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憧憬。その先の空

今までにもちょいちょい何らかの伏線入れてます、気づけば後々ちょっと楽しめるかも?

 週が変わった土曜日の早朝。


「兄貴~。ボクのお弁当出来てる~?」


 今日も今日とて、空雅恵理衣の朝は早い。


「勿論だ妹よ。これで今日の勝利も約束されたな」


 エプロン姿の隼斗はやとが、ドタドタと朝から騒がしく台所に顔を出した妹に、手作り弁当を渡しながら出来栄えを誇る。


「第二試合だから食べるのは試合が終わった後だけどね。楽しみにして頑張るよっ」


 毎度のことながら、兄に感謝をしつつ弁当を受け取る恵理衣。


 空雅家に母親がいない訳ではないが、父親の出勤が八時過ぎなので朝は少しゆったりしている。


 そのため、朝の早い時間帯の台所の仕切りは、将来の主夫も視野に入れている兄の役目だった。


 隼斗は今でこそ遊びでもバスケをしていないが、その昔に恵理衣をバスケットの道に引っ張り込んだ張本人である。


 そんな背景もあって、朝の早い妹に弁当を作るのは専ら兄の役となっていた。


「ああ。頑張って来い」


 自らの後ろをトコトコ着いて来ていた妹を振り返っていたのが、いつの間にやら送り出す立場となって背中を見送る状況にちょっとした感慨を受ける隼斗。


「うんっ。行って来まーす!」


 元気な恵理衣の声が、澄んだ朝の空気に響き渡った。


 私立水無神楽坂学園 スターティング5

 7番 空雅恵理衣   2年 身長159(②~④)

 8番 百乃千尋    2年 身長172(③~⑤)

 9番 星仲真那花   1年 身長160(①~③)

 11番 泉奏      2年 身長167(①~③)

 12番 硲凛      1年 身長189(④~⑤)

 アベレージ         身長169.4


 水無学の二試合目となる第三試合。


 相手は近代バスケットを謳う市立浜風高校。


 レギュラーメンバーが全員身長百七十センチ以上という大型のチームである。


「今日はやりがいあるぜ♪」


 昔から高さを活かしたバスケット相手には一歩も譲らない真那花のイキイキとした様子に、恵理衣も自然と力が入る。


「うん。ボクたちで風穴開けちゃおう!」


「いかにもインサイド張り切ってますオーラが出てるからね。姉さんもちょっと揺さぶってあげようかな」


 千尋は柔軟さとパワーに優れたCFだ。


 中でも、人より少し長い腕から放たれるフックシュートには定評がある。


「よぉし、私も頑張っちゃいますよお」


 奏がムンっと気合を入れる。


 バスケで感じたものではないが、奏も高い相手には少なからずコンプレックスを抱いていた。


「ごゴール下は、任せてくだひゃい」


 敵味方共に一番高い身長を持つ凛が、負けじとかみかみで意気込む。


 戦いの火蓋が、切って落とされた。


 先制は真那花がダブルクラッチで華麗に決める。


 そんな始まりから五分が経過した。


「ほらほら、さっさと交代した方がいいんじゃないの?」


 現在の戦況は、少しだけ水無学が悪い。


 高さを活かした攻撃対、スピードと賢さを活かした攻撃。


 戦況を見て有利と捉えた相手メンバーが、恵理衣にディフェンスしながら口撃する。NDKNDK。


(まあ、確かにちょっとだけ分が悪いかな)


 だが、それも織り込み済みである。


 そもそも、水無学で今コート上の司令塔に立っているのは、春に入学したばかりの一年生──真那花だ。


 スキルこそ高いが、戦術に関してはその道に長けた麗胡に大きく劣る。


 無論、真那花とて今の水無学の戦術を理解しているからこそ起用されている。


 しかしそれ以外、相手の戦術を把握して逆に利用するような巧みさは持ち合わせていない。


 麗胡が県ナンバー1PGたる所以。


 一つ一つの技術の確かさも勿論だが、その戦術眼からの巧みな采配こそ麗胡をナンバー1たらしめるものである。


 つまり、オフェンスでは五分でも、ディフェンスで引けを取っているのが今の水無学の状態だった。


(でも、それもそろそろ終わりにしないとね)


 ここはやはり中学からの先輩である自分の役目だろうと、恵理衣はボールをキープしつつ息を吸う。


「コラ真那花! 相手が物足りないからってテンション下げてると、例の写真立て蹴り飛ばすよっ」


 コートに響き渡ったプンスカとした可愛い怒声に、一時静寂が降りる。


 相手が思ったほど強くなかった時に出る真那花の悪い癖。


 いつも元気で明るく率先してやる気を出す真那花の高揚感が低いために、チームのテンションが上がりにくく、全体の動きにキレが乗って来ない。


 特に、パートナーである凛はその影響が大きい。


「はは、──仕方ねえな」


 自身の悪癖を追い出すように、パンパンと頬を両手で叩く真那花。


「飛ばして行くか!」


 一気に燃え盛り、あからさまに突っ込む。


「当然だよっ」


 恵理衣は予めドリブルでずらしておいたパスコースへボールを乗せる。


 それを受けた真那花はインサイドで二人に囲まれ、一度ドリブルで下がる。


 と見せかけて、一気にスピードアップしクロスオーバー。


 ヘルプに入った二人目を膝をフェイントにしたクロスオーバーで更に抜く。


 そのまま、勢いを殺しつつランニングシュートに移行する真那花。


 タイミングを合わせてジャンプして来た三人目のディフェンスを、ダブルクラッチでタイミングをずらして易々とかわしてシュート。


 当然のようにスウィッシュ──リングに当たらずに入るシュート──で決めた。


 チェンジオブディレクションからのダブルチェンジにダブルクラッチ。


「ひゅう♪」


 ベンチの四季が、称賛の口笛を吹いた。


「へへ、楽勝楽勝。前半でとっとと決めるぜリンリン♪」


「うん!」


 漸く火のついた真那花と凛が、得意のピックプレイで点を稼ぐ。


 一番高い凛は当然として、アウトからのシュートや、インに切り込んでのダブルクラッチで得点を稼ぐ真那花も無視出来ず、浜風高校は大いに戸惑う。


 千尋は時に力強くレイアップシュートを、時に繊細にフックシュートを決め、長身の蔓延るゴール下で硬軟自在の攻めを見せる。


 恵理衣も黙っておらず、スピードに乗ったドライヴで縦に斬り込み、得点を決める。


 そして、またもサポートに奔走する奏。


 本当にお疲れ様である。


 オフェンスの流れは完全に水無学。


 ディフェンスも凛の調子が戻り、水無学有利となる。


「この、さっきから小手先の技術ばかり使って」


「そんな魅せ技がいつまでも上手くいくと思ったら大間違いだから」


 どんどん離れていく点差に焦った浜風高校のメンバーが、真那花のダブルクラッチに向けて悪態を吐く。


(はぁ~、やれやれ)


 真那花のテンションが下がったのも無理はないと、恵理衣は心の中で溜息を吐いた。


 近代バスケットを謳う市立浜風高校。


 全体の身長が高く、それを素直に活かしたハイ&ロープレイを中心にアウトサイドのシュートも視野に入れたバスケットスタイル。


 三回戦まで勝ち進んできたことからも窺えるが、チームプレイの質も高い。


 惜しむらくは、その素直さ故に変化球を嫌い、考え方が古風という点だ。


 フォーメーションもシュートフォームも整っていることは良いことである。


 だが、バスケではそれらが整っていない場面で動くことも多い。


 正確なシュートフォームを身につけることと並行して、オフバランスでのシューティングを身につけることが望ましい。


 そして、場合によってはオフバランスともなるダブルクラッチは、ブロックショットをかわすシュート練習として、近代バスケなら当たり前のように練習している。


 多くの者にとってはシュート決定率が下がるため、真那花のように普段から狙って使うことが少なく、頻繁に見ることはないので誤解されがちではある。


 もう一度言うが、ダブルクラッチはブロックショットをかわすシュート練習として、近代バスケなら当たり前のように練習している。


(結局、背が高いだけじゃん)


 年々、確かに選手の身長は高くなっている。


 だが、昔からバスケットは身長の高い者が有利とされて来た。


 近代になって、その考えに目に見えた実態が伴ってきただけで、別に何も最近のバスケと改めて言うようなものではない。


 浜風高校のチームプレイの質は高い。


 そういう意味では個人のスキルが重視されがちだった昔と比べて近代と言えなくも無いが、反面、個人スキルが疎かになっている。


 チームプレイと個人スキルが両立されていれば、確かに手強かったかもしれないが──。


(それだけじゃ、ボクたちには勝てないよ)


 最初は、ちょっとした憧れだった。


 兄が持っているものや、兄が行く場所に対する『ボクも』という欲。


 その過程でバスケットもするようになり、やや困惑顔の兄が拒絶しないのをいいことに何度もついて回った。


 そして、見る。


 ダンクシュートという、圧巻される姿。


 そして、起きてしまった。


 『ボクも』という満たされない欲。


 同時に、聞いてしまった。


 恵理衣には出来ないという残酷な現実を。


 でも、恵理衣はまだ子どもだった。


 周囲が出来ないと言っても、反発するかのようにそれに挑んだ。


 バスケットにどんどん打ち込み、のめり込んでいく自分と──


 知れば知るほど遠ざかる目標。


 流石にもうダメかなと思った頃には、後戻りするのが考えられないくらいバスケットをする自分が当たり前になっていた。


 自分でも気付くのが遅いと、密かに自嘲したものである。


 そんな中二の春、新しく出来た後輩たち。


 一般にバスケをするには低いと言われる身長で、長身の選手相手に高さで競り合う恵理衣を『凄ぇ♪』『しゅごいれす』と憧れを抱き、慕ってくれた。


 いつの間にか、そういう先輩であることを嬉しく感じ、そういう先輩であろうとする恵理衣がそこにいた。


 そして高二の今、決して自分を追いかけて来た訳ではないだろうが、それでも、あの時の後輩が今も自分の後輩としてコートの上に一緒にいる。


(負けられないよね。後輩にも。自分にもっ)


 今もそういう先輩でありたいと、強く思ってその先へ翔ける。


 凛のスクリーンを利用してドライヴを仕掛ける真那花に連動して、逆サイドの恵理衣は千尋のスクリーンを利用してインサイドへカットイン。


 凛と真那花のピック&ロール、フリーになりつつある恵理衣という二つの選択肢から、真那花はターゲットハンドを出す恵理衣を信じてパスを出す。


 恵理衣はそのパスをクイックドロップドライヴ──キャッチせずに床に落としてドライヴに繋げる技術──でスピードを殺さずにそのままゴール下へ入り込み、ギャロップステップ──片足で踏み切って進行方向を変え、両足で着地するパワーステップ。狭いスペースを攻める時に用いられる──からジャンプシュート。


 持ち前のジャンプ力で、身長では負けている相手より高い打点からシュートを決めた。


 前半終了の合図の中、後輩たちに向けられた笑顔に、自然と顔が綻ぶ。


 終わってみれば四十八対二十七という、実力差の露呈した前半。


 後半は、相手の手の内を読んだ麗胡の指揮が猛威を揮う。


 羽衣を使ったファウル獲得も功を奏し、敵陣は主力が瓦解して阿鼻叫喚の坩堝と化す。


 羽衣の身長は百四十八センチ。


 その低身長でスクリーンを仕掛け、麗胡がそれとなく舵取りする。


 するとあら不思議、高身長の相手にとってはイリガール・スクリーンとも思える、周りから見れば妥当なスクリーンの出来上がりである。


 これでファウル三つの相手は四つとなり半自動的に、四つの相手は五つとなり強制的にベンチへ引っ込むという寸法だ。


 チーム・ファウルで二個のフリースローが加われば尚良し。


 スピードの緩急の扱いや急所へ斬り込む感覚などで恵理衣に劣るも、身体能力のスペック的には勝る凪巴が負けじと奮起したこともあり、後半戦は終始水無学のペースで運ばれる。


 浜風高校が凪巴に対してフェイスガード──ボールの位置に関係なく相手と向き合って動くディフェンス──を行うも、その考えなしに自動追従する動きこそ弱点となるオフェンスを麗胡に布かれて手玉に取られてしまう。


 九十三対三十九。


 水無学が快勝し、恵理衣にとって待ちに待った昼食の時間がやって来た。


区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・

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