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砕かれたクイックドロウショット

あけおめ~。ことよろ~(なおもう少しで完結の模様

 四十五対五十。


 点差で考えれば、まだ勝敗は分からない。


 分からないが──、誰の目にも、第四ピリオドの流れは瞭然だった。


 奇しくも、七番対決の様相を呈した第三ピリオド。


 その終盤に止められた七番と、止められていない七番。


「強かったわね。あなたの妹さん」


 理緒があやめに確かな称賛の意味を込め、言葉を送る。


 あやめの言葉を信じない訳ではなかったが、それでもここまで皇女のディフェンスを荒らされるとは思っていなかった。


 星仲真那花は、確かに群を抜いて強敵だった。


 理緒としては初出場校に華を持たせつつ、全国の壁の高さを教えてあげるつもりだったのだが──。


(水無学の花は、摘まなければ咲き乱れる)


 止めなければ勝敗に係わると、判断せざるを得なかった。


「一応、自慢の妹弟子ですから。向こうはどう思っているか知りませんけど」


 あやめはクイックドロウショットに絶望も抱いたが、師匠たちや真那花に対して否定的な感情を抱いている訳ではない。


 でも負けられない。


 師匠がリタイアした今、クイックドロウショットの使い手は真那花のみ。


 それに勝たなければ、あやめはダブルトリプルを誇れない。


 自身には無理だと背を向けた、心を奪われた技術。


 それを超える技術を手にしなければ、あやめはいつまで経っても気持ちの上で師匠の背中を追い越せない。


 今の真那花は、クイックドロウショットを完全にものにしている。


 もしかしなくても、かつての師匠を超えているだろう。


 その完全なクイックドロウショットに勝つことに、意味がある。


(酷い姉弟子だ)


 妹が師匠に終わりを告げられて辛かった時にも、まるで相手にせずにいつか打ち倒すべく自分を磨くことに専念していたのだから。


 恨まれているに違いないと、あやめは確信している。


 状況が切迫していたのもあるが、試合中も一言だって話さなかった。


 水無学に勝って、きっと更に恨まれるだろう。


(それでも──、ここで師匠を超える。容赦はしない)


 師匠の現実に負けた妹弟子と、師匠の夢に負けた姉弟子。


 過去の鎖から自らを解き放つためには、ここで対極に位置する相手に打ち勝たなければならない。


 決戦の幕が、上がろうとしていた。




「その寄る辺、一度砕かれてみないか?」


 時は、中学三年の冬まで巻き戻る。


「先に聞いておくが、それは一人でも発揮出来る類と見てよいのか?」


「おう♪」


「ならばよし。場所を変えよう」


 そう言う凪巴に案内されたのは、凪巴の中学の体育館だった。


 小一時間ほど連れ回されたが、とっておきに宣戦布告されては黙っていられない。


 それに相手の力量を肌で感じれるのも悪くないと、真那花は殆ど観光気分でここまで来た。


「1on1だ真那花。十本先取の勝負を二回。ただし、二回目はそちらに限り八本のハンデ。つまり、二本決めれば勝ちだ。しないとは思うが、半端な様子見はなしにして貰おう」


「別にハンデはいらねーぜ」


 どんな策を弄されようと、1on1なら勝てる自信が真那花にはある。


 たった二本も決められない事態など考えられなかった。


「ふ。その時にそう思えるなら、それでも構わない。では始めよう。先手はそちらからだ」


「行くぜ!」


 十対七で真那花が勝つ。


「ふふ。なかなかどうしてやるではないか。中学ベスト5の私に1on1で競り勝つとは」


 負けという結果に、凪巴は悔しさを抱えながらも何処か嬉しそうに真那花を認める。


 凪巴としても、これから皇后杯優勝を目指すという手前、その旗頭がここで県内中学ベスト5如きに負けて貰っては困る。


「当然。まだまだ行けるぜ♪」


(ヤベェヤベェ。クイックドロウショットがなかったら少し分が悪かったかも。ま、あるから負けないけどな♪)


 クイックネスや技術は真那花の方に軍配が上がるが、その他の身体能力は概ね凪巴の方が格段に優れている。


 真那花が下手を打てば、もう一本か二本は取られてもおかしくない。


「それでは、二戦目に行くとしようか」


 そう言いながら、凪巴は場を離れて観戦モードに入る。


「? えーっと……」


 真那花の疑問を余所に、後ろの髪を纏めた香澄がコートに入った。


「改めて紹介しよう。ここでアシスタント・コーチながら実質のコーチをしていた頼れる智将。一部では人類最凶とも名高い私の親友──如月香澄だ」


(或いは人類最胸かもしれんが。く、たまらん)


 最後に一部を思い浮かべてキラリと目を怪しく光らせる凪巴。


 紹介に託けて、ハァハァしたかっただけではないと信じたい。


「人類最強?」


「ざ~ん念。強い方じゃなくて御神籤の凶よ。人類で最も運の無い者。転じて、人類で最も運に頼る必要の無い者という意味。クスクス。不世出品になっちゃった私たち出来損ないの中でも、お姉ちゃんの完成度はちょっと違うわよ」


 真那花の発した齟齬を感じた煉香が、上機嫌に上から目線がデフォルトと言わんばかりの態度で教えてくれる。


「安心して。手加減してあげる」


「っ。面白おもしれぇ」


 妹に続いて姉からもというまさかの上から発言続きに、真那花の戦闘意欲はうなぎ上りだ。


「始め」


 迸るやる気のまま、果敢に攻め立てる真那花だったが──


 十対八で、実質、真那花は完敗した。


 つまり、一本も決められずに十本も決められた。


 真那花は出し惜しみなどしていない。


 一対一で負ける筈のないクイックドロウショットの敗北。


 凪巴との一戦目で早くも仕組みを見切ったのか、タイミングをずらして合わせられた。


 後半は、そもそもランニングシュートすらさせて貰えなかった。


「ヤバ過ぎだろ。殆ど限界領域の動きで手加減してるとかあり得ねー。マジで負けたっつうか、プライド砕き過ぎ……。なんつーかもぅ、ああああああああああああああああああああああああ!!」


 思いっ切り叫んで、ない交ぜになった暗い感情を発散させる真那花。


 香澄の動きは、決して人を超えたものではなかった。


 だが、一つ一つがその最高値と誤差の範囲で、且つ、疲労が見えないとなれば、総合で大きく差がつく。


 しかも──。


「あなたのその技。本当に凄いけど、同時に仕組みが分かる人間にとっては読み易いわ。ドライヴにしても、技術はそれなりだけどまだまだ思考が甘い。強力な武器がある人間が陥り易い典型的なパターンね。それが破られる想定が恋する乙女の視点並みに甘過ぎよ。せっかくいいものを持っていても、それじゃ宝の持ち腐れだわ」


 観察眼や思考回路が機能上人外領域とくれば尚更である。


「ふむ。なかなか良い評価だな」


「マジか。これで?」


「ああ。去年の私など、それはもう酷いものだったぞ。『ミサイル一つ撃てない高速戦闘機がスペックだけは一人前ね』とか、『今頃子どものお絵描き程度のボール捌きで褒めて欲しいの?』とか、『習いたてのくせに勝手に見限って選り好みしてんじゃないわよド下手が』とな。あぁ、それと私ではないが『下手な反射行動の積み重ねを誇らしげに見せるなんておバカさんね。大丈夫。あなたの責任はせいぜい半分よ。バカはバカらしく、これからは私にバカのように随っていればいいわ』というのもあったな」


「あー……」


 何ともご愁傷様な過去に、真那花もいたずらに言葉を発せられ無かった。


「とにかく、課題は見えたわ。折角だから、もっと高みに手を伸ばしましょう。インターハイは分からないけど、皇后杯にはほぼ万全の態勢で臨めるよう私も手を貸すわ」


 過程はともかく、心強い味方をゲット出来て好かったかなと、家に帰った真那花は疲れた身体を湯船に浸しながら今日の出来事を思い返すのだった。




 インターハイ五回戦、第四ピリオド。


 その第四ピリオドは、水無学のメンバーも含め、誰もが水無学不利と感じていた。


(ですが、そう上手くはいかせません)


 水無学は、元々不利だった。


 技術に経験、そのどれを取っても皇女のレギュラーに及ぶべくもない。


 それが多少色濃くなっただけのこと。


 今まで以上に、麗胡が個人個人の短所を削り、チームとしての長所を演出すればいい。


 いや、寧ろここからが本当の腕の見せ所。


 真那花のクイックドロウショットは強力だが、それ故にその戦術は読まれ易い。


 相手も同様。


 ダブルフラワー──竜胆あやめを中心とした戦術は強力だが、それを支えとするために読み易い。


 無論、いくら読めても、対応した上で結果を残せる術がなければどうしようもない。


 だが、少なくともあやめにプレッシャーを与える程度には、水無学のディフェンスは機能している。


 だからこその五点差。


(となれば──)


 指示を出す麗胡。


 回る歯車。


 陰で支える四季が、麗胡の手の離れた舞台を演出してくれる。


 その演出に満足出来ればそのまま、気に入らなければ改変。


 聞こえは悪いが、それがコート上での司令塔と道化の力関係。


 そうして活きる戦術。


 素早い対応が望まれるバスケットでは、命令系統がトップダウンになるのも自然な成り行きである。


 その上で、互いに信頼関係があれば尚良い。


 当然、麗胡と四季の互いの信頼は半端ではない。


 本気故の衝突も多々あったしこれからもあるだろうが、二人で築いて来た県ナンバー1PGの名は伊達ではないのだ。


 あえて読まれ易い戦術を取る二人。


 時間がかかるのは構わない。


 テンポを落とし、全体での実力差を少なくするのは願ったりである。


 第三ピリオドは、クイックドロウショットを確実に決め手に出来たからテンポアップしていただけに過ぎない。


(ここからが、本当の勝負!)


「その寄る辺、一度砕かれてみないか?」は『夢の始まり。小人の描いた大きな夢 後半戦』で出て来ました。場面はその続きになります。

区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・

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