『追放者達』、移動する
『栄光の頂き』の二人からの触れ合いによってどす黒いオーラを放つセレンを、事が終わってから埋め合わせする事でどうにか宥める事に成功したアレスは、内心でかなりの疲労感を早くも覚えながらも、監督役として参加しているハズのサイモンが下した号令により、依頼自体の目的地である『フルフーレ湿地帯』へと出発する『追放者達』。
「早速だけど、君達は君達で移動手段を確保して貰えるかな?
Sランクともなれば、様々な場所に赴く事になる。当然、人を雇ったり乗り合い馬車に乗ったり、と言った事では間に合わなくなってしまうであろう場面も多い。
だから、まず試験の最低ラインの採点として、まずは移動手段を確保して来てくれたまえ。良いね?」
「…………まぁ、ソレは別に構いませんが、皆さんはどうなさるのです?こう言ってはなんですが、とても移動手段が用意されている様には見えないのですけど……?」
「うん?なに、俺達は馬車をギルドに預けて在るから、ソレを使わせて貰う予定だよ。
そう言う君らは……特に用意が在る様には見えないけど、ソレで大丈夫なのかい?昇格試験の為に用意された依頼とは言え、コレは歴としたSランクの依頼だよ?確りと準備は整えてくれないと……!」
「あぁ、別段心配は無用ですよ。ナタリア、頼んだ」
「了解、なのです!」
「…………なっ!?」
アレスから声を掛けられたナタリアが、元気に返事をすると、自らのアイテムボックスに仕舞い込んでいた橇をその場へと取り出して見せる。
唐突に現れた巨大な物体に、思わず、と言った様子でサイモンが呟きを漏らすが、ソレに構う事なくナタリアの指揮の元に待機していた従魔達が進んでそれぞれの定位置へと移動して行き、メンバー達で手分けして固定器具を使って彼らと橇とを連結させて行く。
手慣れた様子にて、ものの数分程度で準備を終えた彼ら『追放者達』全員が橇へと乗り込み、後は出発するのみ、と言う段階に至ってもなお未だに固まったままであったサイモン達『栄光の頂き』に対し、不思議そうな様子を装いながらアレスが口を開く。
「……えっと、取り敢えず俺達は準備終わってもう出られる状態になりましたけど、皆さんは準備しなくて大丈夫なんですか?」
「………………はっ!そ、そうだったね!
いきなりの事態で少し驚いてしまったみたいだよ!
取り敢えず、俺達はもう少ししたら出発するから、君達は先に行って貰って構わないよ。
何せ、俺達が使うのは特別に調教された半魔物の馬四頭立てで曳く馬車だからね。君達みたいに、普通の森林狼や月紋熊に曳かせている橇とでは、速度が段違いになっちゃうからさ!だから、先行しておいてくれないかい?なに、目的地のフルフーレ湿地帯の入り口で待ち合わせしておけば大丈夫だから、さ!」
「そうですか?じゃあ、俺達は先に失礼しますね。
ナタリア、頼んだ!」
「はい、なのです!」
アレスの指示により、ナタリアが手綱を振るって従魔達へと出発の合図を送る。
すると、九頭にも及ぶ従魔達が力を合わせて橇を曳き始める。
最初から、その底面に油でも仕込んであったのでは無いか?と疑いたくなる程に、滑らかかつ自然な動きにて進み始めた橇は、あっと言う間にその速度を増して行き、ほんの僅かな時間にて通常の馬車では比較になら無い程の速度域にまで加速すると、呆然と見守る『栄光の頂き』の視界からその姿を消してしまうのであった……。
******
『栄光の頂き』から離れた橇の車内にて、周囲に監視する目が無い事を確認してからアレスが口を開く。
「…………さて、じゃあ取り敢えずオッサン。
引き離された時に何言われたのか報告で」
「まぁ、大体予想通りだったねぇ。
『過去の話はしてないんだろう?』『ソレをされたら困るんじゃないのか?』『世間話のついでにでも聞かれたら応えないと不自然になる』『ソレを黙っていろ、と言うのならそれなりに見返りが必要』『断るなら話さない保証は出来ないし、パーティーの昇格も難しくなるかも知れないなぁ』と言った具合だったねぇ。
……オジサンとしては、まだあいつら信じてたかったから、演技する必要が無い位には衝撃を受けちゃっててね?多分向こうは騙せているから大丈夫だと思うよぉ。今の処は、ね?」
「……ふむ?その『見返り』って何ぞや?」
「具体的に言われた訳じゃないけど、ソレっぽいニュアンスとして伝えられたモノとしてはやっぱり『金』だろうねぇ。
パーティー資金から横流しすれば楽勝だろう?って感じだったよぉ。
後は、この試験が終わって少ししたらパーティー抜けて戻ってこい、って感じだったかなぁ?こっちに関しては、オジサンが見た限りでは、って感じだったけどねぇ?」
「…………ふぅん?じゃあ、もしかしてあいつら一枚岩じゃないのか?」
「…………ん?どう言う事だい?」
「いや、オッサンが連れて行かれた後に、俺は俺で他の二人に絡まれてさ。ほぼ直球で自分達の移籍を打診されたよ。
どうやら、俺達のパーティーがアンバランスだと思ってる見たいで、そこに自分達が加入すればバランスも取れて丁度良くなるし、入れてくれるなら自分達が『女として』俺を満足させてあげるから、とか抜かしてくれてやがってね。咄嗟に撲り飛ばさない様に我慢しつつ、初な若手の演技を続けるのが凄まじく面倒だったよ……」
「…………あぁ、だからセレンちゃんが嫉妬で真っ黒なオーラを醸し出していた、って訳なのかい?
でも、そこまで心配する必要ないんじゃないのかなぁ?」
「……何を根拠に仰っているのか分かりかねますが、お二人共にスタイルが良くて顔立ちも整っておられましたし、何より色香とでも呼ぶべきモノがとても濃厚に出されていた様にも見えたのですが?
それに、アレス様も満更でも無い様な雰囲気でしたし……!」
「…………いや、あそこはそう言う雰囲気出さないと、誤魔化し切れないからね?仕方無いと思って頂けませんか?
それに、あの時の反応は全部演技ですからね?俺が好きなのも、抱きたいのもセレンだけだって君が一番良く知ってらっしゃるでしょうよ?」
「…………もう、アレス様ったら♥️
そんな事まで言われたら、許す他失くなってしまうでは無いですか♪」
「……当方、何を見せられているのであろうな……?」
「……さぁ?バカップルのイチャツキなんじゃないのですか?」
「……これでも、オジサン結構悩んだんだけどなぁ……」
「…………ドンマイ……?」
橇の車内に、ピンク色の空気が流れると同時に、どうにも表現し辛い空気が流されるのであった……。
******
颯爽と出立し、あっという間にその姿を芥子粒程にまで縮めて見せた彼ら『追放者達』の後ろ姿を見送ったサイモン達『栄光の頂き』。
有り得ないと考えすらしていなかった事柄が目の前で発生し、その衝撃により固まっていた彼らであったが、その原因が目の前から居なくなった事で再起動を果たす事となる。
「…………お、おいおい、おいおいおい!?なんだよ、アレ!何なんだよ、アレ!?なぁ、おい!?
あんなの在るなんて、俺は聞いてねぇぞ!?一体、アレは何なんだよ!?」
「ちょっと、あんまり人目が多い場所で騒がないでよ!折角のイメージが崩れるでしょう!?
……でも、あんなのを見せられたら、流石に取り乱したくもなるわね……」
「まぁ、確かにあんなのを見せられたら、ねぇ……。
ウチも、ギルドでも本人達からも、あんなのを持ってるなんて聞いて無かったから、多分奥の手の一つとかなんじゃないの?
多分、あの橇自体が魔道具の類いなんじゃないの?しかも、ダンジョン産のヤツ」
「えぇ、そうでもないと、ちょっと説明出来ないわね。
流石に、魔物でも無い動物達数頭に曳かせるだけで、あんな速度出せるハズが無いもの」
「……へぇ、そいつは良いな!上手く言いくるめてアレを手放させるか、もしくは俺達で巻き上げるのも良いな!
そうすれば、幾らでも遣り様が出てくるってもんだろ!
良い、良いぞ!コレは、運が向いてきた!こんなクソ面倒で怠いだけの依頼、無理矢理割り込んでまで受けた甲斐が在るってもんだ!
後は、ヒギンズのヤツを無理矢理にでも引き戻して、聖女を俺のモノにすれば完璧だな!
行くぞお前ら!俺達の手に、再び栄光を掴むチャンスだ!絶対にモノにするぞ!」
「……えぇ、そうね。上手く行かせられる様に、私も努力させて貰うわね」
「……あぁ、そうだな。ウチも、出来る限り協力させて貰うよ」
…………但し、自分に取って最も良い結果が出る様に、ね……?
二人の言葉尻にそう言外に込められていた事に気付く事なく、目の前に釣られた人参を『毒入り』だと気付かずに齧り付こうと馬車へと急ぐサイモンを、同じ様にソレに気付く事無いままに取り入る事が出来ている、と勘違いしたまま冷ややかかつ計算高い瞳にてグラニアとモルガナの二人が見送るのであった……。
面白い、かも?と思って頂けたのでしたら、ブックマークや評価等にて応援して頂けると励みになりますのでよろしくお願い致しますm(_ _)m




