プレッシャー。裏表
初夢って大晦日じゃなくて1月1日か2日の夜に見る夢なんですよね(小ネタ
新年になってから初めて見た夢ならいつでもという妥協案もありますが
ピピィー!
「イリーガル・ユース・オブ・ハンズ。赤八番!」
「はい」
返答と共に、満夜が粛々と手を挙げる。
(やられた)
自分の失態だと麗胡は思った。
場合によっては、凛にシュートとフリースローを決められて三点を与え、逆転されるかもしれないプレイ。
それはないと、過信していた。
だからこそ、凛に託した。
クイックドロウショットという技術で高い決定率を持つ真那花や、スリーを狙える三年生に注意を向けておいて、その実、物理的に一番ゴールに近い凛で決めに行く。
客観的に見るなら、これは麗胡のミスではない。
この土壇場で、ただのファウルに抑えながらも凛にシュートを外させた満夜が巧いのだ。
人によっては、単純に満夜のミスと見るだろう。
しかし、凜のゴール下以外からのシュート決定率を把握している者にしてみれば、思わず唸ってしまう程のプレイだ。
満夜のファウルを辞さない的確なシュート妨害で水無学に──凛に与えられた二回のフリースロー。
二回とも決めれば同点だが、残り時間はもう一秒を切っている。
仮にリバウンドを取ってそのままシュートしても、シュートを打つことが認められる残り0.3秒までにそれをこなせるのは某アシスタン・コーチくらいだろう。
通常のシュートであるフィールド・ゴールとフリースローでは、ゴール・テンディングの基準が違う。
だからこそ、高く跳べる者なら所要時間の短縮も可能になるのだが、相手チームのプレイヤーの方がゴール近くに配置される関係上、それでも限界はある。
水無学だけではない。実質、さっきの凜のシュートが両校共に最後の一本だった。
次の無い状況。
二回とも決めなければ敗北は決定する。
これが三年生だったら、もしくは真那花だったら不安はあっても十分に期待出来た。
だが、勝敗の懸かったこの状況でフリースローを打つのは一年生で、フリースローが苦手とは言わないが得意とも言えない凛。
一本は入るだろう。
しかし二本は──。
凛は身体が強張るのを感じていた。
誰よりも凛自身が、この土壇場で二本中二本は厳しいと知っている。
(外せない。絶対外せない)
ボールを貰う前から、もう僅かに震えていた。
凛はもう分かっている。
周囲が遠い……、
なのに音が頭の中で不自然なくらい反響する…………、
こんな状態では、
………………一本すら、決まらない。
それは、真那花も分かっていた。
(この状況で、どんな言葉を掛けられる?)
三年生にとっては最後の夏、誰がどう言っても凛にとってはプレッシャーにしか感じられないだろう。
しかも、その三年生より誰より、真那花自身がこの先へ進みたいと願っている。
自身の強張った身体と思考を解すように、真那花は深く息を吸い込んだ。
「──下を目指すなよリンリン♪」
いつか言った言葉。
自分に出来る最高の笑顔になっていることを、真那花は願った。
それはスッと凜の中に入って来た。
いつか聞いた言葉。
凛を救ってくれた言葉だ。
真那花の勝気な笑みを目にして、凛の震えが温かな何かで包まれていく。
プレッシャーは、ある。消える訳がない。
されどインターハイ予選が終わってからこっち、凜は撫子にシュート練習をみっちり受けた。
『ミドルレンジにロングレンジシュートが今のままでは、せっかくのピックプレイもあなたのせいで台無し! ……ね』
凜にとっても重要な真那花とのピックプレイ。
この場所は誰にも譲りたくないと、強く思っている。
そう、自分は真那花の隣で、一緒に皇后杯を優勝するのだ。だからここで止まれない──
(止まらないっ!)
気付けば震えが止まっていた。
(ありがとう真那花ちゃん。外さないよ。絶対外さない!)
上を向く。そしてこの先を目指し、プレッシャーを頂に向けて解放するように一本目を放つ。
その一本目が綺麗に決まり、様々な思いに彩られる会場が、思いのままにどよめく。
続けて会場中の視線と願い、そして凜のありったけを集めた二本目が放たれ──。
「「……」」
バスケットボールが静まるコートに音を刻んだ。
「……入っ……た。入った!!」
「やったなリンリン! これで同点だ!」
真那花の声に遅れて水無学サイドが沸きに沸き、メンバーが嬉々として凜を取り囲んだ。
「同点……うん、私やった。やったよ真那花ちゃ──」
凜の身体が突如力を無くし、膝から崩れ落ちる──
「っ、リンリンッ」
「……頑張ったね。ありがとう、後は任せて」
──前に静がそっと支えた。
「静、先輩。はぃ、お願いしま、す」
ここで終わらなかった現実に感極まり、凜の瞳に涙が溢れた。
「ナイッシューだよ凜! 凄いよ! ボクは、ボクは感動した!」
「凜ちゃん。お疲れ様です」
窮地を切り抜け感極まったままベンチに戻り、静から引き継いだ深雪に支えられながら力なく座り込む凜。
未だ現実味のない中、顔にタオルを当ててコク、コクと、みんなの声を噛みしめるように声なく頷く。
「凜。本当に、よく決めた……ね」
ビッグマンコーチであり今大会では引率責任者の撫子が凜を労いつつ、彩華にこれ以上は無理と視線を送る。
頷く彩華。ここで凜を欠くのは正直痛いが、先程のフリースローは千金に値する。一年生の凜にこれ以上は望まない。
「この場合、延長戦になるんですよね」
「ええ、決着がつくまで二分のインターヴァルを挿んで一回五分の延長戦よ」
「監督、メンバーはどうしますか?」
「そうね──」
(真那花と麗胡は外さないとして、出来れば他の三年も入れたい。後は凜の代わりに凪巴を入れるのがベスト。いえ、体力的なことを考えれば、三年の代わりに千尋を入れた方がもしかしたら──。もしくは、竜胆あやめのスリーに備えて、こちらもスリーに長けたシューターを入れた方が──。ああもうっ。こんな迷った挙句の解じゃダメ。ここはスパッと決めないと結果も選手たちもついてこないわ。それなら──)
「私は四、六、七、八、そして十三番がベストだと思います」
「香澄……」
「理由は?」
「凜を抜いた現状で、戦力的に外せないのは麗胡先輩に真那花、そして凪巴の三人。後二枠には二人の三年生に千尋先輩と初夢で四人の候補。誰を選んでも一長一短なら、私はインターハイ優勝に対する思い入れのより強い方を入れるべきだと思います」
四季にとってのインターハイ優勝とは、高校生として到達したい目標であって夢でもあるが、絶対に到達しなければならないというものではない。
元々、全国優勝を目指して全国出場出来ればいいなという心構えだったのだ。
一方、麗胡は小学六年生の頃から日本一を目指していたし、静も中学生から同じ場所を見据えていた。
そして真那花に凜、凪巴と初夢の四人──いや、五人の目標は皇后杯優勝。
五人にとってインターハイ優勝とは、絶対に超えなければならない壁である。
故に、ここでの選出に“年上だから考慮するなどという甘えはない”。
加えて──視線が初夢に集まる。
凜とのアリウープを始め、アシストタイミングの加わった真那花のクイックドロウショット、凪巴のドリブルジャンプシュート。
それで勝てるなら充分と、揶揄われるのも面白くないので出し惜しみしていたもの。
「そうでしょう初夢?」
香澄が笑顔で問い掛ける。
「その笑顔怖いから。大丈夫、あたしだってここで出し惜しむ程捻くれてないし」
口では言わないが、初夢はこれまで一緒にやって来た仲間の力を誰よりも信用している。
だから皇女相手でも、こいつらなら勝つしと、その勝利に疑問を覚えることもなかった。
故に認めざるを得ない。
本当は認めたくなかった。
自らが敗北し、今なおこいつ本当に凄いと認めている真那花。
その真那花が強敵と見ているあやめが、私立皇桜女学院が本当に強いなどと。
(悔しいけど、認めるしかない)
ずっと皇女が上だという口ぶりで話してはいたが、心の中では認めていなかった初夢。
それが鷹子初夢という人間だ。
あっさり相手を格上と認める発言をした?
親しい間柄の相手ならともかく、そんなのは建前に決まっている。JK。
さて、四季──Jを外すことで多少の戦力低下は否めない。
ただ、延長では五分という通常よりも短い試合時間となるため、試合の流れが一度傾けば巻き返しは難しい。
Jの投入はどちらかと言えば安定性重視だ。流れを引き込むと言うよりは、麗胡の作る流れを滞ることなく巡らせる戦術強化。
その点、香澄に指導を受けた初夢のアレは、初夢自身の戦力強化。たった五分という短い時間の中、流れを傾かせたい場合ならこちらが有効だろう。
「……。いいでしょう。それで行くわ。ただし、初夢はスリーのフック以外を連続で外すようなら四季と交代。静も押されるようなら千尋に交代するわ。それと、場合によっては終盤に美羽を⑤番と交代して二十四秒使い切るから、交代の可能性のある三人は身体温めておきなさい」
「はい!」
私立水無神楽坂学園 延長戦メンバー
4番 斎乃宮麗胡 3年 身長165(①~③)
6番 轟静 3年 身長177(④~⑤)
7番 星仲真那花 1年 身長160(①~③)
8番 大王凪巴 1年 身長169(①~⑤)
13番 鷹子初夢 1年 身長173(①~④)
アベレージ 身長168.8
「延長戦は満夜と小嵐を交代する」
こちらは皇女サイド。
「!?」
「はいッ」
「勘違いするなよ満夜。私はお前のファウルを評価している。結果としてこうなったが、向こうの十一番が外してこうならなかった可能性は高かった。いや、寧ろ殆どの者はうちの勝利を確信していただろう」
あれはもう十一番を褒めるしかないと、監督も分かっていた。
「それに、十一番はどう見てもあれで精神力を使い果たしている。延長戦、向こうに百八十センチ以上の選手はいない。実力が拮抗していた状態で、水無神楽坂は高さを欠いた。勝つのは、我々皇桜女学院だ」
「はい!」
「円陣!」
理緒がメンバーを集める。
「絶対勝って、私たちが明日の優勝を掴む! 行くよ。全ての恐れと慢心を駆逐する!」
「「おう!」」
全ての恐れと慢心を駆逐する。
皇女のスローガンを胸に刻み、決戦のコートに足を踏み入れた。
私立皇桜女学院 延長戦メンバー
4番 夢路理緒 3年 身長164(PG)
5番 鈴木紅葉 3年 身長184(C)
6番 飯塚空 3年 身長175(GF)
7番 竜胆あやめ 2年 身長186(SG)
10番 秦小嵐 2年 身長182(C)
アベレージ 身長178.2
「気合半端ねぇな」
「こちらも行きましょうか。美久、深雪、香澄も入って」
「オッケー」
「え? は、はい!」
「……」
「ここまで来れたのは皆さんのお蔭です」
それを確かめるように、視線でコーチ陣やベンチ外にいる更紗と優姫、応援してくれている沢山の人を見る麗胡。
それに気づいた優姫が控えめにVサインを送る。
思わず麗胡の顔も綻んだ。
「だから、ここで勝った先にも皆で行きます。そして──」
顔を引き締めた麗胡が真那花を見た。
(!)
「──必ず皇后杯に行きます! 取るぞ日本一!」
(!?)
真那花の口角が上がる。
「「おう!」」「「ええ!」」「ああ!」「当然!」「「はい!」」「うん!」
斜に構えた金髪ハーフ、初夢は斜め。ここ、テストに出たよ!
引率責任者。大体は顧問の先生がなったりするのでしょうが、優姫や外部との折衝考えるとこうなるかなと。
ベンチのチーム関係者少し多めです。実際のインターハイは3か4名だと思います。逆に皇后杯は倍以上のスタッフが入れます。実業団などでドクターやトレーナーが入ったりするからでしょうね。高校も全国大会ならもう少し枠増やさないかな、サポートや後進育成って大事だと思うの。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・




