『栄光の頂き』の崩壊~序~
アレスがシーラから参加を求められ、状況的に断り切れなかったが為にかなり限定的な条件を追加して渋々受諾した後、仲間が待っているテーブルへと移動していたのと同じ時。
緊急依頼の話が出た時、真っ先に反応してギルドを出ていたサイモン達『栄光の頂き』は、件の『巨大な影』が目撃されたと言われている東側の通用門を目指し、一路大通りを駆けていた。
その速度は、前衛であるサイモンや斥候職であるモルガナは当然としても、純然たる後衛職であるグラニアですら道中で怯えた様子を露にしている一般人達では目に止める事すら出来ない程のモノであり、アルカンターラでも中央部に位置する冒険者ギルドを出立してから、然程しない内に通用門の近くまで辿り着く事に成功していた。
先の昇格試験の監督役として行動し、かつその後に必死で獲物である『不変鉱大亀』を解体してその素材をほぼ徹夜で運搬し、つい先程素材を専門に扱う卸し問屋で売却してきた(それでもまだ総量の三分の一程度しか処分できていない)ばかりである為に疲労も蓄積しているハズなのだが、素人目にはそんな事を感じさせない程にエネルギッシュに行動している様に見て取れた。
…………しかし、そんな彼らの表情は、このアルカンターラに於いて最初に東側の通用門へと到着したにも関わらず、あまり晴々としたモノでも、先陣を切る事への優越感に浸っている訳でも無い様にも見える。
その理由として挙げるのならば、ギルドでアレス達に出していた誘いを不当に断られた(※サイモン視点ではそうなっている……らしい)事もそうなのだろうが、やはり周囲に立ち込める濃い霧もソレに一役買っているのは明白な事実なのだろう。
「…………くそっ!この霧、一体何なんだ?
やけに濃いが、その癖近くならばハッキリ見えるなんて、不気味に過ぎると思わないか?これじゃあ、これから繰り広げる予定の俺達の活躍を、賑やかすしか取り柄の無い連中に見せ付けてやる事も出来やしないじゃないか!
それに、もう既に霧が出る様な時間帯じゃないハズだし、そもそもこのアルカンターラはこんな霧が掛かる様な場所だなんて聞いた事がないぞ!?
一体、どうなってる?」
「落ち着きなさいよ、サイモン。
ソレを調べる為にも、こうしてわざわざ抜け駆けするみたいな形で先行したんじゃないの。
それに、私達が調べなきゃならないのは、寧ろこの『霧』よりギルドに飛び込んで来た冒険者の言っていた『巨大な影』の方なんだから、意識するならそっちにして貰えないかしら?」
「そうそう。
ウチらが依頼されたのは、あくまでもこのアルカンターラに迫ってる驚異だと思われる『巨大な影』の対処だよ?
この霧は霧で異常事態だけど、そっちはそっちで誰か対処するハズなんだから、今はこっちに集中してくれないと困るんだけど?
何せ、あんたまたさっきやらかしてくれてる訳なんだから、ねぇ……?」
「……えぇ、そう言えばそうだったわね。
ギルドの会則でも禁止されているハズの『昇格試験の際に、見返りを要求する事で採点を甘くする』事をしてやる、とあんなに人の目が在る中で公言するなんて、一体何を考えているのかしら?
あんな事をされては、貴方だけではなくて私達にも悪い影響が出る事になるじゃないの。止めて頂けないかしら?」
「……あ?あの程度、問題になんかなりゃしねぇよ。何の為に、わざわざギルドの内部に協力者を作っておいたと思ってやがる?
それに、ああしたお陰で俺達とあいつらとのやり取りに注意が集まる。その上で、今回の要請で分かりやすい手柄を俺達で上げてやれば、あいつらから二人を引き剥がして俺達のパーティーに引き込むのもやり易くなる、ってもんだろうが。
ギルドの方も、手柄さえ上げてれば多少の騒ぎには目を瞑らざるを得なくなる。良いことずくめだろうがよ!」
「…………そう、上手く行くと良いのだけど……」
「……ウチも、そうなるとは思えないなぁ……」
門を潜って外へと足を踏み出しながら、そんな言葉を交わす三人。
流石に、通用門にて出入の手続きを行っている役人の前では自重していた様子だが、余人の居ない状況ではその限りでは無いらしく、普段は被っている猫の皮を投げ捨てて明け透けな企みも露に会話を続けて行く。
とは言え、腐っても彼は冒険者としては最高峰たる『Sランク』のパーティーだ。
そうしている間にも、絶えず周囲を警戒してはいるし、何が在れば直ぐに対応出来る様に、とサイモンとモルガナはそれぞれの得物に手を掛けているし、グラニアも反射的に魔法を放てる様に頭の片隅にて魔法陣の構成を組み立てながら行動を開始していた。
その為、門を出てからそこまで移動していない近距離にて、しかも本当の意味でアルカンターラの真っ正面に突如としてその存在感を露にしたソレに対し、グラニアは用意していた魔法を放ち、サイモンとモルガナは得物を抜き放って油断無く構えて見せる。
グラニアの放った魔法により、その軌道に沿う形で霧が切り裂かれて行き、最終的に着弾して弾けた衝撃波によって暫しの間周囲の濃霧が吹き飛ばされる事により、そこに在ったモノの姿が彼らの視界に現れて行く。
彼らの頭上数メルトの高みに放たれた火球がソレに命中した事によって霧が吹き散らされ、巨大な何かが現れて行く。
それに連鎖する形でどんどんと霧が晴れて行き、そこが人で言う所の下腹部に相当する場所であった事が判明して行く。
そして、サイモン達の想定では、既に頭部まで見えていないとならない高さまで露になってもまだ胸板しか見えず、晴れ上がって行く霧に従って呆然と視界を上げて行き、その場から数歩後退った上で尚首を限界まで上向けて漸く、高さ十メルトの高度に在るソレの顔と思わしき部位を目にする事に成功する。
例の駆け込んで来た冒険者から聞いた『巨大な影』と言う単語から、どうせ相手はジャイアント系統なのだろう、と予想を立てていたサイモン達は、対象の大きさを通常のジャイアント種の平均である五メルト程度である事を想定していた為、ソレを遥かに上回るサイズを誇る相手の出現に、驚愕から意識の空白が発生してしまう。
しかし、そうして唖然として固まる彼らに対し、ソレは反撃する様な事もせずに、グラニアが放った魔法が命中した下腹部へと手を伸ばすと、まるで虫刺されでも見付けた様な感じで巨大な手と指で患部をボリボリと掻き始めると同時に、稲妻でも落ちてきたかと錯覚させられる様な重く低く大きな声を発し始めた。
「…………なぁ、ゴライアスよ。今、我は何かされただろうか?
少々温かくて痒かった様な感覚があったのだが……?」
投げられた言葉の通りに、魔法が着弾した場所は特に赤く焼けている訳でもなく、患部を掻いていた指が退けられた時には既に、元の通りの何事も無かった様な皮膚が残されていた。
その事実に、咄嗟に放ったモノとは言え自分達の攻撃が『その程度』扱いだと!?と言う驚愕と怒りとが混ざり在った感情を励起させる三人であったが、それまでは意識していなかったソレの足元からソレへと対して応える声が耳へと届いてくると同時に、無数の足音と鎧や装備が擦れる様な音が彼らの耳へと届いて来る。
「………………事実を述べるのなら、肯定だ。当機からも観測出来ていたが、僚機は魔法による攻撃を受けていた、と言うのは事実だ……」
「…………なに?あの程度で、攻撃、と?痒いだけだったのだが?」
「………………しかし、客観的な事実だ。大方、放った者が、大した技量では、無かったと言う事だろう。これならば、途中で遭遇した者達の方が、まだ遣り手であったと言う事なのだろうな……」
……その言葉は、サイモン達『栄光の頂き』のプライドを著しく傷付けるモノであった。
自分達の事を眼中にも置かずに会話を続けるそれらに対し、怒りのままに得物を構える三人と、その段に至って漸く三人を補足したらしいソレら。
「………………うむ?どうやら、我の足元にいる虫けらが先の攻撃を放ったと見えるが、どうするか?」
「………………此度の目標である、『観察対象』では、無い様子だが……このまま放置するのも、面倒だろう。目標が出てくるまで、これらで当機らの暇を潰す事を推奨する……」
そんな、あからさまに『遊んでやるよ』と言う意味合いを込められた言葉を投げられた『栄光の頂き』は、特に相手の上方を探る様な事もせず、怒りのままに得物を構えて突撃して行くのであった……。
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