表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

夢の星の一つ

この回、頻繁に「~対~」が出るので数字で(たぶん)分かり易くしてます。


 64対64


 インターハイ準決勝、私立水無神楽坂学園対私立皇桜女学院。


 延長戦オーバータイム、私立水無神楽坂学園ボールで開始!


「変わらずマンツーですか」


「私たちや水無神楽坂学園の皆様相手にゾーンじゃどうぞ攻略して下さいと言ってるようなもの。ここは変えないでしょう」


 観客席で皇女のディフェンスを見た調理と、口元を広げた扇で隠した鶴見が言葉を交わす。


 皇女と水無学の個々人の技量や体格を考えたら、皇女としては基本マンツーマンディフェンスがベター。


 守る担当エリアで動くゾーンディフェンスやゾーンプレスは確かに強いが、組織的なオフェンスを得意とするチーム相手では手玉に取られかねない。


 試合の流れと残り時間の関係で一時的に使うことはあるかもしれないが、終始というのはこの場合悪手になる。


 故に、ここで使うとしたらオールコートマンツーかハーフコートマンツー。


「見せて貰いましょうか。私たちに勝ったチームの勝利を」


 鶴見の視線の先で、閉幕を運ぶボールが飛び出した。


「真那花!」


「おう♪」


 開幕クイックドロウショット。


「させるか!」


(ボールの軌道がずれ──、いけない!)


 飛び出した八番が、いっそ軽やかにアリウープを決めた。


「真那花のクイックドロウショットとアリウープを成せるのは、凜だけではないぞ」


 そう、香澄を除けば、凪巴はスピードやジャンプ力において水無学最強だ。


 凜より約十五センチは高く跳べる恵理衣以上に高く跳べるのが、凪巴という水無学最強の変態淑女。


 66対64


 負けじとあやめが即座にスリーで返すも、今度は静とのピックプレイで中に斬り込んだ真那花がダブルクラッチを決める。


 68対67。


 皇女は再びあやめのオーバーヘッドシュートを狙うが、これはリングに嫌われる。


 紅葉と静、小嵐と凪巴でゴール下を競り合う中、ボールは紅葉と静の側へ。


 これを静が奪いすぐさまフロントターン、今まで何度も繰り返した行動をなぞるように安定して麗胡へと繋ぐ。


 繋がれたボールは真那花へ渡り──


「へへ──♪」


 真那花が横回転させたボールを右手の人差し指の上で回しながら警戒するあやめの目の前を通過させて左側に持っていき、ボールが左へ滑り落ちた瞬間──


「ユメちゃん!」


 フェイントを入れると同時、右回転の掛かったボールが地面へ放たれた。


 あやめの意表を突いた芸術的なボール捌きで懐へ入るバウンドパスが初夢に入る。


「Trust me」


 それをレッグスルーでステップバック。


(ステップバック! スリー!?)


(いける)


「っ。フェイドアウェイ!」


 初夢の放ったシュートが空の指先の上を通り過ぎ、三点が追加された。


 71対67


「連続得点です! しかも三点っ。やっぱり酢豚は偉大ですね!」


 深雪が喜びの声を上げる。


「あの酢豚はなかなか止められないよね。なんたって、尖った技にありがちなクセがないもん」


「偶々酢豚作りながら考えてたって話をしただけなのに、すっかり酢豚で定着しましたね」


「まあ、ステップバックトラップやSBTにSTよりは言い易いからな酢豚。初夢は不満そうな顔するが」


 水無学ベンチが盛り上がる中、プライドが刺激されたのか皇女は理緒のフェイドアウェイで二点をもぎ取る。


 71対69


「酢豚はステップバックシュートとフェイドアウェイシュートの組み合わせ。相手はまさか離れて更に下がりながら撃つとは思わない。相手の追いつけるという油断を突いた一見ただの初見殺しのシュート。でも実際は──」


 初夢の再度のステップバックに、連続スリーは不味いと空が反射的に釣られて動く。


「次は止め──!?」


 ピー!


「チャージング! 赤六番!」


 香澄の説明を補足するかのように事態が進行する。


「フックシュートも決まった。フリースローを決めれば四点プレイか。あれは手強いな」


「実際は、ステップバックからのフェイドアウェイシュート、ステップバックからのシュート、更にもう一つの三択。初夢は柔軟さも体幹も筋力も優れているマルチシューター。スリーを競りながらフックシュートで撃っても今なら四割は下らない」


「フェイドアウェイを警戒して突っ込んで来た相手がチャージングやプッシングを犯せば外しても三本のフリースロー。かと言って及び腰ではフェイドアウェイは防げませんからねぇ」


 むぅ、と自分のディフェンスを照らし合わせる奏。


 フックシュートは見分けやすいので、フリースロー狙いならそれこそ初見以外は状況によるが、最初から決める気であれば習熟しているのは強い。


 初夢がきっちりとフリースローを決め、点差は六点。


 75対69


 好ディフェンスが続き、互いにシュートを外すもディフェンスリバウンドは譲らず、という光景が繰り返される。


 均衡を破ったのはあやめ。世界大会でも猛威を揮ったダブルトリプルからの素早いオーバーヘッドシュート。


 75対72 


 水無学は麗胡が静のスクリーンを使って真那花にパスを繋ぎ、クイックドロウショットに移る。


 皇女は凪巴を抑えつつ、二枚のブロックで迎撃。


 そんな中、火中に跳び込んだ形となった真那花は後方の初夢にノールックパス。


(ステップバック! シュートはどっ──)


 遅れ気味になりながらも、今度は冷静に距離を計って詰める空。


 そんな一方しか警戒してない空の横を抜いた初夢が、得意のミドルレンジシュートを放った。


「ドライヴで抜いてシュート。綺麗に決まりました!」


「ふふ、従来の初夢のスタイルは、スリーポイントライン付近で相手に二点か三点かの揺さぶりを掛けてのシュート。スリーを警戒して浮き腰になった相手を抜いてのミドルレンジシュートは十八番おはこもいいトコ」


「ステップバックからシュートと思わせて、切り返してからのシュート。やられた」


 77対72


「美味いぜ酢豚。ナイッシュー、ユメちゃん!」


「ナイス酢豚」


「酢豚言うな!」


 真那花と凪巴の声に、水無学では最早定番と化した決まり文句を返す初夢。


「これが三択のステップバックトラップ。前二択のシュートで相手の意識を離れるシュートに寄せ、抜かせない意識の緩くなったディフェンスを抜いてシュートを撃つ。グーが来ればパー、パーにはチョキ、チョキならグー。それぞれの選択肢が絶対ではない故に、絶対に防げるとは言えない円環するシュートテクニック。ソロ攻略は簡単なようで難しいわ。慣れた距離でのシュートはともかく、更に距離を離すフェイドアウェイのシュート決定率向上には時間もかかったけど、こうして酢豚は無事完成。お味は如何かしら?」


「「凄く、美味しいです!」」


 香澄の説明に深雪と恵理衣が声を揃えた。


「酢豚恐るべし、ですね」


「真に恐るべきは、その酢豚をながら思考で組み立てたうちのアシスタント・コーチだよね。流石香澄ちゃん、姉さん脱帽」


 顔はコートに向けたまま、羽衣と千尋が視線を交わして微笑する。


「残り一分。ここまではいい具合に来てるわね」


 油断出来る点差ではないが、優勢のまま。


 監督の彩華は正直、大会でこれまで酢豚を使わない初夢に言ってやりたいことも多かった。


 しかし、『初夢はあれでいいんです。何から何まで相手のスカウティングに手の内見せることもないでしょう? 水無学の中では一番警戒のいらなそうな選手という認識でいてくれれば、後で充分お釣りが来ます』と香澄が言うので沈黙していたのだ。


 前半から使っていればと思う一方、いくら香澄で練習したとは言え、あやめのダブルトリプルのディフェンスに慣れる必要があったから仕方ないとも思う。


 高さは特注の厚底靴で誤魔化せても、腕の長さは別。


 だから元の身長が百五十七の香澄と百八十六のあやめのダブルトリプルでは、当然リーチの差が出る。


 その違いを埋めるのにまず集中と考えれば、口を慎むのも吝かではない。


 試合は空と麗胡が互いの大黒柱が競り取ったボールを返された形でのシュートで二点ずつ追加。更にあやめがここに来てスリーを決める。


 79対77


 残り二十秒。


 時間を使い切る?


((まさか))


 彩華と選手たちの──否、水無学サイドの考えが一致した。


 初夢が空を連れてボールサイドの零度──コートの隅の方──へ流れる。


 真那花はボールを持つ麗胡へと向かうフェイクを入れ、凪巴のスクリーンを使ってゴール下へ。


「レイ!」


 自身のコートネームを呼ぶ真那花に麗胡は静のスクリーンを利用してパスを繋ぐ。


 追いついたあやめと小嵐が二枚で防ぎに跳ぶも、凪巴を警戒したために締めの甘い小嵐。


 真那花がその隙を逃す筈もなく──。


 81対79


 一本返されるも水無学は夏の大舞台に勝利し、歓声の雨を浴びる明るい向日葵の花が、コートに咲いた。




 エピローグ


「どうでしょう壇条さん。交代した十四番は効いていますか?」


「効いてます効いてます! 効いてますよ十四番」


 オリンピックの舞台。


 水無学がインターハイで皇女に勝利してから、約一年が経った。


 見事皇后杯出場を決めた水無学。


 ウィンターカップでも結果を残し、当初の予定通りとはいかなかったが真那花のオリンピック代表選手の道は拓けた。


 今季のオリンピック選手となった高校生。


「──選手にパスが入って……ダブルクラッチ! 決まったあ! 交代して早くも三本目。止まりません。差はもう二点です! それにしてもこの二人、随分噛み合ってますねぇ壇条さん」


「去年のインターハイとウィンターカップで争っていましたし、お互いの勝手を良く知っているのでしょう。聞く所によると姉妹のような間柄で仲もいいそうです」


 竜胆あやめと星仲真那花の名前を聞いたことのない者の方が、今の日本では少ないだろう。


「ああ、壇条さんは星仲選手が高校一年の時の部長さんとお知り合いだとか。っと、ディフェンスリバウンドを取って、日本チーム、ここは慎重に運んでいく。パスが回って星仲選手ドライヴ──、パスで竜胆選──打った! 入るか? 入った決まりました三点! 日本遂に逆転です!」


「切り込んでバックロールターンで抜くと思わせて、インからアウトへパス。アウトサイドで正面からパスを貰えば当然シュートし易いですから。こういうインを攻めて相手のディフェンスを崩しつつアシストする技術が、星仲選手は本当に上手いです」


 念願のインターハイ優勝とオリンピック出場。


「星仲選手自身が非常に得点力のある選手ですから、相手も警戒せざるを得ないということでしょう。ここでまたもや硲選手がディフェンスリバウンドをしっかりとものにして、その星──仲選手から大王選手へパスッ。そのまま大王選手が切り込んでシュート! 速い高い! 決まりました。日本連続得点で引き離します」


「ここは高校が同じなだけに安定したカウンターの流れです」


 真那花の目論見通り、凛と真那花がセットとして選ばれる形となったが、どちらかと言えばその恩恵を受けたのは凛の方だろう。


 凪巴に関しては、流石最強の変態淑女と言うべきか。


「既に日本の代表選手として活躍していた竜胆選手はともかく、今季のオリンピック代表選手に高校生が四人もという点には不安を隠せませんでしたが、その高校生の活躍が映えます!」


 各方面から心配の声は尽きなかったが、皇后杯で残した結果が──水無学での時間が真那花たちの礎となっていた。


「また決まったああ! 星仲選手、三十センチ以上も身長差のあるブロック二つをものともしない華麗なシュートで四本目!」


「非常に華麗です。最早、芸術的とさえ言えるでしょう」


 今、真那花の家の机には、二つの写真立てが飾られている。


 一つは優勝を決めた私立水無神楽坂学園の女子バスケットチームを写したもの。


 そしてもう一つは、真那花やあやめ、かつての五人を写したものである。




「やっぱり要らぬ気遣いだったみてぇだな?」


「うるさいよ響祈」


 場所は、とある家屋の一室──真那花の部屋にあるものと同じ場面が彩られた写真立ての前へと移る。


「アヤちゃんもマナちゃんも、本当に頑張ったんだね。う……うぅ」


「相変わらず涙脆いねぇ真理恵は」


 したり顔の響祈や感極まった真理恵に、それぞれコメントを入れる翠子。


「だゃって~」


「さて、約束だ翠子。バスケットを解禁して貰うよ。文句はないだろ?」


「……」


 高三の夏の試合。


 全体的に身長の低いチームながら、翠子たちは大会で一番平均身長の高いチーム相手に善戦した。


 だが、終わってみれば相手チームに身長低いんだから云々と軽い気持ちで平然と愚弄される始末。


 本気で取り組む翠子でも、それはキツイ出来事だった。


(自分はいい。でも、マナにも同じことはきっと降りかかる)


 本気さが中途半端であれば、更に辛い経験をさせるだけに終わってしまうのではないか?


 それを危惧した翠子は、それなら例えそこで終わってしまっても、傷の浅くて済む内に他の誰でもない自分自身の手で、真那花に決断を迫る決意をした。


 そして、愛弟子にそこまでするからにはと、その日以降に自身がバスケットをすることも禁止した。


 もし真那花が諦めず、バスケットで夢の星の一つになったならという条件をつけて──。


「──ボールまで持ち出して。もうその気なんでしょ」


 それにわざわざ付き合ってくれた親友たち。


「ったりめーだ。今まで溜まりに溜まったツケ。ここで清算しな」


 バスケットをしないまでも、三人の中で唯一、それ相応に身体を鍛えていた響祈の逸りが、高校時代に戻ったかのような錯覚を引き起こす。


「全く。──それじゃ行こうか。響祈。真理恵」


 画面の中で試合が終わったのを見届けると、翠子は腰を上げた。


「何処へ?」


 分かって聞いているだろう親友たちに振り向く。


 前にいる翠子の後ろには嬉しそうに笑顔を咲かせている真那花。


 響祈と真理恵は、束の間あの頃に戻ったような、そんな感慨を抱く。


「当然、バスケットの出来る場所!」


 もう忘れてしまったのではとすら思っていた、心からの笑顔が二つ、確かに咲いた。


これにて完結です。これまでお読みいただいて本当にありがとうございます。

何かしら大きく反響あれば続きと言うか間と言うか書くかもしれませんが、まあないわな(そこで諦めんなよ! 諦めたらそこで試合終了ですよ…? って言ってみたかっただけ。安西先生…!! バスケが書きたいです……)。

延長戦はもう展開読めてるので、なるべく各キャラ出しつつカウントダウン的に淡々と書かせて頂きました。

山場は凜のフリースローでしたからね。実は本来の過去作ではあそこで負けてエピローグの流れでした。

全体で見ると主人公があまり主人公してませんが、たぶんきっと大丈夫。

煮詰め切れてない部分も多々ありますが、何とか宣言通り三が日以内に終えられたので一安心(ここ読まれる頃にはもうあらすじから消えてるでしょうが)。

終盤は久々に時間に追われて書きました。これぞ師走(ん?


区切りよさそうな所で毎日投稿出来ました。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ