繋がれるパス。ダブルトリプルの竜胆あやめ
年末に大掃除してたら、いつの間にか読書してる罠。
ベッドの中や炬燵に入って本のみならずスマホでも読める、いい時代になったものです。
八月一日。
インターハイ五回戦、準決勝の第二試合。
無名のダークホース、私立水無神楽坂学園対──
ほぼ日本代表チームにして今大会優勝候補のド本命、私立皇桜女学院。
「正念場ですね」
「……」
始まりは私情だったし、その気持ちは今も変わらずにある。
鳥籠を抜け出す唯一の条件。
斎乃宮の教養以外で、高校卒業までに日本一になること。
その解答に迷い込み、悩みながら道を歩いていたのが悪かったのか──。
信号を無視して走り込んで来た車に気付かず、えっと思った次の瞬間には庇われた。
一緒に撥ねられ転げ回った女性は、まさかの日本代表選手。
有終の美を飾るなんてお題目で、実際は大した期待もせずもしもに備えてマスコミが煽ってただけだから気にしなくていいと、本人は言ってくれたが──。
それでも、有終の美を飾れたかもしれない試合に出場する機会を失ったことに変わりはない。
「なら、私のパス受け取って、麗胡ちゃんも誰かに繋いでくれない? それでチャラにしてあげる」
罪悪感の募る麗胡に送られた、如何様にも取れる重くはないが軽くもない言葉。
この日麗胡は、バスケットというタスキを受け取った。
今では、それ以外の気持ちも始まりの気持ちに負けないくらいどんどん積み重なって、もう麗胡一人では支えきれないくらいだ。
(大丈夫)
積み重なる度に出来た、大切な仲間。
皆が一緒に支えてくれるから、たとえ転んでも何度でも立ち上がれる。
(その機会も、もう僅かですが。それでも)
きっと、誰かにパスを繋げなかった気持ちやこのメンバーで全国舞台で負けることの悔しさを思えば、結果として家の選んだ相手と婚姻を結ぶことなどどうということはない。
(大丈夫)
もう一度、自分に言い聞かせるように繰り返す。
県大会が終わった後も、美羽が入って来たことですぐに気を引き締めて練習に取り組むことが出来た。
庇われた者と庇った者。
天啓を感じたとは、流石に言い過ぎだろうか。
「勝ちましょう」
「……はい。必ず」
静と二人、明日を目指して扉を開けた。
第一試合は、去年の準優勝チームが大方の予想通り勝ち上がった。
第二試合は、その対戦カードより更に予想が傾いている。
「あや姉がいなきゃ笑い飛ばせるのにな」
「それ以外のアンダー勢もシャレじゃ済まないけど」
真那花の軽口に初夢が重そうに答えた。
私立水無神楽坂学園 スターティング5
8番 大王凪巴 1年 身長169(①~⑤)
9番 空雅恵理衣 2年 身長159(②~④)
10番 百乃千尋 2年 身長173(③~⑤)
12番 泉奏 2年 身長167(①~③)
13番 鷹子初夢 1年 身長173(①~④)
アベレージ 身長168.2
私立皇桜女学院 スターティング5
9番 佐々木風次 2年 身長167(G)
10番 秦小嵐 2年 身長182(C)
11番 宗像静流 2年 身長178(CF)
12番 織野祭 3年 身長173(PGF)
13番 祝会なな 1年 身長174(F)
アベレージ 身長174.8
皇女はいつものように、第一ピリオドは主力を温存しつつ相手の出方を窺う方針。
水無学はインサイドを主に凪巴と千尋で回し、その他がアウトサイドを主に回す。
主力を温存して出方を窺うと言っても、三人いる二年のメンバーは全員U-17、一年生も去年のインターミドルベスト5の一人というバランスの壊れっぷりである。
多くの場合、出方を窺う素振りもなく攻められて、更なる悪夢へと引き渡される。
だが、水無学にはそんなものお構いなしの、美を追求する変態がいた。
「ええい。貴様らなどお呼びでないわ!」
皇女の八番は、竜胆あやめと並ぶ程に有名なU-17の二枚看板で、凪巴の大好きな巨乳っ娘でもある。
しかもFと来れば、凪巴は接しょ……ではなく、接敵の機会を夢見て燃えに燃えていた。
ゴール下を変態が頑張ってくれる中、初夢は相手のディフェンスに乗らずにミドルレンジからチクチク攻撃する。
基本の攻めは、同学年に負けていられないと奮闘する二年生たちがしっかりとカバー。
風次の流れるようなボール捌きに加え、小嵐と静流で変わる両極端な攻めに押されるも、十三対十五と接戦を保ったまま第二ピリオドへと移行する。
12番 泉奏→14番 神陰美羽 1年 身長146(①~③)
アベレージ 身長164.0
私立皇桜女学院 第二ピリオドメンバー
4番 夢路理緒 3年 身長164(PG)
5番 鈴木紅葉 3年 身長184(C)
6番 飯塚空 3年 身長175(GF)
7番 竜胆あやめ 2年 身長186(SG)
8番 望月満夜 2年 身長177(F)
アベレージ 身長177.2
遂にコート上へ登場した皇女のレギュラー。
その全員が、国際戦の経験者である。
「無駄に貫禄あるわね」
「くぅ~っ、楽しみぃ!」
「こっちの先輩は無駄に元気だし」
子どものようにはしゃぐ恵理衣が羨ましいと、初夢はプレッシャーを抑え込む。
現状のアンダー勢の二枚看板。
竜胆あやめと望月満夜。
満夜の容姿が映えることから、実のあやめと華の満夜といった構図で紹介されることが多い二人。
あやめより満夜の実力が劣っている点は、確かに否めない。
だが、あやめが終始一定の存在感を与え続けるのに対し、満夜は普段はそこまででもないが要所で存在感を見せる。
終わってみれば大事な所できちんと活躍していたという、試合中は気づき難い非常の安定感。
決してコンビを組んでいる訳ではないが、この二人の組み合わせは強い。
「大丈夫。きっと克てるよ」
「ふん、当たり前だから」
肩に置かれた千尋の手を優しく振り解き、初夢が目標へと向かった。
善戦する水無学だったが、高さ・速さ・上手さ・経験を兼ね備えた皇女のレギュラーにどうしても翻弄される形となる。
(ったく、本当にやり難いわね)
特に、竜胆あやめのディフェンスは至難を極めた。
ダブルトリプルの竜胆あやめ。
竜胆あやめと言えばダブルトリプル。
最早代名詞ともなっているその技術。
その技術の名をより正確に言うなら、オーバートリプルスレットが妥当だろう。
トリプルスレットとは、ボールを持っている時にシュート、ドリブル、パスの三つの動作にすぐに移れる姿勢である。
個人によって姿勢に若干の差異はあれど、胸の前にボールが来ることは共通している。
頭の上ではドリブルにすぐに移れないし、両膝の間ではシュートにすぐ移れない。
つまり、一人の人間にトリプルスレットは一つだけ。
それが共通認識だった。
だが、あやめは頭の上でのトリプルスレットを独自に開発する。
普通に考えればあり得ない。
よしんば、技術を使ってドリブルにすぐに移行出来たとしよう。でもシュートは?
落とし穴。
ワンハンドシュートが主流の昨今。
しかし、女性ならボスハンドもなくはないし、男性でもミニバス時代ならサッカーのオーバーヘッドパスの要領でシュートをした人もいる。
そうして、ダブルトリプルのパズルは完成した。
構造上、相手を抜くというドリブルに関しては一歩遅れるが、後ろでボールをつけるメリットはそれを補って余りある。
身長百八十後半のあやめのオーバーヘッドシュートを、身長低めのアウトサイドプレイヤーが止めるのは厳しい。
何より、その状態からシュートが出るのに慣れていないために、見逃すことすら少なくない。
よりシュートへの移行が速くなった、攻撃的なトリプルスレット。
基本あやめの後ろという、見えない場所で方向づけされるドリブル。
パスは頭上からすぐも出来るし、ドリブルと見せて背後から送ることも出来る。
しかも、ボールを頭上でキャッチしてから胸の前に持ってこなくともすぐに自由な行動が可能で、高さを活かしたプレイには持って来いである。
師匠の考え方とは真逆の、身長が高いからこそ強い技術。
やろうと思って出来る技術ではない。
難しい背後でのボール操作、普通とは違うシュートフォーム、そして高身長。
これらが揃ってこそのオーバートリプルスレット。
胸の前で構える普通のトリプルスレットと合わせて、ダブルトリプルとなる。
(あーもうっ、本当にやり難いっ!)
心の中で悪態を吐く初夢。
しかしながら、やり難さを感じていたのは、あやめも同様だった。
(反応が速い)
あやめのダブルトリプルをディフェンスする際、難しいのにはきちんと理由がある。
それは、あやめを想定した対人練習が難しいという点に尽きる。
あやめのオーバートリプルスレットを真似した者がいるとしよう。
それがアウトサイドプレイヤーであれば、上手さは十分かもしれないが高さは出せない。
それがインサイドプレイヤーであれば、高さは出せるかもしれないが上手さで劣る。
何せあやめは背こそ高いが、生粋のSGだ。
日本代表の話が来た時も、CやFは絶対にしませんけどそれでもいいならと、条件をつけたくらいである。
ハンドリングに関して、上手いGにこそ劣るかもしれないが、CやFに遅れを取るレベルにないという自負はある。
だから、あやめのディフェンスは非常に難しい。
全国経験のない選手なら、早々に諦めてしまうくらいの壁の高さがある。
それなのに、初夢はやり難い程度で済んでいる。
そう、少なくともあやめが気を抜けない程度には、ダブルトリプルに対応出来ているのである。
勿論、それは水無学のアシスタント・コーチが成した業だった。
足りない高さは、まさかの靴底三十センチの特殊厚底靴で擬似的にカバー。
見るからに超のつくほど危ない動きだったが、本人は結局一度も転ぶことなく仕事をこなしてしまった。
長い靴底の側面に描かれた『良い子のみんなは絶対にマネしちゃダメよ?』という、煉香の筆跡と思しき注意書きが実にシュールで──。
(クールボケ)
(クールボケだ)
(くっ、悔しいけど可愛い)
その日から、部内でアシスタント・コーチを見る目が若干生暖かいものとなる。
あくまでクールにズレた行動を取る香澄のあどけなさに、妙に自慢げな凪巴。
ふふふと怪しく笑う姿は、どう見ても変態だった。
香澄の特訓のおかげで、何とかあやめの動きに下手を打たずに対応するメンバーたち。
(まあ、それでも問題ないけど)
水無学が対応しようと、あやめは冷静にプレイするだけだ。
オーバートリプルスレットは、言うまでもなくトリプルスレットである。
つまり基本姿勢なのだ。
そこから派生するドライヴやパス、シュートは読み次第で止められるだろう。
でも、トリプルスレットそのものは止められない。
結局、二つの場所で自由に動けるあやめが、誰よりもディフェンスし難いという事実は変わっていない。
満夜と揉み合って気力ゲージMAXの凪巴でも、その事実は変わらず──。
二十五対三十二。
水無学は七点を追う形で、後半に突入する。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・
年の切り替わる0時の予約投稿は避け、その次は12時になります。なので年内の投稿は次でラスト




