『追放者達』、槍術士の因縁と相対する
先頭を行くヒギンズの手によって、軋みを挙げながら扉が押し開かれて行く。
既に各種支援術を掛けられている彼の身体能力にて押し開いているにも関わらず、蝶番が錆び付いた扉を開閉しようとしている程度の速度しか出ていない事から、その扉が如何に重いモノなのかを察する事が可能では在ったが、ソレを気にする事無くある程度開いた段階で全員が得物を手にして構えながら、扉の隙間から中へと飛び込んで行った。
すかさず散開し、陣形を整える『追放者達』と『引き裂く鋭呀』のメンバー達。
最前衛に盾を構えたガリアンと、刀を鞘に納めたままのグズレグ。
その後ろに中衛として槍を構えたヒギンズとサラサが並び、その周囲にナタリアの従魔達の内、月紋熊のヴォイテクと森林狼達の半数が展開する。
そして、更にその後ろに後衛として、この大迷宮に入ってからは幾度と無くその神聖魔法によって活躍を見せていたセレンと、状況によって使う支援術を切り替える必要があるタチアナが並び、その前に後衛の護衛兼遊撃としてアレスと残りの従魔達が展開し、最後尾に非戦闘要員たるナタリアが控えて行く。
彼らにとっては、最速かつ最高の陣形を展開する事が出来ていたのだが、どうやら向こうは特に彼らを妨害するつもりは無かったらしく、ただただ部屋の中央にて得物を手にしながら棒立ちしていただけであった。
ほぼ後衛に近い位置にて周囲を見回したアレスの目測によれば、この部屋の広さは大体訓練所のソレと同じ程度(大きめなグラウンドと同じくらい)。
天井は、周囲からの照明でも見えない程度の高さはあり、三次元的立体機動をされる心配は無くなっているが、見えない位置からの援軍、と言う可能性は拭いきれない程度には在る……かも知れないとして頭の片隅に置いておく事とする。
そうして周囲の確認を済ませたアレスは、今度は視線を正面へと戻し、今回の目標にして越えるべき壁である異形の動く骸骨へと視線を向けて行く。
……その魔物は、一目で動く骸骨と呼んで良いモノでは無いのだろう、と言う事が見て取れるだけの『異形』を成し、予想の通りに彼らの知るアンデッド系統の魔物のどれとも似てはいない様相を呈していた。
事前に聞いていた通り、一つの大きめな頭蓋骨の両側面にもう一つずつ顔が張り付いて?取り付けられて?おり、正面から見ているアレスからは確認出来ないでいたが、恐らくは後頭部にも顔が付いていて、目測で三メルトを超える身長と相まって四方に対して常に明瞭な視界を確保する事が出来る様になっていると思われる。
こちらも、事前に聞いていた通りに腕が八本生えており、その付け根や関節等は装着している鎧に覆い尽くされてしまっている為に、遠目からは確認する事が出来ないでいた。
しかし、その周囲に無造作に置かれている装備の大きさや種類を見るからに、確実にその関節の可動域や柔軟性と言ったモノは、彼らと大差は無いのであろう事が伺えたが、同時にその歴戦の風格を漂わせる武具の数々に思わず彼の表情も苦々しいモノとなっていた。
そんな彼の反応を見たから、と言う訳でもないのだろうが、唐突に動き始めたソレは、自身の周囲に置かれた武具を徐に手に取って構えて行く。
その佇まいは、歴戦の達人を前にしている様であり、物理的な圧すらも感じさせる程の存在感を周囲に放つ。
しかし、そうして得物を手に取り、右側の手一本に刀、左側の手一本に盾、左右二組二本を消費して薙刀と弓とを構えて見せたソレの佇まいは、空けられたままとなっている一組二本によって形作られている空白の空間を明確に示している様でもあった。
そうして構えを取ったソレだったが、未だに構えを取っただけであり、弓を放つなり何なりと言ったアクションを取って先手を得る様な事をしようとする素振りも、踏み込みを掛けて強襲しようとする様な気配も感じさせず、ただただその場に立ち尽くすのみであった。
…………いや、正確に言えば、その正面に向けられている顔からは、とある一点に対して視線が集中されており、そちらに意識が向けられているのであろう事が容易に予測出来た。
更に言えば、そうして焦げ付きそうな程の熱量を秘めた視線と意識を集中されている方もソレを予測していたのか、普段の草臥れたソレとは打って変わって獰猛な肉食獣を思わせる笑みを張り付けながら、その身から放つ戦意を急速に膨れ上がらせて行く。
「……へぇ、もしかして、覚えていてくれたりするのかなぁ?
それとも、オジサンの事は覚えていないけど、自分の得物だったコイツの事は覚えている、って事だったりするのかなぁ?」
そう言って、視線を突き刺されていたヒギンズが、手にした得物を左右に振り動かして見せる。
すると、彼の言葉の通りに、彼へと向けられていた視線は彼が手にした得物の動きをなぞる様にして、左右にユラユラと動き始めた。
ソレを目にしたヒギンズは、挑発するのが目的であったのだろうが、まるで嘲笑するかの様な口調と仕草にて、態と槍を抱き締める様な素振りを見せながら言い放つ。
「……あ、もしかして、コレが欲しかったりするのかい?
でも、残念。コレは、もうオジサンの相棒で。コレは、もう俺のモノだ。だから、幾らお前が手を伸ばした処で、もう届かない。もう戻らない。奪われたモノは、二度とその手に戻りはしない。
もしかして、そんな事も知らなかったのかなぁ?」
「………………」
そんな彼の言葉に返答をする事無く、唐突にその場から一直線に駆け出す四面八臂の動く骸骨。
その視線は当然の如く一点にのみ固定されており、その前に居るハズの最前衛達の尽くを無視し、ただただ一人で極大のヘイトを買ったらしいヒギンズ目掛けて突き進む。
当然、ソレをぼさっと見送る様なガリアンでは無く、その進路に割り込む形で盾を構えて飛び込んで行き、それに遅れる形でその背後にグズレグとサラサが控えて最前衛での壁を形成する。
ソレを小賢しい、と判断したのか、四対八本が生えている腕の内、中段の一対にて携えていた長柄の先に長大な刃の付いた薙刀を振り回し、遠心力を乗せた上で構えられたガリアンの盾目掛けて振り下ろして来る。
一瞬、『パリィ』で弾くか、もしくは受け流すかの選択肢に迷いを見せていたガリアンであったが、何かしらの『ヤバい予感』を感じたらしく、その場で『弾く』事も『流す』事も諦めて防御を固めて『受ける』事を選択し、真っ正面から攻撃を受け止めた。
ガギィィィィィィィィイイイイン!!!!
高硬度を誇る金属同士が激突し合う事で発生した甲高い金属音が、閉鎖された空間へと響き渡って行く。
幾らある程度の広さは在り周囲へと拡散されているとは言え、それでもなお耳をつんざくに十分過ぎる程の音量にて響き渡るその音に紛れ、ピキッ、と言う微かな音は当人以外には聞こえはしなかったが、それ故に彼は『受ける』選択をしたのが間違いでは無かったのだ、と認識しつつ、奥歯を噛み砕かんばかりの勢いにて手足に力を込めて行く。
そして、盾の表面と薙刀の刃との摩擦で火花を周囲へと撒き散らしながらも、表面で刃を滑らせて床へと向けて押し合っていた力のままで振り抜かせて行く。
すると、自重に加えて勢いが乗せられていたとは言え、特に抵抗感も見られずに馬鹿みたいな強度を誇っているハズの床へと無音のままで刃が滑り込んで行く。
その凄絶な迄の切れ味と、その一撃を無事に受け止めて見せたガリアンにその背後に居たグズレグは背筋が震える思いであったが、目の前にいる四面八臂の動く骸骨が最下段の右手に構えていた刀を彼目掛けて振り抜こうとするのを見て飛び込もうとするものの、ソレよりも先にガリアンの前へと飛び込み、振りかざされた刃を弾いて見せるヒギンズ。
ソレだけでなく、最下段の左手が構える盾が割り込むよりも先に返す刃を振るって反撃し、相手の頬に一条の裂傷を刻んで見せる。
すると、流石に膠着してしまう盤面は不味い、と判断したのか、その場から一足で飛び退くと、最上段の一対に構えた弓矢を乱射して彼らを足止めすると同時に、最後尾にて特効効果の在る神聖魔法を発動させようと呪文を詠唱していたセレンへと目掛けて放つ事で、彼女の行動をも妨害して見せた。
そんな四面八臂の動く骸骨は、アレス達が追撃に移れない程度に彼我の距離を離すと、何かを確める様にヒギンズによって刻まれた頬の傷へと手を当てると、肉も皮も無い顔にて、何故か笑っている様にも見える動作にて顎をカタカタと打ち鳴らして見せる。
そんな相手の動作を『挑発』として認識しながらも、それでもなお自身も相手を煽る目的で腕を差し伸べて招く様に指を動かすヒギンズの顔には、あからさまに戦闘の愉悦を味わっている戦闘狂の笑みが浮かべられているのであった。
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「…………あぁ、道理であの槍見覚えが在ると思ったら!そう言う事かよ!?
……はっは!やっぱり、あの時見逃して正解だったわ!こいつら、やっぱり面白い!!
これじゃあ、やっぱりアイツは抜かれる事になるかなぁ……?でも、何処まで潜って来れるのか、楽しみにしておくとしようかなぁ……」
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