『追放者達』、再び未開領域へと足を踏み入れる
アレスが過去の因縁と訣別した次の日の朝。
彼の姿は、仲間である『追放者達』のメンバー達と共に、再びシュピーゲルの門の処に在った。
昨晩(時間だけを見れば『同日』となるだろうが)負った負傷の類いは、既に貸し与えられていた部屋へと戻った段階で、待ち構えていたセレンによって治療を施されており、最早傷痕すらも残さずに綺麗さっぱり治癒されているので、体調の類いは万全の状態となっている。
…………まぁ、何故か彼の頬が心なしか痩けて窶れており、彼女の方は肌艶が増しただけでなく妖艶さすらも滲んで来そうな微笑みを浮かべているが、ソコはあまり関係ない事だろう。多分。きっと。恐らくは。
「……しかし、昨晩何か良いことでも在ったのであるか?
昨日までと異なり、何やら吹っ切れた様な良い顔をしている様に見えるのであるぞ?」
「……あっ!それはアタシも思ってた!
アンタ、あの後何か在ったんでしょ?皆に心配させてたんだから、何が在ったのかさっさと吐きなさいよ!」
「…………吐け、てお前さん……仮にも女の子が使う言葉じゃ無いでしょうに……まぁ、色々と在ったんだよ、色々と」
「……確かに、何があったのかは気になるのですが、でも多分良いことなのですよね?
少なくとも、雰囲気や表情からは、そんな感じがするのです」
「うんうん、そうだねぇ。無駄に長生きしているオジサンから見ても、何かしら吹っ切れた様な良い表情をしてるみたいに見えるねぇ。
まぁ、言いたくないなら無理には聞かないけど、でもこれだけは確認させてくれないかい?
……後悔は、していないか?」
「…………していない、と言えば嘘にはなるかな。
俺がもっと早く行動していれば、アイツらがもっと早く気付いてくれていれば、俺達が孤児じゃなくてキチンと慈しまれる環境に在ったのなら、もっと別の結末になったんじゃないのか、と欠片も思わないとは言えないさ」
「…………アレス様……」
「……でも、そうであったお陰で、今の俺が居る。俺達が在る。
そして……俺の隣に君が居てくれる。
だから、この感傷を『後悔』と呼ぶなら、俺は後悔しているのだろうけど、でも現状に不満なんて欠片も持ち合わせちゃいないさ!最高の仲間に最高の伴侶を手にしておいて、そんな贅沢言っていたらバチが当たるってモノだろう?」
「……アレス様……っ!!」
彼の発言が流石に恥ずかしかったらしく、顔を赤らめながらポカポカとアレスの胸を叩くセレン。
しかし、基本的に非力な彼女による本気でも無い打撃では、パーティーで前衛すらも務める彼の防御力を突破する事も出来ずに可愛らしさだけを周囲へと振り撒いてしまっていた為に、メンバーからは生暖かい視線を向けられ、アレスからは抱擁と言う形で捕縛される事となってしまう。
そうして、誰からともなく沸き起こった笑い声により、メンバー全員が声を挙げて笑い出し、それに釣られる形にて、今まで何処と無く張り詰めた雰囲気を纏っていた為に近寄り難かったアレスの周囲へとナタリアの従魔達も次々に駆け寄って行き、これまで甘える事が出来なかった分まで甘えるかの様に我先にと自らの身体を擦り付けて『構って下され!』とアピールして行く。
それにより、更に雰囲気が明るく柔らかなモノとなり、巻き起こる笑い声を大きなモノへと変えて行く彼らの姿を、遠巻きに眺める人影が三つ。
一つは、当然の様にガシャンダラ王。
その瞳に宿る光は暖かく、まるで手の掛かった息子が漸く安らげる場所を見付けた様な、そんな安堵感にもにた感情が宿されている様にも見てとれた。
そんな彼と共に彼らの団欒を眩しそうに眺めるのは、言わずもがなかも知れないがアリサとカレンの『連理の翼』の二人組。
以前同じ場面を見ていたとしても、今の様に穏やかな哀しみと共に眺める事は出来ず、確実に嫉妬心や執着心を露にして目の前の団欒を破壊せんと行動を起こしていたのだろうが、今はその気配も無く、ただただ羨望の眼差しを送るのみであった。
「…………見よ。アレが、己らとアレスとで『有り得た光景』だ。
互いが互いに尊重し合い、慈しみ合う事で生まれる関係性は、己らが作り上げようとしていた一方的な『支配』よりも余程強固で、かつ暖かな関係性なのだと理解出来たか?」
「…………あぁ、理解できたよ。アイツが望んでいたのは、ああ言った関係性だったんだろうな、って事は、あの笑顔を見れば、嫌でも理解出来るさ……」
「…………あんな、柔らかくて暖かな笑顔。私達には、ここ数年は全く見せてくれなくなっていた。
……あの笑顔が見たくて、あの笑顔が欲しくて、彼と一緒に居始めたハズなのに、何でそんな大事な事を忘れていたんだろう……?
何で、今になって思い出したの……?
もう二度と、私達の手には届かない、遥か彼方の憧れとなってしまったのに……」
「……いや、そうでもないのでは無いか?」
「「…………え……?」」
思いも寄らなかったガシャンダラ王からの発言に、思わず間の抜けた声にて聞き返してしまうアリサとカレン。
そんな二人へと、それまでの冷徹な瞳にて使い潰すだけの駒として見ていた視線から、仕方の無い娘に対して向ける父親の様な光を瞳に宿し、口許に悪戯好きな子供の様な微笑みを浮かべつつ彼らの方へと歩み出しながらこう続ける。
「……別段、完全にあやつから絶縁された訳でも、拒絶された訳でも無いのだろう?ならば、未だにあやつを諦められないのならば、諦めずにいれば良い。
どうせ未来は誰にも解らぬのだ。ならば、もしあやつの隣が空いた場合には、ソコに素早く滑り込む位の覚悟と心持ちで居れば良かろう?何せ、己らとあやつとは腐っても幼馴染み。関係を完全に断つ必要は最早無く、あやつとの間に在った険悪さも既に無くなった。
なれば、自力で信頼を、愛情を取り戻してあやつを自らの手中に納めれば良い。それくらい、許される程度には反省しているのであろう?まぁ、やり方を工夫する必要は在るであろうがな!」
最初こそ、その言葉の意味と彼の真意を図りかねていた二人。
しかし、次第にその意味が二人へと染み込んで行くに連れて、二人の表情にも笑みが戻り、次第に明るいモノへと変化して行くと、僅かに滲んでいた涙を自ら拭い去り、先に行ってしまったガシャンダラ王と合流してから彼らの元へと向かう為に、その場から駆け出すのであった。
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ガシャンダラ王と『連理の翼』の二人と合流した事により、一路未開領域の奥に存在する謎の建築物を目指して進んで行く一行。
最初こそ、それまでの態度やらアレスからの話やらによって二人を警戒していたメンバー達であったが、開口一番での謝罪とソレを目の当たりにしたアレス本人からの執り成しによってその場は事なきを得て無事に出立する事が出来ていた。
そして、未開領域へと向かう道中では、スタンピード発生目前と言う事も在ってか当然の様に『粘性体』が大半を占める魔物の群れと遭遇し、幾度も戦闘する羽目になってしまう。
しかし、元より片手間に処理出来てしまっていた『追放者達』のメンバー達だけでなく、魔法主体のカレンと『粘性体』の防御を無理矢理ぶち抜ける物理アタッカーたるアリサとガシャンダラ王の二人が加わった事によって更に処理に掛かる時間が短くなり、襲撃の頻度は前回よりも多くなっていながらも、掛かった時間は然程変わる事無く未開領域の入り口へと到着する事に成功する。
その頃には、命の危機……と言う程のモノは道中見られなかったが、それでも互いに背中を預けあって戦いに挑んだ事もあり、多少なりともメンバー達と打ち解けた様子を見せて会話を楽しむ二人の姿が。
「……へぇ?じゃあ、アンタ達って、まだアイツの事諦めて無い訳?」
「まぁ、そうなるな」
「ん。そうなる」
「……ふぅん?アタシには、解んないなぁ。
確かにアイツは良いヤツだし、好きなら好きで別に良いだろうけど、勝算の無い戦いに挑むのは流石にちょっとどうなのよ?」
「……いや、流石に勝ち目皆無って訳じゃ無いだろう?
少なくとも、昔は好意を向けてくれていた訳だし……」
「今はまだ、彼には彼女が居る。でも、先はまだ分からない。それに、見た目は私達の方が若いのだから、まだチャンスは在る」
「…………いや、アンタ達じゃあ流石にあの兵器には対抗出来ないとアタシ思うんだけどねぇ……」
そう言って言葉を切ったタチアナが視線を動かし、それに釣られて目を向けたその先には、周囲を警戒しながらもアレスと腕を組んでスキンシップを図っているセレンの姿が。
同性ですら思わず見とれる程に幸せそうな表情を浮かべるセレンと、それに対して甘さすら感じ取れる柔らかな微笑みを返している二人の姿に、思わず胸の痛みを覚える二人であったが、タチアナが血涙を流しながら視線を向けている先がもう少し下である事を確認してからそちらへと視線を向けると、ソコには二人に絶望を与える絶対的な大戦力が荘厳な姿を豊かに晒していた。
思わず反射的に殺意を瞳に滾らせながら唇を噛み、内心にて己の幼少期の栄養不足と先天的な体質を神々に対して怨みと共に呪詛を吐き散らし、悔しさと憎らしさにて血涙を流しながら彼女の豊満な一部を穴が空くほど凝視して行く。
流石にソレだけ見詰められれば他の事に気を取られていたとしてもセレンに気付かれてしまい怪訝そうな視線を返されるが、見てきているのがタチアナ、アリサ、カレンだと解るや否や、わざと胸の下で腕を組んで支えながら寄せ上げる様にして勝ち誇っていると一目で分かる表情を見せつつ、挑発するかの様にその大きさと深い谷間を強調しながら重そうにユサリ、ユサリと揺らして見せる。
それにより、たまたま見ていたガリアンがナタリアに折檻されたり、見せ付けられた三人が殺意で真っ黒になりながらセレンに襲い掛かろうとしたり、ソレをアレスが割って入って宥めたりする、と言った事が起きながらも、それによって多少残されていた蟠りが払拭され、背中を預け合う事に不安の無くなった彼らは目的地を目指して奥へと向かって進んで行くのであった。
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