分断された『追放者達』~side:ヒギンズ&タチアナ
ナタリアが発見した鍵を回収する為にガリアンが単身での漢解除を試み、部屋から脱出を果たしたアレスとセレンが適度に周囲を警戒しながら探索を始めたのと同じ頃。
残る二人組であるヒギンズとタチアナの二人は、何処とも知れない廊下を湧き出てくる魔物相手に果ての無い追い掛けっこを繰り広げていた。
「タチアナちゃん!確り掴まっててよ!」
「い、言われなくても!!」
進行方向から大量に押し寄せて来つつ在る魔物の群れを目視したヒギンズが促す声に、半ば怒鳴り付ける様な形にて返事をしながら、それまでも掴まっていたヒギンズの背中に一際強くしがみ付くタチアナ。
その際に、去年成人を迎えたばかり、と言う事を鑑みれば十二分に豊穣の約束された二つの膨らみがヒギンズの背中へと押し付けられ、むにゅりと柔らかくも成長途中の芯の残る若干の固さと若々しい肌の張りが合わさった、男にとっては種族を問わずに恍惚となるであろう魔性の触感が彼の背中へと到来する。
……が、悲しい事に彼は軽鎧と呼ばれるパーツが肉抜きされたモノとは言え鎧を装着していて、その天上の甘露を味わう事が出来なかったし、仮にその触感を十二分に堪能出来ていたとしても、どちらかと言うと『ON』と『OFF』のスイッチの切り替えが激しい彼がソレによって行動不全を患う事になったかと言われると『否』と応えざるを得ないだろうが。
とは言え、実際にそうなっている訳でもない為に、背中のタチアナが確りと掴まっている事を確認したヒギンズは、それまでよりも一際強く脚に力を込め、床を踏み抜く程の凄まじい速度にて自ら迫り来る魔物の群れへと突っ込んで行く。
途中、カチッ!!と言う、この状況に於いては死神の足音にも等しい音が彼の足元から聞こえて来た。
それにより、彼の足元には例の転移トラップとは異なりはするが、それでも魔法に関する素養の無いヒギンズには読み解く事の叶わない魔法陣が展開され、あの時と同じ様に発動直前である事を示す発光を強めて行く。
更に、進行方向からのみ迫りつつ在ったハズの魔物の群れが、今度は後方からも湧き出て来ており、正に前門の虎後門の狼と言った具合に彼らへと危険が迫り行く!
……が、その次の瞬間。彼の足元に在った魔法陣が発動し、逆しまに放たれた稲妻が彼らへと殺到する迄の刹那の隙間。
その間に、ヒギンズと彼に背負われたタチアナの姿は魔法陣の中から消失し、彼らが進行方向として見ていた側の魔物の群れの向こう側に出現していた。
別段、彼らは原理不明な手品を使った訳ではない。
それに、支援術を扱うタチアナはともかくとして、ヒギンズには魔法に関する素養は全くと言っても良い程に無い為に、魔法によって切り抜けた、と言う訳では当然無い。
では、どうやったのか?
その答えは、稲妻が収まり、魔法陣が消失した事により剥き出しとなった床に残された踏み抜き蹴り砕かれた床材と、その踏み抜かれた床から現在地に至るまでの直線間を結ぶ様に転がり、消失しつつ在る魔物の死体が物語っていた。
そう、彼は、自らの生まれ持っての身体能力を、背中のタチアナによる支援術によって大幅に強化した状態にて、魔法の属性に於いて最も速度と破壊力に優れる雷魔法が発動されてから着弾する迄の刹那の時間にて魔法陣から走って脱出しただけでなく、その勢いに任せてその進路上の魔物すらも屠って見せたのだ。
その証拠に、彼の手にしている得物はこのダンジョンにて出現するアンデッド系の魔物の体液に塗れており、急速に消失して行くソレはまるで陽炎か闘気でも纏っているかの様に揺らめいて見えていた。
「…………ひゅ~。
コレで正味三回目だけど、やっぱりこのやり方って効率がえげつないねぇ~」
「……うっぷ。
その分、背負われてるアタシへのダメージは、半端無い事になってる……けど、ね…………うっ!?」
「…………あ~、その、タチアナちゃん?吐くんなら、オジサンの背中じゃなくて、そこら辺の隅っこでお願い出来ないかなぁ~?
オジサン、見ての通りに色々と経験してるけど、幾ら君みたいな可愛い娘のとは言え、ソレで興奮出来る程の上級者じゃあないつもりだからさぁ~」
「……流石に、うぷっ……!?年頃の乙女としては……!そんな醜態を、晒す訳には……うっ!?……行かない、でしょうが……!」
「なら、このまま行くけど、そう言ったからにはもう少し我慢してよ?そうしたら、オジサンとしても見ても聞いてもいなかった事にして上げられるからさぁ~」
「……なる早でお願い……!うっ…………!?」
背中の時限爆弾が炸裂しそうだったからか、それとも純粋に仲間を慮ってかは不明だが、そのやり取りによってスイッチが入った様に意識を切り替えて魔物の群れへと飛び込んで行くヒギンズ。
時に得物を薙ぎ払って纏めて魔物を両断し。
時に得物を突き出して纏めて魔物を串刺しにし。
時に自身の尻尾を振るって纏めて魔物を叩き潰し。
そうやって、自らの身体能力によって縦横無尽に大暴れし、近くにいた魔物の群れを蹂躙して行くヒギンズ。
大半が骸骨兵士や腐乱死体と言った雑魚の類いとは言え、それなりに数が揃っている以上は与し易い相手とは言えない程度の戦力は整っているし、中には死霊騎士や混合腐乱死体と言った世間的には『強敵』と言われるであろう連中すらも混ざっている以上、敵方が弱いから、と言う言い訳は使えないであろう程に、彼の実力の高さを証明していた。
そして、本格的に蹂躙を開始してから一分も持たない内に、襲撃を仕掛けて来た魔物の群れを掃討する事に成功し、それまで青ざめていたハズの顔が今では土気色にまでなり、辛うじて気合いで押し留めているのであろう顔も限界が近いらしく、辛うじて押し留めているのだろう事を確信させられてしまう。
そんな彼女を見て見ぬフリをしながら、然り気無く覗き込んで内部の安全を確認しておいた部屋へと誘導しておく。
そして、自身は廊下側の扉の前に仁王立ちし、背後の部屋から漂って来る苦し気な息遣いや、若干の酸っぱさすら感じる臭いに何かがぶちまけられる様な音等には大人の男として気付かないフリをしながら、現在居る廊下を見渡してどの辺りにトラップが仕掛けられているのかの予想を立てつつ湧いてきた魔物を蹴散らして行く。
暫しそうして時間を潰していると、口許を拭いながら部屋からタチアナが出て来た。
ヒギンズが差し出した水筒を受け取って口を濯ぐ彼女の顔色は未だに良くない。
足取りも若干ながら覚束無い様子だが、その瞳はまだ活きており、心もまだ折れてはいない様子で、若干ではあったが赤面しながら水筒を返却するのとは逆側のその手には見慣れぬ『何か』が握られていた。
「……お帰り。具合はどんな感じだい?
……それと、ソレは何かな?オジサン、君がそんなモノ持ってるのってみた覚えが無いんだけど?」
「……あぁ、出したら大分マシになったよ。でも、まだ少しフラフラするかな……。
それと、コレだっけ?何か、部屋の中に置いてあったから持ってきてみたんだけど、何だか知らない?」
「オジサンも見た覚えが無いねぇ。それと、ダンジョンの中にあったモノを、あんまり気軽に持ち出さない方が良いよ?
今回は大丈夫だったみたいだけど、下手すればオジサンみたいに呪われたりするかも知れないんだからねぇ?」
「はいはい。分かってるわよ、その位は」
そんなやり取りを挟みながら、彼女が持ち帰ってきた球体で淡い光を放っているソレを弄りつつ、どうにかアレスが指定した合流場所である一階玄関前エントランスを目指すかを考えて行くのであった。
……なお、その光景を見守る者はいなかったが、例の球体を弄り回す二人の距離感は、同じパーティーの仲間、と言うには若干ながらも近過ぎる様にも見えたのだが、それはまた別のお話である。
面白い、かも?と思って頂けたのでしたら、ブックマークや評価等にて応援して頂けると励みになりますのでよろしくお願い致しますm(_ _)m




