『追放者達』、実力の一端を示す
橇の車上にて軽く情報交換を終えたアレス達『追放者達』は、ほんの数時間程で目的地として設定されていたフルフーレ湿地帯の入り口として認知されている場所へと到達する。
そこは、ソレ以上進めば地面が常に泥濘と化し、かつ出現する魔物の種類や傾向が変化する、と言ったギリギリのライン上に在る場所で、フルフーレ湿地帯へと挑む者達の間にて自然と『ここからが湿地帯だ』と言う認識が広まり、結果的に『入り口』と称される様になった場所でもあったりする。
とは言え、その『入り口』と呼称されている一帯に関しては、別段魔物が出てこない安全地帯と言う訳では無く、ただ単にフルフーレ湿地帯の魔物は出てこないと言うだけの話であり、要約すれば普通に魔物は飛び出してくる危険地帯となっている。
その為、朝方アルカンターラを出立して昼過ぎ位には到着していたアレス達も、当然の様に魔物による襲撃を受ける事となる。
……が、一応依頼は受けているとは言え、昇格試験自体は監督役の冒険者パーティーが見届けて合否を判定する必要がある為に、『先に着いたから取り敢えず先に狩っておこう!』と言う事は出来ない決まりとなっているのだ。
ソレを許してしまえば、別の人物に予め倒させておいて、ソレを自らが倒した様に報告して試験を突破しようとする者が出て来てしまうから、である。
なので、自分達だけで先行して目標である『不変鉱大亀』を倒してしまう、と言う事も、先にフルフーレ湿地帯へと踏み込んで下調べを済ませてしまう、と言う事も出来ずに暇を持て余す事となっている彼らは、当然の様に暇潰しと称して襲い掛かって来ていた魔物の悉くを手当たり次第に討伐して行った。
その結果、と言うには些か語弊が在るかも知れないが、最終的にサイモン達『栄光の頂き』が更に数時間掛けて彼らと合流するのに成功した頃合いには、彼らの手によって魔物の死体による山が築かれてしまう事となっていた。
ソレを目の当たりにし、当然の様に驚愕を露にして何事かと問い掛けるサイモンに対し、さも何て事は無かった、と言わんばかりの様子にて軽々しく
「襲ってきたので自分達で討伐しました。別に、依頼書には禁則事項として明記されてはいなかったですよね?」
と返答するアレス。
掠り傷一つ負わず、然したる返り血による汚れすらも見当たらない彼の何事も無かったかの様な物言いに、思わず背筋に戦慄が駆け巡る思いをするサイモン。
…………かつて、自分も知っていた全盛期のヒギンズがいたのならば、この程度の事は軽くやってのけただろう。
それなりに高ランクの魔物も紛れている様子だが、彼ならば問題なくやってのけたハズだ。
……だが、あの様子から察するに、恐らくアレはヒギンズ一人で成した事では無いのだろう。下手をすれば、目の前にいるリーダーを名乗る若手一人でやった可能性すら在る。
自分も同じ事をやれと言われれば、不可能ではない、とは応えよう。実行もして見せよう。
……だが、その場合にはもっと時間も掛かるし、終えた後には疲労が積もっているハズだ。少なくとも、自分達が到着するまでの僅かな時間に捌ききれるかの自信は無いし、疲労の度合いももっと深いモノになっていたハズだ。
そこまで考えを回したサイモンは、自分がこうして相対している相手は、思っていたよりも遥かな高みに在るのではないのか……?と言った疑問が脳裏を駆け巡り、思わず足元が酷く不安定なモノと化した様な心持ちとなってしまう。
……が、ソレを素直に認めて考えを改められるのであれば、最初から恩人でもあり仲間でもあったヒギンズを嵌めて名声を奪う、と言った様な行為もしなかったハズなので、半ば無理矢理そちらに傾きつつあった思考を振り払い、改めて上位の冒険者としてマウントを取るべく口を開く。
「……あぁ、別に、ソレを禁ずる様な規則は無いから安心してくれて大丈夫だよ。俺達も、途中で襲ってきた魔物を撃退したりしていたしね。
ただ、幾ら襲われたからと言って、流石に君達の橇に積んで持ち帰りきれない程の数を倒してしまうのは頂けないな。そうして無駄に数を倒してしまう事で周囲の環境にも変化が出てしまうし、何より他の冒険者の仕事と食い扶持を奪う事にも繋がりかねない。
君達に、ソレを補償する事は出来ないだろう?なら、次からはもう少し考えて討伐する事だね!」
そう言って、サイモンは自分達が乗ってきた馬車の後部に括り付けられている、幾つかの魔物の死体を指し示す。
そのどれもが高ランク指定をされている魔物であり、一体一体がそれなりの大きさを持っていた為に、恐らくは現地で解体する事はせずにこうして丸ごと持ち込んでいたのだろう。
……だが、碌に血抜きする事すらせず、内臓の処理すらもしてある様子が見られない上に、一目で大きな切り傷や魔法による損壊が目立つ位置に付けられてしまっている為に、恐らくはギルドに持ち込んだとしても大した値は付かないだろうが。
とは言え、自分達の実力は明らかな形として示せるハズだ!とアレス達へと見せ付けようとしたのだが……
「……ん?あぁ、素材の回収に関してですか?
それなら、アッチで他のメンバー達がやってくれていますから、心配ご無用ですよ?
……あぁ、そうそう。ここに在るのは他のモノと比べて価値が低いので後回しにされてるヤツだけなんで、もしアレだったら持っていてって貰っても構いませんよ?まぁ、解体なんかの処理は自分達でお願いしますけどね?」
「………………は……?」
……思っていたのだが、それに対してアレスから向けられた返答は、彼が考えていたモノとは全く異なるモノであり、かつ彼の背筋に再び戦慄を走らせるのに十二分なモノでもあった。
魔物の素材とは、その強さに比例して価値が高まって行く。
時折、滅多にお目には掛かれないが大して強くはない、と言った魔物の素材が稀少価値によって高値で取引されたりする事もあるが、基本的には魔物の素材の価値は、その元になった魔物の強さに比例する事となる。
……であるにも関わらず、この場に残されているのは、仮にも冒険者として最高峰であるSランクに在る自分ですら手こずるであろう魔物ばかりだ。
なのに、なのに、だ。それを、大した価値は無いから好きに剥ぎ取っても構わない、とまで言っている。
どうにかこうにか倒した魔物を、見栄を張るためにそう言っている、と言う風には決して見えない。
……彼は、文字の通りに『不要なモノ』としてしか見ていない、と言う事なのだ。
それが、どれだけの力を有していれば出来る態度なのか。
それが、どれだけの修羅場を潜れば発せられる言葉なのか。
それが、どれだけの余裕が在れば成せる事なのか。
それらを改めて認識させられ、考えさせらた事により、今まで以上の戦慄と悪寒とがサイモンの背筋を駆け巡り、まるで背骨に極大の氷柱を突き込まれた様な心持ちとなって行く。
しかし、そんなサイモンの様子に怪訝そうな視線を向けるアレスは、結局彼の内心での極大の動揺に気が付く事は無かったらしく、パーティーメンバーに呼ばれる事でアッサリとサイモンへと背中を向けてその場を後にしてしまう。
ソレにより、勝手にアレスから感じていたプレッシャーから解放され、その場に崩れ落ちて地面へと膝を突いてしまうサイモン。
……その段に至って漸く彼は、もしかしたら自分が思っていた様にヒギンズが全てを回していた為にここまで来れたのではなく、彼ら各個人がソレに相応しいだけの実力を備えたパーティーだったのか?と言う疑念に初めて思い当たったのだが、直ぐ様有り得ない、と必死に自ら否定する羽目になるのであった……。
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