既知。からの未知
先生も人間です。生徒も人間です。環境と中身の問題
「ベスト8か。自分たちのチームが一番異彩を放ってるせいか、意外と他のチームのことが気にならないもんね」
明けて日曜日。
中学で運よくベスト8まで残った時は、周りの強そうな人が何かと目についた初夢。
もしかしなくても緊張している自分に、少なからず苛立ったものである。
しかし、今はかなり落ち着いていた。
未だ本領を発揮することなく、その銃身を抜く時を待っている、向日葵の如く光に向けて前向きな少女。
そこに集った、おどおどした長身の少女に、オープンに態度のデカい変態淑女、そして人類最凶のデカ乳美少女。
高校に入ってから加わったもう一人も、何がとは言わないがメガトンクラスにある少女だ。
金髪碧眼のハーフである初夢が、この中にあっては人一倍目立つということがない。
「そもそも気になりそうな情報はもう渡されてるし」
普段から色々やっているため、あまり見かけないマネージャーの三年生──福山美久の働きもあり、他チームの要注意人物データは随時更新されている。
練習前のミーティングでこれでもかと映像を見せられれば、初夢としては今更現実で見ようなどという気も起きなかった。
「今日の相手に限っては、割と知ってるしね」
ちょっと人より才能に恵まれた自己中女。
初夢にとって、そんな自己中女を副キャプテンとして支えることになった中二の夏は、災厄以外の何ものでもなかった。
中一の頃は、叱る三年の先輩や出来る顧問がいたからまだマシだった。
だが、性格が変わらないまま月日は過ぎて三年生は卒業。
顧問まで教職者とは名ばかりで、気分次第で人の弱みにつけ込んで甘い汁を吸うような肥満野郎に変わってしまってはどうしようもない。
初夢にとってはどうでもいい自己都合で振り回すキャプテンに、そんなキャプテンを補佐するのがお前の役目と、相談に乗るポーズだけで体よく押し付ける顧問。
その上、顧問の肥満野郎は初夢にキャプテンを抑えられないのをいいことに、その時はという分かりきっている仮定で自分に都合の良い無茶振りまで行う。
最初は同情的だったチームメンバーも、対応し切れない初夢に対して次第に愛想を尽かすようになった。
「やっっってられるかああ!」
勉学も素行も優等生だった初夢が部活に行かなくなったのは、夏の試合が終わってすぐのことだった。
本当は退部したかったのだが、初夢の中学は部活に入ることが義務付けられており、辞めても何処かの部で幽霊部員になるのなら今の部のままでも同じなので扱いは休部とした。
決定的だったのは、夏の最後の試合。
後四点が縮まらず、体力も精神も疲弊していた第四ピリオド後半。
タイム・アウトを取って、知ったか顧問の提示した策。
初夢も可能ならそれを行いたいと思っていた、いい案だった。
練習していたならの話だが──。
奇策はコーチの自己満足に過ぎない。
練習したことのない技術や戦術を要求するようなら、それは日頃のコーチングの失敗と言える。
「出来ません」
初夢はチームメンバーを代表してはっきり告げた。
「出来ないとはなんだ! 交代させるぞ。お前が交代してこの試合に勝てるのか? 三年生にとっては最後の夏なんだぞ。分かっているのか!」
そう言われては、初夢に抵抗出来る筈もなかった。
初夢は二年生でありながら、チーム内でキャプテンに僅差で次ぐ実力を持つ。
その初夢が抜けたら、絶対に勝てないことは分かりきっていた。
本当に分かっていないのはどっちよと思いながら、配置につく初夢。
──そう、分かりきっていた。
体力も精神も疲弊している中、練習してもいない戦術が上手く行く筈がないことなど──。
自己中なキャプテンはこういう見切りは得意なのか、不利な場面では粘らず早々に諦め、上手くいきそうな所だけ持って行く。
そして敗北後のミーティングで、知ったか顧問は印象に残り易かったキャプテンのように初夢たちも動けていたらと、見当違いをぬかすのだ。
みんながみんな、キャプテンのように粘らないならディフェンスは総崩れ、オフェンスは二十四秒オーバーかターンオーバーの嵐である。
「特に初夢。お前は副キャプテンなんだからもっとしっかりしないとだな……」
クドクド、クドクドと負けたのは自分の策が悪かったせいではなく、お前がチームの雰囲気を下げるようなことを言ったり上手く動かなかったからだと強調する顧問。
「やっっってられるかああ!」
自宅へ着いて自室に入ると、溜まりに溜まった第一声が爆発した。
別にバスケをするだけなら、部活でなくてもいい。
性格を表すようにストレートだった髪をカールさせ、制服は勿論私服まできちっとしていたのを着崩し、言葉遣いまで変わった一人娘の変貌に、初夢の両親は衝撃を受けながらも話を聞いて手を貸した。
親の助けもあって、それから暫くは地域のバスケ好きな社会人が集ったチームの一つでバスケットをするようになった初夢。
初夢としてはストリートでも好かったのだが、それでは心配だという娘を思う親の意向を汲む形に落ち着いた。
外見で目立つが故に、至って品行方正を心掛けていた親思いの娘の急激な変化に、両親がただ事ではないと真剣に対話する機会を早々に設けたのが功を奏したと言える。
見た目反抗期な、けれども親に反抗してはおらず何処か素直さの残った初夢は、青春を懐かしむ大人の女性にとってちょっと棘はあるがそこがまた可愛い娘扱いで、すぐに受け入れられる。
初夢も、他人の都合で必要以上に振り回されることなく鍛練を積める場所に、漸くバスケットの楽しさを取り戻せた気がした。
しかし、人間はやはり欲深いもので、一つ満たされると次を求めてしまう。
冬季の試合が近付くと、本当なら自分もという割り切った筈の思いが忍び寄る。
冬季の試合が終わってからも、来年も公式試合には出ないまま、これといった目標もないままでいいの? という思いが強くなっていた。
そんな悩みを抱えたある日のことだった。
バスケ好きな大人たちが集まって開催される中規模な大会。
それにメンバーの一員としてついていった初夢。
結果は惜しくも二回戦敗退だったが、まあまあ満足していた。
そこへ現れたツインテールの少女。
気後れもせず、少々強面の初夢のチームリーダーと話し始める。
端から見れば知り合い同士とも思える気安さ。
しかしながら、周りのチームメンバーの反応を見ればそうでないことは一目瞭然だった。
気になって、それとなく耳を傾ける初夢。
どうやら部活そのものが予期せぬ事態で休部となり、いい練習場所を探しているらしい。
ここに来るまでに何組か他のチームの前を素通りしたのに、堂々と技術的に向上出来そうなチームに一通り声掛けしていると告げる少女。
年は初夢より少し下か、もしくは同じくらいだろう。
事実、まだ中学生という単語も聞こえた。
「ちょっとアンタ、ケンカ売ってんの?」
自分のチームが褒められたとはいえ、中には本当に趣味範囲で参加したチームがあるとはいえ、仮にも社会人のチームである他チームを低く見てる少女に腹が立った。
「……」
少しの間沈黙した少女は、それでも初夢の考えや思いを正確に受け取ったようだった。
そして言い放った。
「──ああ。私は二年後の皇后杯優勝を目指してる。だから、言い換えれば高校生から社会人まで、日本の全チームにケンカ売ってるようなもんだ。勿論──、全部倒す」
初夢はこの時、不覚にも痺れた。
お世辞にも、バスケットに向いている体格とは言えない少女。
その少女の、人当たりの良い顔から一変した真剣な相貌と声音。
だから去勢を張った。
持ち前の反骨心が、負けるなと悲鳴を上げて煩い。
「へぇ。そこまで言うなら、ちょっとその腕見せてよ」
気付けば、ケンカを売っていたのは初夢の方だった。
幸いにも大会は決勝戦に突入し、四面あるコートの内の二面は空いていた。
その内の反面を使い、少女と対峙する初夢。
十本先取の1on1。
初夢には勝算があった。
同年代では高めの身長故にPFをさせられたことも多いが、元々SG志望だった初夢。
シュートに関しては、自慢ではないがちょっと詳しい。
バスケのシュートはどのくらい入るものなのか。
練習ならともかく、慣れないディフェンス相手の試合では、気づき難い筋温の差や緊張も手伝って半数近く外れる。
プレーヤーのシュート距離は、フリーでシュートして六十五%から七十%以上の確率で成功する距離だ。
その半数となれば、実に三割強程度である。
勿論、得意な二点コースでは、練習で九割以上を維持する場合もあるだろう。
だがそれでも、半数では五割に届かない。
勿論、フリースローに関してはディフェンスがいないため、その範囲ではないが。
実力に差があまりなければ、三本先取なら勢いと運で呑まれる可能性もある。
単純計算でも、五割の三乗なら十%は下らない。
十回に一回は、三連続で決まることも十分にあり得る。
だから、初夢は五本先取を提案した。
それならリバウンドを取って続けて攻撃出来る数だけ、少女より身長が十センチ以上高くて、ジャンプ力も日本人の平均を超える初夢に分がある。
それすら分からないバカなのか余程自信があるのか、少女はあろうことか十本先取を提案した。
(これなら確実に勝てる)
同年代相手なら、初夢とて個人スキルに自信がある。
最近は社会人の間で揉まれたことで、特にそう感じていた。
相手が全国で活躍出来るような実力でもない限り、そうそう引けは取らない。
──そう、思っていた。
「へへ、私の勝ちだな♪」
十対五。
誤算は、初夢も考えたであろう内容を少女も考えていて、その上で対決に臨んでいた点にあった。
リバウンドでは少女に分が無い。
ならば、そもそもリバウンド勝負にならなければいい。
初夢の放ったシュート数は十三本。
少女の放ったシュート数は十一本。
完敗だった。
ハンドリングやクイックネスも見事だが、それよりも何よりも、ショートレンジでのシュート決定率がダントツで飛び抜けていた。
外れたのは僅かに一本。
まさかのシュート決定率九割。
(嘘でしょ。なんで多様なダブルクラッチがポンポン入る訳? 普通ならオフバランスもいいトコなのに、コイツの空中感覚どうなってんの? ──ううん違う。そうじゃない。空中でのシュートフォームの幅が広過ぎるから、コイツにとってはそもそもオフバランスじゃないんだ。しかも最後のアレ。悔しい、完全に踊らされた)
多種多様なダブルクラッチを何とか防ぎに舞ったが、それすら少女にとっては想定内だった。
「アンタ、名前は?」
「うん?」
チームリーダーには最初に名乗っていたようだが、初夢は聞いていない。
「アンタの名前よっ。進学先よ。決まってないなら連絡先もよ! いいから教えなさいよ!」
名前の他にも増えた情報に、少女は面食らいながらも面白そうに笑った。
「──星仲真那花。私の名前は、星仲真那花だ。よかったら、一緒に夢の星の一つになろうぜ♪」
私立水無神楽坂学園 スターティング5
9番 星仲真那花 1年 身長160(①~③)
10番 大王凪巴 1年 身長169(①~⑤)
12番 硲凛 1年 身長189(④~⑤)
13番 鷹子初夢 1年 身長173(②~④)
16番 姫代深雪 1年 身長164(④~⑤)
アベレージ 身長171.0
水無学のスターティングメンバーに会場がざわついた。
無理もない。
四回戦となる試合でスターティングメンバーが全員一年生など、レギュラーは五人が当たり前の高校にとっては特にあり得ない事態である。
だがここまで水無学は好調を保ち、隠す気はないのに隠し玉となっているとっておきもある。
ぶっちゃけいい気になっていた。
監督の彩華だけが。
キャプテンの麗胡が注意しても──
「いいのいいの。どうせ来週からは嫌でも気を引き締めないといけないんだから。あんたたちで勝手に勝ちなさい」
と言って、実質全権をアシスタント・コーチの香澄に委ねる。
ならばと、香澄にメンバーの即時交代を期待する眼差しが集まるが──
「映像でも見てもらったけど、相手は技量もないくせに個人技万歳の片手落ちどころか両手落ちの集まりよ。ここまで勝ち残れたのは、ひとえにそっちに傾倒した分だけ勢いがあったから。はっきり言って私たちのチームが力を示すには役不足だわ」
連勝してもこれっぽっちもいい気になっていなかったアシスタント・コーチは、ある意味コーチ以上にシビアだった。
「怪我に気をつければ必ず勝てる。あなたたちは、それだけのトレーニングを乗り越えた」
「ひゅう♪」
「ったく、言ってくれるじゃん」
淡々とした物言いではあったが、香澄の言葉でチームに力が漲ったのを初夢は感じ取った。
「深雪はダイエット目指して全力で走ってくること」
「はい!」
最近、ちょっとは痩せたように見える深雪。
結果が少しは出ているのか、テンションも高めである。
「初夢と凛は十点、凪巴と真那花は十五点が今日のノルマよ」
今までのスタッツ──得点数や攻守のリバウンド数、出場時間などを纏めた試合データ──を見ながら、香澄が表情を変えずに宣告する。
「オッケオッケ。任せな♪」
「ふふ、腕が鳴る」
「が、頑張りましゅ!」
「平然と前半に課すノルマじゃないって。ま、やってあげるけど」
四者四様に返す一年生。
初夢の視線が『ま』を発音する少しの間だけ、相手チームに注がれた。
前半の攻撃回数はおよそ五十回前後。
相手チームのディフェンスが練習以下なら、最低六十五%は入るグッドショット──自分のシュート距離でノーマークで打ったシュート。この場合のノーマークとは、上級であればシューティングハンドにプレッシャーがない状態を指す──の二点換算で六十五点は理論上いけなくもない。
「折角の機会だし、百点目指しましょう」
アシスタント・コーチが微笑んだ。
そして、本当にあっさりと、水無学は五回戦に駒を進める。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・




