重戦士、過去の因縁と遭遇する
遭遇
「………………兄者……?」
その呟きは、決して大きな声にて溢されたモノでは無かった。
下手をしなくとも、人々の行き交う雑踏に紛れ、その音によって掻き消されてしまっても、何ら不思議は無かったであろう程度の声量であったし、何より発した本人が相手に届けるつもりの無かった言葉であったのだから。
……何より、心から見下して罵倒し、更にはパーティーから追放までした相手に、どうして自ら声を掛けられると言うのか……。
そんな気持ちからの行動であり、本人としてもまだ顔を合わせるつもりが無かったが為に急いで踵を返そうとしたのだが、何故か彼の呟きは『彼』の耳へと届いてしまっていたらしく、何気無い反応として振り返られてしまい、咄嗟に逸らす事も出来ずにバッチリ視線が絡み合ってしまう。
しかし、視線こそはそうして絡まり合う事となってしまっていたが、当の『彼』も最初は彼の事が誰なのかが分かっていない様子であった。
……とは言え、ソレは当然の話。
何せ、最後に会った時と比べて彼は大分痩せてしまっていたし、外見的には大分変わってしまっているが為に、寧ろ一目で彼を本人だ、と言った判断が出来ないでいる『彼』の方が正常だと言えるだろう。
が、そうして視覚に頼っても誰なのか判別出来なかった為か、それとも見えている像が信じられなかったのか、『彼』はフルフェイス型の獣人族特有の感覚器官である『鼻』を数度ひくつかせて匂いでの判別へと切り替えてしまう。
…………不味い……!?
そう判断した彼は、急いでその場で反転し、どうにか周囲の雑踏に紛れ込めないか!?とある種の賭けの様な心境にて駆け出そうとするが、とある事情にて上手い事身体を動かせなくなってしまっていた事と、予想外に『彼』の身体能力が高くなってしまっていた事もあり、十数メルトも走らない内に追い付かれ、土汚れの染み付いた石畳へと碌に抵抗する事も出来ないままに組み伏せられてしまう。
慌てて固められた肩を外して逃走を図ろうとするも、筋力の落ちてしまっている現状では、以前よりも更に力を増している『彼』の拘束を振り払える訳もなく、逆に抵抗の意思在りと見なされて、更に関節の可動域ギリギリまで腕を捻り上げられる羽目になってしまう。
ソレにより、食い縛られた歯の隙間から苦鳴を漏らしつつも、どうにか『あいつなハズが無い、か……』と判断してくれはしないだろうか?と期待してそのまま暴れる事もせずに暫し耐えていたのだが、何故かソレが『彼』へと確信をもたらしたらしく、信じられないモノを見た様な声色にて告げて来たのだった。
「…………そなた、もしや……グズレグ、か……?」
その一言により、最早逃れる術を無くしたと判断した彼は、肩を固められた体勢のままで項垂れると、目深に下ろしていたローブのフードを払い落として顔を晒しながら口を開くのであった。
「………………あぁ、久方ぶりだな……兄者よ……」
******
ヒギンズによる先導を一人外れて勝手に駆け出したガリアンを追い掛けていたアレスは、その先にてローブを纏った人物の腕を捻り上げて石畳へと押し倒して拘束しているガリアンの姿を目の当たりにしてした。
ガリアンの事をある程度理解している、と思っているアレスからすれば、そうして押さえ付けられている相手の方に何かしらの責が在るのだろう、と言う事は容易に予想できたのだが、周囲から見れば筋骨隆々な大男が哀れな被害者を組み敷いている、と言う風に見られかねない光景であった事は間違い無い為に、若干呆れた様子を隠そうともせずに二人へと歩み寄りながら声を掛ける。
「…………おい、何時までそうしてるつもりだ?
そいつがスリなのか強盗なのか殺人鬼なのか知らないが、あんまり人の目が在る処で長々と組み敷いてくれるなよ。
カマ掘るつもりなのか、片腕落とす程度で済ますのか、それとも一層の事始末してしまうつもりなのかは知らないけど、ヤるんなら人目に付かない場所で、手早く済ませろよ?
一応ヒギンズも待ってくれているけど、あんまり長々待たせるのは良くないからな?」
「…………いや、当方に同性愛の気は無いであるし、別段スリの類いでも無い故に腕も落とさないであるよ……。
それに、こやつはリーダーが口にした様な罪人では無いのである。
……まぁ、正確に言えば、罪過が全く無い、と言う訳でも無い存在であるのは間違いでは無いのであるが、な……!」
そう言いながら、肩の関節を極めて固めたままの状態で組み敷いていた相手を引き起こし、自身も立ち上がってアレスの方へと身体ごと振り返って見せるガリアン。
被っていたローブのフードが外れていた事もあり、ソレによってヒギンズに押さえ付けられていた相手が彼に匹敵する程の長身であった事や、ソレに反比例する様に病的な痩せ方をしている事、くすんだ灰色の毛並みは何処か薄汚れている雰囲気を醸し出している上に所々ハゲが出来ている様子である事。
そして、フルフェイス型であるが故に、只人族でしか無いアレスには確たる判断は出来ないでいたが、何となく二人は血縁に在るのだろう事が察せられると同時に、数日前に彼の口から
『愚弟がこの付近に居る……かも知れない』
と言う言葉を聞いていたが為に、瞬時にその人物の正体へと思い当たり、半ば反射的な行動として腰の得物を抜き放つと、未だにガリアンによって拘束されたままであったその人物の首を撥ね飛ばさんとして刃を振り上げる。
周囲の目を気にしろ、と言い放った本人の行動とは思えない程の蛮行であったが、アレス本人には既に目の前に居る仲間を追放してくれた愚か者を誅する事にしか意識が及んでおらず、慌てた様子にて止めようとしているガリアンや、その光景を何処か覚った様な表情にて見詰めながら碌に抵抗しようともしていない当の本人の様子と言ったモノすらも見えていない様子であった。
そうして振りかざされた断罪の刃が、殊勝な態度にて結果を受け入れようとしている罪人の首へと振り下ろされようとしていた正にその時。
彼の足へと飛び付き、すがり付く様にして訴え掛ける影が一つ存在していた。
「……どうか!どうかお慈悲を!!
確かに彼は、グズレグは死を持って詫びねばならない事をしでかしました!
一切の非が存在していなかった彼を嵌め、家の後継から追放までしたのは事実。ですが!ソレを彼は悔いており、今は家からも半ば絶縁されたに等しい状態に在ります!
今も、贖罪の為に功績を挙げんとして、この大迷宮に挑みに来たのです!
故にどうか!どうか彼に、『罪人としての最期』ではなく、『贖罪の果ての終焉』を得る機会を!どうか、伏してお願い致します!どうか、どうか!!」
「…………随分と、虫の良い言い分だな?
下手をすれば、彼は既に命を落としていたかも知れないと言う事を、理解した上で言っている戯言なんだろうな?」
「……当然で御座います。私とて、この誓願に命を掛けております。
どうか、この願いを聞き届け、彼に機会を。
それが叶うのであれば、この身は如何様に扱って頂いて構いません!
脱げ、とそう仰られるのでしたら、今すぐにでも脱ぎ捨てましょう。
死ね、とそう仰られるのでしたら、今すぐにでもこの喉を掻き斬って自害して果てましょう。
ですので、どうか。どうか彼に、弁明と贖罪の機会を!」
「………………とか言ってるけど、どうするんだ?
俺としては、さっさとそいつ切り捨ててしまいたいけど、当事者のお前さんはどうしたい?
一応、当事者はお前さんなんだから、お前さんの判断に任せるよ」
そう言って、取り敢えず落ち着いた様子のアレスは腰の鞘へと刃を納めて行く。
ソレを目の当たりにし、取り敢えずは一安心だ、と言わんばかりの様子にてホッと一息吐き、胸を撫で下ろすガリアンと、アレスへとすがり付いていた人影。
そして、それまで下ろしていたフードを上げ、窶れた素顔と頭頂から生えている耳を顕にして地面へと跪くと、アレスに対して改めて名乗りを挙げるのであった。
「……この度の助命、感謝致します。
私はサラサ。『巫女』の天職を授かり…………かつては彼の婚約者として隣に立っていた者で御座います。
貴方様の御名をお聞きしても宜しいでしょうか……?」
「……彼は、アレス。
現在、当方が世話になっている冒険者パーティー『追放者達』のリーダーにして、当方の無二の友である。
…………リーダー。勝手な事だとは承知しておるが、当方は取り敢えずこやつらの話を聞いてみたいと思う。
首を跳ねるのは、その後でも良いだろうか?」
「…………まぁ、好きにすれば良いさ。
取り敢えずは、他のメンバーと合流してから、だがな」
そう言って肩を竦めるその姿は、少し前までの狂乱した様子からは考えられない程に理性的であり、そのあまりの様変わりの様子に呆気に取られたグズレグと、それでもまだ命が繋がった事を喜ぶサラサの様子が対称的でありながら、それでも何処か似通っている様に何とも言えない気分になるガリアンであったのだった。
さて、結論は如何に……?
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