のインターハイ出場を逃すもウィンターカップ出場を勝ち取った県立悠院咲高校。
今までのように、楽に勝てる相手ではない。
気を引き締めながらも、今日の試合で出番はないかもしれませんねと思いながら送迎バスに乗り込む深雪。
因みに、煉香もそれが当たり前のようにちゃっかり乗り込んでいた。
席も空いてるし、見た目小学生で部の関係者とあっては、運転手も黙認せざるを得なかったのだろう。
(気付いたのも煉香ちゃんが乗り込んで座った後みたいでしたし)
いつもより少し緊張した空気を引き摺って、バスは試合会場へと向かった。
一回戦はシード。
二回戦、私立魁槍高校戦は九十一対三十四。
三回戦、市立浜風高校戦は九十三対三十九。
四回戦は百七対二十七。
華々しい戦績で、ここまで勝ち進んで来た水無学。
その水無学に充てられたロッカールームに今、暗雲が立ち込めていた。
ここに来て、その反動が一挙に舞い寄せたのである。
「おいおい、洒落になってねえぜ」
真那花の表情も、自然と緊張味を帯びる。
「すみませんっ。わたくしがついていたのにこんな」
先程まで煉香と二人、連れ立って席を外していた深雪が頭を下げる。
「頭を上げなさい深雪。あなたでなくても、この事態は防げなかったでしょう」
「でもっ」
「俺だって油断してた。正直言って、悠院咲とは正々堂々、後腐れのない試合が出来るとばかり思い込んでたからな」
いつもはある意味キャプテンの麗胡より負の感情の表出を抑えている副キャプテンも、今回ばかりは動揺の色を隠せない。
「っち。まさか──、選手でも部員でも直接の関係者でもない後援会もどきに邪魔されるとはな。ふざけやがって」
それでも語尾が荒々しくならなかったのは、ここで取り乱しては後輩たちにも悪影響を与えてしまうという自制が働いた結果の、ささやかな抵抗だった。
「こんなのずるいよ。犯罪だよっ。すぐに大会本部に報告しないと」
焦る恵理衣がまくし立てる。
更紗とて、そうしたいのは山々だが、それは上手くないと理解しているから動けない。
今回、煉香を誘拐して水無学が悠院咲に負けるよう脅迫して来たのは、悠院咲の女子バスケット部に所属していない生徒とその関係者数名──と予測される──である。
悠院咲の女子バスケット部と関係があると言えばあるが、無関係と言えばそうとも言える。
それがどちらに転ぶか分からない以上、ここで報告しても、最悪はあっても最良はない。
煉香の安全と水無学の勝利、そして恐らく事態を関知していないだろう悠院咲の女子バスケット部への公的なお咎めなし。
これが、更紗の考える最良だ。
「でも、そうすると煉香ちゃんがどうなるか分からないです」
恵理衣の意見を羽衣が冷静に嗜める。
「……」
しかしそれでは、どうにも出来ないこともまた自明の理。
「──心配いらないわ」
「香澄ちゃん」
煉香の姉の発言に注目が集まる。
「大方、煉香はその方が面白そうだからついていっただけでしょう。暇になったら──試合が決着すれば、勝手に帰って来るわ」
ここにいる誰よりも妹のことを正確に把握している香澄は、特に焦る様子もなく告げた。
「私たちは負ける気はないぞ香澄」
あまりに普段と変わらないので、凪巴は他の面々にも誤解のないように一応の確認を取る。
「クス、当然でしょう」
「で、でもそれじゃ」
香澄の言う決着が相手の思惑に沿う内容ではないことを理解するも、それ故に深雪の疑問は深まる。
「大丈夫。煉香をどうにか出来るなんて軍の小隊規模以上くらいのものよ? 素人が銃や刃物を持ち出した所で、逆に煉香に玩具を与えるようなもの。薬物だって効き難いし、攫った連中も煉香にいいように使われるのがオチね」
「でもわたくし──」
実際に煉香が子どものように他者を蹂躙している所など見たこともなく、その片鱗も感じられない深雪が食い下がる。
「ならこうしましょう。この試合が終わったら、深雪は今日一日煉香が満足するか飽きるまで遊び相手になること。最近は高い高いが気に入ってるみたいよ」
「香澄さん」
「本当に大丈夫だから安心して。多少ヤバイ男が十人や二十人いたところで、敵じゃないただの壊れ易い遊び道具になるだけだから。華奢に見えるけど軽いバイク程度なら放り投げるくらいの筋力は出せるし。一応、某国のエージェント並みに動ける兄さんにも連絡しておくから」
(煉香は機能上改良されたチルドレンたちとバトルロイヤルした後でも、血の海の中で踊りながら歌を口ずさめるくらい精神も肉体も常人の域にない。寧ろ相手が心配ね。不興を買い過ぎて壊されないといいけど)
物騒な想像をしながら、香澄はアーツ──携帯電話やスマホのような電子機器の今世代型の総称──で兄に連絡を入れる。
「それはある意味大丈夫じゃない気が。つぅか、一度玩具認定された身としては、マジで知りたくない情報だった。ハァ、個人的には助けに行きたいトコだけど、ここは任せるか」
自分がその毒牙にかかる想像をしてしまう真那花。
物語的にはここで部員たちで助けに行くのが盛り上がるんだろうなと思いつつ、現実的な判断で大人に任せる。
そんな中、更紗と香澄がいくつか言葉を交わす。
「にしても、エージェントねぇ」
「機能的には私や煉香の方が遥かに弄られてるけど、兄さんは情報の扱いが上手いから。それはもう、狂科学者たちにモルモット扱いを中断させた位の天才だもの。詳しくは言えないけど実績もあるし、約一時間ものまとまった時間があるなら一任して大丈夫」
更紗との会話を終えた香澄は、メールを打ちながら今一つ信じられない初夢の声に特に思考を割くことなく答えた。
意識していないがために露出した重い過去に、大多数が軽く引く。
普通なら頭の方が心配になる内容──。
だが、一日四回欠かさず服用しているという薬を入れた小瓶を携帯していることや、週に一度は万一の自分へ備えた献血に行っていることが嫌でも信憑性を持たせる。
遊び半分の五対一で、八割と言っていたにも係わらず時速約七十キロペース──現在の百メートルにおける人間の最高速は時速四十五キロ弱──で走り回られた恐怖の記憶も生々しい。
パン!
「それじゃ、話もついた所で気合入れて悠院咲戦に臨むよ」
香澄がメールを送った所を見計らい、彩華が場を切り替える。
「ああ。勿論だ監督。悠院咲とは三年目の準決勝に相応しい、いい勝負が出来ればと思ってたが、今は是が非でも勝ちたい」
「そうですね。私も少々気が立っているので、容赦出来そうにありません。監督、今日はいつもより多く動いて貰うかもしれません」
「……」
例え決して前に出てはいけない後追いを迫られようと、絶対に遅れは取らないと三年生たちの闘志に火が灯る。
「いい気の昂りね。聞いたね後輩たち。この試合、全力で勝ちに行く。心の準備はいい? 絶対勝つわよ!」
「おう!」
この回の展開2通りあったのですが、自分の魅せ方が納得出来ず守りに入りました。攻めた没シナリオがどんな展開かは実は主人公が言及してます。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・




