『追放者達』、依頼先へと急ぐ
アルカンターラを囲う外壁に設えられた、四つの通用門から四方に伸びる街道の内、西の方面へと繋がっている街道は、他のそれらと比べると明らかに人通りが少なくなっていた。
北に在るカンタレラ第二の都市であるアルゴーとアルカンターラを結んでいる北の街道。
穀倉地帯である南部へと繋がる南の街道。
直接的に繋がる訳ではないにしろ他国との取引所への道順である東の街道。
元来、それらの他の三つの街道とは異なり、特に目を引く場所へと繋がる訳では無かったものの、それでも広くまで名の知れ渡っている場所が少ないと言うだけの話であり、冒険者達には別の意味で有名な『黒き還らずの森』の近くを通る道でも在った為に、それなり以上には旅人や商人にて賑わいを見せていたのだが、今はその面影は感じられない。
それは何故か。
理由を言ってしまえば簡単。
例の街道が近くを通る事になる、冒険者には有名で、その他の商人や一般人には悪名高い魔境である『黒き還らずの森』の浅く街道に近い地点にて、ジャイアントの一種である単眼巨人が確認されたから、だ。
元々、還らず、と言われる程度には、下手な実力にて一度足を踏み入れれば戻って来れなくなる、と言う事が知れ渡っていた『黒き還らずの森』。
しかし、それはあくまでもある程度以上深く踏み込んだ場合の話。
街道に近く、森としても浅い部分には普通の動物が生息している程であり、魔物が出ても精々が群れからはぐれた小鬼かもしくは豚鬼と言った程度であった。
故に、それなりに距離は在るものの、比較的近間に設えられている村の住人達であれば、時折採取に赴いたりする程度には、比較的危険性を回避出来なくは無い場所であったのだ。
……しかし、そんな比較的安全であったハズの場所にて、本来ならばもっと深い場所でなければ出現し得なかったハズのジャイアント種である単眼巨人の出現が確認された事により、状況が一変された。
身長が平均して五メルト程であり、特徴的な単眼を有するその魔物は人を見れば襲い掛かって食い殺そうとする習性が在るために、発見と同時に討伐の依頼が発行される事となる。
ジャイアント種特有の巨躯から産み出される剛力と、ソレを支える筋量と骨密度により高い硬度を誇る肉体は討伐を困難なモノへとするが、ジャイアント種としては最弱に近いモノでしか無いのであまりランクは高く付く事は無い。
故に、通常であればあっと言う間に討伐され、普段の通りに戻る……ハズであったのだが、出現の確認された場所が悪かった。
……そう、比較的浅い場所であれ、五メルトを軽く上回る程に生育した黒樹種の木々が生い茂り、常に薄暗い状態となっている為に命名された『黒き還らずの森』であったが為に、具体的な存在の確認や出没する位置等の確認が中々出来ず、討伐隊を送り込む事が出来なかったのだ。
おまけに、表面が黒っぽく、光を良く吸収する性質を持つ黒樹の森であるが為に、大人数を投入しては徒に被害が増すばかりであり、本格的に動き出せるだけの情報を集める事が困難で、国としても部隊を送り込む事が出来なかった、と言う事も在る。
もっとも、最後に確認された時点にて、例の最寄りの村からは離れる様に移動していた、と言う情報が上げられていたが為に、対処の必要無し、と判断された可能性も否定は出来ないのだが……。
そうして、そんな安全性に不安が見られる、と言う理由から往来する人々の減っていた北の街道を、真っ直ぐに『黒き還らずの森』の方面へと突き進んで行く複数の影が。
その内の殆どが、自らの足で疾走している様子であったが、残りの二つに関しては、複数の狼が引く犬橇の様なモノと、その巨体からは想像も出来ない程の速度にて駆ける熊が引く橇の様なモノである様にも見てとれた。
……そう、説明せずとも理解して頂けるとは思うが、その複数の影こそ、例の単眼巨人の討伐を依頼された冒険者パーティー『追放者達』の面々である。
「取り敢えず、確認しておくぞ!
目的地は『黒き還らずの森』!目標は単眼巨人!報酬は、単眼巨人の素材全てと大金貨で一枚だ!それと、俺達のパーティーである『追放者達』のパーティーランクの上昇と、タチアナとナタリアとヒギンズのオッサンの個人ランクの上昇!
何か質問は!?」
暗殺者としての身軽さを生かし、先頭を走るアレスが声を挙げる。
すると、ナタリアがテイムしている熊の引く方の橇にのっていたタチアナが声を張り上げる。
「その単眼巨人が目撃された場所って、例の森のどの辺りな訳!?あんまり深い処だと、アタシ生きて帰れる自信無いんだけど!?」
「資料に寄れば、中層域よりの浅層らしいから、多分大丈夫!余程油断して、無防備に腹出して寝こけでもしない限りは、他の誰かが守ってくれるハズだから安心しろ!」
「そこはアンタが守りなさいよ!?」
「なはははは!いやいや、若い子同士は仲が良いねぇ。
大丈夫さぁ。いざとなったらオジサンがちゃあんと守って上げるから、安心しなよぉ」
「え……!?
…………う、うん……」
「…………アレ?なんか、思ってた反応と違うんだけど?オジサン、なんか不味い事言っちゃったのかい……?」
僅かながらも顔を赤らめて視線を反らすタチアナと、ソレをみて気を害したのかと心配しながら平然と疾走するヒギンズを放置して、鎧を橇に預けて全力疾走しながら次の質問を口にするガリアン。
「では、依頼にて規定されている、討伐すべき単眼巨人は何体だ?
それと、周辺に居るであろう、対象外の魔物の情報は載っているのだろうか?」
「単眼巨人の方は、取り敢えず目撃された一体だけで良いそうだ。割りと特徴的な傷が顔に入ってるみたいだから、ソレで対象なのかどうか分かるだろ。
その他の魔物は…………あ、あったあった。どこにでも居る小鬼とはぐれの豚鬼はお決まりとして、中層域に近付き過ぎると銀群狼だとか、黒樹に偽装した変異魔樹だとかが出てくるみたいだから、多少は気を使った方が良いかもな」
「ああ、変異魔樹が出るのか。アレは、匂いや気配で探れぬ故に、当方は少し苦手なのだが……」
「あ!それなら、察知はボクの従魔達にお任せなのです!
この子達は普通の動物よりも感覚が鋭いので、多分その手の隠れている魔物も発見してくれるのです!」
「……む?そうなのか?
では、遠慮無く頼らせて頂こうか」
「はいなのです!モフモフさせて頂いた分は、確りきっちり働いて返すのです!」
そんな二人を、ナタリアが手綱を操る犬橇の後部へと乗り込み、微笑みを浮かべながら見守るセレン。
その表情は、何か微笑ましいモノを見詰めている様であり、同時に何処か寂しそうな色を含んでいる様でもあった。
それに気付いたからか、もしくは一人だけ声を挙げなかったからか、ソレまでとは逆にアレスが声を掛ける。
「セレンは、何か聞いておきたい事とか在るか?」
「……あ、私、ですか?えぇっと、そうですね……。
……その、私は『黒き還らずの森』について詳しくは無いのですが、そこには毒の類いを使ってくる相手はいないのですか……?」
「ああ、成る程、ソレを気にしてたのか!どれどれ?
…………ふむ、この資料に寄れば、浅層程度には出てこないとさ。まぁ、中層域の奥の方まで入り込むと出始めるみたいだから、多分遭遇する事は無いだろう。きっと」
「そうでしたか!では、私の出番は少なそうですね!」
「まぁ、回復役の出番は少ないに越した事は無いんだから、ソレで良いんじゃないの?
今回は相手が相手なんだから、万が一に備えて魔力は温存しておいて下されよ!」
「…………ふふふ、では、そうさせて貰いますね!」
一応確認していたとは言え、他の二人程には重要性の少ない『他愛もない会話』と言えるであろうやり取りの後に、ソレまで僅かに含まれていた寂しそうな色が完全に払拭された微笑みを浮かべるセレン。
そんな彼女の様子を目の当たりにし、不思議そうにしながらも、それでも表情の曇りが晴れた事で満足そうにするアレスと、ソレを特に声を出す事はせず、ニヤニヤとしたり何かに気付いた様な表情をしながら見守る他のメンバー達。
そうやって爆走する事暫し。
普通であれば、二日程掛けて漸く到着出来るであろう距離を、持ち前の体力とタチアナの支援術によって強制的に踏破した『追放者達』のメンバー達は、太陽が中天に差し掛かった頃合いにて目的地たるアンドラス大森林。通称『黒き還らずの森』へと到着したのであった。
……おや?おやおやぁ?(ニヤニヤ)
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