追放せし愚か者達・2
―――とある村近郊の森の周辺にて、複数の鎧姿の男達の前に一人の少女が躍り出る。
「そんな!?なんでそんなに可愛そうな事をするの!?
魔物だって生きているのに!命は平等なんだよ!?
この子の親だけじゃなくて、この子の命すら徒に奪うつもりなの!?」
何処ぞの御伽草子や劇でならば耳にする事も在るかも知れない様なセリフを口にするのは、この世界とは別の世界から転がり落ちて来た『稀人』の少女。
その教会から『聖女』と認定された少女は、様々な系統の見目の整った異性を背後に引き連れていながらも、自らの考えは絶対的に正しいのだ!との認識と、自称『責任感の強さ』によって、こうして身一つにて飛び出して来たのだ。
そんな彼女の行動を目の当たりにした背後の異性達は、そんな彼女の勇姿に見惚れ、偽りの聖女を追放したのが正しかったのだと確信しながら彼女の手助けを進んで行って…………いなかった。
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…………あぁ、またか……。
彼女の行動を目にした彼らの内心では、そんな思いが彼らの脳裏を過り、物理的に発生し始めた頭痛が彼らの心と身体を蝕み始める。
何故なら、彼らの目の前では、依頼で訪れた場所にて偶然かち合った他の冒険者達が仕留めようとしていた魔物の前に、両手を広げて立ち塞がる『最愛の聖女』だったハズの少女の姿が存在していた。
「こんなに小さな命を、大の大人が何人も挙って痛め付けるみたいに追い詰めるなんて!命の価値を何だと思っているの!?
まだ幼くて、恐怖で震えている子供を殺そうとするだなんて、恥を知りなさい!それとも、魔物相手なら何をしても赦されるとでも思っているの!?」
何の関係も無い第三者が見れば、慈悲深い聖女が粗野な冒険者から子供を守ろうとしている、と言った風にも見えるかも知れない。
……しかし、実際彼女が背にしている庇っているのは魔物の幼体であり、ソレを庇いたてる様な行動は許可を得たテイマーが従魔化する事を狙って行うのでなければ、即ち『人類への反逆』とも言われる最大の重罪として知られている。
所謂、極一般的な『常識』として、だ。
だが、そんな事は知った事ではない、と言わんばかりの彼女の行動に、次第に相手の苛立ちが募って行くのが端から見ていても感じられた為に、同行者として同じ冒険者パーティーに所属している彼らも仕方無しに割って入って行く。
「……そこまでだ。あんた達も、シズカも、その辺で止めておけ」
「…………なんだ、テメェは?」
「ブレット!やっと助けてくれるのね!
私……私、怖かったんだから!でも、ブレットが来てくれたから、もう大丈夫よ!もう、何も怖くないわ!!」
突然割り込んで来たブレットに、殺気を顕にしながら手にしていた得物に力を込める冒険者。
そして、彼が自身の主張を全肯定し、対立しているベテランと敵対してでも自身を守ってくれる、と信じて疑わない、以前は耳に心地好く聞こえていたハズの甲高い声を張り上げ、彼の広い背中へと寄り添う様にすがり付くシズカ。
鎧越しとは言え、異性の身体に気安く触れてくる彼女の行動に、思わずブレットの表情が厳しいモノとなる。
それが、少し前までであれば、甘美なる至福を自身へともたらしてくれていた行為だったとしても、だ。
チラリと背後へと視線を送れば、自らの背に鎧越しに無いに等しい胸を押し付け、自身への服従を疑っていない、『彼女』とは異なり温かみや慈しみの欠けている何処か無機質な瞳と、自身と同じ様に苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる仲間達の姿が視界へと写り込む。
そんな彼らの瞳は、一様に語っていた。
『こんなハズでは無かったのに』と……。
彼女であれば、こんな横取りめいた様な傍迷惑な事は断じてしなかった。
そも、彼女であれば、魔物の危険性や特殊な手順を踏まない限りは人に服従するなんて事は無いのだと理解しており、魔物を庇いたてる様な事は決してしなかった。
むしろ、彼女の様に、自らが汚れる様な事柄を忌避したり、自らに厳しく当たる相手に対して露骨に見下す様な事なんて一度もしているのは見たことが無かった。
彼女であれば、怪我人を見れば誰であろうとどんな身形であろうと直ぐに癒していたと言うのに、彼女は相手が資産を豊富に持っていてその上で見目の整っている事が無ければ、決して自ら進んで癒そうとはしないのだ。
……更に言うのであれば、彼女であれば、嘘を吐いてまで誰かの評価を貶めて自身を持ち上げさせようなんて、これまで一度たりともした事も、しようとした事も無かったと言うのに。
「…………何故、居なくなってしまわれたのか。俺の事を、愛してくれていたのでは無かったのか、セレン様……!」
自分達の手で追放したにも関わらず、都合良くそれらを忘れて溢された悔恨の呟きは誰の耳にも届く事は無く、未だに無い胸を押し当てて来ている背中の『聖女様』をどうにか宥めすかす為に、溜め息と共に彼女へと向き直るのであった。
…………なお、彼は自身こそが聖女セレンと両想いであったと勝手に思い込んでいる様子だが、彼以外の他のメンバー達も彼と同じ様に勝手に思い込んでいたりするのだが、それが世間へと暴露されるのはもう少し先のお話である。
******
「おい!一体、コレはどう言う事だ!?」
男の怒号が建物の中に響き渡る。
同時に机へと拳が叩き付けれて幾つかの木っ端が舞い上がる。
が、怒りに任せた拳では古びた机一つ砕く事も出来なかったらしく、逆に痛みから呻き声を漏らして拳を引き戻して抱え込む。
そんな様子の彼に対し、ローブを纏って杖を持ち、如何にも後衛だと言わんばかりの装備に身を包んだ女性が、冷ややかな視線と態度を持ってして反駁する。
「一体どう言うつもりなのか、はこちらのセリフなのだけど?
貴方達は、支援術士を何だと思っていて、何を求めて然るべきなのかと考えている訳?」
「……な、何をって……そんなの、極一般的な支援術士の仕事をしろ、って言ってるだけだろうが!?」
「…………『極一般的な支援術士の仕事』、ねぇ……?」
たっぷりと何かを含ませた口調にて、そう繰り返す支援術士の女性。
そんな彼女の視線と仕草と態度に晒された冒険者パーティー『闇を裂く刃』のリーダーであるネイザンは、一瞬とは言え気圧された様な状態になりかけたが、直ぐに自分がCランクの冒険者である事を思い出し、碌に戦えもしないし自分の仕事をこなす事も出来ない女に圧される理由は無い、と自らを奮い立たせて逆に睨み返して行く。
が、ソレを気にする事も無く、少し前にとある少女と入れ換わりになる形でパーティーに参入していた支援術士のミリアムは、呆れた様子を隠そうともせず言葉を続ける。
「じゃあ、逆に聞かせて貰うけど、なんであんた達の雑用だとかナチュラルに私に押し付けてくれてる訳?
それに、仕事だから掛けてやってた支援術にも一々文句垂れてくれやがるし、一体何様のつもり?
もう一回聞くけど、あんた達って支援術士の私に何を求めてる訳?私は『支援術士』であって『家政婦』じゃないんだけど?」
「そんな事、前にいた欠陥支援術士は当たり前にやってた事だ!なら、後釜のお前もやって当然の仕事だろうが!?
それに、支援術を掛けてやってるだと?お前が掛けたって言ってる支援術なんて、全然効果が無いじゃないか!これなら、前の欠陥支援術士の方が全然効果が在ったぞ!?」
「はぁ!?あんまりふざけた事を言わないで貰えないかしら!?
私は、あくまでも『支援術士』としてこのパーティーに入ったんだ。なら、自分の分の雑用ならともかくとして、家政婦みたいにあんた達の分までやってやらなくちゃならない理由なんて無いね!
それに、支援術の効果が低いだって?冗談は止しておく事をオススメするよ。大方、以前はランクの低い依頼ばかりやってたから、自分の本当の力量ってヤツが把握出来てないんだろう?でなきゃ、そもそもベースになる実力が無ければお話にならない支援術のせいになんか、したくても恥ずかしくて出来ないんだけど?普通なら、ね!」
「……ぐっ!?
……だ、だが!そうだったとしても、お前を雇っているのは俺様だ!なら、俺様からの命令なら従う義務がお前には在るハズだろうが!
わざわざ女を雇ってやっているんだから、黙って俺様の言う事をしてれば良いんだよ!?一々、あいつみたいに反論して来るんじゃねぇよ!鬱陶しい!!」
「……あっそ。なら、私はもう辞めさせて貰うとするわ。
こんなクソみたいに扱われかねないパーティーなんて、こっちから願い下げだね!
まったく、上昇傾向にあるパーティーだって話だったから乗ったって言うのに、これじゃとんだハズレクジじゃないのさ!
大方、前の評判も抜けた支援術士が居てくれたお陰なんだろうし、もう先は無さそうだから、もう抜けさせて貰うよ。じゃあね!」
「お、おい!待て!!」
振り返る事も、未練を見せる事も無く、そのまま建物を後にするミリアム。
その背中を呆然と見送ったネイザンは、再度怒りに任せて拳を目の前の机へと振り下ろすのであった。
そしてその後、ミリアムの捨て台詞を否定する様に支援術士の人員を募集し、依頼に挑んで行く『闇を裂く刃』だったが、何度も同じ様な理由にて向こう側から三下り半を突き付けられる事になり、次第に依頼をこなす事にも支障が出る様になるのであった。
予定通りに次話から新章始まります
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